給餌
ある日。
この日はゴヘイが街へ行くようだった。
霧は何とか晴れており、その道のりは、霧に迷わされそうもない。
村として、街に遣いを出すのは今年はこれで二回目。
これまで、今までも、何のトラブルもなかった。
村の人たちも、笑顔でゴヘイを送り出す。
夜に女を買いすぎるなと、冗談を飛ばしながら。
それを陰から見ていたミシロ。
ゴヘイが村を発ったのを見て家へと戻った。
ゴヘイが帰るのは明日。おそらく、昼過ぎだろう。
女を抱いた日の翌朝はたいてい起きるのが遅い。はず。
翌日は村が霧に覆われる。
都合がいい。
霧に覆われると村人は家での作業を行うため、外にはあまり出てこない。
ミシロは家を出て森へと入っていく。
そして、街道沿いの森の陰に身をひそめる。
この日は街道まで霧は上がって来ていなかった。
ミシロが身をひそめてから、時間が一時間、二時間と過ぎていく。
そして、予想通り、昼を過ぎてしばらくして、熱源が街から近づいてきた。
ミシロは縦に割れた瞳孔をひそめ、その人物を確認する。
確かにゴヘイだ。
ミシロは森から街道へと踏み出す。
そしてゴヘイを待つ。
もちろん、人の姿で。
しばらくすると、ゴヘイが街道に立っているミシロに気が付く。
「あれ、えっと、確か、ミシロさんだっけ」
ミシロは白い髪、白い肌、白い着物という特徴があり、間違えようもない。
それに、浜に倒れていた時に、ゴヘイはミシロの顔を見ている。
「はい。ゴヘイさん」
ミシロは握った右手を胸元に、少しうつむいてゴヘイに返事をする。
「こんなところでどうしたの?」
ミシロは恥じらうそぶりを見せる。
見た目はまだ二十そこそこである。
ミシロは少しうつむいたまま、胸元の握った右手を少し開き、そして、着物の胸元を少し開き、二つのふくらみの谷間をゴヘイに見せる。
どうしても、ゴヘイは視線をその谷間に移してしまう。
昨晩は確かに楽しんだ。しかし、目の前には、きめが細かく白い肌の、上質の女が胸元を自分にさらしているのだ。
「えっと、ミシロさん?」
「ゴヘイさん、ミシロって、呼び捨てにして欲しいです」
「……ミシロ」
「はい」
「それでミシロ、こんなところでどうしたの」
ゴヘイはミシロの胸元から視線を外すことなく、そう聞く。
「あの、ゴヘイさん。助けてください。私、お金が必要なんですが、売るものもなくて」
ミシロは視線を下げ、さまよわせる。そして、
「お願いです。私を抱いてもらえませんか? 私を買ってください」
そう言って、ミシロは両手を胸の前で組んで、ゴヘイの胸に飛び込んだ。
「ミシロ!」
ミシロを抱きしめるゴヘイ。
「えっと、どこで?」
ゴヘイはミシロに尋ねる。
まさか、道の真ん中で抱くわけにはいくまい。
「私、見つけたんです。その崖の近くに祠があります。その中でどうですか」
「ん。わかった。行こう」
そう言って、ミシロの指さす方向へ歩き出すゴヘイ。荷車は街道において。
ゴヘイの後ろをついて行くミシロ。
そうやって歩いて行くと、断崖に出てしまう。
「ミシロ、祠なんてないじゃないか」
と言って振り返るゴヘイ。だが、そのゴヘイの腹に、
ドスッ!
と、肉の塊がぶつけられた。
ミシロの尾である。
「グハッ!」
飛ばされるゴヘイ。
「うわー……」
ゴヘイは断崖の下へと落ちて行った。
ドスッ。
ミシロは断崖の下を覗き込む。
霧がかかっておりよく見えない。
しかし、ミシロにはわかる。
大の字になって血を流しているゴヘイが。
ゴヘイは何とか意識だけは保っていた。
ただ、足は折れ、全身も強く打って動くことはできない。
血も流れ、少しずつ、意識が遠のいていくのがわかる。
声も出せず、助けを呼ぶこともできない。
そんな中、ゴヘイは聞いた。
チューチュー……
ネズミの鳴き声。しかも、大量の。
霧もかかっているのもあるが、目もかすんできており、よくは見えない。
しかし、ネズミの鳴き声、そして、その気配。
大量のネズミが近づいてくる。
そして、
カリッ! カリカリッ!
ネズミがゴヘイをかじりだした。
骨が突き出した足の傷口を。
動かない手の指を。耳を。
ゴヘイの服の中にも入ってくる。
そして、昨晩活躍したゴヘイのアレすらネズミはかじっていく。
ネズミの集団に覆われるゴヘイ。
ぞの全身を襲う痛みに、失いかけた意識が戻ってくる。
だが、叫びたくても叫ぶことができない。
ゴヘイは全身がネズミにかじられて行く。
そして、流れ出る血。
少しずつ意識が遠のいて行く。
痛い痛い痛い……、早く、早く殺してくれ……。
そんな中。人が近づいてくる気配を感じた。
ミシロだ。
「み、ミシロ……」
何とかかすれた声を出すゴヘイ。
しかし、ミシロは無視だ。
「んー。太ったネズミはどこかな。これかな」
そう言って、ネズミを捕まえては頚椎を脱臼させていくミシロ。
その目は縦に割れ、口は裂け、長く赤い舌が口から出ていた。
そのミシロの顔を網膜に写したのを最後に、ゴヘイは気を失った。
ミシロはその場を立ち去る。
「ちゃんと太って増えるんだよ」
そう、未だゴヘイをかじっているネズミたちに言葉を残して。
ミシロは、霧の中、家にそっと戻った。
そして、子供達にネズミを与える。
「早く大きくなるんだよ。元気に育てー」
そう言って。




