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プロローグ

 血とか骸骨とかで飾られて、悪趣味に違いないと思っていた城は、意外な事に美しかった。



 控え目に飾られている絵画や、装飾品の一つ一つは、金も銀も使われていない。

 豪奢というより、静粛。煌びやかというより、清閑。

 だというのに、何処か気品を漂わせて侵入者であるイオリを出迎えた。



 "真人類帝国"の城のほうが、よっぽど悪趣味じゃない。



 これが、正式な招待を受けていたら、きっとイオリは控え目ながらも緻密で繊細な城内の様子に目を奪われて、はしゃいでいたかもしれない。

 だが、今は何よりも優先すべき事があるのだ。

 チラリ、と流れる景色を横目で見送るに留めて、疾風のようにイオリは城内を駆け抜けた。


 


 

●●●●●





 巨大な観音開きの扉の前で、イオリは足を止めた。



「ここね……」



 此処に、全ての"元凶"が居る。

 


 始まりは、二年前だった。

 それから幾つもの紆余曲折を経て、漸く、此処まで辿り着いたのだ。

 

 あと少し。あと少しで――……。

 いけない、感傷に浸るのは全てが終わってから。


 イオリは一つ息を吐き出すと、扉を――扉の先に居るだろう人物を睨み付けるように、空色の瞳を細めた。

 自分達に残された時間は、とても少ない。

 戦いの最中に護衛達が総出で妨害してきたら、如何イオリであろうと、命は無いだろう。

 命を捨てる覚悟ではあるが、むざむざとくれてやる気等さらさらない。


 イオリは左手に"風"を纏わせると、勢い良く扉に叩き付けた。

 到底イオリだけの力では開きそうに無い観音開きの扉が、バァン!と開く。扉が開き切る前に、開いた隙間から素早く室内へと飛び込んだイオリは、ミスリルで作られた細剣(レイピア)を腰から抜き放つ。

 落ち着いた臙脂(えんじ)色の絨毯を駆け抜け、階段の先に在る"玉座"へ向かい剣先を突き付けようと――。


「ッ……!?」


 主の居ない、玉座。

 玉座へと続く絨毯の左右端に、ずらりと並ぶ兵士達。

 そして、より玉座に近い場所には、他の兵士達と一線を画す六人の人物達。

 その全員が、まるでイオリが来る事を最初から分かっていたかのように、イオリへと視線を向けていた。


 イオリがこの城へ侵入して、まだ五分と経っていないのだ。

 いずれは感付かれると思ってはいたが、まさかここまで……もしや、計画が漏洩していた?


 あの六人は"六柱"と呼ばれる存在。

 一人一人相手にするなら、イオリにも未だ勝算はある。

 だが、六人全員を一斉にとなると、背に冷たい汗が流れるのを止められなかった。


 イオリは急いで背後を振り返った。

 せめて。せめて、この人だけは。


 イオリ――琴梨伊織(ことなしいおり)が、《魔王》を倒す為の"切り札"として、地球からこの平行世界である《ガイアス》に召喚されてから、ずっとイオリを隣で支え、共に戦い、弱気になった日には励ましてくれて、信頼している友人。



「リーヴ!貴方だけでも、逃げて!」



 異世界トリップのお約束・王道で、イオリは強い。

 だが、情報が漏れていたらしい。魔王が玉座に居ない以上、最早イオリが魔王を討ち倒すのは難しいだろう。だが、"六柱"とこの城を壊滅させ、城ごと"封印"してしまえば、数十年。否、少なくとも数百年は、魔王は活動出来ないだろう。


 ずっと、ずっと助けてくれた人。

 最後くらい、私が貴方を。


 イオリは彼の周囲に、物理攻撃も魔法も通さない特殊な防御壁を作ろうと手を虚空へ伸ばした。

 その動きが又停止する。






「御帰りなさいませ、我等が主」






 冷酷で、慈悲の欠片も無いと言われる"六柱"を筆頭に、其処に居たイオリを除く全ての者が恭しく跪いた。いや、もう一人を、除いて。

 ちょっとまて、今何て言った。



「ただいま。 御免ね、仕事を押し付けて」



 黒曜石のようなサラサラの黒髪が揺れる。

 イオリに微笑み掛ける表情はとても穏やかで、優しくて。

 柘榴石(ガーネット)色の瞳が、奇麗に細められた。


 ちくしょー、こんな時でも奇麗ですね!混乱し過ぎてイオリは涙目である。

 フ、と笑って頭を軽く撫ぜると、青年は迷いの無い足取りで絨毯を進む。


 向かう先は――玉座。


 黒曜石を刳り抜いて作ったらしいシンプルな玉座に、銀と金の刺繍が施された臙脂の飾り布が、当然のように座る青年に似合いすぎていて、イオリは喚きたくなった。

 信じられない、ありえない!



「"初めまして"、《勇者》イオリ。 俺が《魔王》だよ」



 コノヤロー騙してやがったな!

 私の味方だよって、言ってくれたのに!

 絶望感と喪失感に苛まれるイオリに、《魔王》は艶然と微笑んだ。











「さてと、自己紹介も済んだし――ずっと、この日を待っていた。 イオリ、結婚しよう」







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