採集中にボスとの遭遇はすごいあるあるだけど!
さて、痕跡を集めながら探索中に採集ポイントも巡っていく。こんな枯れ果てた草原に採取ポイント? なんて思うだろうが、一応存在する。
もっとも、拾えるものはどれも微妙だ。
しなびたにんじんに、ひび割れたダイコン。芽が出てしまったジャガイモ。例の池周辺では腐ったミルクが入手できるなど、拾えてもどうなの? みたいなものばかりである。
「うへえ」
思わず顔をしかめたとき、シーちゃんが補足してくれたので採取ポイント巡りもするが、その補足がなかったら投げ捨てていてもおかしくないようなラインナップばかりだ。
シーちゃんいわく、採取ポイントで取れるものはガーデンに持ち帰ることで、種子や派生素材に変換することができるのだという。ショップで買えないような種子や苗木の多くはこういう形で入手して、植えて育てることで手に入れることができるようになるのだろう。
ショップにあったものの、タダで手に入る可能性があるならチャレンジすることも忘れない。ユーカリの苗木になることを期待して、群生しているうちの一本から若そうな枝を拝借する。
あとは、遠くから発見したモンスターたちの動向や生態をいくらか観察して情報を頭に叩き込みながら大壁に向かう。
オリウルからのモンスター通知を受けつつ、ジャガイモの犬には絶対見つからないようにちょっと遠回りをしたりして探索したので時間はかかったが、奥まで無事に辿り着くことができた。
大壁は砦のように石材でできているようで、これもやっぱり人工的なものにしか見えない。あの痕跡ログを見てからなら、確かにこれは街と外を隔てる壁に見えるかもしれない。
私たちのいる内側がかつての街で、この大壁で自然から守られていたのだろうか?
ファンタジーあるあるの円形の、壁に囲まれた街を想起する。
壁にはぱっと見扉のようなものがない。扉があったのだろう場所が切り取られて痕跡になっているだけのようだ。周辺には枯れた樹木らしきものが道を挟んで大量にあるので、道を彩る飾りの木としてかつてはこの場所を彩っていたのかもしれない。もしや桜かな? と勝手な偏見で調べてみるが、どうやら桜ではなく杏子の木らしい。
実らしきものはなにひとつ生っていない。枯れ切っている。
「ユウ様、お気をつけください。このような境界線の近くは、強力なモンスターが縄張りとしていることが多く観測されています」
いろいろと夢中で調べている間に、肩からシーちゃんの声がかかる。ハッとして顔を上げると、ちょうどオリウルからの通知が入ったところだった。
もしかして、なにかフラグでも踏んだか?
杏子のほうも枝をいくらかもらい、ポーチにしまう。周囲を警戒しながら岩陰に隠れようとすれば、大壁の上から真っ直ぐに降りてくる影に気がついた。
「……虎?」
しなやかな筋肉と四肢を持つ、体躯の大きな虎だ。
背中に根を張るように枯れ木が乗っかっており、また尻尾の先に枝が連なり、枯れて粘ついた杏子の実が生っている。明らかに腐っているそれを見て、眉を顰めた。腐食モンスターたちはどの子も枯れているか腐っているので慣れたつもりだったけど、こうしてどう見ても強者なんだろうモンスターも環境にやられてボロボロの姿を見るとなんとも切ない気持ちになるものだ。
ムチのようにしなる尻尾が振られると、きっと腐っていなければ繋がっていただろう繋ぎ目からぶちぶちと杏子が落果する。これでは尊厳もなにもあったものじゃない。
そんな、【ボスモンスター】だろう虎と確かに目が合った。
「ガルルルルル!」
獰猛な肉食獣の唸り声が辺りに響き渡り、ビリビリと空気を振動させる。
「枯れ果てた草原、表層支配個体を確認しました。当該区域の境界において、支配個体の存在を検知。危険です。単独での交戦は推奨されません」
「!」
シーちゃんの忠告を聞きながら硬直する。
ヤバい、絶対目をつけられた!
