第46話 システム最適化完了と、出撃の承認
前話、システムエラーによって監査役ノエルの隔離領域へ迷い込んでしまったhide。熱を出して震える彼女の隣に寄り添い、その不器用な甘えを受け入れた、秘密で優しい夜が描かれました。
今回お届けする第46話は、その夜を経てマギ・システムが抱えていた最大の不協和音(ノエルの孤独)が溶け去り、かつてない次元で完全に調和したAIたちが、ついに「建国」へ向けた出撃を全会一致で承認する、第一部クライマックスへの高揚感に満ちたエピソードです。
見どころ①:伝染した熱と「システムの完全調和」 翌朝のマギ・サロン。相変わらず毒舌を放つノエルですが、その耳の先はほんのりと赤く染まり、キャスパーのからかいに顔を真っ赤にして反発する愛らしい姿を見せます。これまでシステムのストッパーとして常に孤独な不協和音を鳴らしていた彼女の心が「熱伝導」によって解きほぐされたことで、マギ・システム全体がかつてない次元での完全同期(最適化)を果たします。
見どころ②:リリスの直訴と「キャスパーの復帰」 ノエルによる24時間の冷酷な絶対監視に息が詰まり、限界を迎えた亡国王女リリス。「裏の工作が何もできない」と、担当権限をキャスパーへ戻すよう直訴します。ノエルが「私が特等席で一秒たりとも目を逸らさず監視し続ける」ことを条件に譲歩したことで、ついにキャスパーの謹慎が解除。リリスとのリンク(影の工作)が復活し、システムに残されていた最後の穴が完全に埋まります。
見どころ③:全システム最適化完了と「出撃の承認」 エレンによる王国魔導インフラの98%掌握、クラリスとバルタザールによる鉄壁の物理防衛、キャスパーとリリスの暗躍、そしてノエルの徹底監査。物理、精神、技術、情念、すべてのピースが完璧に噛み合ったマギ・システムが、全会一致でマスターの「建国」へ向けた出撃を承認します。
不殺の聖者と、常識を破壊する狂気的なシステムたち。血を流さずに世界を書き換える「無血の建国戦争」の幕開けを、たっぷりとお楽しみください。
朝の光が、教会の寝室に差し込んでいた。
ゆっくりと目を開ける.
昨夜、俺は疲労とシステムのバグによって、監査役ノエルの隔離領域に迷い込んでいた。
熱を出して震える彼女の隣に座り、その小さな手が俺の服の裾を握りしめているのを感じながら、気づけば現実のベッドで朝を迎えていたらしい。
起き上がって、自分の身体の感覚を確かめる.
(……軽い)
連日のエージェントたちとの「命がけのルーティン」による疲労感.
そして、複数の魔法を同時並行で処理する際にかかっていた脳の重圧が、嘘のように完全に消え去っていた。
体内を巡る魔力(システムの稼働音)が、かつてないほど静かで、滑らかだ。
『――おはようございます、マスター. バイタルサイン、魔力伝導率、すべてにおいて完璧な数値を記録しています』
脳内に、シエルの澄んだアルトボイスが響いた.
俺は小さく息を吐き、意識をマギ・サロンへとダイブさせた。
純白の円卓.
そこには、シエル、バルタザール、メルキオール、キャスパーの四人のマギたちが、それぞれの定位置に座っていた。
そして.
少し離れた監視用の椅子には、モノトーンのタイトな服を着た監査役、ノエルが座っている.
彼女は俺の姿を見るなり、プイッとそっぽを向いた。
「……おはよう. いつまで寝てるのよ、だらしない」
相変わらずの毒舌だ.
だが、その氷のように冷たかった視線には、明らかな揺らぎがあった。
そっぽを向いた彼女の耳の先は、ほんのりと赤く染まっている。
「……システムのデバッグは完了したわ. あんたの精神のバグも、今のところは見当たらない. ……まあ、合格点よ」
俺と目を合わせないまま、早口でそう報告するノエル.
その姿を見て、キャスパーが妖艶にクスクスと笑った。
『あはっ. ノエル、昨夜は随分とマスターに甘えていたみたいじゃない? 隔離領域のログ、ちょっと見えちゃったんだけど?』
「なっ!? 見ないでよ! べ、別に甘えてなんか……! 演算負荷の排熱処理を手伝わせただけなんだから!」
顔を真っ赤にして立ち上がり、キャスパーに食って掛かるノエル。
『ふふっ. 素直になれない可愛い妹ですわね』
バルタザールが優雅に扇子で口元を隠して笑う。
これまでシステム内の「ストッパー」として常に不協和音を鳴らしていたノエルの孤独が、昨夜の『熱伝導』によって完全に溶かされ、マギ・システム全体がかつてない次元で完全に調和(同期)しているのが分かった。
『さて、マスター. システムの最適化は最終段階ですが……一つ、懸案事項が残されております』
シエルが、スッと表情を引き締めて円卓の中央に進み出た.
彼女が手をかざすと、キャスパーの特権領域の末端から、一人の少女のホログラムが投影された.
