ナイトウォッチング
寂しげな夜の草原を歩いていく。
以前見たことのあるモンスターたちは大体が眠っていて、とても静かだ。ときおり、夜行性のフクロウ系モンスターの「ホウ、ホウ」という環境音が聞こえてくる。
カサコソと乾いた草を踏む音。地面を優しく掴むように歩く、忍び歩きが得意そうなモンスターの静かな足音。たまにドテドテと慌ただしく走って去っていくタヌキのお間抜けな足音。
風の吹く音に、どこにいるのだろうか、日本の原風景とそう変わらない夜に鳴く虫の声。水辺で鳴くカエルの歌。
昼には見せない顔もありつつ、昼とそう変わらず生命の息づく光景が広がっている。
廃墟と化した建造物の中を覗けば、今度は食肉工場の跡地のような場所を発見する。探索に出るたびに新たな場所を見つけている気がするが、もしかして不思議のダンジョンみたいにマップに現れる建物もある程度ランダムに出現したり、しなかったりするのだろうか?
味噌の醸造所や、ミルクの池のある場所の酪農施設は毎回そこにあるけど、知らないポイントに知らない建物がある場合がある気がする。
試しに工場跡地らしき場所に足を踏み入れれば、ガーデンで見かけたあのハムの原木らしきものが胴体になっている豚さんに遭遇した。遭遇したというより、寝ているのを見たというか。
柔らかそうな枯れ草を集めてその上でお腹を出して無防備に寝ている。肉食のモンスターがいたら遠慮なく食われてしまいそうなんだけど、大丈夫なのだろうか?
よく見たら近くに餌箱の残骸らしきものがあって、その中に腐った果物やらがたくさん入っているようだった。トウモロコシに、えんどう豆に、イチゴに、ブルーべリー。いったいどこでこんなにたくさんの食べ物を集めてきているのだろうか?
それぞれ一種類につきひとつずつ腐った食品を採取することができたので、リサイクルに出して種をもらおう。同じものとの交換の他に、種とも交換できるはずなので。
「ぷぎ……?」
鳴き声がして、慌てて物陰に隠れる。幸い豚さんは気づかなかったらしい。寝ぼけ眼でよっこいしょと起き上がり、のたのたとゆっくりとした歩みで餌箱に近づいた。そして腐っているはずのトウモロコシをもっしゃもっしゃと食べだしたので「うわあ」と思いながら見守る。わざわざ腐ったものを鼻で潰して食べているあたり、もっと絵面がひどく感じる。柔らかいものが好きなんだろうか……? それとも食べるときに癖かなにかなのか。なにかの参考になりそうなので、その様子を静かにスケッチして絵の周りに注釈を書き加えた。
絵を描き終わったので移動する。
今度はなにやら生垣……? みたいなものがたくさんある場所を発見して足を踏み入れる。
何度か夜行性のタカ? ワシ? みたいなのに襲われかけたけど、なんとか逃げに徹して逃げ切ることができている。にしても、空を飛んでいる相手はどうしようもなさそうだ。オリウルは撤退特化だし、特化といっても油で滑らせるのがメインだから空を飛んでいる相手にはどうしても不利になる。対空モンスターがいればいいなあ、なんて思わずにはいられない出来事だった。
「ここは、なにかな」
「お茶の葉の畑ですね。枯れてしまっていますが」
「なるほど、お茶の葉……!」
生垣のようなものだと思っていたものはお茶畑の名残りだったらしい。言われてみれば確かにこういうのをネットとかテレビで見たことがあるかもしれない。言われないと分からなかったのがちょっと恥ずかしいが、相手がミニマムなシーちゃんなので努めてスルーすることができた。よかった。これが中身入りの人間との対面とかじゃなくって……。
遠くであのタカだかワシだか分からないモンスターがエッグロウらしき子を襲って卵を恐喝しているのが見える。ひえー、こわ、近寄らんとこ。
お茶畑の中に入ってみると、少し濁ってはいるが、ミルクの池と比べたらはるかにマシな水辺を発見した。
周辺にお腹の部分が瓶みたいになっているハチが飛んでいて、池の中には背中が茶瓶みたいにへこんだカメがいる。
「おや、これは珍しいことです。ミズバチを発見することができましたね」
「ミズバチ?」