「ガアアアッ!」
虎がこっちに向かってくる。
明らかにヤバいと分かる状態になって、ようやく私は我に帰って逃走を開始した。
し、死ぬ! へたしたら絶対死ぬ!
虎の咆哮によって恐怖と緊張感が背筋を貫いていった。
オリウルがなにも言わずに逃走補助行動に入る。ただ、オリウルによる逃走補助で本当に逃げ切れるかどうかは分からなかった。ここまで強そうなモンスター相手だとさすがに誤魔化しきれないんじゃないか? なんて不安が頭をもたげてくる。
「ホホーウ! ホホーウ!」
振り返らずに走る。
肩に掴まったシーちゃんの体が浮き上がるくらいに全速力で。
硬い爪が地面を叩く足音。
牙をカチカチ鳴らす音。
肉食獣に追われるという本物の恐怖。
振り返って状況なんて見られるわけもなく走り続ける。
途中でかちあったジャガイモの犬が吠えてきたり、道にいる他のモンスターに構わずどやどやと追い払いながら走り続ける。
「ご安心ください、オリウルの油がしっかりと仕事をしております」
焦りで真っ白になった頭で走り続けていると、シーちゃんの声で我にかえった。確かに、いつのまにか追いかけてきていた足音が消えている。
「……はあ〜」
まだ心臓がバクバクしているような気がした。
ゲーム機器のバイタルチェック機能が仕事してないんじゃないかと思うくらい焦って、怖くって、本当に死ぬかと思ったけどちゃんと逃げ切ったらしい。
いつのまにかガーデンへと戻る道筋にいたので、大きく息を吐いて図鑑を開いた。
No.017
名称【???】
・ 分類:フルーツ
・ 原型食物:アプリコット
・ 原型生物:トラ
・ 危険度:D
・ レア度:R
・ 大きさ:3タイル(1×3)
・ 生息地域:枯れ果てた草原
・ 好物:??? 、???
・ 来訪条件: ???
・ 住民化条件:??? 、??? 、???
・ 汚染タイル数: 4
・ 能力:???
・ 備考:???
・ 生態観察: ???
なにもかも分からない。でも確かにそこに出会った記録があった。
きっと、あの虎はこの先に立ちはだかる最初の関門になるんだろう。
怖かった。確かに怖かったんだけど……こうして空白だらけの図鑑を眺めることで、覚悟が決まる。
いつかあの子の記録も完璧にしてみたい。
図鑑の内へ、この手の内へ、掴んでみたい! そして、この手で書くんだ。描くんだ! あの子のことを!
私は、帰り道を歩きながらもどうしようもない知識欲に折れてふふふと笑った。
チュートリアルだからってさらっとシーちゃんに流されて、ただ従ってるだけでも楽しいなーとは漠然と思ってた。でも具体的な目標といったら今まではふわっと図鑑100%! 程度しか頭の中になかったわけで。
でもそれって遥かに遠い目標だったわけで。コツコツやってるだけで楽しかったから、激しく燃えるような情熱みたいなものに火がついていたわけじゃない。じりじり、じわじわとしたモチベーションだった。
でも、それが今日このとき一変した。
遥かに遠い目標よりも、身近な目標があったほうが人は燃えるものなのだ。
「作戦、立てなきゃ。まずは探索に連れて行けて、攻撃できるモンスターを仲間にすることから」
ガーデンに帰ったら、まずやることはクマの攻略なのは変わらない。でもこれからは、ずっとその先を見据えて動くことができる。
こうなってくると、あのジャガイモの犬も欲しくなっちゃうよね。いろいろやることが増えたから頑張るぞー!
ワープゲートをくぐったときのような感覚がして、ガーデン周辺に帰ってくる。そして、ガーデンの境界の内側で待機していたシーちゃんに手を振った。
「ただいま!」
「おかえりなさいませ」




