空中都市へようこそ!
ワープゲートを抜けた瞬間、視界が一気に開けた。
青い空、遠くまで続く白い雲。そして、その上に浮かぶ灰色の街。ぬるくて重い汚れた地上の空気とは違う。軽くて、乾いていて、でも強い風が吹いていて高いところにいるとすぐに分かる。
建物はどれも軽やかで、石造りなのに圧迫感がない。
橋や通路は細く、風がよく通るせいか、空気が澄んでいる。
重厚な要塞都市、というよりは――洋風の街がそのまま持ち上げられて空に浮かんでいるような感じだった。
よくあるゲームの街の風景。どこか現実感が薄くて、夢の中みたいだ。
けれど、どちらかというと私はガーデンが好き。街の中がそこまで得意じゃないのもあるけど、やっぱり自然が多くあるところが好きだからだろう。便利そうな街だけど、私にとってはどこか灰色に映る。
これが――空中都市。
蒼空に浮かぶ人間の住処。
汚れた大地を捨てた人々の最後の楽園。
工場みたいな煙こそないが、大地や海の次は空か? と思ってしまうのは、私が意地の悪い人間だからそう思うのだろうか。なにもしなければ、いつか空も汚して宇宙にでも旅立ちそうな世界観だ。
「……」
「案内に従って歩いてください」
ここにはあり得ないはずの声がして、横を見た。
「……ちっちゃ……!」
肩の上に、手のひらサイズのシーちゃんが乗っていた。
「ホログラム子機がお供いたしますと言ったはずですが」
「あんまり聞いてなかったかも……ごめん」
ホログラム子機かあ。なんだかグッズの『ぬい』でも連れているような気分になる。
髪も、服も、そのままだけど、ただ全部が小さくてちょこんとしていて可愛らしい。
「……これはこれで、いい」
思わず呟く。
シーちゃんは無反応だけど、肩にほんのり重みがあるだけで、気分が違った。
人混みにかち合うのではないかと緊張していた心が少しだけ落ち着いた。
シーちゃんが指差す方向へ歩き出すと、広場にはすでに何人ものプレイヤーが集まっていた。あんまりいい会話は聞こえてこないので、意識して声を聞かないようにしよう。
「チュートリアルはスキップすることにしたんだよな。早く進めたいし」
「モンスター倒したけどレベル上がらねーんだよな。なんでか知ってる?」
モンスター倒したって……もしやスコップで? 無茶すぎる。というかこのゲーム結構特殊だから、チュートリアルスキップなんてしたら本当に意味が分からなくなるだけでは。
「探索行ったら即死したんだけど」
なにがあった!? シャットアウトしきれず、勝手に耳に入ってくる言葉に内心ツッコミを入れつつ歩いていく。
いつのまにか、無意識に肩へ顔を寄せていた。ちっちゃいシーちゃんに、そっと頬を押し当てる。
反応はない。でも、それだけで少し気分が落ち着いた。
「大丈夫。大丈夫……」
「この道を左です」
シーちゃんの案内に従って通路を進む。なんか案内の仕方が完全に車のナビとかと一緒なんだけど、謎に安心できる。ずっと落ち着いたトーンの声色で話してくれているからだろうか。
「やべ、迷った」
「マップ広すぎ〜」
みんなが初心者プレイヤーなのでそこかしこに迷ってる人もいれば、楽しそうな雰囲気の人たちもちゃんといる。
「ワルフルめっちゃ可愛いんだけど〜! ずっとくっついて歩いてくる!」
「え、そうなの? 私のところはガーデン内ずっとグルグルしてるなあ。個体差かな? 同じNレアなのに、性格違うんだね」
「うちの子は甘えん坊さんだよ」
「あ〜、私のところは最初の子だったし、リーダー気質だったのかも」
うちの子はどうだろう? 半分半分くらいの塩梅だろうか? 私にすごく忠実って感じで、勝手に行動するより私のほうを見て指示を仰ぎに来ている感じがした。これも個性なんだろうな。大切にしていきたい。
「この建物に入ってください」
案内された建物に入ると、そこが目的のショップだった。
内装は木と布が基調となった柔らかいイメージの古風な店だ。商品棚に、整然とアイテムが並んでいる。
スケッチブックに鉛筆。色鉛筆も、カラフルなインクもあるし、簡易イーゼルも飾ってある。絵の具もあるから、どんな感じに描こうか悩みどころだ。
でも、生態観察のフレーバーテキストにスケッチつけるなら鉛筆画かなあ。雰囲気は大事だし。それともポップな色をつける? そういうのもありだな。海外アニメみたいな原色を使った可愛い絵でもいい。両方描いてみて決めるかあ。楽しみだなあ〜!
