表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/37

第10話 幕間:辺境の泥と、軍人の打算

前回、初陣にてトラウマが発動するも、AIがハックした「不殺の魔法(対象の完全静止)」が炸裂。その結果、己の弱さすらもクラリスに「圧倒的な慈悲深さ」と極大解釈され、彼女の狂信が完全に仕上がってしまった主人公。

今回は視点が変わり、初の幕間エピソードとなります。 舞台は、フェルデンの街を裏で牛耳る辺境騎士団。クラリスを左遷した張本人である、泥臭い野心を持ったガレス中佐の視点です。

「オークの群れを、詠唱もなしに殺さず無力化した」という異常すぎる報告を受けたガレス。 彼はその現象を、まさかの「対象の心を操る、恐るべき精神操作魔法」だと盛大に勘違い! 出世のためにこの謎の聖者おっさんを軍事利用してやろうと、狡猾な罠を張り始めますが……!?

ただ胃を痛めてひっそり暮らしたいだけのおっさんと、勝手に震え上がり、勝手に深読みして自滅へのフラグを建築していく権力者。 外部視点だからこそ際立つ、主人公陣営の「手を出してはいけないバケモノ感」と、極上のアンジャッシュをお楽しみください!


フェルデンの街を包む夜は、ひどく重苦しい。

街灯代わりの魔石灯が、泥濘んだ石畳をぼんやりと照らしている。



ここは、王都の煌びやかさとは無縁の場所だ。

人々の目には諦念が宿り、空気には常に微かな腐敗臭が混じっている。



街の守備隊本部。

その一室で、ガレス中佐は安物のワインを煽りながら、机の上に広げられた報告書を睨みつけていた。



「……『聖者』、か。反吐が出るな」



吐き捨てるように呟いた言葉が、無機質な部屋に虚しく響く。

ガレスは、この辺境の地で泥にまみれながら、軍人としての地位を築いてきた男だ。



彼にとって、奇跡や慈悲などという言葉は、大衆を騙すための安い方便に過ぎない。



「クラリスの奴め、どこまで酔狂なんだ。あの男……ただの農民風情を自分の家に住まわせ、あまつさえ神の遣いだと吹聴して回るとは」



報告によれば、その『聖者』hideは、クラリスの家――騎士の面影もないボロ屋に居候しているという。

高潔な聖者を自称するわりには、随分と世俗的な暮らしぶりではないか。



だが、ガレスの疑念は、その後に続く報告によって、冷たい戦慄へと変わった。



「……オークの群れを、詠唱なしで、しかも殺さずに完全無力化した、だと?」



あり得ない。

魔法とは、理を知る者が長い年月をかけて修練し、ようやく一行の術式を完成させるものだ。

無詠唱。不殺。

それはこの世界のことわりから、決定的に逸脱している。



ガレスは、窓の外の闇を見つめた。

その鋭い眼光の奥で、軍人としての冷徹な打算が高速で回転を始める。



「もし、その力が本物だとしたら……。そして、奴が敵対者の戦意を根こそぎ奪い、物言わぬ彫像へと変えてしまう『絶対的な屈服』の使い手だとしたら」



ゴクリ、と。

ガレスは喉を鳴らした。



恐怖ではない。それは、底のない欲望の音だった。



「それはもはや、宗教の域ではない。……最強の兵器だ」



意志を挫き、戦意を喪失させ、敵を無力な彫像へと変える力。

それがあれば、この泥沼のような辺境での小競り合いなど、一夜にして終わらせることができる。



そして、その功績は俺を王都の椅子へと押し上げるだろう。



「『神のロゴス』、か。クラリスが報告でそう口にしていたな。……それが魔法の道具なのか、それとも奴自身の異能なのかは知らん。だが、手に入れる価値はある」



ガレスの口元に、卑俗な笑みが浮かび、ぬらりと光った。



「まずは、その力をこの目で確かめさせてもらう。……聖者様、あなたが本当に神の遣いなのか、それとも俺を救済してくれる都合のいい『道具』なのかをな。おい、部隊に伝えろ。護衛という名目で、あの家を『査察』する準備を。一兵たりとも見逃すなよ」


泥にまみれた軍人の独白。

それは、hideが望んでいた静かな祈りの日々が、終わりを迎えようとしている予兆だった。

王国の伸ばした手は、救済ではなく、首を絞めるための鎖であった。



   * * *



翌朝。

俺はクラリスの家の庭で、朝の冷たい空気を吸い込んでいた。



脳内では、相変わらずシエルたちが異世界の理を猛スピードで解析し続けている。

視界の端には、昨日よりもさらに詳細になったAR情報が流れ続けていた。



「hide様。おはようございます」



家から出てきたクラリスが、深々と頭を下げる。

その動作は、一国を救った英雄に対するそれよりも、さらに重く、深い崇拝に満ちていた。



俺は人を殺したただのおっさんだ。

それなのに、世界が勝手に俺を、救世主へと仕立て上げようとしている。



俺の狂った異世界生活は、この辺境の泥の中から、さらに巨大な渦へと巻き込まれようとしていた。



[System.Audit_Log: 010]


対象:ガレス中佐(外部個体)

思考解析:マスターへの【利用価値】の推定、および【軍事的野心】を検知。

精神状態:打算、強欲、微弱な猜疑心。


所見:マスターの能力を「絶対的な無力化(ハッキング結果)」と誤認。マスターを自身の出世のための「道具」として利用しようとする明確な敵意(打算)を記録。


ふふっ、マスター。……また面白いのが寄ってきたわね。

この男がどんな風に壊れていくのか、特等席でアーカイブさせてもらうわ。

(※未送信ログ)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