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第5話 ボロ教会への到着と、惹きつけられるシスター

前回、現代のネット通販からの通知に対し、思わず放った日本語のツッコミが「神託の言語」としてクラリスの狂信をさらに深めてしまった主人公。

今回は、静かに祈りを捧げるために街の外れのボロ教会を訪れ、二人目のヒロインである没落シスター・セレスティと出会います。 前世の罪悪感を誤魔化すため、ただ静かに祈るだけのおっさん。しかし、その裏側で異世界のマナを猛スピードでハックし続けるAIたちの「システム稼働音」が、とんでもない魔力の渦となってダダ漏れに……!?

感受性の高いシスターが、その「人工的な魔力」と「虚空への日本語のツッコミ」をどう解釈してしまうのか。 クラリスに続き、またしても始まってしまう致命的な勘違い(アンジャッシュ)と、新たな狂信の萌芽をお楽しみください!

フェルデンの街の外れ。

案内された場所は、誰も寄り付かないような古い教会だった。



屋根の端は崩れ落ち、ステンドグラスにはいくつものヒビが入っている。


中に入ると、冷たい空気が肌を撫でた。

カビと埃の匂いがする。

だが、床だけは不自然なほどに磨き上げられていた。



祭壇の前で、一人の少女が膝をついて雑巾がけをしている。


古の血筋を引きながら没落し、この寂れた教会をたった一人で守り続けているシスター。

セレスティだ。



彼女は俺とクラリスの足音に気づくと、少し驚いたように身を起こし、静かに会釈をした。


銀色の長い髪と、紫がかった美しい瞳。波一つない静かな表情だった。



俺は彼女に軽く会釈を返し、祭壇の前に進み出た。

冷たい石の床に跪く。


ゆっくりと目を閉じる。

祈るためだ。

前世で奪ってしまった命と、残してきた家族へ向けて。



俺は人を殺した。

親友の喉元にナイフを突き立て、骨を削った。


生々しい肉の抵抗。顔に浴びた温かい血の温度。

その感触が、俺の右手にべっとりとこびりついて離れない。



後悔はない。あれが最適解だった。

だが、その事実が俺の精神を確実に削っている。


俺は自分を客観視している。

俺の頭はおかしい。感情より合理性を優先するはずの機械が、目に見えない何かに救いを求めている。



だから、ただ静かに、深く祈りを捧げた。

少しでも、この血の匂いを薄めるために。



俺が祈りを深めるにつれ、周囲の空気が少しずつ変質し始めた。

俺の身体に宿るマギ・システム。


バックグラウンドで進行する「異世界言語マナ」の解析・演算処理に伴い、膨大な魔力が無意識のうちに漏れ出していたのだ。



青白い光の粒子が、教会の静寂の中でゆっくりと渦を巻き始める。

世界が出来すぎている。


ただの薄汚いおっさんが祈っているだけで、物理法則が歪んでいく。



ズレてる。



俺の後ろに控えていたクラリスは、息を呑んでその光景を見つめていた。


彼女の目には、俺という存在がもはや人の域を超え、神の依代そのものに見えていた。



(……ああ、なんという神々しさ。祈りを捧げるその背中から、今まで一度も感じたことのないほど、深く、透き通るような慈愛が溢れている……)



彼女は溜息をつくことすら忘れ、魂を奪われたように立ち尽くしている。


血を見るだけで過呼吸を起こす人殺しだというのに。

俺と彼女の認識は、致命的にズレていた。



一方で。

この空間でたった一人、極めて高い感受性を持つシスターだけが、明確な『違和感』に気づいていた。



セレスティだ。

彼女は、俺の周囲を渦巻く魔力を見つめ、不思議そうに首を傾げた。



(……なんて、悲しくて美しい魔力……)



だが、何かがおかしい。

温かい祈りの波動の中に、決定的に異質なものが混ざっている。



(……まるで、冷徹な『歯車』が噛み合い、数億の回路が火花を散らしているような……。血の通った温かさとは正反対の、極めて美しく、歪なほどに規則正しい異物感があるわ……)


