霊的触媒の先に
ようやく静寂を取り戻した公園で、グルグルは改めて鉄棒を見据えた。
グルグル「今度こそ、作戦開始だ!びちゃ、やれ!」
びちゃ「はい!」
びちゃが一本目の鉄棒に手をかけ、力を込める。ゴゴゴゴ…という地響きとともに、コンクリートの根元が砕け、鉄棒が引き抜かれた。
グルグル(よし…!)
びちゃ「ふんっ!」
二本目も同様に引き抜く。だが、三本目に手をかけたびちゃの動きが、ぴたりと止まった。
びちゃ「リ、リーダー…!こ、こいつ、抜けません…!」
グルグル「なに!?お前の馬鹿力で抜けないだと!?」
ミミゴゴが怪しげな眼鏡でターゲットをスキャンする。
ミミゴゴ「…判明しました。この下のコンクリート、業者が規定量より30%増しで良質な素材を使用しています。オーバースペックです」
グルグル「なんでここだけ質がいいんだよ!施工業者がせいで、計画が失敗かよ!?理不尽すぎるだろ!」
ミミゴゴ「任せてください、あの亀裂に私の『分子構造弛緩液』を数滴垂らせば…」
ミミゴゴが試験管を取り出し、びちゃが作った亀裂に液体を垂らす。するとコンクリートが、まるで湿った砂のように脆くなった。
グルグル「おお…!」
びちゃ「うおおおおお!」
びちゃの雄叫びとともに、最後の鉄棒が引き抜かれた。三人は急いで鉄の塊を台車に乗せる。
ガッシャーン!と盛大な音を立てて鉄棒が荷台に収める。
グルグル「静かに運んでくれ…!まぁよし!撤収!急げ!」
ミミゴゴ「リーダー、パトカーです。」
1台のパトカーがゆっくりとこちらへ向かってくるのが見えた。
グルグル「来るの早すぎだろ」
3人は心臓を止めながら、電信柱の影に台車ごと隠れる。パトカーは何事もなく通り過ぎていった。グルグルの寿命が、また少し縮んだ。
グルグル「違うのかよ!」
アジトに帰還したのは、深夜一時を過ぎていた。
グルグル「…で、ミミゴゴ。本当にこの鉄の棒でサーバーは直るんだな?」
ミミゴゴ「はい。この『霊的触媒』を、我が故郷のテクノロジーで編み上げ、『筐体アンテナ』として再構築します」
高校生との静かなる死闘?を乗り越え、ようやく辿り着いた安息の地。グルグルとびちゃは、疲れてで床にへたり込んでいる。
グルグル「…で、ミミゴゴ。この、ただの鉄の棒でどうやってサーバーを直すんだ?」
グルグルが尋ねると、ミミゴゴは怪しげな眼鏡型装置で鉄棒をスキャンしながら、こともなげに答えた。
ミミゴゴ「リーダー、これはただの鉄ではありません。長年、地球の重力下で人間の子供たちの『遊び』という純粋な運動エネルギーと残留思念を吸収し続けた、極めて質の良い『霊的触媒』です」
グルグル「……公園の鉄棒だよな?
