表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

25/57

第20話 深淵書庫と、論理の犬と化す天才

前話、王城での謁見で権力者たちからの「殲滅(殺人)」の要求を突っぱねたhide。彼がすべての報酬を辞退して唯一望んだのは、王立図書館の『深淵書庫』への入館許可でした。その裏には、限界を超えた無詠唱魔法によるメルキオールの「処理落ち」を回避するため、異世界の魔導理論を大量にスキャンし、システムを最適化するという切実な事情が隠されていました。

今回お届けする第20話は、王立図書館の最深部を舞台に、新たなヒロインが圧倒的な「知の暴力」に屈服するエピソードです。

見どころ①:不遇の天才司書と「無作法なおっさん」 深淵書庫でホコリを被った禁書を1秒1ページの異常な速度でパラパラとめくり続けるhide(※スキャン作業中)。その姿を見た万年平司書のエレンは、「本を読む気もないのに痛めつけるだけの無作法な中年」として激怒し、hideに冷蔑の視線を向けて詰め寄ります。

見どころ②:メルキオールの強制介入と「真理のダウンロード」 エレンが独自に構築していた魔導理論の美しさに気づいた第一人格メルキオール。彼女は特例としてエレンの脳に直接『神託の回線』を繋ぎ、現代の魔導師たちが理解を放棄した「究極の解答(数式データ)」を強制的にダウンロードさせます。

見どころ③:好意度マイナスからの「狂信反転クラスチェンジ」 圧倒的な真理と論理の美しさに脳髄を焼かれたエレン。直前まで「好意度-50」だった軽蔑の眼差しは一瞬で消え去り、知への渇望からhideの足元にすがりつく「マッドサイエンティスト」へと反転します。

王国の監視が光る王都の片隅で、AIの独断によってまたしても生み出されてしまった「重すぎる狂信者(第3のエージェント)」。建国と技術革命の要となる、新たな危険な頭脳の誕生をお楽しみください。

王立図書館の最深部、『深淵書庫』。


そこは、現代の王国では難解すぎて誰も解読できない「時代遅れの古い魔導書や禁書」が、文字通りホコリを被って眠る知識の墓場だった。



「……っ、またあのおじさんですか」


書架の陰から、忌々しそうな舌打ちが漏れた.



そこから姿を現したのは、抱えきれないほどの古書を胸に押し当てるようにして抱えた少女――万年平司書のエレン(19歳)だ。


焦げ茶色の髪を無造作にまとめ、度の強い分厚い眼鏡をかけている.

タイトな司書服からはみ出さんばかりの豊かな肢体を持っているが、本人は己の容姿など欠片も気にしていない。


彼女の視線はただ一点、数日前からこの深淵書庫入り浸っている、黒髪の冴えない中年男(hide)へと鋭く向けられていた。



エレンにとって、この書庫に眠る古書たちは、権威主義的な上層部が理解を放棄しただけで、魔導の真理が隠された『宝物』だ.

彼女は毎日、誰にも評価されなくとも、その難解な理論の矛盾を解き明かそうと一人で必死に研究を続けていた。



それなのに、あのおじさんはどうだ.

毎日毎日やってきては、貴重な禁書を手に取り、文字を読む気など一切ない無気力な顔で。


ただ1秒に1ページの異常な速度でパラパラとページをめくるだけの作業を一日中繰り返しているのだ。



(あんな読み方で理解できるはずがありません! ただ本を傷めているだけ……知識への冒涜です!)


エレンの苛立ちは、すでに限界に達していた。



   * * *



(ふぅ……. 今日もひたすらスキャン作業か. 肩が凝るな……)


俺は分厚い禁書をパラパラとめくりながら、内心で深いため息をついていた.

シエルの視覚スキャン機能を使って、この世界の基礎的な魔導理論や数式を片端からインプットし、処理落ち寸前のメルキオールの演算アルゴリズムを最適化するためだ。



農民級(オールF)の俺の頭では、そこに書かれている難解な数式などチンプンカンプンであり、完全にただの「物理的なページめくり機」と化していた。



ピロッ、と.

