袋―secret―
少年はバスを降りた。春何番かの風が、桜の花びらと共に吹き抜けていく。
「んしょ…っと」
少年は、今まで引きずっていた、大きめの横に長い旅行用バッグを肩にかけた。振り返ると、後ろの出口の所から、自分と同じ制服の子供たちがわんさか降りてきていた。
(あれ…こんなにいたっけ?)
ふいにそんなことが頭の中を通過していったが、何も気にせず少年は校門をくぐった。
歩いていくうちに、だんだんと周りのことが分かってきた。どうやら、自分の乗ってきたバス以外にもスクールバスはあったらしい。しかし、そのバスから出てくる人たちの中には、どう見ても、日本人じゃないのも混ざっている。アフリカ系なのか肌が黒い人や、鼻が通っていてヨーロッパ系の西洋人のような人もいる。だが、そんなにいろんな人がいる中でも、二つだけ共通点が見当たる。顔が下を向いていることと、みんな、自分と同じようなバッグを肩に提げていることだ。全員のオーラが混ざり合って、周りの空気を重くしている、そんな気がした。だが、重くしているのは自分もなのかもと思うと、余計に気分が盛り下がった。
「ふぅ…」
完全に疲れきっていた。ストレス+疲労、今にも倒れそうな勢いで、校舎とは違う方向にある建物目指して、少年は歩いていった。ここの学校は全寮制なのである。ただでさえ広い敷地とは、また別に、横長のアパートのような建物があった。ざっと見た感じでは、何棟あるのか検討もつかない。少年は一番手前の寮の目の前まで来ると、ふいに、ポケットから二枚折りになっている小さいメモ用紙の様なものを取り出して、中を確認した。
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紙にはそう書かれていた。少年はそれを確認すると、ゆっくりと目の前にあった階段を上りだした。二階まで着くと、たくさんのドア、ひとつずつに記されている番号を確認していった。
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144・・・
と来たところで、少年は一つ前のドアまで戻っていった。
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「あった…」
少年は、紙をぶっきらぼうにポケットの中に入れると、ドアノブに手をかけ、ゆっくりと引いた。空気が閑散としている、人の気配はない。少年は部屋に入ると、隅のほうへかばんを両方とも置いた。
「ふぅ…疲れた…」
そう呟いて、少年は部屋を見渡した。よくよく見てみると、床が少なく思えた。いや、面積がという訳ではない。部屋の両端は、3,4段ベッドに占拠されてしまっていて、床が見えているのが、玄関とベッドとベッドの丁度真ん中だけだったからだ。
自分の他に、同じ様な形のかばんが一組置いてあった。
(おんなじ部屋の人のか…どんな人なんだろ)
などと考えつつ少年は、さっきまで背負っていた小さいほうのリュックから、巾着のような袋を取り出した。少年は、袋を小刻みに揺らし、中に入っているかを確認した。
(母さん…)
『父さんは?』
『…まだ寝てるみたいね』
『…』
『浮かない顔しないで』
『……何で反対したの?』
『一度、言ったことは二度も聞かないのよ。わかった?』
『…うん』
今朝、家を出るとき、母さんの顔がいつになく悲しそうに見えた。そんな風に見えただけだった。ただの思い過ごしかもしれないし、本当は泣いていたのかもしれなかったが、実際のところは良く分からなかった。
『…これは?』
『父さんからの、餞別だ……受け取れ』
出発の前夜だった。母は、いまだに出しているコタツで、静かな寝息をたてて眠ってしまっていた。そんな中、父が自分に話しかけた。普段からそんなことするような人じゃなかったことは、自分が良く知っている。口数も多いほうじゃない。そんな父が、前日に、ある袋を渡してくれた。うれしいのやら、さびしいのやら、いろいろな感情があべこべに混ざり合って、よく分からない表情を出してしまった。
『どうしたの?父さん、変だよ?』
そんなような言葉を言った気がする。その言葉を聞くと、父は黙り込んでしまった。
『父さん?』
そのまま、少しの間、何も言葉を交わしていなかったような気がする。そして、その長い沈黙を破ったのは父だった。
『……その袋の中には、重要なものが入っている。他人を守ることもできるが、簡単に人を傷付けることもできる。…これを開けるのは、自分に力が、本当に必要になったときにしろ。いいな』
『う、うん…』
ただそう答えるしかなかった。あの、強い視線、言葉の勢い、あれに勝るものを、自分は、まだ見たことがない、不意に少年はそう思った。
巾着の中からは、小銭のような物がぶつかり合ったジャラジャラとした音がする。
(……がんばらなくちゃ)
少年はそれを制服のポケットの中にしまうと、急いで寮を出た。そろそろ、入学式の時間だ。
皆さん、こんばんは。今、現在11時21分です。
今回のテーマは、『蒼くん』です。前回のあとがきに書いたとおり、僕の他作品には、たくさんの蒼くんが登場します。例えば『遊〇王』系の作品では、気の強い戦士の蒼くん、『〇面ラ〇ダー』系では生意気な蒼くんと…たくさんあります。そして自分の中でお気に入りなのが、この小説の蒼くんです。気が弱くて、それでも芯は強く、周りからの期待は裏切れない、超まじめ君な『夜空蒼』。今後の活躍に期待していてください。
それでは皆さん、夜も深くなってきたのでこの辺で、さようなら。又、次回お会いしましょう。