」
ミミゴゴ「この触媒を、我が故郷のテクノロジーで編み上げ、サーバーの暴走した魔力循環を正常化させるための『筐体アンテナ』として再構築します」
ミミゴゴはそういうと、びちゃに指示を出す。
ミミゴゴ「びちゃ。この設計図通りに、鉄棒を曲げてください。誤差は0.03ミクロンまで許容します」
びちゃ「はい!」
びちゃは、ミミゴゴがタブレットに表示した、常人には理解不能な曲線だらけの設計図を見ると、巨大な鉄棒を粘土細工のように、ぐにゃり、と曲げ始めた。
びちゃ「とりあえずこれぐらいですか!」
数分後、三本の鉄棒は、前衛芸術のオブジェのような、禍々しくも美しい姿へと変貌していた。
グルグル「これ設計図どおりか?」
ミミゴゴ「違います。まぁなんとかなるでしょう」
ミミゴゴは、そのオブジェをサーバーラックの周りに配置すると、大量のLANケーブルと、カバンから取り出したいくつかの怪しい水晶のようなもので接続していく。
ミミゴゴ「…魔力循環路、再接続。ディメンション・バイパス、オンライン。混沌エネルギー、アース接続完了。…リーダー、主電源、入れてください」
グルグル「お、おう…」
グルグルが、壁のブレーカーを恐る恐る上げる。
すると、サーバーラックが唸りをあげ、鉄棒アンテナが青白い光を放ち始めた。部屋の電灯が激しく明滅し、バチバチと火花が散る。
びちゃ「わー!きれいです!」
グルグル「爆発するんじゃないだろうな!」
やがて光は収まり、サーバーの不機嫌な赤い点滅が、穏やかな緑色に変わった。
Wi-Fiルーターのランプも、安らかな光を灯している。
しん、と静まり返ったアジトで、クー様のスマートフォンから、軽快な音楽と動画配信者の声がクリアに流れ始めた。
時刻は、月曜の夜7時22分。大阪の街が夕食と残業の喧騒に包まれる中、この六畳間だけが、つかの間の平和を取り戻していた。
クー様『うむ。快適なのだ。…グルグルよ、ポテトチップスはまだか?』
グルグル「あ、はい!ただいま!」
こうして、邪神様の快適なインターネットライフは、三人の部下の涙ぐましい努力によって、なんとか守られたのであった。
――と、誰もが思った、その瞬間だった。
ブツン、と動画が止まる。
画面が砂嵐になるかと思いきや、そうはならなかった。映像が、まるで水面に映る景色のように、ぐにゃり、と歪む。時間が引き伸ばされ、巻き戻り、やがて画面は無数の虹色に輝く球体の集合体に置き換わった。
グルグル「な、なんだこれは!?」
びちゃ「目が、目が回ります…!」
ミミゴゴ「…警告。時空連続体からの直接干渉を確認。ありえません…このアジトの座標は、私のブラックボックス理論で完全に秘匿されているはず…!」
ミミゴゴが驚愕の声を上げる。次の瞬間、アジト全体に、いくつもの声が重なり合ったような、荘厳で歪な「声」が響き渡った。
《――我が孫よ》
その声に、今まで座椅子でだらしなくポテチを待っていたクー様が、文字通り飛び上がった。その巨体が、信じられないほどの俊敏さで直立不動の姿勢をとる。
クー様『お、お、お祖父様!? な、なぜこの領域に!?』
グルグル「お、お祖父様ァ!?」
びちゃとグルグルが、人生…いや、グール生とディープ・ワン生で最も驚いた顔で、クー様と画面を交互に見る。
画面の虹色の球体――ヨグ=ソトースは、クー様の動揺など意にも介さず、静かに言葉を続けた。
ヨグ=ソトース《…時の潮流の果てに…我は視る…汝が…この小さな星で…動画を観て…怠惰を貪る姿を…》
クー様『こ、これはその、リサーチでして…!人類の文化を学ぶことも、支配の第一歩かと…!』
グルグル(クー様が敬語を使っている…!?しかも、しどろもどろだ…!)
ヨグ=ソトース《…その鉄屑の玩具…いずれ『門』となる…心せよ…》
それだけを告げると、虹色の球体はすうっと画面から消え、通信がまた出来なくなる。
アジトに、先ほどとは比べ物にならない、凍りつくような沈黙が落ちる。
ミミゴゴ「宇宙の真理そのものに接続してしまいました…!」
びちゃ「クー様のおじいちゃん、すごく…丸がいっぱいでした…!」
小刻みに震えるミミゴゴと素直な感想をもらすびちゃ。
クー様は、先ほどまであれほど欲しがっていたポテトチップスには目もくれず、背筋をピーンと伸ばしたまま、微動だにしない。
グルグルは、もはやため息すら出なかった。
(サーバーも直らないし、次は宇宙規模の親戚問題が降ってくるのか…)
(終わり)




