ワームース
「腐食モンスターが来訪しました」
シーちゃんの静かな声と同時に、ガーデンの外縁部からゆっくりと芋虫らしきものが這い寄ってくる。
腐食モンスター。
確かに、芋虫が通っている土がより黒いドロドロのようなもので汚れていっているように見える。絵面で言うなら映画のタタリガミが通った場所がどんどん腐って朽ちていくような、あんな感じ。ワルフルのときに図鑑を見ていたら汚染タイルの項目があったけれど、あれの意味が見るだけで理解できた。
とてもガーデンにとっていいもののように見えないけど……シーちゃんが倒せとかそういうことを言わないってことは、きっとこのままでもなんとかなるんじゃないかな。スコップはあるけど、武器とかじゃなくて普通にガーデンを整えるためのものだろうし。
……そう信じて観察してみる。
「あれが」
「はい。あのようなモンスターは、綺麗な土壌を好む傾向がありますね」
「理解」
ああ、だからか。
「荒れ地を整えたからこそ、姿を現したのでしょう」
なるほど。
シーちゃんも、こうしてときどきヒントをくれるんだね。
今はチュートリアルだから先んじて土地を整えて草地にするように言ってきたんだろうけど、こんな感じで今後もモンスターが来るようにしていくのだろうか。
汚染タイル数に加えて、ワルフルの図鑑にあった『来訪条件』『住民化条件』という項目が、頭の中でしっかりと繋がる。
ガーデンの中に入って来たということは来訪条件は満たしてるんだろう。なら、住民化条件は? 見てれば分かるだろうか。
ゆっくり這ってくる芋虫をよく観察して頭の中でまとめてみる。
大きさは、テニスボールを二つ並べたくらい。形は、ゼリービーンズみたいに丸っこくて、多分体の皮膚が半透明になっている。半透明な皮膚の内側には、黒くて、どろりとしたものが見えた。液体でもなく、固体でもないような感じ。
……強いて言うなら、腐ってしまったクリームのような質感だろうか? ちょっと見た目がエグい。可愛いワルフルを見た後だから余計にそう感じられた。
芋虫はゆっくり、ゆっくりとこちらへ近づいてくる。荒れたままの土地を横断して真っ直ぐに。
あの子が整えた草地に入ったら、きっと草が枯れて荒れ地に逆戻りするんだろう。それはさすがに困るから止めたいけど……チュートリアルなら、なにも起きないと信じてもいいはず。
一度汚染されて腐食モンスターのことを知ること自体がチュートリアルという可能性もあるし、どちらにせよ干渉はしない方が良さそう。
芋虫は綺麗に整えた草地の手前でぴたりと止まった。
身を焦がすような、心なしか情熱的にも見えるキラキラとした目で草地を見つめ、そして身を縮めるように丸くなる。
次の瞬間。芋虫が光って形が変わった。
その場に形成されたのは卵だ。見覚えがありすぎるレモン色の卵。
「……選ばなかった卵と、同じ?」
考える間もなく、卵の上にカウントダウンが表示される。
【10】
息を飲んで見守る。
【5】
【3】
【1】
ゼロになった瞬間、卵の殻が割れた。
中から出てきたのは、さっきとはまるで違う姿の芋虫だった。いや、面影はある。けれど、印象が全く違った、
透明感のある皮膚の内側には、鮮やかなレモン色のクリームのようなものが詰まっている。腐った感じはなく、つやつやしていて、どこか美味しそうだ。
ゼリービーンズのような、デフォルメされた可愛らしい芋虫型モンスターがそこに再誕していた。
「……おお」
「おめでとうございます。ワームースの住民化に成功しました」
ポケットの中から控えめな効果音が鳴った。
反射的に電子図鑑を開く。
⸻
No.001
名称【ワームース】
・ 分類:スイーツ
・ 原型食物:ムース
・ 原型生物:ミミズ
・ 危険度:D
・ レア度:N
・ 大きさ:1タイル
・ 生息地域:???
・ 好物:???
・ 来訪条件:
1タイル分の汚染されていない土、または草地がある。
・ 住民化条件:
3タイル分の汚染されていない土、または草地がある。
所属するワームースが三匹に達していない。
・ 能力:
一時間につき15タイルの表層土壌回復。
3匹所属することで、全体のタイル浄化数が1.2倍に上昇する。
一日に一回、空き瓶にムースを生産する。
・ 汚染タイル数:陸上2
・ 備考:???
・ 生態観察①:
ワームースは、土壌の回復が始まった土地に最初に現れることが多い基礎的な浄化モンスターである。
⸻
「……なるほど」
こうして図鑑埋めを進めていくんだ。
モンスターの総数は分からないけど、これがガーデン造りの確かな一歩目。
ワームースは腐食モンスターだったけど、なんだか綺麗な草地を見て安心していたようにも見えた。
もしかしたら、腐食モンスターはガーデンを荒らす敵ってわけじゃなくて、外の環境が酷すぎてその環境下で適応して暮らすしかなかった子達なのかもしれない。
そんな子達を、ガーデンテイマーが土地を綺麗にして安住の地を与え、腐食を受け入れなくても暮らしていけるように元の姿に戻してあげる。きっとそういうことなんだろう。
いいじゃん。条件が分からない状況で、モンスターたちの安心できる環境を手探りしていくってことだよね。おもしろそうだ。いろいろ試し甲斐がある。
「ワームース、よろしく」
「わむう?」
しゃがんだまま挨拶すれば、可愛らしいデフォルメおめめが私を見上げた。見れば見るほどゼリービーンズである。ちょっと美味しそう。
「では次に、こちらのガーデン設置アイテムをプレゼントいたします。アイテム欄から設置を行なってください」
「分かった。試す」
――設置型アイテムを入手しました。
【空き瓶】×1
ログを流し見しながら、
アイテムボックスから取り出す。
「ん」
その瞬間、ガーデン全体が碁盤の目みたいに見えた。
「……マス?」
「マス目が見えておられますね」
シーちゃんが説明を続ける。
「それが、このガーデンの区域です。ひとつのマスを、1タイルとして換算いたします」
シーちゃんの説明を聞くと、ざっとこうだ。
はじめてのガーデンのタイル数は縦と横それぞれ20タイルずつで合計は400タイル。
設置物やモンスターの大きさもそれぞれタイル数が決まっていて、置けるタイル数は60%くらいまで。それ以上置くとごちゃごちゃしすぎて非効率になるからなんだって。
ま、今はほぼ考えなくてもいいことだろうし、なんとなく広さだけ覚えとけばいいかな。
説明を聞いている間に、ふと視線を地面に戻す。
すると、ワームースが空き瓶の近くでくるくると回っていた。
次の瞬間、きらきらとした魔法みたいなエフェクトが空き瓶付近で弾ける。
気がつくと、空き瓶の中が黄色いなにかで満たされていた。
「……なに?」
私は、困惑で目を見開いた。
でも、ワームースは誇らしげに見上げている。褒めてほしそうだ。これは……どういうことなんだろうか。
もう一度図鑑を確認する。
・ 能力:
一時間につき15タイルの表層土壌回復。
3匹所属することで、全体のタイル浄化数が1.2倍に上昇する。
一日に一回、空き瓶にムースを生産する。
なるほど、これかあ。
瓶に手をかざすと採取ができた。
ええと、最初の生産品。レモンムース……ゲットだぜ?




