すみません、貴方とは婚約破棄で
「リリカ、俺は必ず帰ってくる。だからこの戦いが終わったら結婚しよう」
それが、フレッドがこの村を発つ前告げた言葉だった。
ちなみに二人っきりではない。
彼の出立を見送るために、実に大勢――言ってしまえばほぼこの村の全員がいたので、結婚を申し込んだのはお前の記憶違いじゃないか? なんて言えるわけがなかった。
我こそは魔王である! と高らかに宣言して人類に喧嘩売ってきたのは、人の言葉を喋る魔物。
知能がある。魔法が使える。人よりも強靭な身体を持っている。
脅威である。
勿論こんな王国の片隅にあるちっぽけな村人が討伐のために出る前に、腕自慢の者たちがそんな魔王に挑んだのだが――
なんでも魔王、これまた得意げに我の身体は聖剣以外で傷はつかぬ! と馬鹿正直に言っちゃったらしい。
その情報を持ち帰った騎士や冒険者たちがでは聖剣はどこだと探し、結果として王国で神聖な場所と言われ保護されている精霊の泉と呼ばれる場所に、それっぽいけど本当に剣かこれ……? というような岩が突き刺さっていたのを、泉の精霊が聖剣ですと告げたものだからさぁ大変。
聖剣が認めた者が触れればその岩は抜けるし剣になります、と精霊が言った事で国中から魔王を倒すための勇者を見出すために多くの人々が集まったのであった。
万一の事を考えて男性だけではなく女性もその選抜の儀――という言い方も大仰すぎるが――に参加したので、勿論リリカも剣を手に引っこ抜こうとした。駄目だった。
その時同行していたフレッドが見事にその岩を引っこ抜いた結果、みるみるうちに光を発してとても立派な剣になって。彼こそが勇者だ! と周囲の盛り上がりはそれはもう凄かった。
すぐさま出立しようにも、今回は剣が抜けるかどうかの確認に来ただけで旅の支度なんて全然済んでいない。
家の事もあるし、一度戻ってそれから……となって。
一応王国からも剣以外の装備が支給されて、そうして彼は魔王退治に赴いたのである。
ただまぁ、魔王と言ってはいるが、実はこの手の魔物、過去にも度々出現している。
突然変異で人の言葉を操るのが生まれて、他の魔物の個体よりも強くはあるので気が大きくなって魔王だなんだと宣言しているが、軍団を結成して徒党を組んで襲ってくるでもなければ精々がちょっと普段の魔物より被害を多く出す程度。
だがその被害は見過ごせない。
故に討伐するわけだ。
言葉が通じるなら話し合いでどうにかなるかと思いきや、力を得て我こそが上位種! と思った自称魔王は人間たちを下等種と見下しているので話し合いのテーブルにつけるよりは戦って倒した方が手っ取り早いというのもあった。
過去現れた自称魔王は聖剣なんてものを使わずとも倒せていた。勿論他の魔物と比べて強かったため苦労はしたようだが。
だが今回は制限がつく。聖剣である。
かくして聖剣を抜いたフレッドが魔王退治に行く事となったのだ。
彼一人で行くわけではない。魔王を倒せるのはフレッドだけだが、道中彼を守る護衛がつく。
フレッドの役目は彼らに守られつつ、隙をついて魔王に聖剣で切りかかるお仕事である。
それでも魔王を倒せる唯一の存在だからこそ、周囲は彼を勇者と呼んだ。
その戦い自体は一年程で終わりを告げた。
魔王が一か所で大人しくしていればもっと話は早かったのだが、各地で暴れまわり勇者たちが駆けつけた時には軽やかに別の場所へ、といういたちごっこを繰り返していたのだ。
途中の町や村で足止めのための罠を仕掛けたが、人語を解するだけあって知能が他の魔物より高いため、罠はあまり効果がなかった。
そうしてどうにか魔王を倒したフレッドは王都に凱旋し、そこで年の近い王女様に見初められた。
勇者様かっこいい! 素敵! 私勇者様のお嫁さんになりたい!
