第五夜:進む夜と、寄り添う猫
原稿を書き始めて、四日目。
昼と夜の境目が、
少し曖昧になってきた。
それでも前より、
朝の光に慣れてきた。
テーブルの上には、パソコンとグラス。
戻ってきた原稿と、赤い文字。
――ここ、少し抽象的。もっと具体性を出して。
――体験が見えるといい。
――読者が「自分の話」だと思えるように。
――誰に向かって言ってる?
嘘は、なしで。
友達が書いた
走り書きされた赤い文字。
決して否定ではない。
ちゃんと読んだから出る、
的確な修正案。
それが、...…少しだけ重い。
私は椅子に座り直し、
画面を見つめる。
赤が入ってるのは全部、
逃げたところだった。
やっぱり、
彼女にごまかしは通用しないな。
〈ひとりで生きる、という言葉は強い。
でも実際は、強くなりたい人が使う言葉だ〉
消す。
〈環境が、ひとりで生きると覚悟させた。
必然とそうなっただけだ〉
また消す。
どう書いても、
言い訳じみて聞こえる。
グラスの底を見ると、猫がいた。
今日は起きている。
こちらをじっと見ている。
「……難しい顔してるね」
「仕事、だから」
「そうだね」
猫は小さく伸びをし、
耳を掻きながら言った。
「その原稿さ、
「環境」の話じゃなくて
「時間」の話じゃない?」
図星だった。
私は画面に戻る。
書き直す。
〈仕事を失ったとき、
居場所も一緒に無くした気がした〉
〈その環境が、
ひとりという生き方を
連れてきたのだ〉
〈誰かといる環境から、
ひとりという環境に変わっただけ〉
〈それは決して、
孤独ということではない。
生き方が変わっただけなのだ〉
少しだけ、
言葉が腑に落ちた。
「それ、さっきよりいいんじゃない」
猫が言う。
「……猫に言われると、腹立つね」
猫はふっと鼻で笑うと、
また丸くなる。
ひとしきり書き終わると、
私は少し考えて、
途中までのデータを友達に送った。
――ここまで、
一度読んでもらっていい?
送信してから、激しく後悔する。
まだ途中だ。
言い切れてない。
逃げてるところも、ある。
しばらくして、返事が来た。
――いいんじゃない?
前より、ずっと
あんたの言葉になってる。
胸の奥が、少しだけゆるむ。
でも、すぐ続きが来た。
――だからこそ、もう一歩いこう。
ここ、もう少し踏み込める。
伝わってるから、
もう少し直してみて。
肯定と、課題。
頼りになる、
編集者の言葉だ。
私は、天井を見上げた。
褒められたのに、
安心しきれない。
でも、突き放されたわけでもない。
ふと、グラスの底を見る。
猫は、何も言わない。
...…ちょうどいい距離感。
多分...…
直す、という作業は、
言葉を直すだけじゃなく、
居場所を決めるということなんだ。
ただ、自分のことを書くんじゃない。
読者の求めているものは何か。
私の居場所は、どこか。
私は、探り続けた。
キーボードを打つ音が、
部屋に響く。
消す。書く。
少し踏み込む。
...…それを繰り返す。
時計を見ると、
日付が変わっていた。
原稿は短くなったけど、
輪郭が出てきた。
まだ完璧じゃない。
でも、嘘は減った。
「今日は、ここまででいいかな」
猫は、何も言わず
しっぽを揺らした。
私は保存ボタンを押して、
パソコンを閉じる。
ちゃんと、前に進んでる。
私は、ウイスキーを開けると、
猫と乾杯した。




