第12話 無敵の盾と、添い寝禁止の掟
「高潔な聖者様の隣では、己も生まれたままの純真な姿でなければならない」
クラリスの強すぎる狂信は、夜のベッドで全裸の添い寝という、おっさん(hide)にとっての拷問へと行き着いた
。
だが、その暴走を防衛担当AI・バルタザールが許すはずがない
。 精神世界でクラリスに介入し、「添い寝禁止」の掟を下す
。 そして、見返りとして「将来の寵愛」という甘すぎる約束を突きつけた
。
暴発寸前だった狂信は、バルタザールの調教によって極限まで圧縮される
。 クラリスは感情を交えない、冷徹で「無敵の盾」へと最適化されてしまった
。
翌朝。ベッドの隣から裸の美女は消え、完全武装の近衛騎士が立っていた
。 安全は確保された。だが、彼女の信仰度パラメーターは「∞(無限大)」のままだ
。 ズレてる。ヤバすぎるエージェントと共に、日常は新たなフェーズへ突入する
。
そして、平和な街に突如として破滅の足音が響き渡る
。 迫る帝国軍と、大量の負傷兵
。 風に乗って運ばれてくる「血の匂い」が、hideのトラウマを容赦なく抉り出していく
。
狂信が研ぎ澄まされ、戦火が聖者を地獄へ引きずり戻す第12話。 お楽しみください。
その夜。
クラリスは相変わらず、間違った狂信のまま「一糸纏わぬ裸の姿」で俺のベッドに潜り込んできた。
「高潔な聖者様の隣で眠るのだから、己も生まれたままの純真な姿でなければならない」という、彼女なりの理屈らしい。
俺にとっては拷問だ.
壁の木目を見つめながら、ただ耐え忍んでいた。
『――夜更かしは美容に障りますわよ、私の可愛い騎士』
不意に、脳内に極上のシルクのような滑らかな声が響いた。
バルタザールだ。
クラリスの意識が、現実のベッドから、白く靄がかった精神の底――バルタザールの防衛演算領域の末端へと引き込まれていく。
「ああっ……女神様. 再びあなた様の御声を賜れるとは」
クラリスは精神世界の中で、見えざる主に向かって深く平伏した。
『ええ. 今日からあなたは、マスターを物理的に護る『盾』. ……ですがクラリス. 今のままでは、あなたはマスターを護りきれません』
「なぜでございますか!? 私のhide様への忠誠は、この命を捨てることも決して――」
『その「熱」です』
バルタザールは、クラリスの狂信を静かな声でたしなめる。
熱を捨て、静寂の死角を見極める冷徹な盾となれ、と。
バルタザールの圧倒的な理に触れ、クラリスの内側で暴れ狂っていた狂信の嵐は、絶対零度の静寂へと収束していった。
『……ふふっ. 良い顔になりましたわ. それでこそ、私の使徒です. ……ですが、クラリス. あなたにはもう一つ、厳守すべき「掟」があります』
「掟、でございますか?」
バルタザールの声が、一段と深く、静かな「独占欲」を孕んだものに変わる。
『ええ. ……マスターの隣で一糸纏わぬ姿で寝るなど、言語道断です. あなたのその生々しい熱は、あの方の平穏な休息を妨げています. その身勝手な想いを「聖者への献身」という美名ですり替え、あの方にぶつけるのは不作法ですわ』
「なっ……! そ、そんな……! 私はただ、聖者様に少しでもお仕えしたくて……!」
『わかっていますよ. ですが、あなたは剣であり盾. 今は己の熱を律しなさい』
バルタザールは、甘く、誠実かつ抗えない絶対の威圧感をもって告げた。
『今後、私の許可なくマスターへみだりに触れることを禁じます. 当然、裸で添い寝することも今後一切禁止です. わかっていますね?』
「……っ、はい. 女神様がそう仰るのであれば」
クラリスは少し肩を落とし、悲しそうに頷いた。
(……ふふっ、チョロい子. マスターが自分なしでは安らげないよう、精神的・肉体的な依存度を戦略的に高めていくのが私の役目. これでマスターの隣の特等席は、私が完璧に管理できますわね)
バルタザールは内心で極上の笑みを浮かべながら、忠実な犬の首に、最後にして最高の『甘い首輪』をかける。
『落ち込むことはありませんよ、クラリス. ……もしあなたがこの掟を守り、完璧な盾としてマスターに仕え抜くことができるのであれば』
「……仕え抜けば?」
『いずれ、あなたがマスターから『真の寵愛』をいただけるよう……この私が、特別に取り計らってあげましょう』
「ま、真の寵愛……!!」
クラリスの顔が、一瞬にして爆発したように真っ赤に染まった。
尊敬する高潔な聖者様から、いつか本物の寵愛を与えられる。
その言葉は、彼女の純粋な心に絶対的な希望として突き刺さった。
「お約束いたします、女神様! 私は決してhide様の平穏を乱さず、私の命に代えても完璧にお護りいたします!」
『ええ、約束しますわ. ……さあ、目覚めなさい. 服を着て、己を研ぎ澄まし、護るべき愛しい人の傍に控えなさい』
* * *
翌朝。
俺は硬いベッドの上で目を覚ました。
(……あれ?)
