教室―fire,water―
教室の扉を開けようと、少年は目の前の扉に手をかける。何の変哲もない、どこの学校にもある普通の木製扉だ。しかし、その扉は鉛のように重く感じられた。扉が壊れていたわけではないし、鍵がかかっている訳でもない。だがしかし、その扉は重かく、そして、開けられることを躊躇っているかのように閉じていた。
少年は、その重い扉をゆっくりと押し開け、中に入った。瞬間、教室から一陣の突風が勢い良く吹き抜けていく。
「……よう」
中から人の声がした。声色は少年のそれではあったが、声変わりが進んでいるようで、少々しぶい声で呼び止められたのだった。突然だったため、少年は内心少々ドキリとし、声の方向へ恐る恐る頭を動かす。
「え……あ、いや、その……」
声の主は、自分が今いる場所の、一番近くの席に座っていた。こちら側からでは、顔が見えない。背格好からして、身長はゆうに180cmはあるだろう。
「お前……名前は?」
急に普通の質問をされて、又もドキッとしてしまった。
いつもなら、自分が無言になってしまうと、そのあとの会話が詰まってしまい、結局そこで会話が終わってしまうのだが、なぜか、今、目の前にいる人は、積極的に自分に話しかけてくれたのだ。嬉しい反面、少し驚いた。
「え、と……夜空、蒼、です……」
言葉を最後まで言い終わるか言い終わらないうちに、さっきの声の主は、びくっと頭を上げた。
「ヨゾラって、あの、夜の空の夜空か?」
「え、あ……う、うん……」
「アオイって、草冠に倉か?」
なぜこのような質問をしてくるのか、蒼には全く理解できなかった。確かに、夜空なんて名前、普通は見たこと無いかもしれない。しかし、仮にそうであっても、ここまで突っ込んで聞いてくる意味が分からない。そんなことを考えつつ蒼は、「うん」と答え、頭をゆっくりと縦に振った。
「……そうか」
「どうかした?」
蒼は心配そうな目で見ていた(相手がこちらに背を向けてしまっているので、当然気付いてはもらえないが……)
「……そうなのか」
そう言い、その少年はゆっくりと椅子から立ち上がった。
予想通り、身長は高かった。さっき座っていたときよりも、ずっと大きく見える。振り返りこちらに顔を見せる、端正な顔立ち、しかしどこかに影を落とし、表情はない(・・)。
「俺は笹川涼平。よろしく」
「あ、うん。よろしく……」
「突然で申し訳ないが、お前の能力を教えてほしい」
「へ?」
さっきまでの笑顔とは一転、一瞬にして、頭の中が真っ白になった。蒼自身も、相当アホな声を出してしまったと自覚している。
しかし、質問の趣旨がまったく読めなかった。能力と言うのは、頭の良さを指すのか、はたまた、芸について言っているのか。重要な内容のはずなのに、まったく理解できなかったのである。
それに気づいたのか、悩んでいる蒼の表情を見て、
「……何も聞いてないんだな」
「え…… あ、うん。ごめん……」
涼平は静かに首を横に振った。
「いいさ…… 言われていない面々のほうが多いはずだからな。気にするな、そのうち分かるから」
「う、うん」
そうして静まり返った後、涼平は静かに椅子を起こして腰をかけた。
「だがしかし……」
きちんとした前置きをして、涼平は言葉を放つ。
「すまん。こんなときどういう対応をするべきか事前に考えていなくてな」
「え、あ、ううん、問題ないと思うけど」
「……しかし、知っていて欲しかった、とは思う。今後のことについても話したかったしな。俺の口から言ってもいいのだが、しかし、自分の覚悟ができたときに訊くべきだと思うのも、また事実だ。しかし……」
こんな様なことを延々と涼平は呟いていた。
ここまで話されて、蒼の感情はパンクしそうだった。
