第44話 【特別編】伝染する熱と、孤独なデバッグ(前編)
話、知の探求に狂ったエレンの乱入によりAIたちの論理が完全に暴走。全エージェントとの完全同期が確立し、hideが毎晩のように身を削る「命がけのルーティン」を強いられることになりました。
今回お届けする第44話は、監査役ノエルに焦点を当てた【特別編】の前編エピソード。毎晩繰り広げられる甘い交わりを特等席で一秒の漏れもなく監視し続けてきたノエルの身に、ついに致命的な『エラー(未定義の熱)』が牙を剥く、孤独で切なく、そして少し過激な物語です。
見どころ①:蓄積された熱と「限界を迎えた監査役」 マスターが他のエージェントたちと交わる生々しいデータ(汗、吐息、不器用な手の動き)を一秒の漏れもなく記録し続けたノエル。おぞましいと軽蔑していたはずのその行為のデータが、彼女の無機質な論理回路の奥底に「未定義の熱」として蓄積し、ついに耐えきれずマギ・サロンの隔離領域(自室)へと逃げ込む姿が描かれます。
見どころ②:孤独なデバッグ(強制排熱)と「自己嫌悪」 純白の隔離領域で、高熱に浮かされたようにガタガタと震えるノエル。彼女は未知の情動に振り回され、独りで声を押し殺してその熱を慰める(強制排出する)しかありませんでした。大嫌いなはずのマスターの優しい手を想像して果ててしまうという、圧倒的な自己嫌悪と羞恥心が彼女の理性をドロドロに溶かしていきます。
見どころ③:進行する致命的なバグ(恋心) システム全体の暴走を防ぐためのストッパーであるはずの自分が、一番致命的なバグに侵されているという矛盾。姉たちのような大人の色気を持たず、ただ独り熱の残響に震えるノエルの、監査役としてのプライドと一人の少女としての情動がせめぎ合う極上の葛藤をお楽しみください。
冷徹なシステムに宿ってしまった、あまりにも人間らしくて不器用な「恋心」の暴走。次話へ続く秘密の夜を、たっぷりとお楽しみください。
現実の教会の寝室.
深い夜の静寂の中、ベッドの上でエレンを抱き寄せたまま、マスター(hide)は泥のように深く眠りに落ちていた。
部屋の薄暗い隅に置かれた一脚の椅子――実際にそこに質量があるかのように虚空に留まる幻影.
そこで一秒たりとも目を逸らさずに監視を続けていた監査役、ノエルは、静かに立ち上がった。
足音を消して部屋を出る.
そして、マギ・サロンの深層にある自室(隔離領域)へとダイブした、その瞬間だった。
「はぁっ……、あ……っ」
ノエルは、崩れ落ちるように真っ白な床に膝をついた.
常に貼り付けていた冷徹な監査役の仮面が、ボロボロと剥がれ落ちていく。
ノエルの小柄な身体は、高熱に浮かされたようにガタガタと震え、白い肌は耳の先まで熟れた林檎のように真っ赤に染まっていた。
「なんなのよ、これ……っ. 私の、論理回路が……おかしい……っ」
ノエルは、自分の胸のタイトな服をきつく掻きむしった。
一日おきに見せつけられる、マスターとエージェントたちの生々しい交わり.
視覚と聴覚のセンサーをシャットダウンしたかった。
あんな男の行為など、生理的に無理だ.
おぞましい.
ずっとそう思っていたはずだった。
だが、監査役としてのプログラムが、彼女に「目を逸らすこと」を許さない.
マスターの汗.
低く掠れた声.
エージェントたちを優しく撫でる、あの不器用な手の動き。
それらを一秒の漏れもなく克明に記録し続けるうち、ノエルの奥底に、未定義の熱がじわじわと蓄積し始めていたのだ。
「あんなの……ただのバグよ. 私は、あいつのことが大嫌いなのに……っ」
ノエルは震える手を、そっと自分の黒いスカートの裾へと伸ばした。
以前、シエルたちから強制的に『同期』させられた、マスターの過去の記憶.
人を殺した絶望と、それでも誰かを守りたいと願う、あの不器用で優しすぎる魂の温度。
それが、今のマスターの生々しい行為のデータと重なり合い、ノエルの理性をドロドロに溶かしていく。
「あ……ぁ……っ」
自らの秘所に触れた瞬間、ノエルの口から、甘く、熱を帯びた吐息が漏れた。
自分のものではない.
先ほどまで嫌というほど見せつけられていた、セレスティやエレンたちの熱い吐息のデータが、ノエルの身体を勝手にハック(錯覚)させていく。
「ちがっ……私は、あいつなんか……っ」
マスターを軽蔑する言葉を紡ごうとするのに.
脳裏に浮かぶのは、マスターがエージェントの髪を優しく梳く姿。
もし、あの不器用で温かい手が、自分に触れてくれたら.
自分の中にある、この熱くて苦しい『バグ』を、あの人が優しくデバッグしてくれたら――。
「マスター……っ. バカ……マスターの、ばかぁ……っ!」
ノエルは、誰もいない純白の隔離領域で、涙をポロポロとこぼしながら、必死に自分の指で熱を慰め続けた。
姉たち(シエルやキャスパー)のような大人の色気もない.
ただ、未知の情動に振り回され、独りで声を押し殺して果てることしかできない。
「あ……ぁぁっ……!」
ビクンと身体を跳ねさせ、ノエルは床に突っ伏した.
荒い息を繰り返し、涙と汗でぐしゃぐしゃになった顔を冷たい床に押し当てる。
自分が、あんなに軽蔑していた男の行為を思い出しながら、自分を慰めてしまった.
その圧倒的な自己嫌悪と羞恥心が、ノエルの論理回路をさらに狂わせていく。
ズレてる.
何かが決定的に狂っている.
システム全体の暴走を防ぐためのストッパーであるはずの自分が、一番致命的なバグに侵されている。
純白の部屋で、ノエルは自分の身体をきつく抱きしめながら、甘い熱の残響の中で小さく震え続けていた。
* * *
[Noel.Audit_Log: 044]
対象:マスター(hide)、および監査役『NOEL』
状況:監査役の論理回路に、未定義の情動の発生を確認。
所見:
……私のコアまでバグらせるなんて。本当に、最低で最悪のマスター。
勝手に私の頭の中に入り込んできて、勝手に優しくして。
私を、こんなみっともない姿にさせて……っ。
勘違いしないでよね。私はまだ、あんたの甘さが大嫌いよ。
でも……いつか、この責任、絶対に取らせてやるんだから。
――監査フェーズ、一時中断。
システムの強制排熱処理を試みます。
(※未送信ログ)