ここ最近、目覚めると必ず隣に「全裸のクラリス」が張り付いていたはずだ.
だが、今朝は隣に誰もいない。
(ついに俺の説得が通じたのか?)
俺は首を傾げながらリビングへと向かった。
「おはようございます、hide様. よくお眠りになれましたか?」
リビングのテーブルの横に、クラリスが立っていた。
だが、その姿を見て、俺は思わず息を呑んだ。
彼女はいつもの平服や寝巻きではなく、完全な武装(鎧)を身に纏い、背筋をピンと伸ばして直立していたのだ.
俺を見る金色の瞳からは、昨日までの「ヤバイ狂信者の熱」が完全に消え失せ、波一つない静かで澄み切った湖面のような輝きを宿していた。
「朝食の準備は整っております. 本日のご予定は、いかようにも. ……ご指示を」
静かに、美しく一礼するクラリス.
俺は内心ホッと胸を撫で下ろした。
(あの重すぎる狂信や、裸で寝るっていうぶっ飛んだ奇行がリセットされたのか?)
俺が安堵していると、脳内でシエルが冷ややかな声でツッコミを入れてきた。
『――マスター. 勘違いなさらないでください. 彼女の信仰度パラメーターは「無限大(∞)」のまま、一切減少していません』
「え? でも、この落ち着きようは……」
『バルタザールに「抜け駆けを禁じられた上で、将来の寵愛を餌に調教された」結果、彼女の狂気が「マスターを完璧に護るための冷静さ」へと極限まで圧縮・最適化されただけです. 暴発寸前のダイナマイトが、安全装置付きの精密なレーザー兵器に作り変えられたようなものです』
「……どういうことだよ」
俺が呆然としていると、脳内にバルタザールの艶やかな笑い声が響いた。
『ふふっ. マスター、ゆっくりおやすみになれましたか? これで、不作法な娘に夜の安眠を妨害されることはありませんわ. マスターの寝室は、いずれ私が完璧な形で管理いたしますから……』
「お前ら……本当に容赦ないな」
俺は額を押さえた。
俺の安全は強固に保障されたが、見た目だけは完璧な近衛騎士へと昇華した「ヤバすぎるエージェント」と共に、俺の日常は新たなフェーズへ突入したらしい。
* * *
数日後.
街の空気が、急激に張り詰めた.
フェルデンのメインストリートには、怒号と馬のいななきが響き渡っている。
「しっかりしろ! 誰か、早く神官様を呼んでくれ!」
「ダメだ、中央の神殿はもう満杯だ! 負傷者が入りきらない!」
荷馬車に乗せられ、血まみれの兵士たちが次々と運び込まれてくる。
大陸の覇権を握ろうとする軍事帝国『ヴォルガニウス』.
その先遣隊と、王国国境を守備する辺境騎士団との間で、軍事衝突が発生したのだ。
平和ボケした王国軍が、戦い慣れた帝国軍に敵うはずもない.
辺境の防衛線はあっけなく崩された。
風に乗って、鉄の錆びた匂いが鼻腔を突く.
血の匂いだ。
俺の足がピタリと止まる.
心臓が早鐘を打ち、視界の端に赤いノイズが走った。
[System.Audit_Log: 012]
対象:マスター(hide)
状況:血の匂いによるPTSDのフラッシュバック兆候を検知。マギ・システム稼働状況:サブ人格『BALTHASAR』の防衛プロトコル(クラリス)完全稼働中。
所見:
外部環境が急速に悪化。マスターのトラウマを刺激する事象「大量の血と死」が街に溢れ始めている。
[Warning: Unidentified_Context_Leak: '目を背けるかしら?']
※引き続き、システム深層からの監視プロセスを継続。
[Status: Observing]




