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幕開けーeinsatzー

 コンピュータゲームの歴史は古い。


 その存在が初めて世の中に知れ渡るのは十八世紀中期。中国は未だ清の時代でありイギリスとのアヘン戦争の真っただ中。日本においては江戸幕府は文字通り健在という、我々にしてみたらずいぶんと昔、おとぎ話のような世界である。


 しかし、そんな時代の中、西洋の科学者たちはコンピュータゲームというものを考え付いた。その際には、実現不可能なものとして一時研究自体見送られるが、長い歳月をかけ十九世紀初頭には、初の対戦型チェス盤が完成することとなる。


 そこからおよそ百年間、我々人類はあらゆる才能や、労力、発想や時として運をも使いながら人類史に多大な影響を与える機械を生み出し、それをゲームという形で社会に取り込むことに成功してきた。それは、人類が発明してきた機械史の縮図とも軌跡とも言えるだろう。


 そして今、まさにこれから、その歴史が新たな一ページを刻もうとしている。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 などという説明文が前方の巨大スクリーンに流れていた。

 時刻は午後四時ジャスト。食堂で指示された時間はとうに過ぎ去っている。にも関わらず、招集理由であるところの「エンターテイメント」な「オリエンテーション」が始まるような雰囲気には全くなっておらず、どころか、巨大スクリーン前に設置されているライブ会場のような設営の付近に生徒たちの影は少ない。各々がその会場を囲うかのように静観し、そのままそこを動こうとしていないからである。理由の一つとして考えられるのは、当然のことながら「困惑」があるからだ。そもそも、あの校長、『J』のことが一番信用できていない。だからこそ、『J』の言われたとおりに素直に会場に集まるのではなく、どのようなことがこれから起こるのか、遠巻きに見張っている者が多いのである。また、このオリエンテーションが始まっていないことに関して、入学式と同じく時間内集合を守れない存在が挙げられる。集合場所とされたこの場には、確かに相当な数の人間が集まりつつある。この学校に入学してきた学生の母数が多いのだから、当然と言えば当然なのだが、それでもちらほらと「誰がいない」、「彼がいない」などといった声が聞こえてくる。遅刻の原因となるその内容は様々であろうが、最も多いものとして考えられるのは、

「『J』の話を聞いていなかった」

これ一つに絞られるだろう。

 なぜか。その答えは至極簡単で、

「あの放送は食堂内でしか行われていなかった」

からである。校内に一斉に放送すれば良かったのでは? と思うかもしれないが、なぜそうしなかったのかという理由は『J』本人以外知りえない。無論、あらゆる可能性は思考できるかもしれないが、しかし、それでも、それは思考の枠を外れることはできない。想像の域を脱しない。そして、この場にはもう一つその想像の域をはみ出すことができない存在があった。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「で。それの意味、結局わかった?」

 めんどくさそうな口調で話す辰巳に対し、傍らの涼平はいやと首を横に振る。

「全く駄目だ。『J』が言うところのゲームに関係しているのだろうが、詳細は全くつかめない。第一、こんなものを俺たちに事前に渡す理由がわからん」

 淡々と状況を述べる涼平。それに後付する形で後方のアスカが口を開く。

「テレビゲーム用……だったら事前に配る必要なんてないもんねぇ」

「ああ。他の奴らがどう思っているかは知らないが、俺はそう睨んでいる」

「じゃあよ、スクリーンで流されてる文字の意味は?」

「フェイクだろうな。特に、日本語で流れているところが問題だ。あれじゃあこの学校の生徒の大半は理解できないだろうし、それこそ生徒たちの笑いのネタにしかならん」

 そう言いつつも涼平の表情は暗い(ように感じられる)。多くの生徒たちが集まりつつある校庭の一角、三人は時が経つのも忘れてしまうほど、今回の一件に関する考察に花を咲かせていた。

 そんな暗く見える涼平の表情から何を察したのか、辰巳は涼平とアスカの顔を交互に見比べ、口を開くも、しかし、何を言うでもなく口を閉じた。そんなことを何度か繰り返し、いい加減面倒になったのかついに自発的に声を放った。

「……うん、お前が言いたいことはなんとなくわかった。要はあれだろ? 俺とお前とアスカしかいない。しかも、あおっちには、食堂で出て行った以来一言も声をかけられていない。というか、今どこにいるのか見当もつかない。もしかするとあおっち来ないかもしれない。そうしたら俺の所為かもしれない。ああ、どうしよう…………みたいなことだろ?」

