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アジトお掃除大作戦

グルグル「…限界だ」


 リーダーであるグールのグルグルは、床に落ちていたびちゃのうろこで足を滑らせ、壁に手をついた。先週から発生している正体不明の紫色のカビが、ぬるりと指に触れる。彼は静かに立ち上がり、厳かに宣言した。


グルグル「これより『アジト大掃除大作戦』を決行する!」

 

クー様『我の神聖なオーラが、この空間を浄化しておる。掃除など不要であろう』

 座椅子でスマホを眺めていたクー様が、迷惑そうに思念を飛ばす。


グルグル「そのオーラのせいでカビが変異して光り始めたんですよ!クー様はそちらでゆっくり動画でもご覧になっていてください!…さて、お前たち、役割分担だ。びちゃは床の拭き掃除と窓拭き!ミミゴゴはカビとホコリの除去を頼む!」


びちゃ「はい!ピカピカにします!」


ミミゴゴ「了解。合理的です」


 作戦は始まった。しかし、開始3分で最初のトラブルが発生する。

びちゃ「リーダー!畳が!畳がめくれてしまいました!」

 見れば、びちゃが雑巾掛けをした部分の畳が、彼の剛腕に耐えきれず綺麗に剥がれ、丸まっていた。


グルグル「力加減を考えろ!もういい、お前は窓を拭け!」

 びちゃが素直に窓へ向かう。数秒後、パリン、とガラスの割れる音が響き渡った。


びちゃ「リーダー!窓が!窓がなくなりました!」

グルグル「お前はもう何もするな!そこに座ってろ!」


 頭を抱えるグルグルの横で、ミミゴゴが背中から筒状の機械を取り出した。


ミミゴゴ「リーダー。人間の使う『雑巾』や『洗剤』は、あまりに原始的です。ここは私の発明品、『超小型・物質分解光線銃デコンポーザー』で一気に片付けましょう」


グルグル「ま、待て!それはどういう…」


ミミゴゴ「壁の有機物カビに照射すれば、分子レベルで分解し、無害な光エネルギーに変換できます。安全です」


グルグル「…本当か?なら、そこの紫のカビだけにやれよ。」


 ミミゴゴはこくりと頷き、銃を構え、カビに向かって光線を発射した。紫色のカビは、一瞬でシュン、と音を立てて消滅した。


グルグル「お、おお…!すごいじゃないか!」

 グルグルが感心した、その時だった。隣の部屋から、キンキン声の悲鳴が聞こえてきた。


隣の住人「あたしの盆栽がーーーっ!!」


 ミミゴゴが首を傾げる。

ミミゴゴ「…計算ミスです。出力が強すぎて、壁を貫通したようです」

グルグル「隣の部屋なら、まぁいいだろう」


 結局、畳は剥がれ、窓ガラスは割れ、隣の住人にはびちゃが海から獲ってきたお詫びのワカメをポストに突っ込み、アジトは掃除を始める前よりひどい有様になった。


 疲れ果てて床に大の字になるグルグルの耳に、クー様ののんびりとした思念が届く。


 動画サイトの通信が、少し安定したらしい。


クー様『ふむ…。この人間は、掃除をしながら実況しているのか。なかなか、奥が深いのだな…』



 割れた窓から、街の喧騒…遠くを走る救急車のサイレンや、近所の居酒屋からの楽しげな笑い声が、無遠慮にアジトへ流れ込んでくる。


グルグル「……窓が…」


 窓が割れたんだった。畳も剥がれたんだった。

 しょんぼりと体育座りをしているびちゃと、壁の穴の直径を計測しているミミゴゴ、そして何事もなかったかのように動画を見ているクー様が目に入った。


グルグル「…はぁ。とにかく、この窓をどうにかしないと、俺たちが風邪をひく前に不審者だと思われて通報される…」


