餌
真夜中。
家の裏口から出るミシロ。
まだ、村は霧の中だ。
真夜中なので、人には出会わないだろう。それに、霧が出ていればなおさら。
ミシロはここぞとばかりに森へと入っていく。
森の近くの家でよかった。
ズリズリズリ……
六メートル近い真っ白な大蛇が森を移動する。
獲物を狩るために、ミシロは弓矢は使わない。
弓矢を求めた方が人として疑われない、そう思っただけだ。
ミシロにはピット器官がある。
これにより熱を持ったものを感知できる。
よって、寝ている鳥を見つけることなどたやすい。
タヌキやネズミなどの巣も容易に見つけることができる。
ミシロは鹿の群れを見つけた。
ズリズリズリ……
ゆっくり、気配を殺して群れに近づく。
鹿達は安心して寝ているようだ。
この辺りでは、鹿を捕食するクマなどの大型生物はいないのであろう。
ミシロはゆっくりと近づく。
そして、
シュン!
と、一頭の小鹿にミシロは飛びかかった。
キャン!
鹿達が警戒音を発して飛び跳ねて逃げる。
しかし、狙われた小鹿はすでにミシロに捕らわれている。
その首はミシロの口にかみつかれ、体はミシロの体に巻きつかれている。
ミシロの巻きつく力と、牙から流れ入る毒によって、小鹿は痙攣を始めた。
ミシロは、小鹿が動けなくなったのを見計らって、大きな口を開き、その頭から飲み込み始めた。
小鹿を完全に飲み込んだミシロ。
これで自分はしばらくは大丈夫。子供のための餌を確保することに全力を注ぐ。
ふ化までに、子供の餌のめどをつけなければ。
ミシロは、再び森の中を移動し始めた。
こうして村が霧に覆われる日が何日も続き、ミシロも夜中に森をさまよった。
村が晴れたとある日。
この日、タイジが街へと干物を売りに行く。
村長であるトメの家の前には、村人が集まって、売り物を持ち寄っていた。
それらを荷車に乗せていく村人たち。
「タイジ、頼むな」
「油を買ってきてほしいんだけど」
「うちには何か甘いお菓子を買って来て」
「夜遊びはほどほどにな」
など、村人はタイジに声をかけて、売り物を託して帰っていく。
「そう言えば、ミシロさんは何か欲しい物があるのだろうか」
タイジはそう思い、ミシロの家に向かった。
「ミシロさん、ミシロさん」
トントントン
玄関の戸をノックするタイジ。
だが、反応はない。
「ミシロさん、いないの?」
やはり返事はない。
まさか、死んではいないだろうな。
そう思い、タイジが戸を無理やり開こうと手をかけた時、ミシロの声が聞こえてきた。
「タイジさん、えっと、おはようございます? どのようなご用件でしたでしょうか」
ミシロは戸を開けずに聞いてきた。
「えっと、俺、これから街に行くんだけど、ミシロさん、何か欲しい物あるかなって」
「……あ、ありがとうございます。えっと、私ですが、特に必要なものはありません」
「そ、そうなんだ。もし、何かあったら言ってね。俺ら、月に一度か二度、街へ行っているから」
「ありがとうございます。何かあったらお願いすることにします。が、私、お金を持ってなくて」
「また、作業を手伝ってくれたらいいさ」
「本当に、ありがとうございます」
「それじゃ、行くね」
「はい、お気をつけて」
タイジは、結局ミシロを直接見ることはできなかった。
しかし、生きていることが分かっただけでほっとする。
少し気味の悪い感じがするが、美人だし、何より、助けておいて死なれたら後味も悪い。
「まいっか」
そう、言い残して、タイジは街へと出かけて行った。
そして、タイジは翌日には街から帰ってくる。肌をつやつやさせて。
そうして二週間ほどが経つ。
この間、ミシロは、村が晴れた日にはタイジとトメの作業を手伝った。
霧の日の日中は家に引きこもり、夜には人目を忍んで森に入った。
こうして、ミシロは、子供の餌となりそうなネズミの群れを見つけた。
ネズミはいい。鳥や鹿と違って繁殖期がない。つまり、餌さえ与えればどんどん増える。
問題は、そのネズミの餌だ。
こうして、数週間が経つと、ミシロの子供達がふ化する。
三匹の真っ白な蛇が。
卵が大きかったこともあり、すでに一メートル近くある。
「ああ、誕生おめでとう。お前達」
ミシロは誕生の祝いの言葉を子供達に送る。
裂けた口、二股の真っ赤な舌をチロチロさせて。
そして、嬉しそうに子供達を見つめる。縦に割れた赤い瞳孔で。
「明日、ご飯を獲って来なきゃね」
翌日の夜。
霧に覆われた村をミシロは出て行く。物音を立てずに。
ミシロがたどり着いた場所。そこは、金屏風の下。
金屏風の下に小さな洞窟があり、その中に、ネズミの巣があった。
ネズミは、打ちあがった魚の死体などを食べて暮らしているのだろう。
ミシロは、その洞窟に入っていく。人の姿で。
そして、真っ暗な中、ネズミを物色する。
「太ったネズミはどれかな」
ネズミはたくさんいる。だが、どれも痩せている。
それでもミシロは太めのネズミを右手で捕まえる。
そして、左手の人差し指と中指でネズミの首を挟んで引っ張り、頚椎を脱臼させる。
ぴくぴくと痙攣するネズミ。
「あと二匹」
そう言って、ミシロはネズミを集めていく。
三匹のネズミを捕まえたミシロは、洞窟を出て、家に戻る。
その途中でミシロは考える。
あのネズミたちを増やすにはどうしたらいいか。
あのネズミたちを太らせるにはどうしたらいいか。
家に戻ったミシロは、ネズミを取り出す。
「ごめんね、ちょっと冷えちゃったかもだけど」
そう言って、子供達にネズミを差し出す。
子供達はそれでも、ネズミを頭から飲み込んでいった。
「偉いね、いい子だね。早く大きくおなり」
そうして、村が霧に包まれた日の夜には、ミシロは家を抜け出し、ネズミを捕りに行った。
しかし、どうしてもネズミが減っていく。