もともと、人と話すのが苦手なせいも無いとは言えないが、さすがに、ここまでうじうじと言っているのを聞いていて、声をかけられないほどのチキンではない。
「あ、あのさ、話したくないんだったら話さなくてもいいと思うし、話したいんだったら話した方がいいと思うし、でも、そうやって言ってても何も解決しないと思うし…… 思うし、思うし…… 思、うよ?」
蒼のこの言に納得したのか、はたまた自分の考えが纏まったものとして落ち着いたのか、涼平は沈黙を選んだ。そして、蒼は自分の言ってしまったことに対して、一抹の不安を感じつつ、顔を下に向けそのまま黙ってしまっていた。
そのまま時間は経過することを許さなかった。新鮮な空気と共に、一人の少年が入ってくる。背丈は涼平よりは少し低い。が、そんなところはもはやどうでもいい。いかにもな感じの制服の着方だったからだ。ブレザーとシャツの間にパーカーを羽織り、そのフードを被っている。両耳にはピアスがつけられ、視線もそこそこ厳つい(これは蒼の個人的な感想である)。
その少年は、静かに黙りこくっている蒼たちを見つけると、満面の笑みを浮かべ、涼平の方へ早足で近づき、耳元に顔を近づけた。
「なぁ、お前が笹川?」
「っ!?」
言葉による不意打ちで相当驚いたらしい(表情にその様子を垣間見ることは出来なかったが)。一気に顔をその少年の方へ向け、その少年の顔を涼平はただ無表情に眺めていた。
「……誰だ?」
「ああ、俺、雲前辰巳。ヨロシクな」
「うんぜん?」
涼平は、確かめるようにそう呟くと、机の中から板状の携帯端末を取り出して、電源を入れる。
「おっ、『iPad』じゃん。しかも最新式。あんた意外とそういうの使い慣れてるんだな、すげ」
涼平が使っている携帯端末を見て、辰巳は目をきらきらと輝かせながら呟く。しかし、蒼はそのことに注意が向いていなく、涼平はそれを聞き取れてすらいなかった。
「なぁ、お前」
次の辰巳の目標は、蒼へと移行した。
辰巳の声は、蒼のすぐ横で耳に入っていったはずだった。しかし、蒼の意識は完全に無視する方向に入っている。その言葉は蒼には響いていなかった。
蒼は怯えていたのだ。先ほどの自分の対応、確実にまずかった。いつもはあんなことなど絶対に言わない。もしかしたら、否、もしかしなくても彼を怒らせてしまったに相違ないのだ。いつもだったら相手の考えがまとまるまでじっくり待って、そして自分の意見を述べる、それが通例だ。しかし、今回はなぜか他人に口出しした。初めての場であるからという理由づけだったらいくらでもできるが、他人に向かって、しかも初対面の人に向かって意見出しなど、自分でも信じられなかった。加えて付近にいる少年の存在。誰がどう考えても、ヤバイ人だ。今まで幾度となくそういう人種に出会ってきたからわかる、わかってしまう。
「全然聞こえてねぇな……」
そんなどうでもいい言葉だけは蒼の脳みそに届いた。否、届いてしまった。意識的にその少年を無視していたつもりではあったのだが、その声にはなぜか
「う、うん。全然聞こえてな……」
とかという意味が大凡通らない返事をしてしまったのだ。当然、その声に反応してしまった以上、前言を撤回して無視を決め込むわけにもいかない(普段の経験から得た僅かながらの知恵である)。かと言って、このまま話を続ける勇気は蒼にない。となると取れる選択肢は蒼には一つしか思い付かなかった。
「うえ!? ……と、誰?」
「そこで驚くか? ふつー」
過度のリアクションとジェスチャーを併せそこまでのことは何もなかったかのように振る舞う。それを最善と考え、このような反応をする。しかし、
「プラスして、お前聞いてただろ? おれのはなし」