年が近いといっても王女様の方が年下で、言動からわかるように彼女はまだ未成年である。
王女様はまだ婚約者も決まっておらず――これは王様が意図的に娘にはまだ早いとしていたからだが――おめめキラッキラで愛娘におねだりされてしまった事で、王様も困り果ててしまった。
聖剣を抜いて魔王を倒した勇者だが、平民である。
王女は将来国を継ぐわけじゃない立場で、未だ婚約者を決めていなかったしできる事なら好きな人とくっついてほしい、と親心で思っていたが、相手が平民では王女が苦労をするのが目に見えている。
うむむ、と悩んだ王様はとりあえず魔王を倒した褒賞として賞金を与え、フレッドに王女がこんな事言ってるけどどうする? と聞いてみた。
普通の平民であれば王女様と結婚だなんて恐れ多い! となるだろうし、そうじゃなくても貴族社会は平民から見ればとても面倒だろう。
この国は小さいので大国と比べればしがらみもそこまで無いとは言え。
それでも王女と結婚するなら相応の地位を与えなければならないし、地位を与えた以上は相応の働きをしてもらわないと困る。
大体いくら王女様が可愛くとも、フレッドから見れば妹みたいなものだろう。
そういうあれこれを王様はフレッドに一応説明した。
その場のノリと勢いで決めていい事じゃないのでじっくり考えるようにと伝えて。
その上でフレッドが王女を選ぶのなら、今後の苦労も覚悟の上だというのなら認めるつもりで。
結果としてフレッドは王女様の愛らしさにやられたのか、すっかりメロメロになって了承してしまったのである。可愛い女の子から好き好きオーラと共に好意を伝えられ、素敵カッコいいと褒めそやされ、フレッドはすっかり有頂天だった。
魔王を倒し勇者様万歳! と讃えられていたのもそんなフレッドの有頂天っぷりを加速させていたのかもしれない。
ただ王様は今後の事を考えて、すぐさま正式な婚約者とする! とは言わなかった。
王女のそれが一時的なものである可能性もある。何せ彼女はまだ幼い故に。今は恋に恋をしているだけ、という可能性が捨てきれなかった。
なのでもしかしたら。
フレッドが貴族としてやっていけそうにない姿を見て、なんか違うなぁ……? となってやっぱりやめで、とか言い出す可能性もゼロではない。
その時のフレッド次第で今後の道を決めるつもりである。
貴族としてやっていけそうならば男爵位を与えるくらいの功績は出しているし、仮に貴族としてやっていけそうにないなら追加で褒賞を与えて故郷に帰るなり自由にすれば良い、と考えて。
そんなわけで、一度フレッドは故郷に戻る事にした。
魔王を倒した勇者がいつまでも故郷に戻ってこないとなれば、彼の家族も心配するだろう。
というわけで、魔王を倒したとはいえ他の魔物は普通にいるので護衛と共にフレッドは故郷へ帰ってきたのである。
「――というわけだからさ、俺、王女様と結婚するつもりなんだよね。
だからあの話、無かった事にしてほしい」
そして村に戻ったフレッドは、出迎えた人々の中にいたリリカに正直にそう伝えた。
勿論これも大勢がいる前で。
リリカは確かに可愛いけれど、王都にいる王女様と比べるとやはり垢ぬけないというか、野暮ったいというか。
ピカピカに磨かれた宝石と多少つるつるすべすべしていてもただの石ころとでは、天と地ほどの差があるのだ。
村の人たちの反応は二つに分かれた。
すんっとなった者たちと、お前が王女様と結婚かぁ! 出世したなぁ! と英雄を持て囃すような者。
後者はもしかしたらおこぼれにあずかろうとか、そんな風に考えたのかもしれない。勿論そこまでは考えてなくて、単純に出世を喜んだ可能性もあるけれど。
ただ、その中で一番大喜びだったのはフレッドの父である。
母を早くに亡くし男手一つで育ててきた息子が王女様に見初められたのだ。自慢の息子が勇者として大出世。
ここだけ見れば喜ぶのは当然だろう。
だが――
「そう。わかったわフレッド。婚約破棄って事ね。貴方の有責で」
「えっ」
怒りに満ちたものであればまだしも、リリカの表情は無であった。
すんっとしたまま、しかし声は低く怒っていないわけではなさそう。
「仕方ないだろ、王女様に望まれたらさ」
「そこは問題じゃないの。お父さん!」