 何一つ辰巳に意見を求めたわけではない。にも関わらず、勝手に話し出す辰巳のことを涼平は無視し、しかしその答になる様な言葉をアスカに話す。

「蒼のことが心配じゃないと言ってしまえば、それは確かに嘘になる。心配なことは心配だ。だが、それ以上に心配なことはある」

 心配だと話すその表情は、しかし、全く心配そうな顔をしていない。

「あおっちのこと以上に心配なこと? 何かあったっけ?」

 とぼけた表情をするアスカに対して、涼平はスクリーンに顔を向ける。

「……何故こんなことをするんだと思う?」

「ん?」

「『J』の言いたいことがわからないわけじゃない。確かに俺たちは今まで生き辛かった、それは確かだ。自分のことを隠し、そうして生きてきた。そこに間違いはない。だがだ」

 言葉を切り、空を見上げる。

「だが、今更になってその力を制御して何になる? 失われたものが帰ってくるとでも言いたいのか? 制御できなかったが故に無くしてしまったものを、制御できるようになれば全てがなかったことにできるとでも言いたいのか?」

 静かに話し、しかし、その下げられた拳には力がこもっている。

「そういうわけじゃないんだろ? だったらなぜ、今になって学ばなければならない?」

 表情は一切崩れない。眉間にしわを寄せるでもなく、口元が歪むわけでもない。ただ、その両の拳のみは強く閉じられていた。

「涼平……」

「だからこそ、俺は知りたい」

 固く閉じた拳をゆっくりと開き、そして言う。

「いや、知らなければならないんだと思う。『J』の目的が一体どういうもので、どうして俺たちは生まれてきたのかを」

 そう言い切ると、その瞳を辰巳の方へ向ける。

「お前はどう思う? お前はどう考えて、この事実をどう受け取っている?」

 うーん、と大袈裟な唸り声を上げ考えを巡らし、そして、辰巳の得た答えは、

「分かんね」

「そうか」

 冷ややかな表情で辰巳を一瞥すると、涼平はその場を立ち去、

「ちょ、ちょ、ちょっと待て!」

 ろうとした歩みを止め、焦る辰巳の顔を見る。

「真剣に話をしている俺に対して、お前の答えはあまりに軽い。そういう適当な回答に対して、適当に話をつけて、この場から去ろうという考えは間違いじゃないと思うんだが?」

 まさしく正論ではあるが、辰巳はそれを認めるわけではなかった。

「別に俺は何も考えずにそう言ったわけじゃないぞ? 決してない。お前が言ってることも分かる。そう言う厨二チックな内容を、臆することなく言える高校生だってことも分かった」

 そこまで聞き、もう十分だと言わんばかりに、涼平は踵を返し、その場を立ち去、

「ちょ、ちょ、ちょっと待て! お兄さーん!」

 らず、まるで虫を見るかのような侮蔑の視線(見えるだけかも知れない。少なくともアスカにはそう見えた)で、辰巳を見る。

「ごめん、今はふざけた。本当に申し訳ないと思っていますごめんなさいお許しください」

「……で? 結局お前は何が言いたいんだ?」

「だから、そのまんまだって。分からないんだって言いたいの。だいたいさ、判断するには必要な内容が少なすぎるだろ? そんな中でさ、『J』が何考えてるかなんてわかるわきゃない。だったら今は、そんなわけのわからないこと考えるよりも、目先の問題に意識を向けるべきじゃないの?」

 もっともらしい意見であった。そのことを言ったのが辰巳でなければの話だが。

「……了解した」

 この一ヶ月間で涼平は気づいていた。辰巳という人間は根っからのちゃらんぽらんなのだと。人間としてのクズなのだと。他人との約束事は平気で破り、やることなすこと、どうしようもないくらい要領が悪い。要領が悪いにも関わらず、その物事をきちんと最後まで終わらせない。一晩どこかに消えたかと思えば、次の日の朝には寝床に戻ってきている。授業は蒼がいくら誘っても行こうともしない(これに関しては涼平にも同様のことが言えるが)。相手をおちょくり、そのことに対して反省しない。否、基本的に反省はない。何度も何度も同じことを繰り返し、同じようなところでしくじる。こんな人間を称する言葉を涼平は、「クズ」の二文字以外知らなかった。