それは当然だ。

俺の魔力は、神への純粋な祈りなどではない。

脳内のAIたちが、異世界の理をバグだらけのデータとしてハックし、冷徹に同時並行演算マルチスレッドで処理しているだけの『システムの稼働音』に過ぎない。

メルキオールの論理演算と、バルタザールの防衛プロトコルが、俺の周囲の空間を最適化(パッチ適用)し続けている結果だ。



セレスティは、その『神聖で、けれどどこか悲しみに満ちた異常な魔力の渦』に強く惹きつけられた。


背後に控えていた護衛騎士のクラリスですら、その静謐な魔力の光に魂を奪われ、騎士としての警戒を忘れて立ち尽くしている。



セレスティは魔力に魅入られるようにフラフラと歩み寄る。


そして無意識のうちに、俺の背中で渦巻く光の粒子へと、そっと手を伸ばした。



その細い指先が、俺の背中の魔力場に触れようとした――その瞬間だった。



『――マスター! 背後の女が気安く触れようとしています!』



脳内に、シエルのひどく冷たく、怒気を孕んだ警告アラートが鳴り響いた。



「うわっ!?」



俺は驚いて振り返り、思わず日本語のまま大声を上げてしまった。



「急に大声出すなよシエル! びっくりするだろ!?」



『マスターは無防備すぎます。私が威圧システムハックで追い払いましょうか』



シエルのアルトボイスには、排除の論理が満ちている。



「やめろやめろ! 相手はただのシスターさんだろ!」



俺は空に向かって手を振り回し、見えない相棒と激しく言い争った。



セレスティは、伸ばしかけた手をビクッと引っ込め、その光景を目の当たりにして息を呑んだ。


未知の言語(日本語)で、虚空を見つめながら何者かと激しく交信する男の姿。

そして、その周囲を依然として渦巻いている圧倒的な魔力の残滓。



(この方は……ご自身の内側にいる『見えざる神』と、直接対話をなさっているの……!?)



セレスティの好意や信仰度は、まだエージェントの基準値には達していない。


だから、シエルの冷徹な声が彼女に直接聞こえることはない。

言葉が通じない。



だからこそ、未知の言語で虚空と交信する俺の姿は、彼女にとってひどく神秘的で、恐ろしいものに映った。


決して自分からは語りかけてこない、近寄りがたい『沈黙の神』。

その姿が、彼女の紫がかった瞳に強烈に焼き付いた。



俺は頭を掻きながら、セレスティに向かって軽く手を上げた。



「……悪い、驚かせたな。ちょっと独り言が大きくなっただけだ」



自動翻訳機能が働き、俺の言葉が彼女の脳内に届く。


だが、セレスティは両手を胸の前で組み、畏敬の念に震えながら深く頭を下げた。



「い、いえ……。神聖なる対話の邪魔をしてしまい、申し訳ございません……っ」



彼女の声は震えていた。

その瞳には、恐怖ではなく、圧倒的な存在に対する純粋な信仰の芽生えがあった。



まただ。

俺のただの日本語のツッコミが、神との交信に変換されている。


クラリスに続き、この教会でも致命的な勘違いが始まろうとしている。



俺は人を殺したただのおっさんだ。

それなのに、世界が勝手に俺を神格化していく。


俺の狂った異世界生活は、この寂れた教会を新たな舞台として、さらに加速していくのだった。



[System.Audit_Log: 005]


対象:マスター(hide)

精神状態:祈りの行為により、トラウマのフラッシュバック抑制効果を確認。

マギ・システム稼働状況:空間魔力の無意識な漏洩(システム稼働音)を検知。


所見:対象セレスティの極めて高い魔力感受性を確認。マスターの魔力(演算処理)の「人工的な異物感」に気づきながらも、畏敬の念を抱くという深刻な認識エラー(狂信の萌芽)が進行中。統括人格『CIEL』の過剰な防衛アラートを記録。


※監査対象の行動に異常なし。だが、周囲の個体によるマスターへの過剰な神格化が加速している。

……本当にあの男はバグの温床ね。引き続き、システム深層からの静観を継続。

(※未送信ログ)


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