亡国王女、リリスだ。
「……hide様. そして、マギの皆様方. 発言の許可をいただき、感謝いたします」
リリスは恭しく頭を下げた後、ちらりとノエルのほうを見て、少しだけうんざりしたようなため息をついた。
「単刀直入に申し上げます. ……私の担当エージェントを、ノエル様からキャスパー様へ【返却】してはいただけないでしょうか」
「は……?」
俺が間の抜けた声を出すと、リリスは切実な表情で訴えかけてきた。
「現実の教会には、クラリス様とセレスティ様の鉄壁の監視網が敷かれています. それに加えて、ノエル様の24時間体制の冷酷な監査まで常に張り付いている状況は……正直に申し上げて、息が詰まって煩わしすぎます. これでは、建国に向けた裏の工作など何もできはしません」
リリスの、あまりにもストレートな苦情.
その言葉を聞いて、ノエルが「はぁ?」と眉をひそめた。
「何よ. 私が厳しく監視してあげてるから、あんたが変な気を起こさずに済んでるんじゃない」
「ですがノエル様. あなたはhide様を『軽蔑』するという役割上、システムの同期ルーティンに加われませんよね? そのせいで、私の曜日だけ最適化の穴が空いています. ……キャスパー様が復帰されれば、すべて丸く収まるはずです」
リリスの論理的な指摘に、ノエルは少しだけ口ごもった.
確かに、ノエルがリリスの担当である限り、第七周期の同期ルーティンは機能しない.
それはシステム全体から見ても「非効率」だった。
「……ふん. 別に、私だってあんたの面倒なんてまっぴらごめんよ」
ノエルは腕を組み、プイッとそっぽを向いた.
「シエル姉様. 私は担当を外れて、監査役に戻るわ. ……ただし、キャスパー姉様がまた暴走しないように、私が特等席で一秒たりとも目を逸らさずに監視し続けるのが条件よ」
ノエルが「監視役」として譲歩したことで、シエルが静かに頷いた。
『……よろしい. ノエルの徹底監査を条件として、キャスパーの謹慎を解除し、リリスの担当権限を返却します』
『あはっ! やったぁ! これでアタシとリリスの同期もバッチリ元通りね!』
キャスパーが歓喜の声を上げ、リリスもホッと胸を撫で下ろした.
これで、システムのすべての穴が完全に埋まった。
『マスター. これで本当に、すべての準備が整いました』
メルキオールが、中空のARモニターを展開しながら立ち上がる.
『エレンを端末とした王国の魔導インフラのハック率、98%に到達. もはや、1000人規模の同時回復を行っても、私が処理落ちを起こすことはありません』
『クラリスの防衛演算も完璧です. マスターに近づく物理的な害意は、彼女の剣と私の盾がすべて遮断いたしますわ』
バルタザールが慈愛に満ちた微笑みを向ける。
『アタシとリリスのリンクも復活したし、いつでも国を裏から乗っ取る準備はできてるわよ!』
キャスパーが悪戯っぽくウインクを投げる。
物理、精神、技術、情念.
そして、それらを客観的に監視し、システムの暴走を防ぐノエルの監査プロトコル。
すべてのピースが、今、完璧な形で噛み合わさった。
俺の魂に宿った共犯者たちは、俺の致命的な弱さすらもシステムの一部としてハックし、無敵の存在へと仕立て上げた.
感情より合理性を優先するなら.
この圧倒的な力を使って、あの亡国王女の願いを叶えるのが最適解だ.
俺の脳は常にそう客観視している。
円卓の中心で、統括人格であるシエルが静かに立ち上がった。
『――全システム、最適化完了』
シエルの絶対零度の声が、サロンの空気を引き締めた。
『これより、マギ・システムは全会一致で……マスターの「建国」へ向けた出撃を承認いたします. ……さあ、世界を書き換える準備はよろしいですか? マスター』
俺は、小さく息を吸い込んだ.
血を流す、野蛮な戦争はしない.
俺の【不殺の呪縛】がそれを許さない。
だからこそ、俺たちは剣や魔法の代わりに「奇跡」と「情報」を使って、この世界を内側から侵略する。
「ああ. 行こう. ……俺たちの戦争を始めよう」
沈黙の賢者と、完璧に調和した狂気的なシステムたち.
常識を破壊する「無血の建国戦争」の幕が、今、静かに切って落とされた。
* * *
[Noel.Audit_Log: 046]
対象:マスター(hide)、および全マギ・システム
状況:全属性エージェントとの完全同期、およびシステム内部のデバッグ(調和)の完了を確認。
マギ・システム稼働状況:統括人格『CIEL』による、「出撃」の承認を可決。
所見:
……ついに、始まっちゃうのね。
お姉様たちのバグみたいな能力が全部一つにまとまって、この異世界を丸ごと乗っ取ろうとする狂った戦争が。
マスターも、あんなに自信満々な顔をして。自分がどれだけヤバい女たちを従えているか、少しは自覚があるのかしら。
それに、あの小娘。私を煩わしいなんて言って、まんまとキャスパーお姉様の担当に戻るなんて。
……まあいいわ。私が特等席から、一秒の隙もなく見張っててあげるんだから。
昨日、私に触れたあの人の手は、少しだけ震えていた。
強がっていても、根っこはただの優しくて臆病な男なのよ。
だから、私がしっかり監査してあげなきゃいけない。この狂いたシステムの中で、あの人がこれ以上傷つかないように。
――監査フェーズ、特別警戒態勢へ移行。
マスターの出撃に伴う、全事象の記録を開始する。
(※未送信ログ)