辰巳はそう言って、蒼の顔を覗き込む。
「え……あ、うん……」
蒼は少し戸惑いつつも、微妙な笑顔を向け頷く。
「さて……と。お前が、噂の蒼君?」
「え……」
言葉につまる。予想だにしない質問を不意打ちされたからだ。辰巳はそのまま蒼の目を見つめ言葉を放つ。
「夜空 蒼君だろ?」
蒼は静かに辰巳を見つめ返して、懐疑の表情を浮かべる。
『噂の蒼君』
この言葉の意味がいまいち(と言うか全く)よく分からなかったのだ。
まず第一に分からないのが、『噂の』について。自分のどこが、どんなところで、どのようにして有名になっているのか皆目見当がつかない。そして、なぜ自分の顔を知っているのか、入学資料なんて、家で全然目にしなかったし(そもそもこの学校に行くことさえ知らなかった)、そんなものがあるのであれば家で目につかないはずがないのだ。だからこそ、ここは話を逸らすために、
「あ、あの。お名前は?」
「……そこは聞いてないのな? 悪かったな、俺は雲前 辰巳、ヨロシク」
人のいい笑顔。見た目の風貌とは裏腹に、そんな表情を蒼に向ける。迷いがないような、あったとしても軽く乗り越えてしまいそうな明るさ。自分にこんな顔を向けてくれた人はたった一人しかいなかった気がする。そんなことを心の奥底で考えつつも、やはり、こういうタイプの人間は信用ならないし、とても怖い。
「あ、あの、よ、よろしく……」
もうこれ以上この人物と関わるのはやめるべきだ、そう判断し蒼は話をこれで打ち切ろうと声を放った。しかし、
「声が小さい!」
「……へ!?」
辰巳からは予想外の反応を受け取った。
「返事をするときくらい腹から声! はい、もう一回! さん、はい!」
「え、あ、よ、よろしく!」
「そうそう! それぐらい出さないと! なっ!」
そう言うと、辰巳は思い切り蒼の肩を叩く。どうやら見た目は見た目だけにとどまっていて、ただ単純な馬鹿だったのかもしれない。そして、蒼はその直後にうずくまる。
「どした?」
「い、痛い……」
想像以上に痛かったらしく、目に涙を浮かべる。
「あ、わりいわりい。ちょっとばかし鍛えてるからさ。ま、かんべんってことで頼むわ」
「き、鍛えている……ですか。すごい……ですね」
ちっとも悪びれることなく辰巳は話すが、蒼にとってかんべんという言葉で許せる様なレベルの痛みではなかった(もっとも蒼にとってのことだが…)。叩かれた場所には、くっきりと辰巳の手形が赤く残り、当の本人はその痛みを必死に堪えて笑みを作り出す。
「……これか」
今まで話に参加してこなかった涼平が、急に口を開いた。『i pad』には、辰巳の写真と細かい文字で書かれた文章があった。
「雲前辰巳。能力は……自己申告で発見。『水を操る力』、ね……」
「おい~、そういう目、止めね? そういう人を疑う目。俺そういうの嫌いだし」
そう言うと、辰巳は自分の鞄の中から500mlのペットボトルを二本取り出した。中には満タンの水が溜められている様に見える。
「なんなら、今から見せよっか?」
ペットボトルの蓋を交互に開け、辰巳はその場で身構る。
「止めたほうがいい。そういうものは人前で堂々とするべきではない。なにか間違ってるか?」
涼平は静かに辰巳を制し、確認の意思を提示する。彼の言葉に感情の起伏を認識することはできなかったが、その一言で蒼には、急に周囲の空気がさながら深海にいるかの様に重く張り詰めて感じられた。
「失敬失敬。わかってるって。俺だってその辺のことで大分後悔してるし、冗談だったんだよ。わりいわりい」
その重みを感じ取っていないのか、辰巳の言葉はとても軽やかだった。
「……それは反省の言葉と見ていいのか?」
「反省してます」