必要なものを、ひと通りカゴに入れてみると、初期資金でちょうどいいくらいだった。
……でもまだ少し余裕があるし、と食材コーナーに目を向けたそのときだった。
「お待ちください」
シーちゃんが止めに入った。
「どうしたの?」
「空中都市へのはじめての来訪ですので、食券の配布がございます」
「食券?」
「はい。食堂にて提出していただくと、モンスターの卵や食材などがランダムで購入可能な便利なチケットです」
……つまりガチャですね?
「ガチャ?」
「はい」
即答だった。
私は、思わず天井を見上げる。ガチャとは悪い文化である。もちろん、分かってはいた。ソーシャルゲーム要素がある以上、ガチャは避けられないコンテンツだし。
こういうのがあると、どうしても格差が生まれてくるからなあ……いや、気にせずエンジョイ勢でやっていらばいいだけなんだけど。
ん、待てよ?
「卵って、モンスターの卵?」
「はい。低確率ですが、モンスターの卵も食券ガチャにより排出される可能性があります」
「わあ」
「しかし、このチケットは10連チケットです。ランダムですが、食料が手に入るので有用かと。手に入ったものを確認してから買い物をするとより効率的に『料理』を行うことができるでしょう」
「料理もできるんだね。なら食材は多いほうがいいか」
「はい」
シーちゃんのおかげでちょっとだけ気が向いた。うん、少しだけなら行ってみようかな。
「一回だけまわして、必要な食材を買って帰るね」
シーちゃんに向かって小さく呟く。
彼女は私の返答に軽く頷いてから、その小さな手で行く道を指し示す。
「食堂は、あちらです」
視線で追うと、明らかに開けた広場と大きな建物がある。この街のランドマーク的な場所だとひと目で分かる。なんせ人がいっぱいいるし。
ガチャがあるからだろうか? 食堂に出入りする人々の中には楽しそうな人もいるし、それ相応に苛立っている人もいる。広場には、これからガチャをまわすのだろう期待でそわそわしている人もいた。
混沌とした雰囲気は人が集まる場所特有のそれだ。
うーん、ガーデン内でまわせれば一番なのになあ。人混みは苦手すぎるのでそう思わずにはいられない。
あんまり頻繁に来ることはなさそうだ。もしくは、早朝とかにふらっと来る程度かな。
でもガチャをまわすこと自体を否定するつもりはない。
図鑑を埋めたいし、観察したい。そしてフレーバーテキストを書きたいし、スケッチも描きたい。
ガーデンの進捗状況を無視してレアなモンスターの卵を手に入れることができるなら、まだ見ぬモンスターの図鑑をいち早く埋めることができるという意味でもある。順番に見つけていくのもいいけど、そういうのもたまにはいいよね。
……と、いろいろ内心で言い訳をしながら食堂の扉を開ける。
とにかくガチャ結果がどうあれ、私は心の底から楽しもうと決めて肩の彼女に頬を寄せる。もにっとシーちゃんの手が私のほっぺたを撫でた。
さーて食券ガチャとやらはどんな……。
「食券ガチャの結果はレシートにて確認できます。番号札を受け取る機械に食券を投入し、レシートをあちらのカウンターにお持ちしてください。レシートとアイテムを交換できます」
か、完全に現実的な食堂の光景だー!?
(食堂というよりフードコートイメージなんだよなあ)