 そんな奴が、今、非常に真面目なことを話している。普段はこんなこと言わない。絶対に言わない。ならば、今が奴の本心ではないのは明確であると、そう涼平は判断した。だからこそ、少し黙り込んだ後に、「了解した」と体面的には素直に呟いたのである。

「で、だ。目先の問題、そろそろ考えるべきじゃない?」

 辰巳にとっての目先の問題、それは、

「あおっち連れてこなくて、っていうか、探さなくていいのか?」

 そこに収束しているらしい。どうやら粗雑な性格であっても、友人という存在だけは大切にするらしい。考えの認識を新たにし、涼平はしかし、それでも首を横に振る。

「たぶん、問題じゃない」

「なんでそんなこと言えんのさぁ」

「言えるのすぁー?」

 口を尖らせ反応をする辰巳に続いて、アスカも山彦のように、涼平に向けて辰巳と同様の態度をとる。

「あいつは人に心配されるほどの問題を抱えて飛び出したわけじゃない。うちのチームの一女子のことが好きだってことが、ばらされそうになっただけだ。うちの全校生徒を見渡しても、その女子について知っている者などほとんどいない。つまり、そんなに重要なことをばらされそうになったわけでもない。違うか?」

 ただ淡々と思った通りの言葉を並べるだけの涼平に対して、しかし二人はぽかんとだらしなく口をあけた。

「……それだと、俺らがわかっちゃうじゃん?」

「それが問題なのか?」

「隠しておきたいと思うじゃん?」

「思うものなのか?」

「思わないの?」

「……思うものなのか?」

 涼平が辰巳のことを「クズ」であると理解したことと同様に、辰巳もこの瞬間、思考を巡らし理解していた。涼平はとても冷たい。人間として冷たい。自分は確かにテキトーだ。テキトーに生きテキトーな生活をし、テキトーな毎日を過ごしている。それでも友人は大切にするし、約束事も忘れたことなんてない。物事を途中であきらめたくもないし、やらかしてしまった失敗を次に生かそうとも考えている。大半ができないでいるが、しかしちゃんと考えてはいる。だからこそ、家庭の事情を理解した上でこの隣にいる幼馴染は、いつまでも自分の友人としていてくれるし、家族も自分のことを見捨てることをしなかった。

 だけど、目の前のこの男は違う。そう辰巳は判断した。他人のことが理解できず、理解する努力もしていない。だからこそ蒼についてもわからない。冷酷だ。見た目そんな風体ではないと思わせつつも中は冷たい、そう辰巳は判断し、

「……涼平が思わないんなら、そう、なんじゃない?」

 逃げた。隣で目を丸くするアスカの表情は一切無視し、辰巳は涼平から顔をそむける。

「……でも、俺は心配だからさ。その、ちょっとその辺見てくるわ」

 そう言って、なんとかその場から立ち去ろうとした辰巳ではあったが、急停止を余儀なくされた。

『お待たせした!!!』

 ひどく胡散臭げな声と面貌、入学式とは打って変わって、より派手さを増した金のジャケットに真っ白なシャツを着込んだ、自称この学校の校長が何の前触れもなく壇上に姿を現したのである。とびきりの笑顔、とびきりに浮かれた様子でありつつも、しかし、どこかに漂う妖しさは拭いきれていない。

『いやはや、本当に遅くなってしまって申し訳無かったね。こっちの……そうだな、電気系統と呼べばいいのかな? のトラブルがあってね、時間通りに始められなかったんだ。いやぁ、まことに申し訳ない!』

 そう言いながら頭をペコペコ下げる。

『ええ……と、ひい、ふう、みい、よ……っと、全員揃っているようだね、感心感心。食堂にいた生徒にしか声をかけていなかったというのにこの集合率というのは……、なんというか、人類の未来は安泰というべきかな? まぁ、君たちは普通の人類とは違うわけだけどもね』

 その言葉を聞き辰巳は安堵の表情を浮かべる。

(どうやら蒼を含めたうちの三人はどこかにいるらしい)

