ワルフル
「わふー!」
その子は元気いっぱいに殻を頭で押し上げた。
ぱきりという軽い音と同時に、卵の上半分がずり落ちる。中から現れたのは柴犬くらいの大きさの犬だった。
……いや、犬なのだろうか?
毛はない。その代わりに背中一面がワッフルみたいな格子模様になっている。デフォルメ強めで全体的に丸い印象。どう見ても触ったらふにっとしそうな見た目だ。お耳もワッフルのようになっていて、とってもスイーツな見た目をしている。
そんな子が、黒豆みたいなつぶらな瞳でじっと私を見上げているなんて。
……なん、て。
「か、かわいい……」
我慢できずに思わず声が出た。
尻尾らしきものをぶんぶん振りながら、その子はもう一度鳴く。
「わふー!」
可愛い。圧倒的に可愛い。
しかも予測していた通りワッフルっぽい特徴の犬? 狼? ということで、当たっていて嬉しい気持ちもある。香りにもちゃんと意味があるんだなって。
「触っても、いい?」
手をそっと下から伸ばしてみる。
その子は、ふんふんと私の手の匂いを嗅いでペロリと舐めた。
「ふふ、おかえし、だね?」
私も匂いを嗅いだからね。匂いチェックは生物同士の挨拶みたいなものだから、こういうやり取りができるのが嬉しい。
ぺろぺろと舐めて来ている舌があったかい。本当に犬と触れ合っているみたいだ。こういう部分もしっかり体感できるなんて、この時点で私にとっては神ゲー確定だと確信できた。
「おめでとうございます」
しばらく私たちを見守ってくれていたのだろうか。
シーちゃんが横から落ち着いた声をかけてくる。
「ガーデンの、はじめての住民は【ワルフル】ですね」
「ワルフル……!」
名前まで可愛い。
「ず、図鑑、ある?」
食い気味に言うと、シーちゃんは頷いた。
「はい、『Cの記録レポート』と、あなた様の電子図鑑を同期いたします」
……。
今、自分の名前言った?
シーちゃん、一人称自分の名前なの……? ちょっと可愛いね? い、いや、まだそういう名称だからそう言っているだけで、別に一人称が自分の名前とは限らない。
「シーちゃんが書いてる?」
「はい、Cが書いています。必要なことですので」
やっぱり一人称がシーなのか!?
そんなことを考えている間に……。
「……完了しました。メニュー画面からご覧ください」
来た!
考えていたことを全部投げ捨てて、私は即座にメニューを開いていた。ほとんど反射的な速度だった。
⸻
No.002
名称【ワルフル】
・ 分類:スイーツ
・ 原型食物:ワッフル
・ 原型生物:オオカミ
・ 危険度:D
・ レア度:N
・ 大きさ:2タイル(1×2)
・ 生息地域:???
・ 好物:???
・ 来訪条件:???
・ 住民化条件:???
・ 汚染タイル数:???
・ 能力:
同危険度ランクの生物による汚染を50%で軽減。
1段階上の危険度ランクの生物に対し、
30%の確率で撃退を試みる。
(ランク差が1段階広がるごとに成功率は10%低下)
初来訪の生物を吠えて知らせる。
・ 備考:???
・ 生態観察①:
ワルフルは、草地に縄張りを形成する
防衛型のスイーツ系モンスターである。
⸻
……見事に未完成だった。
うんうん、一番最初っていったらこんな感じだよね。
でも、やっぱりいろんな項目があるのが気になる。能力は判明してるみたいだけど……この子の生息地もまだ不明だ。レア度に危険度。気になるのは……大きさを表すタイルってなんだろう? 来訪条件や住民化条件ってなんだろう? 推測はいろいろできるけど、この分からない状態を見せつけられるのもワクワクする。
きっとこれから私がこの項目をひとつひとつ試したり観察したりして埋めていくことになるんだろう。
大半はシーちゃんが埋めるって言ってたけど、この生態観察って項目はプレイヤーが書けるって言ってたよね?
どんなこと書こうかな。やっぱり香りからかな。
なにから手をつけよう? そう思っただけで、胸の奥がくすぐったくなる。
「……楽しい」
ぽつりと呟くと、
シーちゃんは否定も肯定もせず、言葉を続けた。
「それでは、次に進みましょう」
促されて、シーちゃんに続いて小屋を出る。
うしろをちょこちょこ連いてくるワルフルが可愛い。足元のワルフルが可愛らしい肉球でぽてぽて歩いて私を見上げてくるのを見ながら硬い地面を踏み締める。
それからガーデンに視線を戻し――再び愕然とした。
荒れ果てた土地、ひび割れた地面、黒ずんだ土……。
わ、忘れてた! さっきはワクワクが勝っていたけど、改めて見ると、なかなかの惨状だ。
「……よし」
気を取り直して、ポーチに手を伸ばす。
「スコップをお手に持ってください」
どうやら、ここからがガーデン内行動のチュートリアルらしい。私としては最初にこうしたチュートリアルがあるのも嫌いじゃない。むしろ、ご自由にどうぞって突き放されると困ってしまうから助かる。
さて、スコップでやることと言ったらひとつだ。
乾いてひび割れた土地を掘って埋める。叩いて、表面だけでもならしてみる。
荒れ地に点在している瓦礫はツルハシで壊す。瓦礫を壊して露出した硬い土地をスコップで掘って埋めてならして……綺麗になった地面に草地の種を蒔いてからジョウロで水をかける。
少しずつ、少しずつ。単純作業は嫌いじゃないから苦にはならない。硬い地面に歯が立たないくせにワルフルが隣で地面をカリカリ引っ掻いているのも可愛らしい。
私が掘ったあとの柔らかい土なら掘り返せるからって、ならしたところをかしかし掘って穴を空けてるのも微笑ましくていい。ちょっと手間だけど戻してあげてっと。
――そのときだった。
「……?」
ガーデンの外でなにかがもぞっと動いた気がした。
「……芋虫?」
太くてうねうねしていて、正直あんまり可愛くない。
しかも、こっちに向かってきている気がする。
「入ってくる」
「わっふー!」
その瞬間、ワルフルが吠えた。
背中のワッフル模様がわずかに強張り、黒豆みたいな瞳が私を見上げる。
【ワルフルが未発見の腐食モンスターを発見しました】
視界に通知ログみたいなものが映る。なるほど、そういう感じで通知が来るんだ。
これはワルフルの図鑑に書いてあった能力って項目のやつだね。
「来訪してきたモンスターの様子を見てみましょう」
落ち着いた声。
なるほど。これが来訪? ということは、あの芋虫の来訪条件ってやつを満たしたのかな。
今すぐ図鑑を確認したい! でも、今見ても多分名前すら分からないだろうから……シーちゃんの指示通り、様子見をしてみよう。
「……攻撃、だめ」
今にも駆け出していきそうなワルフルにそう指示すると一瞬こちらを見てから、すとんと。その場で、きちんとおすわりをした。
「えらい」
「わふー」
私もしゃがんで芋虫に目を向ける。
ガーデンの中に芋虫型のモンスターが、ゆっくりと侵入してくるのが分かった。
あと、ガーデンと外の境目がなんとなく枠で区切られているのも見える。
さて、どうなる……?




