給餌二回目
数週がすぎ、ゴロウが予定通り街に行く日がやってくる。
ゴロウは各家を回って、売ってくる商品を集めていた。
そして、最後に村長であるトメの家を回る。
「うちはこの前に売ってもらった分があるから、あまり在庫がないんだが、それでもよろしく頼む」
と、タイジは前回と同じようにコンブや干物をゴロウに託した。
「前の時はすまなかったな。今回もちゃんと売ってくるからな」
「ああ、頼む。気をつけてな」
「ああ」
そう、挨拶をして、ゴロウはトメの家を離れた。
「あ?」
そう言えばと、ゴロウが思い出す。
村の者ではないが、一応、ミシロにも聞いてみるか、と。
ゴロウはミシロの家へと向かった。
トントントン
「ミシロさんいるかい? ゴロウだ。今日、街へ商品を売りに行くんだが、ミシロさん、なんか売るものあるかい? それから、なんか買ってくる物とかあれば、言ってくれれば」
ゴロウは、ミシロの返事も待たずに要件を言う。
ザザザ……
玄関扉の中で、何かが擦る音がし、ミシロの声が聞こえてくる。
「ゴロウさん? あ、ありがとうございます。私の方は、売る物はありません。それに、必要なものは、村長さんにわけてもらっておりますので、買ってきていただく物も特にありません。それに、お金も持っていないものですから……。お声掛けいただきありがとうございます」
「そうかい。ま、それならいいや」
そう言って、ゴロウは、街へと向かうことにした。
ミシロは考える。
そろそろネズミたちに餌をやらなければいけない。
ゴロウは明日には帰るのだろう。
ならば。
翌日は、岬全体が霧に覆われた。
峰にある街道まで濃い霧が満ち、視界がおぼつかない。
その霧の中、慎重に歩いて村に戻るゴロウ。
もう一泊してきてもいいが、そうすると、村の人たちの取り分が減ってしまい、文句を言われかねない。
特に、ゴヘイが売りに行った時のお金は紛失している。
ここで帰らなければ、母親であるキクの心労が増してしまう。
ゴロウは、ゆっくりだが、着実に歩を進め、あと二時ほどで村に着くであろう地点にまで到達した。
「この辺でゴヘイがいなくなったんだよな」
そう呟きながら、歩を進めると、突然、真っ白な霧の中から、真っ白な着物を着た女が現れた。
その人物の髪も肌も白く、ゴロウは直前まで気づかなかった。
「うわっ!」
あまりに驚き、ゴロウが声を上げてしまう。
だが、ゴロウは気を取り直し、声をかける。
「ミシロさん? だっけ」
ゴロウは、他の村民もそうだが、共同作業をする時くらいしかミシロに会っていない。
そのため、はっきりとミシロと判断できずにいる。
しかし、その風貌からおそらくミシロだろう。
「はい。ミシロです。ゴロウさんですよね」
「あ、ああ。それで、こんなところでどうしたんだい?」
「……」
ミシロは、視線を落としてさまよわせ、両の手を胸の前で組み、少し恥ずかしそうにゴロウに言う。
「あの、お恥ずかしいお話ではありますが、先日お話ししましたように、私、お金を持っておりません。ですが、お金が必要でして。あの、その……。お願いがございます。私を買っていただけませんか?」
そのミシロの一言にゴロウはピンとくる。
「もしかして、ゴヘイはここでミシロさんを買ったのか?」
はっと目を見開くミシロ。
「な、なぜそれを……」
両手で顔を隠して恥ずかしがるミシロ。
「いや、この辺りでゴヘイがいなくなったんだ。ミシロさん、何か知らないか?」
ミシロは、顔を両手で隠したままゴロウに逆に尋ねる。
「ゴヘイさん、いなくなったんですか?」
ミシロは、恥ずかしがるしぐさをして続ける。
「あの、私がゴヘイさんに買われたことは、どうか内緒にしてくださいませんか。お約束してくださるのであれば、その時のことをお話ししますが、恥ずかしい話なので……」
顔を隠したまま体をくねらせるミシロ。
ゴロウは、そのしぐさを少しかわいいと思うが、それよりゴヘイの件だ。
有力な情報を持った人をようやく見つけたのだ。
ミシロの様子を見る限り、ミシロはその時のことを恥ずかしがっているだけで、おそらくゴヘイの失踪には関わってはいまい。
ゴヘイの行先のことを知ってはいまい。
ゴロウはそう思う。
「わかった。それについては誰にも言わない。それから、聞いた話も誰から聞いたかは言わないようにする。さらに、その情報にお金も出そう。それでいいか?」
「本当でしょうか」
「ああ。誓う」
ミシロは、顔を覆っていた手を降ろし、ゴロウの目を見る。
ゴロウは今になって気づく。ミシロの瞳孔は真っ赤だと。
ミシロは、少しきょろきょろと周りを見回す。誰もいないことを確認するように。
そして、ミシロは話し出す。
「あの、ゴロウさん。恥ずかしいお話ではありますが、この岬の断崖に近いところに、古い祠がありまして、その中でゴヘイさんと……」
「その、事後にゴヘイはどこへ行ったんだ?」
ミシロは真っ赤な顔をして答える。
「ゴヘイさん、激しすぎて。私は動けなくなっていたので、ゴヘイさんは先に祠を出ていかれました。私は動けるようになるのに、少し時間がかかりまして……その、申し訳ありません。ゴヘイさんがどこへ行かれたのかは」
「そうかい。その祠はどこに?」
「はい、ここを少し入ったところです」
と、ミシロは断崖の方向を指さす。
ゴヘイに気づかれないように口角をあげて。
「案内してくれるかい?」
「は、はい……」
ミシロは、断崖に向かって歩き出した。
その後をゴロウがついて行く。
霧の中だ。先がよく見えない。
突然、ミシロが止まり、一歩左によけた。
「この先です」
そう言われ、ゴロウはミシロに並ぶ。
ゴロウは、目を細めて先を覗き込むが、何も見えない。
前かがみになって目を凝らす。
そこへ、
トン!
と、ミシロの尾がゴヘイの腰を押した。
「え?」
ゴヘイは横に立つミシロの目を見るが、もう遅い。
ゴヘイの目に最後に写ったのは、ニヤリと笑う、ミシロの顔だった。
ドサッ!
「さあ、私もネズミをいくつか持って帰らなきゃ」
ミシロは、着物を脱いで全裸になると、ヘビの姿に変化する。
そして、着物を口に咥え、器用にも金屏風をズリズリと降りて行った。
ネズミを集めたミシロは、霧の森の中を通って、村へと帰る。
家が森の横にあるため、森から出てすぐ、村の中を歩くことなく家に着くことができた。
ミシロはかごを持っており、そのかごの中には、六匹のネズミが入っている。
子供達も大きくなり、一度に一匹では足りなくなっていた。




