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その一歩

 悪夢を見た気がする。




 二年越しの努力を実らせて、魔王城へ乗り込んだら情報が漏洩していた。

 しかも、ずっと支えてくれていた友人がニッコリ笑顔で《魔王》発言。

 冗談でも笑えない。わろえない。し、しかも何かあまつさえ、け、けっこ……いやいや聞き間違いに違い無い。というか夢だしね、うん。





「おはよう、イオリ」

 夢オチじゃなかったあああああああ!





 天蓋付きの豪奢なベッドに白いワンピース一枚で寝ていたイオリは、目覚めた直後からシーツを頭からすっぽりと被って、悪夢の出来事を忘れようと現実逃避していた。

 だが、どうやら一人の時間も許しては貰えないらしい。

 フトした拍子にシーツが捲くられ、呆然としているイオリの目の前に――気付かれずに一体どうやってなのか甚だ疑問ではあるが、同じベッドに横たわって口元を綻ばせる《魔王》がいらっしゃいました。まてまてまて、確かに私は貴方と二年間行動を一緒にしましたが、宿屋でも部屋は別だったしこんな近くでそんな奇麗な顔で笑わないでください。


「寝癖が付いてるよ、……かわいい」

「ふぎゃ!」


 何か人間じゃない悲鳴を上げた気がするが、それどころじゃない。

 男性の手とは思えないくらいに、整った指をスルリと伸ばして、彼はイオリの前髪に触れた挙句、シーツに広がる黒髪を一房掬い取ったと思ったら。

 騎士がどこぞのお姫様にするように口付けた。うわああああ何の乙女ゲーですか。


 現実世界でそんな事をやった日にはドン引きされる事請け合いなのに、それをサラリと、しかも完璧にやってのけた《魔王》は目の前の少女へ慈しみと愛おしさに溢れた眼差しを送っていたが、思考が追い付かず真っ白気味になっているイオリは気付いていない。


「り…リー……ヴ?」

「なに?イオリ……イオ」


 駄目だ思考がぐるんぐるんと渦を巻いている。船酔いしそう。

 此れは悪夢の続きなのかと、試しに彼の名前を呼んでみたら、至極嬉しそうに笑って彼だけしか言わないイオリの愛称まで呼びだす始末。

 し、しかも今迄ずっとフランクな呼び方だったのに、何やら今はとっても、とっても熱というか、い、いいいいい色気みたいなものが混じってませんか。負けるな私。


 確認しなければ。


「リーヴが……《魔王》?」

「うん、そうだよ」

「……っ…だまして、た…の……?」


 夢であって欲しいという願いは、あっけらかんと打ち砕かれた。

 では、最初から彼はイオリの傍で、応援するフリをしながら、イオリが奮闘する様を影で嗤っていたのか。いつでも、殺せるのに、と?


 涙が滲む。これは怒りか、悲しみか。


 ある日突然現代日本から《ガイアス》へと一人召喚され、悪の化身である《魔王》を倒してくれと真人類帝国の国王から直々に頼まれて。

 日本では髪の毛一本の霊感とか不思議な力とか持っていなかったのに、この世界では本来必要である呪文すら必要とせずに魔法を使えて、使えもしない剣を師範代の如く使えて。それでも、知り合いが一人もいない見知らぬ世界で不安だったイオリを支えてくれたのが、彼――帝国付き魔法剣士のリヴェンツェルだった。




 この世界に召喚されて、空色に変わってしまった瞳の色を戸惑うイオリに、奇麗だねと言ってくれて。

 初めて魔物と呼ばれるモノを倒した時の、斬った感触に震えが止まらない身体が落ち着くまで抱き締めてくれて。

 初めて食べる料理が美味しくて、感動していたら笑ってくれて。

 魔物の奇襲を受けた時、全力で守ってくれて。

 自信が無いと、漏らした時――何があっても、味方だよ、と言ってくれて。




 嬉しかった、本当に嬉しかった。

 イオリを利用する為だけに、異世界から召喚した帝国の為ではなくて。

 支えてくれるこの、大切な友人が住む世界を守りたいから。

 だから、イオリは《魔王》を倒す事を目指していたのに。本末転倒だ。


「騙してたのね!ずっと、ずっと私を笑って――」


 喉が震えて、悲鳴染みた声が部屋に反響する。 

 ヒステリックな女は嫌われるのに。それもこれもコイツのせいだ。

 直ぐ近くの胸板を強く押すと、その反動でイオリはベッドから飛び降りた。その侭、壁に立て掛けられていた自分の細剣(レイピア)を手馴れた動作で抜き放ち、《魔王》へ切っ先を向ける。


