ミシロ
タイジは急いで船を海に降ろし、定置網の設置に参加した。
仲間達から様子を聞かれたが、トメが言うように、高貴な家の者かもしれないから手を出すなと伝えた。
これには皆が一応の納得を見せた。まだ死にたくはない。
その後は、コンブを採ったり、ウニやナマコ、アワビをタモやカギを使って獲り、家へと戻った。
「ただいま」
タイジは玄関から顔をのぞかせる。
「女はどうだい?」
「おいおい、そうじゃないだろう。その娘はまだ目を覚まさないが、呼吸をしているから無事だろうさ。そんなことより、何を獲って来たんだい? 干すものを干さないと乾かないじゃないか」
「ああ、コンブとウニとナマコ、アワビだな」
「まずはコンブを干しちまわないとな。ナマコとアワビは煮ないと。ウニは塩漬けだな」
「というわけで、コンブ干しの手伝いをよろしく」
「おい、肉は?」
「まだ干し肉があっただろう。定置に魚がかかるまで待ってろって」
「仕方ないねぇ」
そう言って、二人は庭でコンブ干しを行った。
夜。
囲炉裏を囲んでタイジとトメが食事をとっていると、
「ん、んん……」
と、女が目を覚ました。
「おい、聞こえるか」
タイジが声をかけると、女がそっと目を開けた。
その目を見たタイジ。血の気が引いた気がした。
女の瞳孔は真っ赤だった。
「こ、ここは……」
「目を覚ましたのかい。ここは八霧の村だね。わかるかい?」
トメの質問に女は首を振る。
「まあ、いいか」
トメは続ける。
「いろいろと聞きたいんだが、まず……飯は食うかい?」
女は布団に入ったまま、自分の腹をさする。そして、何かを確認した後、トメに顔を向けて言う。
「よろしければいただけますか?」
「はいよ。まあ、いつどうやってここに来たのかはわからんが、食べなきゃ生きていけないわな。起き上がれるかい?」
「はい」
女は、何とか掛け布団を足元へとたたみ、立ち上がろうとした。
「あ、いいよ。敷布団の上に座りな」
トメの言葉に、女は敷布団の上に正座をした。
「ほれ、温まるといいがな」
と、汁の入ったお椀と箸を女に渡すトメ。
それを受け取る女。
具は干し肉と野菜だ。決して少なくない量が入っている。
「いただきます」
そういって、女はお椀に口をつけた。
それを見て、とりあえずホッとするタイジとトメ。
自分達も食事を進めた。
結局、女はお代わりもした。
しかし、肌は白いままで血色がよくなることはなかった。
食後、トメが話を聞くことにする。
これも村長の仕事。
タイジも座布団に座ってそれを聞く。
「私はこの村の村長をしているトメだ。トメと呼んでくれても村長と呼んでくれてもいい。それから、右に座っているのが息子のタイジ」
タイジはぺこりと頭を下げる。
「で、あんたは?」
「……はい、私はミシロと申します」
ミシロと名乗った女もぺこりと頭を下げた。
「私を助けてくださり、ありがとうございます」
「うん。ミシロさんや。あんたはこの村の浜に倒れていたんだ。どうしてそんなことになったのか、心当たりはあるかい?」
ミシロは視線をさまよわせて考え込むが、思いあたりはしない。
「いえ、わからないです」
「そうかい。ま、仕方ないね」
トメはため息をついて、質問を続ける。
「で、ミシロさんはこれからどうするね」
ミシロは再び視線をさまよわせる。やりたいこと、やらねばならないことはある。そのために安全は確保したい。
「あの、もしよろしければ、しばらくこの村に滞在させていただくことはできますでしょうか」
タイジはトメに視線を送る。まさか、この家に? と。
「ああ、いいよ。この村は人口減少も激しくてね。空き家もあるからね。明日、どうせタイジは漁にはでない。霧が出るからね。だからタイジに空き家を一棟整備させる。そこでいいかい。まあ、今日はこのままここにお泊り」
「ありがとうございます」
ミシロは両手を腹に当て、深く頭を下げた。
「それじゃ、ミシロさんは今日はここで寝なさい。私達は奥の部屋で寝るから、何かあったら遠慮なく言っておくれ」
「何から何までありがとうございます。それでは休ませていただきます」
ミシロは再び深く頭を下げた。
タイジとトメはふすまを開けて居間を出て行く。
タイジが出て、そしてトメが。
トメは居間を出てふすまを閉める途中、もう一つミシロに聞く。
「ミシロさん、もう一つ聞いていいかい」
「はい、何でしょう」
「家名はなんていうんだい」
ミシロはまた視線をさまよわせる。そして答えた。
「言えません」
トメは一瞬目を見開く。言えない。と言うことはあると言うことだ。
「わかった。聞かないことにするよ」
そう言って、トメはふすまを閉めた。
閉められたふすまの先からトメが再度声をかける。
「そうそう。この村では働かざる者食うべからずだからね」
ミシロは即答する。
「はい。何かあればお手伝いさせていただきます。よろしくお願いします」
誰も見ていないにもか変わらず、ミシロは深く頭を下げた。
ミシロは布団に入り、横になる。
そして感謝する。
助かった。
生きていた。
まだ産める。
この子達を産める。
産んで、私の手で育てなければ。