「どのような地域にも存在する水を運ぶモンスターです。定住する気質を持たないため、ガーデンにはやってきませんが、こうして探索の際に発見することができる場合があります。発見したら、綺麗な飲料水をお腹の瓶から採取することが可能ですよ」
「へえ~」
ブンブン飛んでるハチを眺めながら話を聞く。
ガーデンの住民にできないモンスターということだろう。でも、探索地のモンスターたちがどうやって水分を得て生きているのか、ミルクの池以外での答えを得られたみたいで嬉しい。こうやって普通のお水を手に入れることもできるんだね。それなら、少しは過ごしやすいのだろうか。
――――――
No.123
名称【ミズバチ】
・ 分類:飲料
・ 原型食物:水
・ 原型生物:ミツバチ
・ 危険度:C
・ レア度:SR
・ 大きさ:1タイル
・ 生息地域:全域
・ 好物:花の蜜、水
・ 来訪条件:
ガーデン、または探索中に清浄な水辺タイルが存在する。
・ 住民化条件:なし
・ 汚染タイル数: なし
・ 能力:
一日に一度、採取を行うことで「清水」を一瓶入手できる。
採取後はその日は再度の採取ができない。
水辺タイルに滞在している間、周囲の水辺タイルの汚染進行をわずかに抑制する。
・ 備考:
採取時に敵対行動は行わないが、連続して追い回すと姿を消す。
・ 生態観察:
ミズバチは腹部がガラス瓶のように透明になっており、その内部に澄んだ水を蓄えた特殊なハチである。
体内の水は自然環境から集められ、腐食の影響をほとんど受けていない。
探索者が静かに近づいた場合に限り、水を分け与えるような行動を見せることが確認されている。
花の蜜と水を行き来しながら飛び回る姿は、環境の状態を測る指標としても知られている。
攻撃性は低く、脅かされない限り針を使うことはない。
全域で稀に観測されるが、汚染の進んだ地域では姿を見せなくなる傾向がある。
――――――
カメはこちらを攻撃してこないようなので、ミズバチと合わせて少しラフを描かせてもらってから退散することにした。
また、奥のほうにはわずかに残ったお茶の葉を食べるウマの姿がある。ニンジンの葉っぱがたてがみになっているウマに、鹿の角が生えている不思議なウマ。ウマシカ……いや、まさかね。
一頭が起きていて、他は立ったまま首を地面に向けてゆらゆらと垂らして揺れているので、寝ているのだろう。
「お、狐だ」
水辺があるからなのか、ぜひとも住民になってほしいと願っているダイコン尻尾の狐も発見する。どうやら温厚なようで、襲い掛かってくることはない。
近くで埋まって寝ている……のだろうか? 尻尾を埋めて眠っている仲間のもとにミズバチを捕まえた別の子がやってきて、瓶から水を与えている姿を見ることができた。三回ほど水やりを繰り返すと、起きてきた狐が尻尾を引き抜いて交代する。心なしか尻尾のダイコンが元気になっているように見えた。やっぱり枯れ果てた草原、だからだろうか? 水が結構彼らにとって重要らしい。
「ユウ様、図鑑を執筆されるのであれば、そろそろお帰りになったほうが良いのではないかと提案いたします」
「……!」
え、今シーちゃんのほうから提案してきた!?
小さな喜びに打ち震えていると、彼女はどことなく不安そうに「ユウ様?」と繰り返し私の名前を呼ぶ。なにこれ嬉しすぎる。もう少し堪能していたいところだったけど、あまり反応せずにいてもよろしくない。嫌われたくはないからね。
「うん、帰ろうか。教えてくれてありがとう」
「ユウ様は図鑑を執筆されることを楽しんでおられますから、サポートAIとして当然のご提案をさせていただいただけです」
「謙遜しなくてもいいのに。私のこと、よく分かっててくれて嬉しい。図鑑書くの、頑張るね」
「はい」
シーちゃんからの「楽しみにしていますね」みたいな言葉はない。でも、言っていなくても、勝手に脳内補完をしてしまう私を許してほしい。
それほど、能動的に彼女が動いてくれたことが嬉しかった。
「綺麗な夜だった。見れて嬉しい」
「いつでもお供いたします」
明るい月夜の中、静かな草原を引き返していく。
彼女が等身大の姿で一緒に散歩できないのだけが、ちょっとだけ残念だった。




