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その十三歩

「――という訳なんだけど……」

「ばっかだなァ、イオリってー」

「馬鹿だろ、お前」


 何故に!?

 イオリの切々とした説明に返されたのは、余りにもバッサリとした返答だった。

 遠慮容赦なく、思い遣りとは180度かけ離れたものだ。優しくない!


 爽やか過ぎて、寧ろ黒い雰囲気すら滲ませる《魔王》様の視線が耐えられず、味も分からない程急いで朝食をかき込むと、イオリは早々に広間から退散した。

 だからといって居候の身であるイオリは毎日の日課というか、仕事というものは別段宛がわれていない為に毎日何をする事もない。


 その為、初めて魔王城で迷った時に見つけた庭園へ足を運び、朝の散歩をするのがイオリの日課らしい日課となっていた。

 色とりどりの植物と、優しい香りの花に癒しを求めてやって来たイオリの目に飛び込んできたのは、嬉々として訓練に勤しんでいらっしゃる"六柱"の"雷獣"エストと"炎帝"ヒュールでした。


 訓練とか鍛錬とかを否定する気は、イオリにこれっぽっちも無いのだが。

 庭園の植物達を、炭にしかねない勢いで暴れている二人にキレ……いやいや、ちょっと人を一人包み込めるくらいの大きさの水球を作って、ぶつけて、頭を冷やしてもらっただけです。


 二人以外にも、その場に居た衛兵の人達が引き攣った顔をしていた気がするが、きっと気のせいに違い無い。うむ。

 とにかく、余計な被害が拡大するのを防いだ後、事の顛末を知らない二人へ朝起こった事を相談してみたのだが、返ってきたのは実に優しくない言葉だった。


「自分から誘ってるようなモンじゃねえの、ソレ」

「は、さそっ、えええええ!?」

「そもそもだ、王の眠る寝室に侵入して、無傷というのも感心ものだが」


 無傷というのは一体どういう意味でしょうか。

 幾つか考えられる候補はどれも余り笑えたものでは無い為、イオリは思考を無理矢理に放棄した。それよりも、エストの言った事が今は重要である。

 自慢ではないが、今までで彼氏は一人しかいなかったし、その彼氏とも手を繋いでドキドキしてたくらいでキス、すらしていない侭別れたんだぞ!

 そんな私があんなエロ《魔王》様を誘うなんてそんなおそれおお


「相変わらず、何を考えているのか直ぐに分かるな」

「イオリおっかしーの、一人で百面相してら!」

「してない、何も考えてない!」


 自分自身の感情が、すぐに表情と直結してしまうのが恨めしい。

 呆れ顔で指摘するヒュールの声に、イオリは両手を頬にあてがって二人から表情を読み取られないように隠しながら、声高に否定した。

 決して図星とかではない。断じて違う。乙女の恥じらいというやつだ。


「だが……余程お前は王に好かれているらしいな。 あの方が《魔王》となられた時から御傍に居るが、あのように毎日楽しそうな王を見るのは初めてだ」

「あー、だよなァ。 なんつーの?雰囲気も優しくなったよなー」

「え?リーヴっていつもあんな感じじゃない……の?」


 得心顔で頷く二人を他所に、イオリは驚きを隠せなかった。


 一体、いつからリヴェンツェルは《魔王》になったのか。

 そもそも最初は普通の魔族だったのか何なのか、ついでにヒュールの年齢はどれくらいなのか等々聞きたい事は山程にもあったが、イオリの感心を最も惹いたのは、二人の持つ《魔王》のイメージとイオリの持つ《魔王》との認識が大きく違う事だった。

