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その十一歩

主人公視点ではありません。

残酷描写が出てまいりますので、苦手な方はご注意を。

 "真人類帝国"の皇帝は苛立っていた。



 皇帝の自室、目に痛い程の赤と金を基調として整えられた室内は、調度品一つとっても一般市民が数年は働かずとも暮らしてゆける程に高価なものである。

 その中の一つ。白磁に金の装飾がこれでもか、と施された壷が皇帝の手から飛ばされた赤ワイン入りのワイングラスとぶつかり、床へ落ちて粉々となった。


 給仕をしていた侍女が、ヒッと小さく悲鳴を上げて体を竦める。

 今の皇帝にはその仕草すら煩わしく、青褪めたその侍女を怒鳴り散らすと、侍女はしきりに頭を下げて謝罪しながら逃げるようにして退出して行った。



「一体どうなっているというのだ!《勇者》は何処へ行った!?」



 一人、室内でどたどたと室内を歩き回りながら毒吐く。


 《勇者》が"魔国"の魔王城へ乗り込んだという報告を間者(スパイ)から受けて、早数日。

 倒されればこれ程に重畳な事はないし、もしも《勇者》が《魔王》に敗れて帝国に戻ってきたとしても、適当に反逆の罪でも着せて地下牢獄に幽閉してしまえば良い。

 

 何せ、あの幼く愚かな少女は、「元の世界へ帰してやる」と一言言えば、何でも従順に従う皇帝の人形なのだから。

 この世界にあの少女を元の世界へ戻せる者は存在しない。

 可能性があるとすれば、召喚した魔術師達だろうが……《勇者》を呼び出す為に使用した魔術師達は、禁忌が齎す力に耐え切れず、穴という穴から血泡を吹き出し悶死していったのだから。


 それにしても、《魔王》が倒されたという報告は無いし、逆に《勇者》が敗れたという報告も無い。いや、ここ暫く間者(スパイ)からの連絡が一切無い事にこそ皇帝は苛立ちを覚えていた。


「あの無能どもめ……与えた仕事すら、満足に出来ぬのか!」


 苛々と指に嵌った大粒のダイヤが輝く指輪を弄りながら、皇帝は不愉快気に鼻息荒く一人ごち、再び手近な調度品へワインの瓶を投げ付けた。

 硝子が粉々になって床に散らばり、赤い液体がじわじわと高級な絨毯へ広がってゆく様を見ても、皇帝の苛立ちは納まらない。


 若い女でも抱いて苛立ちを落ち着かせるしかないと、使用人を呼び付けるべく部屋に設けられた呼び鈴を鳴らそうとした皇帝は、ふと、自分以外の存在が室内に存在している事に気付いた。


「何者だ!」


 鋭く叱責の声を飛ばす。しかし、その声は先程と異なり緊張に満ちていた。

 皇帝の部屋には数人掛かりで手掛けた、侵入者防止用の結界が張られている筈である。

 その結界を破っての浸入ともなれば、相応に力を持った者と判断出来るのだが……奇妙な事に、結界は破られていない。少しでも結界に傷が付けば、けたたましい鈴の音が響き渡る筈だというのに、室内には寒々しい迄の静寂だけが広がっていた。


 だが、皇帝の背には嫌な汗が流れていた。

 視線はカーテンの向こう側、部屋の光が僅かに届かぬ闇の領域。


 窓辺のカーテンが、風も無いのにふわりと揺らぐ。



 柘榴石(ガーネット)色の瞳。

 窓の外に広がる夜の闇と同じ髪。

 黒いシャツとズボン姿はいっそ質素。

 

 だというのに、この威圧感は何だ?