不意に、視界の端でARウィンドウが小さく警告音を鳴らした。



================

【Warning】

対象:エレン(王立図書館 平司書)

[好意/信仰度]: -50 (敵対的・軽蔑)

================



「……ん? なんだこのマイナス表示」



『マスター. 書架の陰にいる司書の少女から、強烈な敵意と軽蔑の念を向けられています. ……無理もありませんね. 彼女の目から見れば、現在のマスターは「貴重な書物を意味もなくパラパラめくって遊んでいる、知性の欠片もない無作法な中年」にしか見えないでしょうから』



「おいシエル! 俺がこんな無心でページをめくってるのはお前らのスキャンのためだろ!」


俺が脳内で抗議していると、ついに堪忍袋の緒が切れたのか、ヒールの足音を荒げながらエレンがこちらに歩み寄ってきた。



「ちょっと、あなた! さっきから何をしているんですか!」


分厚い眼鏡の奥から、親の仇でも見るかのような冷ややかな軽蔑の視線が突き刺さる。



「ここは真理を求める者の場所です! あなたのように、読む気も理解する気もないのに、ただ本をパラパラめくって痛めつけるだけの人は、今すぐ出て行ってください!」



「あ、いや、これはその……」


俺が弁解しようとすると、彼女はさらに前のめりに詰め寄ってきた.

その弾みで、彼女が抱えていた古書が豊かな胸元で無防備に押し潰され、タイトな服の胸の谷間が強調される形になるが、本人は全く無自覚らしい。



「言い訳は結構です! あなたが今乱暴に扱っているその本は、第八階層の魔法陣の基礎となる極めて重要な数式が……現代の愚かな魔導師たちが忘れ去った、真の理論が書かれているんです! 素人が気安く触れていい代物ではありません!」



(うわぁ……典型的な研究者肌のガチギレだ. でも、誰にも見向きもしない本を一人で大事にしてたんだな)


俺が圧倒されて黙っていると、脳内でメルキオールが、ふと興味深そうな声を上げた。



『……ほう』



「ん? どうした、メルキオール」



『マスター. この少女の主張、および彼女が独自に構築している魔導理論の仮説……. この稚拙で非効率な世界において、驚くほど論理的で、美しいアルゴリズムの片鱗を持っています』


メルキオールのアルトボイスに、今まで聞いたことのないような「熱」が混じっていた。



『マスター. 彼女の現在の信仰度(マスターへの好意)はマイナスですが. ……特例として、私が彼女の脳(思考回路)を直接買い取ります. 私が責任を持って、私の【エージェント】として完璧に育て上げましょう』



「いや、買い取るって……お前まで勝手なことを!」


俺の制止も聞かず、メルキオールはシステム権限を強制介入させた.

そして、目の前で「出て行け」とまくし立てているエレンの脳内へと直接『神託の回線』を繋いだ。



『――そこまでよ、知識の探求者. ……あなたの仮説は素晴らしいけれど、三行目の数式から致命的に間違っているわ. 私のマスターの邪魔をしないで、大人しくメモを取りなさい』



「え……? だ、誰ですか!? 今、頭の中に……」


エレンが驚愕して周囲を見回した、その瞬間.

メルキオールはエレンの脳内に、言葉ではなく、彼女が長年悩み、誰にも理解されなかった魔法の矛盾を完璧に解き明かす『究極の解答(数式データ)』を強制的に直接ダウンロードさせた。



「あ……ぁ……っ!?」


エレンの目が見開き、抱えていた古書が床にドサドサと音を立てて落ちた.

