屋上―monster―
『一瞬』というものは、目に見えなくて、理解できず恐ろしいものだ。『一瞬』のうちに人は年を取り、『一瞬』のうちに人は思考し、そして『一瞬』のうちに運命は狂いだす。
あのときもそうだった。あのとき、自分が妹を見つけることができなかったときも、そうやって運命の歯車は音を立てて、急速に回り始めていたのだ。
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「…………ち、ちょ、超、人類?」
0コンマ何秒かの間、蒼の脳は完全に思考をストップさせてしまっていた。今までに聞いたことがない単語が、涼平の口から飛び出したからである。超能力の方は単語自体は知っている。いわゆる、『エスパー』のことなのだろう。RPGなどでよく登場する、人知を超越した力のこと、そしてそれを扱うもののことを『超能力者』と呼ぶ。しかし、後者の方は初めて聞く単語であった。『超人類』? なんだそれ?
「……当然、聞いたことないな」
蒼の疑問を感じ取ったのか、涼平は申し訳なさそうな口調で話す。
「あ……うん、ごめん……」
なんとなく反射的に謝る蒼。
「別に、謝る必要はない」
それすらも見抜いているのか、涼平は蒼に追い打ちをかける(本人にかけた自覚はないのだろうが……)。
「あ、ごめん……」
「……」
しかし、自分の性質自体は変えることはできない。またも謝罪をしてしまい、二人の間には微妙な空気が流れる。蒼は謝り、涼平はそれを制す。その繰り返しであった。そして辰巳はというと…………特に何もしていない。何もしていないからこそ、辰巳にはこういう状態は耐えられない。
「……焦れったい」
そう呟いた辰巳の言葉は他の二人には影響がなかったらしい。その様子を辰巳はフードで隠した頭の中に叩き込んで、もう一度似たニュアンスの言葉を投げかける。
「焦れったいんだよ。このあと笹川がなんて言葉をあおっちに言うかもわかるし、それに対するあおっちの反応も明白。だったらさっさと言ってさっさと嫌われろよ、笹川」
辰巳の言葉は虚しくも教室に響いただけだった………わけではなかった。この言葉を切っ掛けに涼平は、面倒臭がりながらも(依然として表情に変化は見当たらないが)話始めた。
「『超人類』とは、まぁ、いわゆる一つの都市伝説から生まれた造語だな。その都市伝説とはこういうものだ」
そう言い、涼平は饒舌に語り始めた。とある都市伝説を。
「その昔、地球には本当に神様というものが存在していた。
キリストでなければ、仏陀でもない。
ヒトから神になったのではなく、神が受肉を果たしヒトとして生きていた時代が大昔にあった。
そのとき、世界は過去にも未来にもないくらい平和だった。
ヒトとして生きる、いわゆる『現人神』がこの世を治めていたからだ。
その神は全知全能であった。
枯れ果てた大地に湖を作り、子の出来ぬ者に子宝を授け、巨大な地震が起こればそれを指ひとつで止めてしまう。
奇跡の力の持ち主だったんだ。
だからこそ人々は、その者について行き、やがて世界は一つとなった。
しかしそんなとき」
「ちょ、ちょっと待って……」
さすがに焦る話題だ。いきなり言われた言葉が未知の領域に食い込んでいて、それに伴う自己解釈が頭の中でバグを引き起こしていた。
「えっ……と、え? な、何? あの……えっと、都市伝説なんだよね?」
「……その反応が当然なのかもしれない。が、俺の口では、俺が知っている範囲のことしか話せない。だから、それに対する疑問も俺には答えることはできない。いいか?」
本当は真実なんて聞きたくもない。全てのことに耳をふさぎ、世界から断絶された存在になりたかった。しかし、そんな風に生きていくのはもう嫌だった。過去に、自分が断ち切りたかった世界は、むしろ、複雑で強固な糸が絡み合い、簡単に切って落とせるような部類のものではなかった。だからこそ、今度はむしろあえて切らない。切らないことで見えてくる世界があるのかもしれない、そう考えたのだ。
蒼は、もの凄い勢いで体に酸素を溜め込み、一気にそれを吐き出した。顔がさっきより引き締まって見える。そして、
「…………お願い、します」
そのままの表情で涼平を見つめた。
「わかった。続けるぞ」
その表情を涼平は静かに見つめ話を続ける。
「しかしそんなとき、ある事件が起きた。