「あいよ」
リリカが声高に父を呼べば、父は待ってましたとばかりに紙束をリリカに手渡した。
「婚約破棄の慰謝料とは言わないけど、これは払ってもらうわよ」
「なんだよこれ」
「貴方のお父さんの飲み代その他諸々よ」
「はぁ!?」
リリカの細腕でも相当の分厚さを誇る紙束は、フレッドの父親が今まで溜めに溜めたツケの請求書だった。
フレッドが旅立ってから「息子は絶対に帰ってくる。そしたらリリカちゃんと結婚するわけだし、じゃあもう家族も同然だよな」とフレッドの父オログはリリカの実家――酒場兼食堂である――でたんまり飲み食いをしていた。そうして家族なんだから、と金を出さなかったのである。
リリカやその両親としてはそれはそれだろう、と思ったものの、まぁフレッドが帰って来たなら魔物退治の報奨金くらいは国が出すだろうと思っていたし、その時にフレッドから払ってもらえばいいと思っていた。
家族だから、で毎日のようにタダで飲み食いされてはこちらだって商売あがったりだ。
なので毎日コツコツとオログが飲み食いした分の料金を帳簿につけて、請求書を作り上げてきた。
勿論家族になるのならフレッドがこの店を手伝う事になるわけだし、多少はまけてあげてもいいかな、くらいの気持ちで。
ところが帰ってきたフレッドが王女様と結婚するというのなら、オログの今までの飲み食い分の代金は無銭飲食へ早変わり。一年ほぼ毎日やってきては好きなだけ飲み食いしてきたのだから、チャラとはいかない。
フレッドは聖剣よりもずっしり重たい請求書を見て、最終的な合計金額に目を通す。
「貰った褒賞金が吹っ飛ぶじゃないか!? しかも足りてない!?」
「あっそ、でも払ってもらうわよ。一年分のツケ全部。足りない分は王女様に出してもらって。夫婦になるんだからそれくらい、それに王家なんだから払えるでしょ」
小さな村の飲食店での一年分の飲み食い代金の残りをまさか王家が支払えないなんて事もない。
多分ちょっといい宝石を一つ売れば充分すぎるくらいだろう。
「払えないっていうのなら、犯罪者として突き出すわ。そこに騎士様もいるみたいだし丁度いいわね」
「払う! 払うよ! といっても手持ちはこれで全部だから、残りは王女様に頼んでみる……」
「騎士様、聞きましたね?」
「あ、あぁ」
勇者の護衛に着いてきただけの騎士は、とても困惑した。
王女様と結婚するんだ、とか言い出しても家族が止めるとか、やっぱり故郷を離れたくないとか、そういう展開になったりするかもな……とか思っていたのだ。一応王様からも事前にその可能性を示唆されていたので、そうなら上手く取り成すつもりだった。
請求書の半分ほどを回収され、これ写しだから破れば無かった事とかにならないからね、とリリカにピシャリと告げられて。
オログにもそういうわけだからこれからは家族だなんて言われても支払いはしてもらいますからね、とリリカのお母さんが釘を刺す。
そもそも親父、飲み食い代払ってないなら金はどうしたよ、とフレッドがこっそり聞けば、お前なら絶対にやり遂げると思ったから前祝でパーッと使っちまった……としょんぼりしながら返された。
今更ではあるがオログは村でも大層なお調子者である。
たまにその軽さと明るさで村人同士でギスギスしてる時に助けられた事もあったので、そこまで憎まれてるわけでもなかった。
フレッドだって母が死んでから苦労しながら育ててくれたのをわかっているから、そんな父の事を憎みきれなかった。ついでにそんな父に育てられたフレッドも同じようにお調子者と言えなくもない。
だがともあれ、こうなってしまった以上は仕方がない。
父に一緒に来るか? と聞いてもオログは自分が王都で暮らすのは無理だと首を横に振ったので、フレッドは故郷に別れを告げて再度王都へ戻っていく。
そうして王女様に会ったのだが。
「ごめんなさい、私、勇者様の事全然考えていませんでした。勇者様にだって故郷に残してきた大切な人がいるというのに……それに私と一緒になるのに貴族としていっぱいお勉強しないといけない、って宰相に言われて。
魔王退治っていう大変なお仕事を果たしてくれた勇者様に更に大変な事をさせるつもり、なかったんです。