 立ち上がったグルグルは、ミミゴゴに指示を出す。

グルグル「ミミゴゴ!何か、こう、穴を塞げるようなものはないか!ガムテープとか!」


ミミゴゴ「あります。先日開発した『絶対にくっつかないガムテープ』が」


グルグル「なんでくっつかないんだよ!ガムテープのアイデンティティを否定するな!」


ミミゴゴ「いかなる粘着物も分子レベルで反発させる、対スライム族用の防御テープです。どうぞ」


ミミゴゴが差し出したテープは、見た目はただの布テープだった。グルグルは受け取ると、ゴミ捨て場から拾ってきた段ボールを窓の穴に当て、テープで固定しようとする。


テープは、するりと段ボールの表面を滑り落ちていく。壁にも、ガラスの破片にも、グルグルの指にすら粘着しない。


グルグル「本当にくっつかねぇなこれ!」

びちゃ「グルグル…すみません…。俺が、俺が壁になります…!」


 見かねたびちゃが、割れた窓の前に仁王立ちし、冷たい風をその身に受け始める。

グルグル「お前が風邪をひくだろ!いいから座ってろ!」


その時、クー様からのんびりとした思念が飛んできた。


クー様『グルグルよ…少し肌寒いのだ…。我の玉体に障る…』

グルグル「神が寒がるな!」


 もはやツッコミも虚しい。グルグルはミミゴゴの発明品を投げ捨てると、キッチンにあった古い新聞紙と米粒を練って作った即席の糊で、なんとか段ボールを窓枠に貼り付けた。


 外の光も風も遮断されたアジトは、以前にも増してみすぼらしく、薄暗くなった。


ミミゴゴ「リーダー。非科学的ですが、応急処置としては合理的です」

びちゃ「すごい…!グルグルは、お米で窓も直せるんですね…!」


 純粋に尊敬の眼差しを向けてくるびちゃに、グルグルは泣きたくなった。


 世界征服を目指す秘密結社が、米粒で窓を修理している。この現実を、誰が信じてくれるだろうか。


グルグル「…さて、と。サーバーの問題がまだ残ってるんだったな…」

 彼がぐったりと呟いた時、またしてもクー様からの思念が届いた。


クー様『うむ。我、この毛布を所望する』

 クー様は、動画の中の人間が使っている、ふわふわのブランケットを指差していた。


 グルグルは何も言わず、押入れから年代物の、少しカビ臭い毛布を引っ張り出し、クー様の巨体にそっとかけた。


 邪神様は、存外ご満悦のようだった。


 グルグルはごく僅かだけ、達成感を覚えた。だが、感傷に浸っている暇はない。

グルグル「…さて、と。サーバーの問題がまだ残ってるんだったな…」


 彼は、疲れきった体に鞭を打って立ち上がった。クー様の安眠(?)と、自分たちの悲願のためには、今夜このミッションを成功させるしかないのだ。


グルグル「ミミゴゴ、びちゃ、作戦開始だ。準備はいいな?」


ミミゴゴ「いつでも。対象の物理的特性、脆性、および最適切断ポイントの算出は完了しています」

 どこからか取り出した眼鏡型の怪しげな装置(おそらく自作のサーモグラフィー)を装着し、準備万端といった様子だ。


びちゃ「はい!喉も肌も潤しました!」

 台所の水道水をがぶ飲みし、頭から浴びてびしょ濡れになっていた。そのせいでアジトの床は、先ほど彼が剥がした畳の下から、じっとりと湿っている。


グルグル「よし、行くぞ」

 3人は、音を立てないようにアジトの扉を開け、夜の街へと繰り出した。時刻は午後7時半。家路を急ぐサラリーマンや、これから飲みに出かける若者たちの賑わいの中を、彼らは出来る限り気配を殺して進んでいく。


