その四歩
「それじゃ、まずは自己紹介から」
いいのかそれで!?
というツッコミは、イオリの心の中だけで空しく反響した。
だだだだだって誰かさんの顔が近いんだって!それどころじゃないんだって!
「此処に居る六人は俺のげぼ……部下で、"六柱"と呼ばれてる」
まて、今何て言おうとしましたかリーヴさん。
下僕と聞こえたのは気のせいですか?そうですか。
「イオリを迎えに行かせたのが、"死神"アンデルベリ。 寡黙だけど、腕は確かだよ」
「王……小さい」
「ああ、イオ?お前からしたら、全員小さいと思うよ。 アンデルベリ」
先程から黙々と食事をしていた熊……いやいや死神は、チラリと金色の瞳をイオリへと向けて目礼のような仕草をすると、これまた単語だけの言葉を轟く重低音に乗せた。年齢は若くも見えるし、一番古将にも見える。年齢不詳がぴったりだ。
イオリには意味がさっぱり分からなかったが、あっさり《魔王》は理解したらしい。今の単語だけでどうやったら文章になるのか甚だ疑問だ、謎だ。思念のようなものが繋がっているとしか思えない。
「"六柱"唯一の女性、"氷雪の魔女"ミルカ。 女性同士、仲良くしてあげて」
「勿論です、王!こんなに可愛らしい《勇者》だなんて。 後で私の部屋で着替えましょう!」
先程イオリの髪をどうのこうのと言っていた女性だ。
氷から職人が削り出したように、透明な青の髪に真っ青な瞳。そして、際どいドレスから零れ落ちんばかりに見える豊満な肉体。イオリよりも年齢はちょっと上くらいに見える。
同性のイオリが見ても、ちょっと恥ずかしくなってしまうくらいに綺麗で、身体だってその…う、羨ましくなんて……ないったらない!
「"智将"オルトゥース。 彼は知識が豊富だから、何でも質問すると良いよ」
「ご謙遜を、王。 貴方様の知識に比べれば私等――イオリ様、宜しくお願いします」
紫の髪を背中くらいまで伸ばして、一つに結んでいる。
年齢的には22~23くらいだろうか。落ち着いた大人の人という感じだ。
ニコニコと笑っているせいか、元々なのか、狐目で瞳の色は分からないが、その笑顔は裏が分からない。成程、智将と言われるだけある。
ちょっとまて、今"イオリ様"って言われたような。
「"雷獣"エスト。 あんまり近付きすぎないほうがいいよ」
「ひっでえ、王!これでも最近はちゃんと調整できるように――あ"!?」
「髪一筋でも傷付けたら殺す」
金よりも、もっと鮮烈な、太陽のような色の短髪と緑の瞳の少年で15歳くらいに見える。
悪ガキがちょっと成長したらこんな感じ、という典型的な性格のようだが……なるほど、雷獣というのは本当らしい。エストがいきり立った途端に、エストの前に置かれていた陶器の食器が全て迸った雷で破砕された。
イオリはぎょっとして、身体で抱え込む細剣を尚もしっかりと抱き締めたが、誰も動じないあたり、どうやら日常茶飯事らしい。傍迷惑な食事中の日常茶飯事である。
というかサラリと恐ろしい事を言う隣の人が、一番恐ろしいんですが。
「"形無し"のアンクノウン。 うーん。 好きな姿になってもらったら良いんじゃない?犬とか」
「……がっ、がい…こつ……!?」
正直この人(人なのか?)が、一番衝撃的だった。
まあ、言ってしまえば骸骨。ただし、骨は墨を被ったように真っ黒。
眼窩に鈍い光が瞬いているが、これが目の代わりなのだろうか。というか、先程までこんな骸骨さんは広間に居なかった。絶対に。居たら気付くって。それにしても、何時の間に?
しかも、カタカタと不気味に顎を鳴らすと、真っ黒な骸骨さんは忽ちぐにゃんと形を崩して、どういった経緯なのかもふもふの子犬に形を変えた。
なにこれ手品?いやでも、かわいい!かわいい!