 まるで、闇すらもこの人物に平伏(ひれふ)しているかのよう。


 闇を纏う青年は、淡い笑みを湛えて皇帝をその瞳に映した。


「今晩は、皇帝」

「……此処が私の部屋と知っての狼藉か、その首無いものと思え!」


 青年の視線と合った途端、無意識のうちに後ずさっていた身体が憎らしい。

 歳若い青年に言い知れない緊張と、恐怖を抱いている事が認め難く、皇帝は乾いた唇を一度舐めると闇を跳ね返すように低い声を轟かせた。

 その侭、呼び鈴へ伸ばしていた手を伸ばし、侵入者を知らせるべく鳴らそうと――。



「知っているよ、お前が皇帝だとも。 二年前から、何も変わらない愚かな皇帝」



 直ぐ近くで、低い声が何の感情も無く。

 耳朶(みみたぶ)からほんの数センチだけ離れた場所から囁かれる声に、背がぞっとする。


 馬鹿な!?馬鹿な!!

 一体何時の間に、これ程近くまで接近を許した!?

 

 一度として、この男から皇帝は目を離していない。

 一度たりとも、視線を外していないのだ。


 ならば、一体何時、吐息すら触れる距離にこの男は近付いた?

 動く素振りも、魔法を使った素振りも無く、まるでそうある事が当たり前であるかのように、柘榴石(ガーネット)色の瞳を持つ侵入者は、皇帝の直ぐ傍らで艶やかな笑みを湛えた。


「軽く幻惑の魔を掛けただけだったのにね。 未だに気付かないなんて」


 ふふ、と心底可笑しそうな笑い声が空気を震わせて耳に届く。

 言葉自体は穏やかな響きだが、其処に紛れも無い嘲笑の色を感じ取り、皇帝は金縛りにあったように動かせなかった身体を勢い良く後退させた。

 直後、部屋へ雪崩れ入って来る護衛騎士達の背後に回りこみながら、喚き散らす。

 顔には、侮蔑を受けた事に対する怒り。


「侵入者だ!殺せ!」

「おや、物騒だね」


 幾つもの剣を向けられながら、対する青年は随分とのんびりして見えた。

 だが、騎士達の目には並々ならぬ警戒が如実に滲む。

 ゆったりと立っているだけなのに、隙が全くない。


 斬りかかった瞬間に、逆に自分が倒れ伏す想像すら簡単に出来てしまい、騎士達は皆剣こそ構えているが、動き出せずに居た。

 短時間の間にじっとりと嫌な汗が滲む。 


 何だ、"これ"は?人なのか?

 こんな気配を持つ者が、人なのか?


「何をしている!早く殺せ!お前達も首を斬られたいか!?」


 逡巡(しゅんじゅん)を断ち切ったのは、皇帝の金切り声に近い命令であった。

 我に返った騎士達は、自分達の脳内に響く警鐘を無理矢理に抑え込む。

 目で合図を交わし、二人の騎士が頑丈な盾を片手に、剣を振り翳す。


「……可哀想に」


 何が。

 誰が。


 そう、問う間も、疑問に思う時間すらも、与えられはしなかった。

 

 突風が吹き込むようにして、一瞬で室内に広がる闇。

 夜よりも深く、それ自体が悪夢へと誘うかのような闇。

 人が決して触れてはいけない、狂気にも似たもの。

 ――底無しの深淵。


 何の気負いも無く、差し伸べられた青年の片手には、何時の間にか血の色をした一振りの剣が握られていた。

 ごととん、と何かが落ちる。


「ばけもの……」


 放心した騎士達の、一体誰がそう呟いただろう。

 侵入者に斬り掛かった二人の騎士は、驚愕の面持ちだけを皆の瞳に焼き付けて、すっぱりと上下を切り裂かれて、床へ転がっていた。

 鎧も、骨も、肉も、関係無く。奇麗に、すっぱりと二つの肉塊に。

 

