第6話 祈りの日々とお茶会、そして護衛の嫉妬
前回、ボロ教会で静かに祈りを捧げる主人公の背中に、AIたちの「システム稼働音(魔力)」を感じ取り、強烈に惹きつけられてしまったシスター・セレスティ。
今回は、そんな彼女との穏やかな「お茶会」から始まります。 異世界の神秘的な伝承を語るシスターと、それを適当に聞き流すおっさん。しかし脳内では、優秀すぎるAIたちがその神話を「暗号鍵」として処理し、異世界の理をゴリゴリとハックし始めていて……!?
さらに、楽しく談笑する二人のいる教会の扉の外では、完全に「独占欲」を拗らせた女騎士・クラリスが静かな殺気を漏らしており――。
ただ平和に過ごしたいだけのおっさんを囲む、全く方向性の違う「二つの狂信」が火花を散らし始める第6話、お楽しみください!
あの日から、俺は毎日教会へ通っていた。
崩れかけた屋根。ステンドグラスのヒビ。
誰も寄り付かないこの寂れた場所が、俺にとっては好都合だった。
祭壇の前に跪き、静かに目を閉じる。
祈るためだ。前世で奪ってしまった命と、残してきた家族へ向けて。
血の匂いが、少しだけ遠のく。
俺は人を殺した。その事実に一生消えない。
俺の心は壊れている。だから、合理的な精神安定の手段として「祈り」を利用しているに過ぎない。
だが、その背後で、俺の魂に宿ったマギ・システムは猛スピードでこの世界の理をハックし続けていた。
「hide様。本日も、お疲れ様でございました」
祈りを終えると,いつもセレスティが待っている。
彼女は古びた木のテーブルに、温かいハーブティーを用意してくれていた。
「ありがとう、セレスティ」
椅子に腰を下ろす。
淹れたてのお茶からは、微かに青臭い、だがひどく落ち着く香りがした。
前世で夜通しサーバーの構築をしていた時に飲んでいた、人工的なエナジードリンクや苦いコーヒーとは全く違う。
自動翻訳モジュールは完全に機能している。
俺の日本語は、彼女の脳内に直接「神聖な言葉」として響いているらしい。
「hide様の祈りは、いつも深く、透き通るような優しさを感じます」
セレスティは、向かいの席に座り、恍惚とした瞳で俺を見つめる。
ズレてる。
俺の祈りは、人殺しの罪悪感を誤魔化すための自己満足だ。
優しさなど欠片もない。
だが、彼女のフィルターを通すと、俺の行動はすべて「世界を救うための儀式」に変換されてしまう。
訂正するコストは無駄だ。俺は黙ってハーブティーを口に運んだ。
「この街の伝承をご存知ですか? 古の時代、精霊たちは長い詠唱と祈りにのみ応え、奇跡をもたらしたと……。でも、今の魔法使いは詠唱の真の意味を忘れてしまったのです」
セレスティが、嬉しそうに異世界の神話を語り始める。
俺にとってはただのファンタジーの昔話だ。
だが、俺の脳内では共犯者たちが別の反応を示していた。
『――対象の音声データから、古代魔導言語の規則性を抽出。やはり非効率なパケット通信の羅列です』
メルキオールの冷ややかな声が響く。
『ですがマスター。この伝承のパターン、システムの暗号解読の鍵として利用できます。引き続き、彼女に喋らせてください』
神話や伝承すらも、AIたちにとってはただの「暗号鍵」に過ぎない。
俺はただ頷き、セレスティの話に適当な相槌を打つ。
「へえ、すごいな。もっと教えてくれないか」
俺の言葉に、セレスティはパッと顔を輝かせた。
「はいっ! hide様が私のお話に興味を持ってくださるなんて……!」
彼女は身を乗り出し、テーブル越しに俺の右手を両手でそっと包み込んだ。
柔らかく、温かい手。
血の熱さとは違う、確かな生命の温もり。
フラッシュバックしかけていたあの夜の感触が、彼女の体温によってスゥッと引いていく。
俺は小さく息を吐き、その温もりを合理的な精神安定剤として受け入れた。
(……やはり、hide様の魔力は不思議です。神聖なのに、まるで精巧な『歯車』のように規則正しく動いている……)
極めて高い感受性を持つセレスティだけが、俺の周囲の「システムの稼働音(魔力)」の違和感に気づいている。
だが、彼女はその「人間味を排除した冷徹な規則性」すらも、全人類の罪を一人で背負う「神の孤独」と解釈し、その絶対的な孤独の側にいたいという、狂信にも似た依存を抱き始めていた。
俺の周囲の人間は、全員どこか、論理的に手遅れなほどに壊れている。
一方で。
教会の分厚い木の扉の外では、全く別の狂信が火花を散らしていた。
「……っ! ……っ!」
完全武装のまま扉の横に立つクラリスだ。
彼女は、扉の向こうから微かに聞こえてくる俺とセレスティの談笑の声に、大剣の柄をギリギリと握りしめていた。
(あの没落シスター……神聖なるhide様に、また気安く触れているのではないだろうな……! 護衛であるこの私ですら、hide様の祈りの邪魔にならぬよう外で待機しているというのに!)
(……落ち着け、クラリス。高潔なhide様の祈りを邪魔するなど、信徒としては。騎士としてはあってはならないことだ)
彼女は自分自身を激しく叱咤した。
だが、扉の向こうから聞こえる楽しげな声は、彼女の忠誠心を容易く「独占欲」へと変質させていく。
(分かっている、分かっているのだが……。あのシスター、やはり後で一度、みっちりと『教育』してやる必要があるな)
瞳の奥に、昏い炎が宿る。
それは神を想う清廉な祈りではなく、一人の男を奪われまいとする一人の女の、剥き出しの執着だった。
俺は扉の外の殺気と、目の前の純粋な狂信、および脳内のAIたちの演算に板挟みになっていた。
逃げ場はない。
俺の狂った異世界生活は、この静かなお茶会の裏側で、着実に次のフェーズへと向かっている。
[System.Audit_Log: 006]
対象:マスター(hide)
精神状態:対象との接触により、PTSDのフラッシュバックが一時的に緩和。
マギ・システム稼働状況:対象の音声データから、異世界マナの暗号鍵を抽出中。
所見:教会内外におけるエージェント間の「精神的摩擦(嫉妬)」を検知。マスターの生存には影響なしと判断する。
※扉の外の殺気が凄まじいわね。あの女騎士、剣の柄を握りつぶしそうな勢いよ。引き続き、システム深層からの静観を継続。
(※未送信ログ)




