はじめてのボス戦
みんなと一緒に大壁の前までやってきた。
いよいよ杏トラとのボス戦だ。初めてのボス戦がトラ相手だなんてちょっと怖いが、こういうのは案外あっさり終わったりするものだ。緊張しすぎないようにしよう。
「バタベア、逃げるときはよろしくね」
「べあ!」
頼もしいバタベアのそばにいながら、先行するワルフルの群れを見守る。
大壁の前の大きな岩に寝そべっていたトラは、それを見て面倒くさそうに起き上がった。
「ガァウ……」
顎をしゃくってこちらを見下ろすトラは、威厳と風格がある。この草原の表層のボスだ。当然、ジャガイヌたちよりも強いだろう。それに、クマもいるのに草原のトップになっているのだ。枯れ果てて堕ちたトラとはいえ、その立ち姿には誇りを感じる。
ワルフルたちは草原が生息地じゃない。だからだろうか、ジャガイヌであったならトラの威厳を見せつけることで威圧することが可能だったのかもしれないが、ワルフルたちは怯まずに唸り声をあげている。私を守るように前に立ち、トラに負けないくらい大きく体を見せようと頭を低く、そして今にも飛び掛からんとするような姿勢で。
やだ……うちの子たちカッコいい!
「グルルル……」
トラが大岩の上から飛び降りて来て、前腕を舐めるように伸びをして私たちを見据えた。
背中に生えた枯れ木はまるで彼の生命力を貪り、搾取しているようにも見えるけれど、あれはあれで共生しているのだろうか。トラなのに植物と融合しているなんて、変な組み合わせだなあと思わなくはないけれど、さっきの機械のことを考えると……人間が設計したからこその歪みにも思える。人間が設計したかどうかなんて、まだ確定していないから分からないけれど。
「来た」
―――――
【枯れ果てた杏のトラ】に目をつけられた!
―――――
リーダーのワルフルが吠えて、群れが散開した瞬間……トラが跳ねた。
わさわさと樹木を揺らしながら重そうに飛び掛かってきて、トラの爪が前に振るわれる。その前方に、ガーデンで見慣れたタイル状の網目が表示された。トラの前方三タイル分が赤く表示されて、次の瞬間にその部分が大きな爪痕で地面が抉られる。
ワルフルたちはすでに回避した後だったので怪我はない。
しかしなるほど、あんな感じで攻撃範囲が見えるんだね? それならまだなんとかなるかな!
私は近づきすぎないようにバタベアと一緒に後退する。
「シーちゃん、逃げすぎたらバトル状態が勝手に解除されるとか、そういうのってある?」
「いいえ、ありません。明確に逃走することを決めて宣言しない限り、逃げるつもりがなくとも戦闘状態が解除されてしまう……という事故は起こらないようにされています」
「それを聞いて安心した!」
「なによりです」
ボス戦に入った時点でインスタンスエリアになったのか、道中軽く見かけていたプレイヤーの姿がなくなっている。ワルフルたちが頑張っている間に少しメニューを開いてみると、『協力を求める』の項目ができていた。多分フレンドとかとパーティを組んでボス戦にあたることもできるんだろう。
危なくなったときにインスタンスエリアから出て、その辺の人にヘルプを頼むこともできるのだと思う。でも、まあ、私はこういうものは使わないのであってもなくてもって気がする。
NPCならいいんだけど、その辺のキャラクターに中の人がいると思うとなぜかストレスになってしまうので……空中都市や探索地に出ているときは結構頑張っているのだ。コミュ障を拗らせすぎである。
「ワフゥ!!」
「ガルルッ、ガァァ!」
トラは思ったよりも機敏ではない。もしかしたら背中の樹木が邪魔なのかもしれない。あれの重量分、動きに遅れが出ているのだろう。本当においたわしいなと思ってしまうが、その分隙も大きいので助かっている。
今のところ私のほうには向かってこないから逃げる必要もなく、観察することができているけど……はじめてのボス戦だから、ちょっと難易度が優しいのだろうか?
初対面のときはあんなに追いかけてきたのにね! ということで、めちゃくちゃ躍動感のある動きをするトラと、うちの子たちの姿を目に焼き付けながらさっとスケッチブックに筆を滑らせる。ラフだけ! ラフだけだから!
「べああ」
心なしかバタベアが呆れているような気がするが、気のせいだよね! うん。
ワルフルたちはトラみたいに範囲攻撃はできないけれど、連携攻撃が得意なのか隙を見せたときに一撃ずつしっかりと入れている。引っ掻いたり噛みついたり、あとは背中に飛び掛かって食いついてみたり。乗り攻撃はしばらくすると振り落とされてしまうみたいだけど、ちゃんときいてるらしい。
トラの体力バーらしきものが円状になって見えていたものの、それがみるみるうちに減っていった。
数字は見えないけれど、しっかりとワルフルたちが仕事を遂行してくれていてなによりだ。
「あとちょっと……!」
あと一撃でも入れば多分勝てる!
思わず身を乗り出した私は、トラと目が合った瞬間、やらかしたことを察した。
「やっば」
体力切れ寸前のトラが猛然とこちらに向けて駆け出してくる。
そして、その勢いのままに飛び掛かってきたトラの爪が振り下ろされ――。
「ベアア!」
「ガァウッ」
私の前に立ったバタベアが腕を大きく振って、トラを迎え撃った。
腕に噛みついたトラの無防備になったお腹を殴ってそのまま吹っ飛ばしたのである。
「ガアウウ……」
そして、その瞬間トラの体力バーは砕け散るようにして消えて行った。
トラ自身はその場に倒れて動かない。
「し、死んじゃってる……?」
「いえ、気絶しているだけです。今のうちにある程度の実を収穫して帰還いたしましょう。はじめての探索地ボスモンスターの鎮圧、成功です。お疲れさまでした」
「そっか、よかった……」
あんまり実感はないが、ちゃんとこれでボス戦はクリアらしい。
恐る恐る近づいて、背中の木からある程度の実を収穫させてもらってから離れる。そして、私はちょっと考えてからトラの近くに腐っていないオリーブを一つ置いて引き下がった。
「わふー! わふわふ!」
ワルフルの群れは達成感でいっぱいの顔をして私のほうにやってくる。めちゃくちゃ褒めてほしそうだ……!
そんな彼らを一匹ずつ順番に抱きしめたり、撫でたりしてから立ち上がる。他の子分たちを褒めているときですらリーダーのワルフルがちょっかいをかけてきたので、少し叱ったりなんだりしつつ立ち上がる。
ひとまず、最初に設定していた目標はこれで達成だ。
今日の夜は気持ちよく眠ることができるだろう。あわよくばこのままトラの住民化までできればよかったのだろうけど、倒してすぐに起き上がって仲間になりたそうに見ている! みたいなイベントがなかったので、まだ条件は達成していないんだろう。
鎮圧できたから、せめて来訪条件くらいは達成できてるといいけど……。
「わふわふ!」
「あ、うん。帰ろうか~」
ワルフルが鼻を押し付けてくるのでその場を後にする。
ワルフルたちと、私を守ってくれたバタベアにはご褒美でなにかおやつとかをあげて……それから、最初のリーダーワルフルにはアクセサリーだ。
ただ、もうガーデン時間が夜になりそうだし、今日はこのあと図鑑を作って終わりかな。
真っ赤な夕焼けを背にしながら、私はそのまま無事ガーデンに帰還するのだった。