 グルグルはフードを目深に被り、びちゃは不自然なほど大きなマスクで顔を覆い、ミミゴゴはそもそも人間には認識されにくい。


キィィ…ゴロゴロ…ガタン…。


 彼らが必死で隠している正体を、錆びついた台車のきしむ音が、無慈悲に世間へアピールしていた。




 数分後、目的の公園に到着する。


 昼間の喧騒が嘘のように、公園は静まり返っていた。ターゲットである鉄棒が、街灯の光を鈍く反射している。


グルグル「…よし、誰もいないな。今がチャンスだ」

 彼がびちゃに合図を送ろうとした、その時だった。


「うわ、マジで何も映んねー!」

「だから言ったろ、この公園、昔から『出る』って噂なだけで、ただのガセだって」

 公園の茂みから、数人の高校生らしき男女が、スマートフォンを片手に現れた。どうやら、心霊動画でも撮りに来たらしい。


グルグル「(なっ…!こんな時間に人間だと…!?)」


 3人は慌てて、巨大なパンダの遊具の影に身を隠した。


高校生A「つーか、もう帰ろうぜ。さみいし」


高校生B「いや、もうちょい粘ろうぜ!ほら、あの鉄棒とか、いかにも『首吊りの霊』とか出そうじゃん?」


高校生C「うわ、やめてよマジで!」


 高校生たちは、あろうことかターゲットである鉄棒の周りに集まり、スマホのライトで照らしながら騒ぎ始めた。


 パンダの遊具の影で、グルグルは天を仰いだ。


 なぜ、我々の計画はこうも容易く、人間の若者ごときに妨害されるのか。


ミミゴゴ「リーダー。対象を無力化しますか?記憶消去光線の出力は…」


グルグル「いいから黙ってろ―あれは最後の手段だ―」


 グルグルが小声で制止する。高校生たちは、依然として鉄棒の周りで「心霊動画」の撮影を続けていた。だが、飽きたみたいで、1人が鉄棒にぶら下がり、懸垂を始めている。


グルグル「(どうしがものか―)」

 グルグルに、びちゃが耳打ちする。


びちゃ「リーダー…俺が、あっちの茂みに石を投げて、注意を引きます…」

グルグル「却下だ。お前の剛速球で茂みが消し飛ぶわ」


 すると、ミミゴゴが静かに提案した。

ミミゴゴ「リーダー。私の翻訳機には、指向性の超音波で、対象の脳に直接音声を届ける機能があります。これで古典的な幽霊のセリフを流せば、彼らは恐怖し、逃走するでしょう」


グルグル「…脳に直接…?後遺症とかはないだろうな…?」


ミミゴゴ「ありません。蚊の羽音ほどの出力です。極めて安全です」


グルグル「……よし、それでいけ。だが、絶対にやりすぎるなよ!脅かすだけでいいからな!」


 ミミゴゴはこくりと頷くと、頭部のアンテナのような器官を微調整し、ターゲットを高校生たちにロックオンした。


ミミゴゴ「音声データ・ライブラリより、『現代の幽霊』フォルダを選択。最も精神に干渉する音声パターンを…検索…実行」


 次の瞬間、高校生たちの中心で、空気が揺らいだ。


 彼らの脳内にだけ聞こえる、冷たく、掠れた声が響き渡る。


『…そこの…若者たちよ……』


高校生A「えっ」


高校生B「な、なんか聞こえる…!」


 高校生たちが、ピタリと動きを止める。作戦は成功したかに見えた。グルグルがグッと拳を握った、その時。ミミゴゴが選択した、「脅し文句」が続いた。


『……確定申告は……お済みですか……?』

「「「…………は?」」」


 高校生たちの、気の抜けた声が揃った。

高校生A「かくていしんこく…?」


高校生B「なにそれ、新手の妖怪?」


高校生C「うわ、なんか急に社会派な幽霊出てきた!!」


 恐怖するどころか、高校生たちはそのズレた問いかけに大爆笑し、あろうことか「もっと喋ってくださーい!」と鉄棒の周りで幽霊に呼びかけ始めた。


グルグル「(なんでだよ!!!)」

 パンダの影で、グルグルが頭を抱えて崩れ落ちる。


ミミゴゴ「予測と異なる反応です。納税の義務は、人類にとって最大級の精神的負荷のはずですが…」


びちゃ「グルグル、盛り上がってます…!」


 作戦は、最悪の形で裏目に出てしまった。





 高校生の一人のスマホが、けたたましい着信音を鳴らした。


高校生A「うわ、母ちゃんだ!…もしもし?…え、うん…うん…はい、すぐ帰ります…!」

 電話を切った高校生は、顔面蒼白で仲間たちに叫んだ。


「ヤバい!門限とっくに過ぎてた!母ちゃんが鬼になってる!」

「マジか!」

「帰るわ!!」


 彼らは、先ほどまでの威勢が嘘のように、蜘蛛の子を散らすように公園から走り去っていった。


 クトゥルフ神話の怪異でも、納税の恐怖でもなく。ただ、母の怒りの一言で。



 静寂を取り戻した公園に、3つの影がゆっくりと姿を現す。



グルグル「……この星で最も恐ろしいのは、邪神様でも、我々でもなく…人間の母親なのかもしれん…」


(終わり)


気が向いたら投稿していきます。

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