ぱたぱたと尻尾を振って、イオリの足元に近付いて来る子犬が可愛らし過ぎる。
さっきの骸骨さんverは忘れ去ろう。ずっとこのままの姿で居てください。
隣から漂ってくる気配が不機嫌になるのも気付かずに、アンクノウンを抱き締めてもふもふを堪能していたイオリへ、激しい言葉が叩きつけられたのはその時だった。
「……王よ!俺は認めない!」
「ヒュール」
全員の視線が一人へ集中する。
怒りを湛えた瞳は紅蓮、髪も、炎のような紅。怒気に従い空気がチリリ、と熱を持つ。
炎――"炎帝"か。先程から隠そうともせず、イオリに殺気を向けていた人物である。
咎めるような眼差しを送る"六柱"達とは逆に、イオリは何処か安堵を覚えていた。
そう、本来なら、こういう関係なのだ。自分と魔族は。
《魔王》を倒しに来た《勇者》がイオリ。
忠臣と言われる"六柱"がフレンドリーなのは可笑しいのだ。
「こんなちんちくりんが、歴代最強と言われる《魔王》の伴侶だと言うのか!」
「ヒュール。 その、王が選んだ御方だ」
「――チッ!」
強く舌打ちをすると、炎帝は勢い良く椅子から立ち上がり足音強く広間から出て行った。
それを見送る皆は、どうやら気性が炎のように荒い彼の事を分かっているらしく、苦笑するだけだったのだけど。
………………。
………。
ん?んん?
なにか、おかしいぞ。
この際ちんちくりんと言われた事に関しては、寛大な心で目を瞑ろう。
だけど怒る場所が間違ってはいませんか?というか伴侶?なんだっけそれ。
「はん、りょって……」
「え?だから伴侶。 んー、俺のお嫁さん?」
サラッと如何にも当たり前のように言われて、イオリの頭は思考を放棄した。
お嫁さんってアレよ、嬉し恥ずかし交際期間を経て、両親に挨拶してそこでお父さんがちょっと泣いちゃったりして私も涙ぐんでみたりして……で、白いウエディングドレスを着て、お父さんとお母さんの娘で幸せでしたとか言って号泣したり。友達から冷やかされて照れて新婚旅行に行ってみたりして。
……そんなのを挟んだ後じゃないっけ、その単語。
「およ……およめさんんんんんん!?」
「昨日俺ちゃんと言ったよ。 結婚しようって」
聞いた。確かに聞いた。そこは認めよう。
だけど「はい」なんて絶対に言ってない!
何よりあのタイミングで何で結婚に繋がる訳!?サラッと言える事なのかっ!
危うく、腕の中の黒い子犬さんを絞め殺すところだった。
ぺちゃんこになってしまった毛を逆立ててふわふわさせ直しながら、イオリは慌てて隣の《魔王》を見上げた。
自分の人生設計がめちゃくちゃにされそうな気がする。誤解は全力で阻止せねば!
「ちょっと待って!私、リーヴと結婚なんてしない!大体、私は《勇者》でリーヴは《魔王》なんでしょう?それなのにそんな冗談を――……」
どうして、とは言えなかった。
ふ、とイオリに影が落ちた刹那。イオリの口端の際どいところに、リヴェンツェルの唇が触れた。混乱も相俟って真っ白になるイオリを他所に、微かなリップ音を残して、《魔王》は《勇者》の耳元で低く、囁いた。
「……冗談じゃないよ、イオ。 俺は本気。 ねえ、言葉で言って分かって貰えないならイオの身体に、分からせようか?」
「――あおえふぁ;えひふ@ぇhうふじこry!?」
クスリ、と小さく笑う声も艶めいていて。
耳元で言葉が囁く度に漏れる吐息が熱くて、自分とリーヴのどちらが熱いのか分からなくなる。視界が回る、思考も回る。
混乱の境地に陥っていたイオリの意識がふと、戻ったのは。
包帯に包まれた片手。
昨日、イオリが向けた焔の刃を素手で握った為、爛れた《魔王》の片手だった。