 あの時、玉座の間での出来事が余りに衝撃的過ぎて意識がブラックアウトしたが、その後にどうやらこの部屋に運ばれたしい。落ち着いた内装から、魔王城の一室に間違い無い。

 つまり、自分以外皆敵――何故未だイオリが生かされているのか皆目見当も付かないが、生きて帝国迄逃げるのは不可能だろう。それなら、《魔王》くらい倒してやろうではないか。


 怒りや憎悪というものは、容易く人間の心を燃え上がらせる。


 感情に任せて魔力を放出した為、イオリの髪がフワリと浮き上がり、狐火のような小さな蒼の焔が瞬き始めた。それに呼応して、ミスリルの細剣(レイピア)も蒼い焔を纏う。

 黒の髪と、蒼の焔に揺らぐ空色の瞳は最早人間の其れではなく、凄絶に、触れれば切れる程美しかった。今のイオリなら"六柱"全員が挑んでも、勝てたか分からぬ。だが。


「イオ」

「――!」


 じゅう、と肉の焼ける嫌な音がした。

 ゆっくりと立ち上がったリヴェンツェルは、蒼い焔も、向けられた剣先も全く見ず、イオリの瞳だけを柘榴石(ガーネット)色の瞳で唯真っ直ぐに見詰めて、あろうことか、高温を纏う剣を自らで握り締めた。自分がやろうとしていた事だというのに、イオリは驚愕に目を見開く。余りの驚きに魔力は霧散し、一瞬で焔は空気に溶けた。

 何をしているのだ、この人は。ああ、奇麗な肌が爛れて――。

 カラン、と手から細剣(レイピア)が床に落ちる音も、何処か他人事。



「イオリ……イオ。 俺は、君がそう望むなら、君に殺されてもいい」

「は」

「でも、出来れば君と一緒に居たい」

「あ」

「君を、愛してるから」



 泣きっ面に蜂ってこういう事?

 唯でさえ崩壊気味だったイオリの思考は、完全に崩壊して、冷静とか落ち着きとか、そういった類の単語をオールスルーする事にした。ブレイク万歳。逃避逃避で目をしっかり閉じる。


「……イオ、泣くな」


 泣いてない。絶対に泣いてない。これはきっと目からの汗だ!

 利用される為だけに召喚されて、信じてた友人にはガッツリ裏切られてついでに《魔王》で、しかも何かああああああ愛してるとか!もう訳分からない!私の二年は何だったのだ!

 もう嫌だ。何も見たくない。


「……俺を、見て」


 嫌だ。リーヴなんて嫌いだ。あっちいけ。もう騙されんぞ。

 固く閉じた目からは次から次に涙が溢れて、頬を伝う。これは痛みだ。

 《勇者》と言われても、召喚された時イオリは16歳、今だって18歳。

 類稀なる力があったとしても、心は未だ未成熟。

 

「イオ」


 ふわりと、瞼に温かい何かが触れた。

 小鳥が啄ばむように、軽く、それでいて確かに。

 

「イオリ、目を開けて」


 優しくて、穏やかな低い声が何度もイオリを呼ぶ。

 涙の零れる頬に温もりが触れると、漸くイオリは緩々と瞼を開いた。

 間近で瞬く、強い柘榴石(ガーネット)色の瞳が美しい。


「泣かないで」


 まるで、赤子をあやすように、低い声は囁いた。

 リヴェンツェルの唇が、何度も頬に触れ、目尻に触れ、額に触れ、こめかみに触れて、何度もイオリの名前を呼ぶ。泣いているせいで(おぼろ)な意識の侭、イオリの瞳と宝石のような瞳の視線が重なると、嬉しそうに彼は笑った。


「イオリ。 嘘を吐いていて御免、でも……君の味方だと、言った言葉に偽りはない」

「リー……ヴ」

「君に出逢えてから、俺は世界ではなく、唯一人を求めた」


 ほろり、と零れた涙を、リヴェンツェルの舌が掬う。

 熱い。リーヴの声も、空気も、そして触れる唇も。

 其処に居るのは、二年間共に過ごした友人であり、全く知らない異性。


「未だ混乱してる。 少し眠って……起きたら、全てを話すから」


 少しだけ、お休み。

 そう言ってリヴェンツェルはイオリの額へ口付けた。




 ゆっくりと、意識が眠りに沈んでゆく。

 力を無くす身体をしっかりとした力が抱く。


 優しい声が何かを囁いた気がした。


あ め え w

砂糖大盛り十杯くらいですか。魔王様が甘いのは主人公にだけです。

というかこれくらいのいちゃつきはセーフなのか、アウトなのか…。

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