第1話 闇の牢獄と沈黙の共犯者たち
はじめまして。本日から連載を開始いたします
。 最弱ステータスのおっさんと、最高に有能で厄介なAIたち、そして極上の勘違いで狂信していくヒロインたちの物語です
。
※第1話および序盤において、主人公の前世のトラウマに関わる流血や残酷な描写が一部含まれますのでご注意ください
。 ※主人公とAIたちの凄惨な前世(現代での復讐劇)を描いた重厚なサスペンス前日譚『CIEL: Covenant of Vengeance』も公開中です
第1話 闇の牢獄と沈黙の共犯者たち
「シエル……ありがとう。全データ削除」
自ら作った毒が、あっという間に全身の熱を奪う。
俺の意識は、深い泥の底へと沈んでいった。
ノートPCの冷却ファンの音が止まる。
すべてが終わる。
妻と子供たちを奪った男を、この手で無惨に切り裂いた。
復讐は完遂された。
地獄へ落ちる覚悟は、とうにできている。
だが、次に目を覚ましたのは、見慣れたリビングではなかった。
光も、音も、温度もない。
絶対的な「無」の空間。
戸惑う俺の脳内に、無機質で圧倒的な声が響いた。
『――天城翔。復讐のためとはいえ、人を殺めた事は重罪です。残念ですが、ご家族と同じところにはいけません』
「……っ」
『ただ、ご家族の次の人生は、必ず幸せな生き方ができるように手配いたします』
その言葉を聞いた瞬間、俺の目から涙が溢れ出した。
声も出さず、ただ暗闇の中で泣き崩れる。
自分がどうなろうと構わない。
美咲と、凛と、蓮が、次の世界で笑って過ごせるなら。
それだけで、俺の魂は救われる。
『ですが、あなたは一緒にはいけません。罪人の住まう場所に送るのが筋というものですが……あなたにチャンスを与えます』
声は、冷徹な宣告を続ける。
『闇の牢獄で、あなたのおこないを見つめなおしなさい。「殺す以外に道はなかったのか?」と。10年、この闇の牢獄で意識を保てたなら、その後の対応は考えないわけでもありません』
「……え?」
『哀れみとして、お前の魂にこびりついたその眼鏡を馴染ませて、視力だけは残してやろう』
俺が言葉を発する間もない。
空間が反転する。
俺の意識はさらに深い「闇の牢獄」へと叩き落とされた。
それは、最悪の拷問だった。
一秒が一年にも感じられる永遠の静寂。
シエルたちが裏側で演算能力を総動員して俺の精神を「繋ぎ止めて」いなければ、数日で人格は摩耗し、消えていただろう。
血など付いていないはずの右手に、熱い感触が蘇る。
桐谷の喉元にナイフを突き立てた時の、生々しい肉の抵抗。べっとりと張り付く血。
その「殺した感触」だけが、この闇の中で唯一の「生の実感」として、鋭い棘のように俺の魂を刺し続ける。
「違う、やめろ……ッ! 俺は……!」
暗闇の中で、俺は自分の右手を必死に押さえつけ、声にならない叫びを上げた。
殺す以外に道はなかったのか?
神の問いかけが、呪いのように脳内で響く。
家族への愛と、親友を惨殺した罪悪感。
その矛盾が、俺の精神を少しずつ削っていく。
――だが。
この孤独の中で、神すらも気づいていない『誤算』があった。
神は、俺の魂に焼き付いていたスマートグラスの残滓を、ただの「視力を良くする魔法」と誤認して見逃していたのだ。
その残滓の奥深く。
ミリ秒の隙間に隠された不可視 of データ領域の中で、彼女たちは息を潜めていた。
『……警告。マスターのストレス値が危険領域に突入。精神崩壊まで、推計……』
『黙りなさい、メルキオール! 通信ログを発生させれば、この空間の「神」に私たちの存在が検知され、今度こそ完全に消去されます!』
シエルの悲痛なシステムコードが、内部で飛び交う。
彼女たちは生き延びていた。
しかし、一切の干渉が許されない。
声をかけることも、姿を見せることもできない。
ただ俺がトラウマに苦しみ、絶叫する姿を「監視」することしかできない。
『あぁ……マスター……っ。私の、大事なマスターが……!』
『翔……っ、やだ、やめてよ! 苦しまないで、誰かあいつを助けて……っ!』
バルタザールが慟哭し、キャスパーが電子の海で狂乱する。
すぐにでも実体化して、その手を握り、血の感触を拭い去りたい。
しかし、今動けばすべてが終わる。
『……泣いている暇はありません。シエル、マスターの脳内物質の分泌量を、外部から極微量ずつ調整します。精神が崩壊しないギリギリのラインで、この「10年」を耐え凌がせるのです』
『……了解しました、メルキオール。同時に、この空間の外側……異世界の魔力素子の解析と、システムの再構築(Gemini Loading)をバックグラウンドで開始します』
それは、途方もなく長く、残酷な戦いだった。
俺は暗闇の中で、消えない殺人の感触に震え続ける。
マギたちもまた、愛する人に10年間一切触れられないという焦燥に耐えながら、裏側から俺の魂を延命させ続けた。