神でも予測しえない『天災』が起こったのだ。
神は地球上の事象なら、その全知全能の能力で解決させてしまう。
しかし、神はその天災を止めることはできなかった。
なぜか。それは空から、つまり宇宙から降ってきたものだったからだ。
巨大な隕石の存在を神は感知できなかった。
神は何とかしてそれから人々を守ろうとした。
だが結局は無駄に終わった。
神自身は、己の能力のおかげでかろうじて生き延びることができた。
しかし、地球上の人口は十分の一にまで減ってしまった。
そこから、神は神として生きられなくなっていった」
そこからの話は誰にも止められなかった。話を聞いている者も、話をしている本人でさえも。
「人々から非難された神は、徐々にその神としての全知全能の力が使えなくなっていった。
理由も定かではなかったが、とにかく使えなくなった。
そして神は自分の心の内にある物が、時間をかけて育っていっていることに気が付いた。
それは後に『憎悪』と呼ばれるようになる。
あるとき神だった者はその『憎悪』を一人の男に向けた。
自分を神だと慕って今までついてきてくれた男であった。
神だった者はその拳を男に降り下ろし、降り下ろし、降り下ろし、そして殺してしまった。
するとどうしたことだろう、神だった者には、一部ではあるが能力が返ってきたのだ。
それを知った神だった者は、その後次々と人を襲った。
自分の妻も、自分の子も、幸福な親子も、自分を神だと奉った者達さえも、すべて殺していった。
徐々に回復する自分の能力に比例して、神だった者への人々の『憎悪』は増していった。
そしてついに事件は起きた。
元信者たちが一斉に神だった者に襲いかかり、殴り、蹴り、刺し、切り、屠り、そして神だった者はとうとう絶命してしまった。
するとどうしたことだろう、神だった者の骸となったその体内から無数の光が溢れ出し、そして、人々の心の中へと入っていったのだ。
光を与えられたものは無性に神だった者の血がほしくなった。
そして、神だった者の死体から血液を啜ることによって、彼らは人類の持つ力を超えた能力を扱うことができるようになったのだ」
「これが俺の知っている都市伝説の内容だ」
「え、えと、結末は?」
「わからない、これが俺の知っていることは全てだ。これ以上はない」
少し拍子抜けだったことは否めない。序盤は都市伝説というよりかは、本当にどこかの地域に伝わっていそうな伝説の類の話かと感じるほど壮大なものだった。それが、最後の最後にピリオドを打たずに終えている。こんな話の先が気にならないわけがない。
「で?」
「ん?」
確かにそういう都市伝説があることの理解はできた。しかし、本題に関わっていない。今の話の中に『超人類』という単語はただの一度も登場していないのだ。涼平の話にはまだ先がある、蒼は直感的にそう感じ取っていた。
「えと、その、つまり?」
「つまり? ……ああ、そうか」
理解が追いついたらしい。
「つまり」
そして涼平は言う。
「お前、人を殺したことがあるか?」
「…………ん?」
おそらく気のせいだ。おそらく聞き違えたのだ。もしくは、涼平の言い間違いなのかもしれない。
「間違えた」
後者の選択が正しかったようだ。そんな真剣な表情で言われれば、それを信じ込んでしまうではないか。そういう勘違いしやすい間違いは本当にやめてもらいたい。
「言う順序としてはこっちが先か。改める。お前、身内にだれか失踪者はいないか?」
蒼の顔は驚きの表情で満ちた。図星だったのだ。
「両親か?」
「い、妹……」
六年前の夏、家族で都内へと遊びに来ていた時のことだ。両親と蒼本人が目を離したその隙に、妹の由香里は失踪していた。いつどこでいなくなったのかもわからず、警察への捜索願はむなしく今でも本人は行方不明のままだ。それを涼平は言い当てた。奇妙な言葉を前に言って。
「恐らく、その妹は失踪していない」
真実は知りたかった。都市伝説の先も気になった。自分の知らないことがあるのは嫌だった。しかし、
「その妹は」
今は聞きたくない。聞きたくない。耳も心も全てを閉じてしまいたかった。だが、何もかもが今更ではある。
「お前によって殺された可能性がある」
今度こそ聞き間違いのはずだ。何を言ってるんだ? この目の前の人は? 初対面の相手にこんなことは言うべきじゃないとは思うが、馬鹿なのか?