 まあ確かに、初めてリヴェンツェルと出会った二年前に比べて、ここ一ヶ月程の彼は随分スキンシップが激しいとは思いもするけれども。

 戦闘の時こそ真剣な顔だったが、大抵は"年上のお兄さん"という表現がしっくりくる微笑が似合う人で、別段近寄りがたいという印象を抱いた事も無い。

 それがどうやら、違うらしい。


 まさか演技か!?と悶々とした心中が顔に出ていたらしい。

 ヒュールとエストが顔を見合わせると、ぷっ、と吹き出した。

 そのままヒュールからデコピンを食らわせられる。うっ、地味に痛いぞ。


「余計な心配をするな、アレが本来の王なのだろう」

「きっとさー、王はずっとイオリみたいな()を待ってたんだろーなー」

「はあ……?」


 謎だ。大いに謎だ。

 頭の上に疑問符を浮かべるイオリとは真逆で、二人はまたもや納得したように顔を見合わせて頷いている。

 ぬぬぬ、何だか自分だけ置いてきぼりにされている気がする。


 さっぱり意味の分からないイオリが意味を問いただしても、結局二人は笑うだけで教えてはくれなかった。

 しまいには、稽古途中であった事を思い出したエストが再びやる気モード全開になって、結局有耶無耶にされてしまった。





●●●●●





「そうねえ、王の御心は王だけのものだから、私には分からないけれど……」


 透き通るような長い睫毛を色っぽく(またた)かせながら、"氷雪の魔女"ミルカは軽く首を傾げた。

 その所作一つ一つが全てに於いて洗練されていて、とても優雅である。

 これで微笑みの一つでもセットになっていたなら、礼儀作法の教本へ絶対に載るほどなのだが、ミルカを目下悩ませているのは新しく出来た"妹分"の相談事が原因であった。


 朝の騒動が原因で《魔王》から逃げて、暫く姿を見ないと思っていた小さな《勇者》がひょっこりと戻ってきたと思ったら、何やら神妙な面持ちをしているではないか。

 まだ《魔王》と直接顔を合わせるのは気まずいらしい。

 大理石の柱や曲がり角の壁に若干隠れながら大広間へ現れたイオリを、とりあえずは椅子に座らせて事情を聞いてみれば、どうやら少女が気に掛けているのは朝の出来事ではなく、《魔王》の人となりらしい。

 

 これは、"六柱"の誰かに何か吹き込まれたかしら?

 (おおよ)その見当はつく。後で如何様にして吊るし上げようかとドス黒く広がる思考を全く感じさせない完璧な微笑みを形作ると、ミルカは如何にも自信ありませんとばかりに項垂(うなだ)れる《勇者》の艶やかな髪を一撫でした。


「王の変化は、とても良い事よ」

「……本当、でしょうか……」

「ええ、ほんとう」


 魔王城の誰に聞いても、ミルカと同じ事を言うに違い無い。

 それだけは、確信して頷けた。


 絶大な権力と、魔力を持ちながら、故に誰からも畏れられ。

 奉るように、祟るように存在した《魔王》の心は何時しか凍りつき。

 永久(とこしえ)に溶ける事は無いと、誰もが思っていた。


 それを溶かしたのは、唯一人だけ。

 隣に立って、歩めたのは、唯一人だけ。


 彼を《魔王》と知りながら、傍に、と笑ったのはこの少女だけ。

 故に、《魔王》は《勇者》を放しはしないだろう。


 だからこそ、"氷雪の魔女"は微笑む。

 小さな《勇者》の背中を見えない手で押すように、そっと。

 

「王は、あれくらいでお怒りになられる方ではないわ。 だから、まだきちんと謝っていないのなら仲直りしていらっしゃいな」

「……はい、そうします。 リーヴ、悪くないのに朝から騒いじゃったし……ありがとうございます、ミルカさん!私行って来ますね!」


 多少落ち込んで、翳っていた空色の瞳が本来の輝きを取り戻した。

 一人で納得気にうむうむと頷いたと思ったら、急に立ち上がってあっという間に大広間から全力疾走して消えてしまった。

 事の一部始終を眺めていた衛兵達も、微笑ましい《勇者》の姿に笑いを禁じえないらしい。


 皆が皆、同じ顔をしている。

 それが妙に可笑しくて、おかしくて、嬉しくて。

 ミルカ達は静かに、笑った。



 《魔王》と《勇者》の行く末が、どうぞ幸せなものでありますように。



 それは当人達の知らない、小さな、沢山の祈り。


珍しくイチャイチャが無い回でした…(笑)

誤字脱字等ありましたらご一報下さいませ。

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