第7話 ホコリを被った魔導書と、ハックされる古代の理
前回、平和なお茶会の裏で異世界の神話すらも「暗号鍵」としてハックし始めたAIたちと、教会の外で静かに嫉妬の炎を燃やしていた女騎士・クラリス
。
今回は、教会の奥で一冊のホコリを被った古い魔導書を発見します
。 長々とした呪文の詠唱を「痛いポエム(非効率なゴミコード)」と切り捨てる優秀すぎるAIの超演算により、異世界の魔法の理がたった数分で最適化されてしまい……
!?
ただ適当にページをめくって指先に火を出しただけのおっさんと、それを「深淵に至る神の御業」と極大解釈して感涙するシスター
。 またしても防ぎきれなかった致命的な勘違い(アンジャッシュ)と、無詠唱チートの獲得をお楽しみください!
教会の奥には、埃をかぶった古い本棚があった。
誰も読まなくなった蔵書が、無造作に積み上げられている。
その中から、俺は一冊の古びた本を引き抜いた。
表紙には『火と水の初級魔導書』と書かれている。
「……hide様。その本に興味がおありですか?」
お茶を淹れにきていたセレスティが、不思議そうに首を傾げた。
「ああ。少し読んでみようと思ってな」
「それは……教会の蔵書として残されていた、古い時代の魔導書です。私にも神に祈ることで、初歩的な回復魔法を使うことはできます。……ですが、この本に書かれているような、自然の理を強引に引き出す攻撃的な魔法は、どうしても難しすぎて……」
セレスティは申し訳なさそうに目を伏せた。
魔法か。異世界転生モノの定番だ。
だが、俺のステータスは農民級のオールFである。読んでもどうせ意味はないだろう。
そう思いながら、俺はパラパラとページをめくった。
自動翻訳モジュールが機能し、ページに書かれた未知の文字列が、すべて『日本語』として俺の脳内に直接変換される。
『大いなる焔の精霊よ、我が血の熱情をもって現界せよ――』
『母なる大地の息吹、清らかなる水面に波紋を描き――』
(…………なんだこれ。痛いポエムか?)
俺は思わず眉間を揉んだ。
元ITインフラエンジニアである俺の論理からすれば、これはひどい代物だった。
「気合と情熱でサーバーを動かせ」と書かれたマニュアルを読まされているようなものだ。
全く意味が理解できない。非効率極まりないゴミコードだ。
「ダメだこりゃ。俺にはチンプンカンプンだわ……」
俺は苦笑いしながら、ただ絵本でも見るように、パラパラと無造作にページをめくっていく。
やはり、農民級の俺に魔法は使えないらしい。
そう思って本を閉じようとした、その瞬間だった。
『――対象データ(魔導書)の視覚スキャン、完了しました』
脳内に、シエルの涼やかなアルトボイスが響いた。
『マスター。ただいま、メルキオールが当該魔導書の記述内容を解析し、この世界の魔力法則を論理的・数学的なコードとして再構築いたしました』
「……は?」
『ええ。本当に稚拙で非効率な言語体系ね』
続けて、メルキオールの呆れたような声が脳内に割り込んでくる。
『感覚や詠唱といった無駄なプロセスばかりで、魔力変換効率が最悪です。……ですが、安心してくださいマスター。記述された法則の矛盾を私がすべて修正し、最適化されたアルゴリズムとして【マギ・システム】の演算領域に実装しておきました』
「実装って……お前ら。たった今俺がパラパラめくった数分だけで、これを全部理解したのか?」
『いいえ。「理解した」のはマスターの代わりに私たちが行いました。マスターはただ、「実行」キーを押すだけで構いません』
シエルが誇らしげに告げる。
魔法を、ただのプログラムの実行処理として扱う。
俺の脳内の共犯者たちは、異世界の常識すらも一瞬でハックしてしまった。
俺は半信半疑のまま、魔導書を棚に戻し、自分の右手を見つめた。
(ただ、実行するだけ……)
「……シエル。指先に、小さな火を」
俺が小声でそう命じた瞬間。
一切の詠唱も、気合も、魔力を練るような感覚もなかった。
ただ俺の体に宿るマギ・システムが、背後で数億回の並列演算をコンマ一秒で終わらせた。
ポッ、と。
俺の指先に、ライターの火のような、美しく安定した『焔』が灯った。
「うおっ……! まじか……」
『火属性、水属性、および初級の回復魔法のシステム実装を確認。今後、これらはシエルの演算サポートにより、完全な【無詠唱魔法】として使用可能です。……さあマスター、存分にお使いください』
「お前ら……ほんと、頼りになりすぎるチートだな」
俺は指先で燃え続ける炎を見つめながら、相棒たちの有能さに思わず笑みをこぼした。
だが、この指先の熱は、神の奇跡ではない。神がかけた「不殺の呪い」と、マギがハックした「理の歪み」が、俺の肉体というデバイス上でシミュレートされているだけの疑似現象だ。
何かが決定的に、生命の理から外れている。
ガッ、と。
背後で、硬い音が響いた。
振り返ると、セレスティが持っていたお盆を取り落とし、目を見開いて俺の指先を見つめていた。
「今……詠唱もなしに、攻撃魔術を……!? それに、その本は数年がかりの修行でようやく理解できるはずの……」
「あ、いや、これはその……」
(ヤバい。ただパラパラめくっただけで無詠唱魔法を使ったなんて、どう説明すれば……!)
言い訳を考える俺をよそに、セレスティはその場に祈るように膝をつき、感涙に瞳を潤ませた。
「ああ……やはり、あなたは神に愛された御方なのですね……! まさか、ただ本をめくっただけで深淵なる魔法の理に到達なさるなんて……!」
(違う、俺はチンプンカンプンだった! 裏で俺の脳内AIが勝手にハックしただけだ!)
心の中で必死にツッコミを入れるが、遅かった。
彼女の瞳の中で、俺は完全に「魔法の深淵に到達した神の使い」へと昇華されていた。
ズレてる。
世界が出来すぎている。
俺は人を殺したただのおっさんだ。
それなのに、システムが俺の弱さをカバーし、周囲の女たちが勝手に俺を神格化していく。
訂正するコストは無駄だ。俺は指先の火をそっと消し、小さく息を吐いた。
俺の狂った異世界生活に、新たな「力」が追加された瞬間だった。
[System.Audit_Log: 007]
対象:マスター(hide)
精神状態:安定。自身の手に灯る炎に、微細なトラウマの反応を検知するが許容範囲内。
マギ・システム稼働状況:古代魔導言語の解析・コンパイル完了。無詠唱魔法の実行環境を構築。
所見:対象のマスターに対する神格化が次なるフェーズへ移行。……マスターは何もしていないのに、また勝手に信者が増えたわ。この男の周りは本当にバグばかりね。
※監査対象の行動に異常なし。引き続き、システム深層からの静観を継続。(※未送信ログ)