「愚かな皇帝よ、《勇者》に免じて一度だけ機会(チャンス)を与えよう」


 騎士も、皇帝も、誰も動けない。

 圧倒的な力量、いっそ暴力的な魔力に全員が呑まれていた。


「お主……《魔王》……?」


 壊れたように全身を戦慄(わなな)かせる皇帝の、息も絶え絶えな声に、フッと《魔王》は微笑んだ。

 肯定を示すように。


「俺は、面倒だから全て滅ぼしてしまおうと思っているんだ。 でも、彼女がそれを望まなかったから……だから、一度だけ、お前に機会をあげる」

「き、機会……?」


 既に皇帝は、《魔王》へ戦を仕掛けた事を後悔していた。

 父親であった先帝の、生ぬるい"魔国"との友好関係は馬鹿馬鹿しく、病で先帝が死し自分が皇帝になった暁には肥沃な"魔国"の土地を同盟や、友好関係では無く自分の領地として手に入れようと戦を仕掛けた。

 

 だが、それは間違っていた。認識が、甘すぎた。


 先帝は生ぬるかったのではない。

 《魔王》の力量を知っていて、一番良い方法をとっていたに過ぎないのだ。

 《魔王》は"弱くてつまらないから"滅ぼさないだけ。

 不興を招けば、自分だけでなく国ごと滅ぼされる……跡形も、無く。


 次元が違いすぎる。

 これでは、まるで、


「戦をする暇があるなら、増やした税を民へと還元し、整備を整え、魔獣の脅威から民を救え……安定した生活、戦や獣に怯えない日常……平和。 それこそ、《勇者》が望む事……ねえ、皇帝。 お前は彼女が払った対価以上のものを、生涯掛けて払わなければならない」


 騎士達が微かに息を飲み込む。

 民の大多数は知らないが、騎士達は"禁忌"によって異世界から呼び出された少女の存在を知って居た。矢張り人とは異なる不思議な祝福と力を持ちながらも、決して元の世界には戻れない、哀れな空色の瞳を持った少女。


 《勇者》は《魔王》の傍に居る。

 この場に居た誰もが一瞬で理解した。


「俺は、彼女にだけ跪く。 彼女が悲しむ事は――全て、滅ぼすよ」


 たとえ、一つの国であってもね。

 《魔王》が笑う。だが、楽しそうな面持ちに反して、眼差しは酷く冷酷で。


 皇帝は、震えながら(こうべ)を垂れるしかなかった。


「御言葉の侭に……」

「嗚呼、あと。 間者(スパイ)は面倒だから消したよ」

「……!」


 帝国でも屈指の実力を誇る闇を駆ける間者すら、《魔王》の手に掛かれば赤子を捻るよりも簡単な事なのだろう。

 ついでのように告げられる事実に、皇帝をはじめ、騎士達も改めて自分達との違いを知らしめられる。


「"禁忌"なんて使わないようにね。 今度おかしな事をしたら、彼女が止めてもこの国――灰にする」


 空気を揺るがす事なく、ふわりと《魔王》の片手が(ひるがえ)る。

 ダンッ!と、稲妻のように、皇帝の足元へ突き刺さったのは、《魔王》が持っていた血色の剣だった。

 腰を抜かしてその場にへたり込む皇帝を眺め、《魔王》は目を細めた。


「《勇者》……イオリは、《魔王》が貰い受ける。 お前には、返さない」


 《魔王》の足元に転移の為の、魔法陣が浮かび上がる。

 皇帝の足元に突き刺さった剣が、粒子となって砕け散るのを惚けたように眺めていた皇帝は、《魔王》が消える直前に発した言葉を、心底恐ろしいと思った。



「一つだけ、俺はお前に感謝しているんだ。 彼女を、この世界に呼んでくれた」





「彼女が、帰れない事を俺は安堵してる。 もしも元の世界に帰れるなら……」












「手足を斬り落としてでも、此方に縛り付けただろうから」

《魔王》様黒い。黒すぎる…!上記やり取りですが、イオリは勿論知りません。6/23若干文章編集。

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