 それさえわかれば、あとは問題ではない。『J』自身がなにがしかの提案をして合流するもよし、こちらがなにがしかの理由を述べて合流するもよしである。

「あの話ぶりからすると、とりあえず全員揃っているらしいな。空ちゃんも美幸ちゃんも、それにあおっちも」

 安心しきった辰巳に笑顔を向けられアスカもつられて笑顔になるが、涼平の表情に変化はなく、一言「ああ」と言ったきりそのまま視線は壇上の『J』の元へと戻っていった。

「冷たいねぇ……」

「楽観的だな」

 両者に対する内面の評価に変動はない。それ故にこの二人の間に会話は続かず、この険悪なムードに耐え切れなくなったアスカも含め三人は、壇上の『J』の動きを注視することにした。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『これだけ待たせておいて、まだ待たせるのかという声が聞こえてきそうだから、そろそろ始めようか。お待ちかねの、新作ゲーム、今回のメーンイベンツ、エンターテイメントなオリエンテーションというものを!』

 『J』がマイクを通じ高めの声で叫ぶと、前面のスクリーンの文字が止まり、そして消える。その後、まるで合戦の準備であると言わんばかりの管弦楽曲が流れだし、満を持してスクリーンに、今後発売が予定されているかのように、新作ゲームの表題のような少し大きめのロゴが映し出される。そう、その名も


『Monster Hunting 3Giga』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ぱちもん臭ぇ……」


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『だ、誰だ! ぱちもん臭いだとか、どこかできたことのある名前だなと思ったとか、そもそも著作権的にどうなんだとか思った生徒は! 後で校長室に来なさい、直々に怒ってあげるから! え? 何? 全員そう思ってるだって? そ、それじゃあ…………ルールの説明に行こうか』

 目尻からほんの数滴涙を流し、しかし何事もなかったかのように(実際本当に何事でもなかったのだろう)、マイクを片手にテンポよく口を動かす。

『ゲームのルールは簡単だ、『出現するモンスターをコントローラーを使って倒せ』。簡単な話だろう? 事前に配布してたコントローラーがあったはずだ、あれが今回のゲームで使うコントローラーなのだよ。何か変に疑った生徒もいるようだがね、実際何の変哲もないコントローラーなのだよ』

 右手を頭上に掲げ指を一回鳴らす。

『ただし、普通のゲームと違うのは、これから所定の場所に移動してチームごとにゲームをしてもらう点だ』

 それまで映し出されていたゲームのロゴは消え、巨大な地図が現れる。まるで巨大な遊園地のような見取りのようなそれは、

『そう、これはこの学校の見取り図だ』


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「ま、まじかよ……」

 驚きの顔を隠せない辰巳と違い、涼平はいたって涼やかな表情で見据えていた。実際この学校のおかしなところはそんなことではない。インターネットを介した地図機能でさえこの学校を表示することはできず、校庭も校舎も、学生寮も驚くほど広いことは、事前に調査した結果、判明した事実だったからである。しかし、いかに涼やかな表情をしても、言葉においては冷静さを表出することはできなかった。

「……広いな」

 あれだけ巨大で、広大だと思っていた校舎がまるで米粒かの如く、映り出された学校の見取り図には示されていた。学生寮、食堂、図書館などが(米粒レベルなので位置程度の情報だが)視認でき、さらに地図記号などから鑑見て(何のために存在するのか皆目見当がつかないが)、竹林、河川、裏山、さらに住宅街などが存在することが確認できる。解き明かしていけばさらに多くのものを確認することができるのだろう。

「ん? 住宅街?」

 映し出された地図の広さについて周囲がざわつく中、ふと辰巳が訝しげな表情を浮かべる。

「……なんであるのさ? そんなもん?」

『住宅街があることが気になった生徒がいるようだが!』

 独り言のつもりだったのだが『J』の耳には届いていたらしい。

『それは今回のゲームに関係は一切ない! だから気にしないように!』

 全く説明になっていない回答が返ることで、辰巳は納得せざるを得なかった。

『さて、ここで『リーダー』の諸君らは、手持ちの端末を確認してくれたまえ! デカイ方だ!』

 各々が取り出し、電源を入れる。すると、スクリーンに映し出されている地図と同様のものが、端末の画面にも映し出されていた。

『君たちの端末には現在位置のマークと、集合地のマークを出しておく。それに向かって移動を始めたまえ。全員が集合できた班から』


右手を頭上に掲げ、一つ指を鳴らす。


『ゲームはスタートだ!』

出典はwikipediaです(笑)

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