だからあの婚約の話はなかった事にして下さい。私の身勝手な発言なのは承知の上です。慰謝料もお支払いしますから!」
魔王が倒された時の熱に浮かされたような空気がすっかり霧散し、正気に戻ったかのような王女様はフレッドに対して深々と頭を下げた。本来王族がそんな風に頭を下げる事など滅多にないというのに。
「え、あぁ……」
そんな王女様にフレッドは呆然とするだけだった。勢いで縋りつくには、周囲の目が痛い。
「すまぬ、王女の軽率な発言でそなたを振り回す事となってしまった。
詫びと言ってはなんだが……これで手を打ってくれ」
王様も申し訳なさそうな声で言って、フレッドに重たい革袋を渡す。中には金貨がずっしり詰まっていて、これだけあれば残りの代金をリリカの家に払ってもおつりがでる。
魔王と言っても他の魔物の個体より厄介なだけの魔物なので倒した時にもらった褒賞は充分なのだが、現在借金を抱えた状態であるフレッドにとってこの慰謝料は有難かった。いりませんよこんなもの! なんて言って突っ返せるだけの余裕はなかったのである。
一応王女様の発言に関しては、幼子が将来お父さんと結婚するー! くらいのものと見なされて大々的に周知されていなかったのもあって、こうしてあっさりと結婚云々の話はなくなってしまった。
なのでフレッドはそのまままた故郷へ戻る事となった。
正直もう護衛の必要はないのだが、大金持ってるって思われると道中危険なので……と一部始終を目撃した騎士が善意でついてきてくれた。もしそうじゃなかったら、途中で本当に盗賊あたりに襲われていたかもしれない。
そうしてフレッドは村の近くで騎士と別れ、一人故郷へと戻ってきたのだ。
てっきり残りの借金は使いの誰かが持ってくるものと思っていたけれど、フレッドが再び戻ってきた事に村の一同は何事かとまたも彼の周りに集まった。
そうして事情を説明すれば、一同「あぁ……」「うん……」「そうだよなぁ……」といった反応だ。
ともあれ残りのツケ代金をリリカの家に支払って、軽くなった革袋と共にフレッドは実家へ戻った。
リリカに事の顛末を話した時に、あらまぁ、とばかりな反応をされたが、じゃあ私と結婚する? とは聞かれなかったし、フレッドも流石に言い出せなかった。フレッドは確かにお調子者ではあるけれど、王女様と駄目になったからやっぱりリリカと……なんて言い出せばリリカだけではなく、彼女の家族も怒る事を悟っていたので。
リリカとしても二度と顔を見せるな、とは言わなかったし、困った事があったら友人として話くらいは聞いたげる、と言ってくれたのでそれで充分だろう。
そうして家に戻って父にも同じように説明すれば、残った金貨は大切に保管して、いざという時のために取っておこうと言い出した。
以前までの父ならば、それならパーッと使おうか、なんて言ったかもしれない。
しかしそのパーッと、で既にやらかしたので彼もそれなりに懲りたのだろう。
「王都に誘った時に親父がここに残るって言ってくれてよかったよ。じゃなきゃ帰る家も失くしてたところだ」
もしあの時父も一緒に王都に出向いて、その上であの話やっぱ無しで、となっていたら。
お金は返すが、そのまままたここで暮らすのは色んな意味で厳しかっただろう。
なんてフレッドが言えば、オログはそこまで考えてなかったんだがなぁ……とこちらも困ったようだった。
考えてなかったからやらかしたが、しかし考えてなかった結果どうにかなった部分もある。
これからしばらくは村の中でも微妙な扱いになるかもしれない。
「これからしばらくは色々と頑張らないといけないな」
「そうだな……」
信頼を失った、とまではいかないが、立て続けにやらかせば村を追い出されるかもしれない。
そんな風に胸に刻んで、二人のお調子者っぷりは少しずつ鳴りを潜めていくのだが……
それはまだ先の話である。
次回短編予告
父親同士は仲が良かった。将来うちの子どもたちを結婚させようか、なんて話も出ていた。
そうして両家の子らは出会ったのである。
次回 その友情を打ち砕け
自分たちの仲が良いから子どもたちにもそうなってほしい、という気持ちまでは否定しませんが。
だから、振り回されていい理由にはならないのです。