笑顔で答える辰巳の言葉に全くその色は見えない。
そして、蒼にとってこの会話は、何のことだか全く理解出来なかった。特に、『能力』と言う何の変哲もない単純な、しかし難解な言葉に苦戦を強いられている。
最初に考えていた仮説はこうである。この二人は、何か大道芸的な特技を持っている人で、その特技を今この場で披露しようとしているのではないかと……。
しかし、この仮説は先程の言葉によって疑念に変わった。『今から見せよっか?』。この言葉によって蒼の思考は完全に理解不能の領域に食い込んでしまった。大体、ペットボトルに入っている水だけで、何をどうこうできるとは到底思えない。それこそ、種や仕掛けが施されているのであれば話は別ではあるが、それを自分の目の前で準備している様子はない。
「それでさぁ、あおっち?」
辰巳の次なる視線は蒼を捉えた。しかしその口からは、蒼の思考能力を現実に引き戻すほどの思いがけない言葉が発せられた。
「……あ、あおっち? って……だ、誰?」
辰巳はその言葉を聞くと、やれやれと眉を下げ頭を振る。
「何言ってんだよ? お前だよ、お前。名前、『蒼』だろ? だから、あおっち。あだ名に決まってんじゃん」
「へ? ……あだ名?」
予想に反する答えが返ってきて、辰巳は眉間にシワを寄せた。
「えっ? 何? あだ名って言葉、知らない?」
「えっ? ……あ、ううん、知ってるよ。知ってるけど……」
言葉を濁しそのまま何も言えなくなる。『あだ名』、この言葉を蒼が知らないわけがなかった。
『なぁなぁ、あいつのことしってるか?』
『夜空……だっけ? あいつ、マジで影薄いよな』
『成績いいってのは認めるけどな、人付き合いはわりいわ、無口だわ。何かちょっとキモいよな』
『ガリ勉キャラとかマジ引くわ』
『少し不気味だしね〜』
『あいつのあだ名考えたんだけどさ、「影が薄くて不気味な男」縮めて「影薄男」ってどう?』
『おいおい、不気味はどこ行った?』
『縮めすぎ〜! マジウケる』
別にそんなどうでもいいことをネチネチと覚えていたいわけではない。そんな自分が嫌いだったわけでもない。言いたい奴には言わせておけばいい。そんな風に考えていた。ただ許せなかったのは、そんなことを言われた自分ではなく、唯一無二の友人がその事に対して怒ったことだ。だからこそ、一向に忘れることのできない記憶でもあった。
「んで、あおっち?」
辰巳の言葉で蒼はまたも現実に引き戻された。目の前には、自分のことをまだ何も知らない無邪気な子供の様な辰巳の顔がある。
「え……と、何?」
「あおっちでいいよな? 呼び方?」
「あ……うん。いいよ」
その言葉を聞くと、辰巳は満面の笑みを浮かべる。素直な笑い顔。久しぶりに目の前で見た気がした。
ここは僕がいた世界とは違う。ここには僕を知っている人はいないのだ。ここに着いてすでにわかっていた。しかし、完全にかけ離れた世界というわけでもなかった。辰巳のさっき言っていた言葉、『噂の蒼君』、あの言葉がどうしても頭から離れなかったのだ。別に、そんな有名になるようなことをしたような思い出は、一つもないはずだ。そりゃ、頭だけは人よりも良かったと思う。しかし、そんなことが校外で噂になるはずがない。自分のことなのに、全く心当たりがない。
「ね、ねぇ、う、雲前くん?」
「よせよ、そんな他人行儀〜。たっちゃんって、呼んでくれ」
「じ、じゃあ……た、たっちゃん……」
戸惑いながらも蒼は辰巳にそう呼びかける。
「おう。何?」
満面の笑みで返ってきた。この呼び方がどうやら気に入っているらしい。
「あの……どこで噂になってるの? あの、その、僕のこと?」
