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その三歩

 初めて彼と出会ったのは、イオリがこの世界に召喚された数日後。

 まだ異世界に来た事が実感出来ずに呆然としてたイオリの前へ、幾ら《勇者》とて、一人では大変だろうと、"真人類帝国"でも屈指の実力を持つ有能なサポート役として紹介された。

 あの時はたった一人だけ!?体のいい厄介払いじゃないか!と反発もしたけど。


 最初はこんなに綺麗な人が男の筈がない!なんて、ショックを受けたものだ。

 身長は180センチくらい。ちょっと見ただけでは、男性にしてはかなり細いが、猫科の獣を思わせるしなやかでスラリとした羨ましい体型。睫毛長いし、ウルフカットの髪は黒曜石みたいにツヤツヤしていて、肌も不健康ではないがとても白い。年齢はその時21。



 何よりイオリは、瞳に惹かれた。



 見たことも無い、切れ長の――柘榴石(ガーネット)の瞳。

 此方を見るちょっとした角度の違いで、溶岩の様に苛烈に、上品に淹れた紅茶のように、煌いて色を変える。

 日本に、いや、地球にこの人が居たら絶対世界トップスターとかモデルになれるに違いない。いやいや、他のモデルと比べるのもおこがましい。それくらい、印象的だった。


 絶対戦えないだろうと失礼な事を考えていたのに、ある意味期待を裏切って剣も、魔法もかなりの腕だし、彼はとても知識が豊富で、それを誰かに教える事が上手かった。

 この世界へ急に放り出されて途方に暮れていたイオリへ、根気良く、丁寧に、一緒に世界を歩いて、この世界の事を教えてくれた。とても楽しい"授業"で、一時期はふざけて"先生"なんて呼んでいたくらいだし。


 しかも、性格だって爽やかで、紳士で。

 友人で、先生で、パートナーで…――そうだ。

 一人っ子のイオリに、兄がいたら、こんな感じかなって。



 おもって、たのに!



 「おはよう。 良く眠れた?」


 

 死神……いや、この際もうアイツはもう黒熊だ。熊にぽいっと人権を無視して大広間に放り込まれたイオリの瞳に映ったのは、極上の微笑みを湛えて優雅に座る《魔王》だった。


 長いテーブルには沢山の椅子と磨かれた銀食器。

 なるほど、どうやら食事を行う食堂と大広間を兼ねているらしい。

 テーブルに軽く両肘を着いて、手の甲に顎を軽く乗せた体勢で、リヴェンツェルは全く気にした様子も無く、爽やか且つ当然のようにイオリへ挨拶をして、軽く首を傾けた。

 だが、この笑顔に騙されてはいけない。ついつい、自分も笑ってふっかふかのベッドとふわふわの枕が気持ちよくてぐっすり眠れました何て言ってはいけない!


 思わず目尻をキツくして、イオリは《魔王》を睨み付けたが、視線が重なった瞬間に余計嬉しそうに微笑む端正な顔に限界が近付き、早々に視線を外した。

 茹蛸宜しく顔が熱くなる。昨日のことが脳裏に浮かんだとか、絶対ない。

 ちちちちち、ちがう、違うったら違う!


 武器である細剣(レイピア)をしっかりと胸の前で抱き持ち、なけなしの冷静さを必死に掻き集めて、睨むイオリを面白そうにリヴェンツェルは眺めていた。


「こっちにおいで。 朝食が未だだろう?食べながら説明しよう」

「誰が――!」

 

 敵の用意した食事なんて、とは言えなかった。

 聞き間違いにするには大きすぎる元気な音が、イオリの腹部から響き渡ったのだ。

 どんな時も正確な腹時計っぷりにとりあえず、一回死にたい。恥ずかしすぎる。

 笑みを深める彼に、余計首を吊りたくなってきました。穴を掘って潜りたい。

 いや、寧ろいっそ豪胆な自分を褒めるべきですか。でもちょっとこの場に居るのはいたたまれないし精神衛生上宜しくないので早々に退出させて頂きますそうします。


 体操選手も真っ青な程素早くクルリと背を向けて、此処から逃げ出そうとしたイオリの視線は扉ではなくて、真っ黒な壁だけが映っていた。……壁なんてあったっけ。


「ぎゃ!」


 ひょいと。視界が唐突に浮いた。

 持ち上げられるまで一杯一杯で気付かなかったが、そういえばイオリの背後には、"六柱"の一人が居たのだった。このやろー!また猫みたいに持って!


