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献身の報い

掲載日:2026/07/29

「翔大、もうすぐ御飯出来るからね?」

 と、良枝は家事の手を止めずに、上階の息子に声を掛けた。二階から、返事はなかった。今日も翔大の好きなオムライスであった。手間暇かけて、翔大の気に入るようには作っているつもりであった。あとは、サツマイモの味噌汁が残っている。これも以前に翔大が美味しいと褒めてくれたものであった。急がないと。翔大には姉がいた。しかし、その姉が出産後まもなく急死したために、翔大がひとり息子であった。そして、父親である良枝の夫も、二年前に交通事故で亡くなって以後、良枝が母の手ひとつで翔大を育ててきた。だからこそ、惜しみなく親の情を注いで翔大を守ってきたつもりであった。

 やがて、夕食の準備も終わり、翔大が二階の自室から降りてきた。相変わらず無言である。

「どうだい?翔大、中学のほうは、うまくいってるかい?ええ?」

「ああ」

「そうか、それはよかった。さあ、お腹いっぱい食べるんだよ、いくらでもお代わりしていいからね?」

 翔大は、無言でお茶碗を差し出してきた。良枝は、笑顔で受け取ると、御飯を盛りつけて差し出した........................。


 流れ作業は過酷であった。良枝の仕事は、プラスチック板に、ネジを止めて回すというものであったが、それが際限なく続く。嫌がろうとも、ベルトに運ばれて次のプラスチック板が流れてくる。暑い夏ともなると、クーラーもよく効かず、良枝のひたいに汗が流れる。何度も挫ける。しかし、昨今、この不況では、ハローワークで紹介してもらえるのも、こんな仕事くらいであった。めげずに頑張る。挫けた時は、良枝は、いつも翔大の朗らかな笑顔を思い出すようにして立ち直るのであった。

 午後に、良枝を含むパート従業員を集めて、会議室で集まりがあった。皆が何だろうと不思議がっている前で、人事課の吉谷が、

「ご苦労様です。今日、皆さんに集まってもらったのは、来週からの勤務シフト制の変更に関して、この中から有志をつどい、昼の部と、加えて夕の部も勤務してもらえるものを求めているということなのです。夕の部は、17時から、20時であります。誰か、我こそはと、思う者はおられませんか?」

 主婦の皆がざわついた。その時、列の後ろにいた良枝は、やや戸惑っていた。来年は、翔大も高校生だ。息子の学力からいっても、公立の高校へ行かせるのは、なかなか難がある。私立の高校となると、学費もちょっと馬鹿にならない。それに毎日の生活費のこともあった。

 恐る恐る、良枝は手を上げた。やがて、意を決したように思いきりに、良枝は手を上げていた.....................。


 それから、翔大は、地元の私立高校へ進学した。最初は、おとなしい学生で、キチンと学業に励んでいたのが、高校2年の頃、同級生の不良グループの連中と、何気ないきっかけで付き合うようになって以後、翔大の性格はガラリと変わり、まるで獣が目覚めたかのように、悪辣になった。家とパート勤務の往復の毎日を繰り返す良枝も、最初は翔大の変化に気づかなかったが、やがておかしいと感じ始めて、高校の担任教師に連絡を取り、始めて不良グループの存在を知ったのである。

 翔大が帰宅しない夜もあった。それに、翔大の帰宅が深夜になる日もあった。

 翔大の言葉づかいも荒くなってきた。乱暴である。

 何とか良枝は、息子を戻そうとした。努力もした。苦労もしたが、結局、無駄に終わった。

「翔大、そろそろ御飯だよ?」

「うるせえよ!勝手に喰ってろよ、このクソ婆が!」

 こんな調子であった。地元の役場や、青少年の福祉相談センターにも相談したが、これといった良い方策は見つからなかった。

 そんな、ある日である。

 良枝は、こっそりと2階へ上がると、翔大の部屋に忍び込み、彼が戻ってこないうちにと、翔大のスマホを覗き見た。画面いっぱいに、目つきの悪い学生たちと一緒に、繁華街のピンクサロンの前で、にっこり笑う翔大の顔があった。ああ..............、と落胆しながら、とりあえず翔大の撮った写真を見てみる。

 そして、愕然とした。そこに映っているのは、非常階段の途中で、衣服が乱れた半裸状態の娘が、泣きわめきながら、足を広げられ、露骨に陰部を撮られている写真であった。レイプ犯罪行為であろう。翔大も加担している。

 呆然となった。訳も分からずに、ふらつく足取りで、良枝は部屋から出ると、そのまま正気なく、1階へと階段をゴロゴロと転落していった...............................。


 落ちた良枝は、頭を抱えて起き上がったが、何かが歪んでいた。翔太の部屋での精神的ショックと、階段を転落した際に受けた頭の物理的ダメージで、良枝の頭は、もはや常軌を逸していた.........................。


「姉さん、あたし来たよ?どこ?」

 と、良枝の妹の和恵が、玄関の扉を閉めながら呼びかけた。返事がない。不審がった和恵が、家に上がり込むと、居間へ回る。誰もいない。おかしいわね。二階かしら?

 階段を上って、二階につく。

 翔大の部屋だ。

「翔大、あんたいるの?入るよ?」

 扉を開く。そして、和恵は唖然として、言葉を失った。

 畳の上で、良枝がぺったりと座り込んでいる。その前に、仰向けに翔大が倒れていた。彼は、首を包丁で切り裂かれて、死んでいた。そして、彼は無残にも、むき出しになった腹をパックリと引き開かれて、中から引きずり出したはらわたを、良枝にムシャムシャと喰い貪られていた。良枝は、小声で呟いていた。

「翔大、戻るんだよ、.................あたしの中に。もう一度戻って、..............良い子に生まれ変わるんだよ?いいかい?」

「姉さん!」

 もはや、その場にペタンと座り込んだ和恵に言う言葉はなかった。そのまま、眼前の修羅場を、ただボンヤリと眺めているしかなかったのである........................。

 

 

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