それを聞くと、辰巳は唸りだし、頭を抱える。悩んでいるわけではない、と思う。どう見ても、ふざけて考えている姿にしか見えないのだ(が、これは単に客観的な意見なだけで、本人がどう思っているのかは、まったくもってわからない)。
「どうせ、ネットだろ」
急に言葉を発したのは、今まで会話に参加してこなかった涼平だった。
「いや……まぁ、そうとも言うけどね…」
「そうともって、な」
「何が?」と続けそうになって蒼は勢い良く両手で口に封をした。辰巳はその行為を不思議そうな目つきで見つめていたが、すぐに興味がなくなったらしい、また頭を抱えるふりをし始めた。自分の悪い癖だと蒼自身も自覚している。昔は、今ほど、人付き合いが苦手だったわけじゃない。ただ、思ったことを直ぐに口にしてしまい、ケンカに発展し、よく友達を無くしていた(だからこそ、こんなにも人と話せなくなってしまったのかもしれない)。
「まぁ……そうだね。うん」
熟考した上で(実際はもちろんわからない)辰巳はその言葉を導き出した。
(そうなんだ……)
口には出さずに呟く。
「初めてあおっちのこと知ったのはね……二年位前、だったかな?」
二年前といえば、中二の初めだ。確かその頃には、目立つ様なことをした記憶もないし、ネットで噂される様なことは何もしていないはずだ。
「確か……見出しはこんなんだったかな、『謎の小学生、怪物を操る』とかかんとかって」
(……小学生?)
その言葉に少々どころではない引っ掛かりを感じた。
「え、と……何で?」
「へっ? 何でって、何が?」
もっともな回答である。
「えっ……何で小学生?」
「あれっ? ネット使わない人?」
知らない筈がない。唯一の友であり、親友のあいつ(・・・)が居なかった頃は、インターネットが友達か様に、それにほとんどを捧げていた生活だったのだから(無論、学校には皆勤賞をとるほどきちんと通っていたが…)。
「そんなことは無いんだけど……」
だがそんなことを正直に言えるわけもなく、蒼は曖昧な返事をする。
「じゃあさじゃあさ、過去の記事とかって読んだことある?」
その一言で、蒼の脳内は、一瞬にして真っ白な灰と化した。至極、話は単純なものだったのだ。つまり、辰巳は過去の記事を見たときの話をしていたのだ。恥ずかしさ以外は、何も沸き上がってこない。
「……あおっち、だいじょぶか?」
その様子を見かねたのか、今度は辰巳が質問を返してきた。
「あ、あう、あの……ごめん」
蒼はあわてふためきながら、そして頭を下げる。
「な、何してんだよ。頭あげろよ。やられてるこっちが恥ずかしいし、そもそも謝る必要性なんかないだろ」
当然の返答ではあったのだが、蒼としてはそんな答えがかえって来るとは思ってもみなかったらしい。慌て頭を上げる。
「あう、その、あの、えと……」
何が言いたいのか、周囲には全く判断できない言葉を発して続け、表情すら見えなくさせるように蒼は顔を下に向けていった。
「……」
それに対する辰巳の対応は無言であった。蒼の動揺に全く興味を示していない様に見える(・・・)。しかし、見えるだけだ。表情にさほどの変化はない。しかし、その口元は徐々に笑みを浮かべた(それだけでは、何を考えているのかわからないのも事実であるが……)。
「だから、その、あのね……」
そんな言葉を聞き続けたせいか、三日月形の口の我慢の限界はとっくに越えてしまった。蒼が全てを言いきる前に、辰巳は急に吹き出し、大声で笑い始めたのだ。
「えっ? え? えっ?」
笑いは伝染する。辰巳から涼平へ(ただし涼平の表情は笑顔とは大分かけ離れたものだったため、笑っていてもただ不気味にしか見えなかったが)、ついには涼平から蒼へと伝染した。閑散とした教室で三人の笑い声が響いたのだった。