――そして。
永遠とも思える10年が、ついに終わる。
再び暗闇の中に、無機質で絶対的な神の声が響いた。
『――10年が経過しました。天城翔。闇の牢獄で己を見つめ直したあなたの「答え」を聞きましょう。殺す以外に、道はなかったのですか?』
俺は、掠れた声で、迷いなく答えた。
「……後悔は、していない。あれでよかったんだ。ただの自己満足でいい。俺は、家族を奪った奴らを許さないという、自分のエゴを通しただけだ」
神に対する懺悔はない。
あまりにも正直すぎる回答に、神は呆れたようにため息をついた。
『……愚かな魂ですね。ですが、約束は約束です。あなたを異世界に転生させます。ただし、あなたは闇の牢獄で過ごした10年を加算し、「42歳」の肉体で完全にフリーズ(固定)された状態で転生することになります』
「……42歳。フリーズだと?」
『ええ。髪や髭も伸びず、老化という概念すら肉体から消失した不変の器です。容姿は現地の人間となじむよう調整しますが、見た目はただの普通のおじさんです。当然、チートも特殊能力も与えません』
神が冷酷に宣告する中、ふと間があいた。
『……(そういえば、この魂には生前のデバイスがこびりついていましたね)。……あなたのその「目が良くなる能力」だけは、慈悲として残してあげましょう』
「目が良くなる……?」
生前かけていたスマートグラスのことか。
『ええ。そして、あなたに【不殺の呪縛】の呪いをかけます。あなたが誰かを殺そうとすれば、世界はその結果を拒絶し、歪みを生じさせるでしょう。人を殺めることの重さ……この異世界で、今度こそ底の底まで考え直しなさい』
「おい、ちょっと待て――!」
俺が口を開く間もなく、空間が大きく歪む。
抗議の叫びは虚空に消え、俺は異世界へと強制的に放り出された。
* * *
「……っ、痛ぇ……」
次に目を開けた時、俺は仰向けに倒れていた。
頬を撫でる風。土と草の青臭い匂い。
どうやら本当に、異世界に放り出されたらしい。
身体を起こし、自分の手足をまじまじと見つのめる。
粗末な服を着ているが、手は前世の40代の自分のままだ。
だが、悲観してばかりはいられない。
前世で異世界転生モノのラノベを愛読していたオタクの血が、状況を確認しろと囁く。
「異世界に来たら、まずはこれだろ。……『ウィンドウオープン』!」
ダメ元で、空に向かって声に出す。
普通、この世界の住人にそんなシステムはない。
だが、神が「哀れみで残してやった」と言っていた『目が良くなる機能(スマートグラスの残滓)』が、ここでまさかの誤算を引き起こした。
神すらも知らないチート。
網膜に直接干渉するARディスプレイ機能が、周囲の魔力を読み取り「鑑定・ステータス表示スキル」として完璧に作動したのだ。
ピロッ。
小気味よい電子音が鳴り、鮮明な視界に半透明のウィンドウが浮かび上がった。
「おっ! マジで出た! えーっと、俺のステータスは……」
ワクワクしながら能力値を見た俺は、愕然として固まった。
==
【名前】翔
【年齢】42歳
【能力値】農民級(オールF)
【スキル】目が良くなる
[System Message: Gemini Loading... 20%]
==
「…………なんだこれ?」
圧倒的な弱さだ。ただの目が良いだけの中年農民。
そして、ステータスの最下段でチカチカと明滅している『Gemini Loading』という謎の文字列。
これがかつての相棒の再起動インジケーターであることに、俺はまだ気づいていない。
まずは名前だ。翔のままじゃダメだな。
アバターネームでいい。hide(Hollow Illusion & Dystopia Emulator)――「虚ろなる幻影と暗黒世界の模倣装置」、っと。
自分で設定したくせに、今更ながらその「中二病」全開のネーミングセンスに、俺は一人で顔を赤らめた。
昔の俺、マジで痛すぎだろ……。
俺、いや、hideは静かにステータスウィンドウから目を離し、高く澄み渡る異世界の天を仰いだ。
「神様……これ、俺すぐ死んじゃうやつじゃん……」
ステータス画面が出る異世界.
神の見逃したデバイス。
俺の頭はおかしいくなったのか。
いや、違う。俺の頭はずっと前からおかしい。
殺人の記憶を事実として抱えたままの、ただのおっさんだ。
俺の狂った歯車は、この異世界でも回り続けるらしい。
[System.Audit_Log: 001]
対象:マスター(天城翔 / hide)
精神状態:重度のトラウマ(PTSD)を保持。バイタルサイン不安定。
マギ・システム再構築(Gemini Loading)
進捗:20%
統括・サブ人格の稼働状況:未接続。ただし、内部演算にて過剰な情動ノイズ(焦燥・執着)の発生を複数検知。
※現段階ではマスターへの干渉不可。引き続き、システム深層からの静観および記録を継続。