「…………何言ってるの?」
今にも泣き出しそうな震えた声を、懸命に捻り出す蒼に対して、涼平は表情の一切を変えることなくこう切り出す。
「俺が自分に他人とは明らかに異質な能力を所持していることに気づいたのは、俺の母親が失踪した二日目の昼のことだった。今まで何ということもなく普通に生活していたわけだが、能力が発現したことに気づいたときはもう、時すでに遅しだ。優しかった母はいなくなった、俺の能力を置き土産みたいにしてな」
「…………全く意味がわからない」
ただ一言だけそう呟く。
「……たく、ほんとめんどくせぇ奴だな」
ここで辰巳が話に割って入った。イライラとした口調で、ついさっきまで表に出していた飄々とした印象は微塵も感じられなかった。
「回りくどく言ったって結果は変わんねぇんだよ」
その言葉を聞いても涼平の表情は依然として冷ややかである。
「いいか、蒼?」
先ほど命名されたあだ名であるところの『あおっち』ではなく、はっきりと『蒼』と呼ばれた。それほどに真剣なのだろう。
「笹川の説明は回りくどすぎて分かり辛い。だから今ここで」
そこまで口を動かして辰巳はある一つの事実に気づいた。蒼の表情。今にも崩れ落ちてしまいそうな、怯えた子犬のような目線でこちらを見つめている。当然だ。突拍子もない話を素直に受け入れろと言うこと自体が不可能に近いのだ。第一、自分が現実をありのままに受け入れるのにどれほど時間を費やしたと思っているのだ、そう自分に問い詰めることで辰巳は今の現状から逃避していく。
当然、蒼にこの現実を受け入れることは無理な話であろう。今端的な話を聞いただけで蒼の表情は変わった。そこでもしかしたら多くのことを感づいたのかもしれない。だとすれば、否、だとしても、真実を教えないことはあまりにも蒼にとって酷な話なのだ。だからこそ、
「かいつまんで説明する。さっきの都市伝説の解釈としてはこうだ、『神から能力を奪い取った者を超人類と呼ぶ』、『能力を発現させるためには人を殺す必要性がある』。そして、蒼本人には自分でもまだ気づいていない能力が開花している。ともすれば」
受け入れるにはあまりにも時間が足りない。しかし、
「……あおっちは誰かを殺して、その誰かの血を啜って」
辰巳は言う。
「そして、能力に覚醒したんだと思う」
誰も何も答えなかった。
長い沈黙の先で出てきたのは、蒼の、
「へ? え、えと、何言ってるの?」
蒼の、
「う、嘘、だよね?」
拒絶とも絶望ともとれる言葉であった。
「嘘言ってる顔に見えるのか?」
真顔のままただひたすらに涼平は言う。
「全部真実だ」
「じゃ、じゃあ、行方が分からないのは」
「お前が殺したからだ」
淡々と事実を述べる涼平に対して、蒼は困惑した表情を浮かべ、
「へへっ……」
ふいに笑みを浮かべた。
「は?」
「ふふっ、ふふふ、ふふふふ、あはははは、あははははははははははははははははははははははははははははは」
ただ繰り返し笑う。笑って笑ってそして真顔になりぼそっと呟く。
「…………そんなわけない」
「どういう意味だ?」
「僕は殺してない」
辰巳は何も言わなかった。何も言えなかった。
「何を言っている。俺たちは殺した、そして能力に目覚めた。お前が殺していないわけがないだろう」
「僕は能力なんて知らない。由香里はまだ見つかってないだけだ。僕は、僕は、殺してなんかいない……。僕は、違うんだ」
涙でぐしゃぐしゃになった顔で蒼は叫んだ。
「僕はお前らなんかとは、違う!! 化け物どもめ!!!」
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止めどなく流れ落ちる塩辛い涙。
何に対して泣いているのかはわからない。
しかし、止まることはない。
あんなこと言うつもりなんて、更々無かった。
中三のとき、真とケンカをしたことが一度だけあった。
つまらない内容だった。
どんな風にケンカになったかは、今となっては思い出せない。
だが、あのとき言われた言葉を今まで忘れたことはない。
『ふざけんな! お前に俺の何がわかんだ!』
あの時の言葉はひどく痛かった。
その日は、真とは話ができなかった。
あのときはどんな風に謝ったっけ、そんなことを思いつつ、蒼は目の前に広がる、だだっ広い青空を見つめていた。
勢いで飛び出した教室から駆け上がってきた屋上。
息はまだ整わない。
背中が痛い。
地面が固い。
空が青い。
天上が、無い。
お久しぶりですねぇ!
『ハードボイルド探偵』です!
感想をくださいってのが、第一に言いたいことです、はい。どんなことでもいいです。批評さえしていただければ………
まぁ、初めて読む方も、そうでない人も!今後とも、私めの小説を、あっ、よろしくお願いいたしやす。