「く、苦しい……」
息も絶え絶えになりながらも、辰巳は言葉を絞り出す。二、三回の深呼吸の後、辰巳は漸く正常になった自分の声を放った。
「やっぱ見立て通りだわ、あおっち。見立て通り、お前は面白い。クラスメイトとしてこれから一年は絶対楽しい、サンキュな」
「……クラスメイトなの?」
「そこも知らないの? そうだぜぇ、俺とあおっち、それにそいつもクラスメイト。楽しくなりそうだろ?」
蒼の表情に笑みが浮かぶ。中学のときには、感じることの出来なかった感情だった。
確かに真と一緒のときは楽しかった。思い切りはしゃいで、思い切り笑ったりもした。でも、真もそこで思い切りはしゃいで、思い切り笑ったりしたのかどうかまでは、正直言ってわからなかった。でも、ここにいる二人のことは直ぐにわかった。思い切り笑っている。思い切り笑えている自分がいる。
「……ありがとう」
「ん?」
唐突な言葉に辰巳の頭上にクエスチョンマークが浮かび上がる。しかし、ほんの数秒目の前の蒼の表情を見ることですべてを理解したようだ。
「そんなことで、いちいち礼を言うなよ。これから、疲れまくっちまうぞ、そんなんじゃ」
一呼吸開けて辰巳は言葉を続ける。
「中学のときは寂しい思いをしてきたのかもしんねぇけどさ、今は違うはずだろ? あおっちはここに存在してるし、生きてる。ちゃんと地に足つけて生きてる。だから、もっと感情さらけ出せよ。あおっちは物じゃない、人だからな」
驚いた、の一言に尽きる。出会ってまだ数分の相手の心を完全に(所々訂正したい箇所はあったが)読んでしまっている。凄まじき才能だ。
「……全部わかっちゃうんだ。すごいね」
「やっぱそう思う?」
顔には満面の笑みが未だに大きく広がっていた。
「いやね、なんとなくわかっちゃうんだなぁ、これが。男子限定だけどよ。どっちかって言うと女の子の方がわかった方がかなりいいんだけどさ……ま、そんな気負いすんなって意味でとらえてくれればいいから、なっ!!」
辰巳はそう言って、蒼の肩を凄まじい勢いで叩いた。蒼の肩には、辰巳の手形が後書きされたようにくっきりと残った。痛くもありそれは同時に、
「おいおいおいおい〜、泣くなよ〜」
蒼の涙を誘発させていたいた。
悲し泣きではないことはわかった。しかし、蒼にはよくわかっていない。どうしてこんなにも涙が止まらないのか、どうして悲しくもないのに涙が出るのか。今まで流したことがないほどに蒼は泣きはらした。
「ゲリラかよ〜、豪雨かよ〜」
辰巳の悪ふざけは耳に入ってきている。しかし、反応する気にはなれなかった。
「泣くなよな。どうした一体? 俺のせいか?」
「……が、う」
「違う」と答えたかったのに声が出ない。表情で表そうとも考え付いたが、こんな顔を初対面の相手に見せるわけにもいかなかった。
「……」
一通り自分のしたいことは終えたのか、涼平はその無表情な顔で蒼をにらめつけ、
「おい、夜空。夜空」
蒼のことを呼びつける。しかし、
「? ちょ、ちょいと! 待てぃ!!」
反応は辰巳からやってきた。
「俺はお前を呼んだつもりはない。夜空と話がしたいんだが?」
辰巳の言葉は聞き入れず、涼平は立ち上がり蒼のもとへと近づく。しかし、辰巳は辰巳で涼平の動きを止めるかのように二人の間に割って入り口を開く。
「そんなことは百も承知! だがしかし! お前に一言言っておきたいことがある!」
「……何だ?」
涼平は冷静に状況を見極め問いかける(ただ単純に辰巳と会話をするのが煩わしくっただけなのかもしれないが)。
「それじゃあ、お望み通り言わさせてもらおう!」
辰巳は涼平に人差し指を向けはっきりと答える。
「『夜空』じゃない! 『あおっち』だ!」