 フーッと威嚇の声を上げるイオリを、少しだけ面白そうに金色の瞳が見るものの、目的を達成する迄この死神熊は、持ち上げた手を離す気等無いらしい。《魔王》の元へ、イオリの五歩分くらいをのっしのっしと軽々一歩で進んで行く。

 あ、床が悲鳴上げてる気がする。いやいやこれは自分の心の悲鳴かも。


「王」


 相変わらずの端的言葉と共に、ペイッと下ろされたのは《魔王》の膝上でした。

 あ、意識飛びそう。せめて隣の椅子に下ろしてくれたって罰はあたらないと思うんです。

 とにかく冷静に、落ち着け自分!


「少し、目が腫れてるね……後で、冷やすものを持って来させよう」


 吐息が睫毛に触れたと思ったら、温かな感触が瞼に触れました。

 その、唇が。ゆっくりと、目頭から目尻に向かって、触れて。

 甘い熱を孕んで、睦言のように、低い声が囁いて。


 冷静?落ち着き?なにそれおいしいの?


「リ、リリリリーヴっ!」


 駄目だ。自分の声帯とか舌がちゃんと仕事してくれない。

 ついでに見事に裏返ってる。奇声じゃないかこれじゃ。


「なに?」


 何じゃない!ちちちち、近い、顔が近い!

 こんなにスキンシップの激しい人だっただろうか。

 向けられている笑顔は今迄と変わらないのに、何というか、凄絶な色気が放出されているというか何というか、ちょっと目を放した瞬間に喰われそうな貞操の危機を感じるのは気のせいでしょうか。



 >性格だって爽やかで、紳士で?

 激しく間違いでした。



 ちょっとでも視線を逸らしたら身の危険という強迫観念に駆られ、今すぐにでも膝の上から飛び降りて壁際へ逃げ出したくても逃げられないイオリが、長い沈黙に耐えかねて気絶でもしたほうが…と真剣に考え出した頃、危機的状況を救ったのは「ぶふっ」という笑い声だった。


「王よ、そろそろ放してあげないと、貴方のお姫様は気絶しそうですよ」

「!」


 救世主現る!

 自分が《勇者》だという事はこの際全力スルーだ。隣でチッとか小さく舌打ちみたいなのが聞こえた気もするが、聞こえない。何も聞こえない。

 兎にも角にも、渋々といった感じではあるが、イオリの身体が《魔王》の膝上から隣の椅子へ降ろされると、イオリは安堵に大きく息を吐き出した。

 その侭硬直する。やべえええええ!忘れてた!


「可愛らしい《勇者》ですねえ」

「オイオイ、こんなのが本当に昨日アレをしたのか?」

「やーん!髪サラサラ!結んであげたーい!」


 そうだった、余りに衝撃的且つ《魔王》の存在感が強過ぎて今の今までさっぱり忘れていたが、此処は魔王城。そして、"六柱"が集っているんだった!

 自分以外は全て魔族、即ち敵である。のだけれども。


「イオ、葡萄(ぶどう)食べる?」

「たべる!」


 しまった!大好物につられた!

 流石二年間行動を共にした相手である。

 敵ながらあっぱれ…とは思わないぞ、決して。葡萄を食べながらでも、負けたとは思ってません認めません。一時休戦です。

 

 それにしても、此処は本当に魔王城なんですか。

 昨日、乗り込む前の決意は何処へやら、イオリは差し出される葡萄を頬張りつつも脱力感に包まれるのを否めなかった。ちなみに、葡萄は地球と同じ葡萄です。ただ、巨峰サイズの葡萄4~5粒を一粒にしちゃいました的にビッグサイズ。食べ応え十分。

 てか、あれ、"六柱"ってこんな人(?)達だったのか緩過ぎる。


 死神ことアンデルベリは黙然と座って食事しているだけだし、あとの四人はイオリが引く程フレンドリー。むしろちょっと静かにしてください余計混乱します。

 彼はもうちょっと離れてくれて良いくらい距離がががががが!近い!

 ……いや、殺気を消そうともせずに睨みつけている人物が一人。


「さてと、それじゃ何から話そうか」


 知ってか知らずかシカトしてか、魔族を束ねる悪の権化(と、教えられた)《魔王》の称号を持つ彼はイオリから視線を逸らさない侭、ニッコリと笑った。



 嵐のヨカン。主に私が。



次話ようやく六柱の紹介にいけそうです。

お気に召していただけましたら、評価感想等宜しくお願い致します。

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