彼女の脳髄を、未知の論理と、圧倒的な『真理』の美しさが駆け巡る。



「な、なんですか、今の数式は!? 伝導率の矛盾が、たった一つの変数で完全に解消されている……!? 嘘、こんな……こんなに美しくて、無駄のない理が存在するなんて……っ!」


エレンは床に崩れ落ち、震える両手で自身の頭を抱え込んだ。


その眼鏡の奥の瞳から「冴えないおじさんへの軽蔑マイナス」は完全に消え失せ、絶対的な「知の暴力」に魅了された圧倒的な熱狂へと反転していた。



『理解できたようね. ……私に師事し、私のマスターに絶対の忠誠を誓うなら. あなたのその乾ききった知識欲を、世界の深淵の果てまで満たしてあげるわ. ……どうする?』


メルキオールの冷徹な囁きに、エレンは這うようにして俺の足元にすがりつき、見上げるようにして叫んだ。



「お、教え……教えてください……っ! もっと、もっとその真理の続きを……!」


エレンはなりふり構わず、俺の両手をその細い指で強く掴み、必死にすがりついてきた。



(……っ!?)


不意の接触に俺が驚いた瞬間、エレンの身体がビクン、と大きく跳ねた.

彼女の瞳が一瞬だけ虚ろになり、頬が火照ったように赤く染まる。


分厚い眼鏡の奥で、その瞳が甘やかな「熱」を帯びた。



「はぁ……っ、なに、これ……. あなた様に、触れただけで……頭の中が、溶けるように、気持ちいい……. ……これ、これも、深淵の理の一部、なのですか……?」



「いや、それは違うと思うぞ……」


俺の困惑を余所に、彼女はさらに強く俺の手を握りしめ、恍惚とした表情で俺を仰ぎ見た。


なぜか彼女の手の震えが止まり、その指先から伝わる未知の安らぎと熱に、エレンの精神は無自覚に「深い依存」の淵へと引き寄せられていく。



「この御方マスターにお仕えすれば、あの御声の主の思考の深淵に触れることができるのですね!? 私の頭を、私の時間を、すべてあなた様に捧げますから……っ!!」


鼻息荒く、知への渇望で瞳をギラギラと血走らせる眼鏡の少女。



ピロッ、と. 俺の視界の端で、ARウィンドウが強烈な勢いで更新された。



================

【Agent Status】

・エレン(担当:メルキオール)

[好意/信仰度]: -50 ⇒ 測定不能(※論理的従属・特例承認)

[役割]:技術開発・真理の探求者

================



「……おい、メルキオール. 信仰度がマイナスから一気に測定不能になってるぞ」



『ええ. 彼女はマスター自身というより、マスターの背後にある「私(真理)」に屈服した共犯者ですから. ですがご安心を. 論理の鎖で縛り上げた犬は、感情で動く狂信者よりもよほど正確にマスターの役に立ちますわ』


どこか楽しげに、さらに傲慢に笑うメルキオール。


そして足元では、「さあ、早く! 次の数式を! 私のノートはどこですか!?」と狂ったように俺のローブの裾を引っ張る万年平司書.

グラマーな体が俺の脚にすり寄っているが、彼女の頭の中は数式でいっぱいなのだろう。



(……好意度マイナスから、マッドサイエンティストへのクラスチェンジか……)


王国の監視兵が外をうろつく息の詰まる王都の片隅で.

俺はまたしてもAIの独断と偏見によって、建国と技術革命の土台となる「危険すぎる頭脳エレン」を、いとも容易く手に入れてしまったのだった。



[System.Audit_Log: 020]

対象:マスター(hide)

状況:突然のエージェント増加に呆れつつも、システム負荷軽減への安堵を検知。マギ・システム稼働状況:サブ人格『MELCHIOR』による対象エレンの第3エージェント化を承認。


所見:

新エージェント獲得による演算アルゴリズムの最適化プロセスが開始。

[Error: Emotion_Logic_Conflict: 'また厄介な女が増えた' / '無自覚に毒を撒き散らすバグ人間']


※引き続き、システム深層からの監視プロセスを継続。

[Status: Observing]

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