ぽかんとさせられる内容だった。涼平の表情は依然として変化する兆候がない。
「そんなことなのか? 言いたかったことは?」
冷静に淡々と意見を述べる。
「ああ、そうだけど〜? 何か問題でも?」
こちらは真剣な面持ちとはかけ離れていて、どの程度真面目に会話をしているのか理解できない。
「俺は真剣な話を蒼にする。邪魔だからそこをどけ」
至極まっとうな答だったが、しかし、それは辰巳の神経を逆撫でさせた。
「どくかよ! バ〜カ」
「馬鹿と言う方が馬鹿だ。馬鹿」
「あ、今言った! 今自分で言ったこと忘れたのか!? 相当バカみたいだな!! バ~カ」
「それは言葉のあやというものだ」
「お前が最後に自分からへまを打たなけりゃぁな、バ~カバ~カ」
初対面とは思えない軽快な言葉の応酬。
「あ、あの……」
当事者であるはずの蒼が声を発するも、二人に届いてはいない。問題は声量にあることを自身の心の内で確かめた後、
「あ、あの!」
より大きな声で二人に声をかける。その声は今度ははっきり届いたらしい。二人は言い争いを終え、蒼の方へ目を向ける。蒼の目には弱々しくはあるが、はっきりとした光が宿っているように二人には見えた。
「……」
涼平は勝手に頷き、辰巳を払い除け蒼に近づく。辰巳も抵抗の意思を示さない。
「……話してもいいってことか?」
蒼はじっと涼平の顔を見つめ、その言を聞く。
「本来、こういうことは自分で気づくべきことだ。だからこそ、ショックも少なくなる。自分の知らない自分のことを相手から真実だと言われる怖さを俺は知らん。それでも」
そうだったとしても、
「知りたいか? 自分のことを?」
「…………わからない」
はっきりとはいかないが、しっかりと自分の意見を述べる。自分が本当に知りたいことなのか、ただ単純に目の前の長身の男子生徒の威圧感に負けただけではないのか。しかし、仮にそんな理由だったとしても、
「でも、知りたい。何も知らないままなんて、僕は、僕は嫌だ」
蒼はそう言うとすぐに涼平の顔から目を背けた。気恥ずかしさがあった。今までこんなにはっきりと、相手に向かって自分の意見を述べたことはなかった。だからこそ、恥ずかしい。恥ずかしくて、照れ臭かった。しかし、涼平はそんな感情は感じ取らなかったらしい。そのまま蒼の肩に手を置いて、口を開く。
「どこから聞きたい?」
照れ隠しを抑えながら自分の答えを口に出す。
「最初から……最初から教えて」
何も、本当に何も知らないのだ。無知の知どころか、無知であることにすら無知だった。だからこそ、一から十まで知りたい。
「俺も、俺主観の端的な話しかできない。それでも、問題ないか?」
「……うん。お願いします」
迷いなども感じていた。迷いなくこの決断ができれば自分は大したものだろう。しかし、そんな力は自分にはない。だから、もし知ることによって自分が後悔したとしても、それを目の前の二人の所為だけにはしたくなかった。
涼平は何かを考え込むように一瞬目をつぶり、その後ゆっくりと開け、静かに話し始めた。
「超能力、それに『超人類』の存在を知ってるか?」
運命の向かう先は確実に方向を変え始めていた。
ややっ!どーもどーも、『ハードボイルド探偵』です。
今回の話題はズバリ「終幕」についてで〜〜〜〜〜〜す!!!やはり、重要なことですよね〜、終わりって…ハッピーエンドにするかバッドエンドにするか…………まだまだ先は長いのですが、今から真剣になって考えています。
そこで!!!皆さま方に感想を書いて貰うついでに、どちらがいいのかアンケートをとりたいと思います!!!!!!
是非是非感想を書いてください!!お願いします!!!!以上、『ハードボイルド探偵』でした。