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八霧

夏のホラー2025参加です。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

 ここは北の大陸の最南端。

 しかも、その南端からさらに飛び出した細長い岬。

 距離にして二十キロもあるだろうか。

 岬の先端にある村から、岬の付け根、大陸にある街まで歩いて四時間ほどもかかる。歩いて。


 歩いて、と書いたのは、歩きしか移動手段がないからである。

 その理由はその地形にある。


 岬は大陸から南に細長く伸びているのだが、その東側は断崖となっている。

 その高さはおよそ三十メートルほど。

 天気の良い日に朝日が当たると黄金色に見えることから『金屏風』と呼ばれている。

 海から眺めれば非常に美しい景色ではあるが、めったに見ることはできない。


 また、その断崖の下には、崩れた岩が敷き詰められた石原、そして海の満ち引きにより現れたり消えたりする岩盤が続く。


 崖の上から落ちた場合、死ぬことは確実だが、この付近では自殺をするものもなく、自殺の名所ともなっていない。


 岬の西側はなだらかとはいいがたい森が海まで広がっている。


 森には野生の鹿や鳥などもおり、また、野草や木の実なども収穫できる。


 さて、この岬の特徴だが、春から秋までの多くの日が霧に覆われることがあげられる。


 岬の下から三分の一は、月に二度ほどしか霧が晴れない。

 中腹までこれば月の半分は日を拝むことができる。

 岬の峰まで行くと、そこまで霧により覆われるのは月に二度ほどである。


 つまり、この霧にのせいで、海に出られるのは月に一度か二度しかなく、美しい金屏風はめったに見ることができなくなっている。




 さて、この岬の先端に村がある。

 小さな村だ。家屋は中腹に建てられており、その数は十棟ほど。人口も二十数人程度となっている。


 産業はもっぱら漁業である。


 とはいえ、海が晴れるのは月に二日ほどだ。

 岬の地形を生かして晴れた日に魚介やコンブ等の海藻を大量に採取し、中腹にある家の庭で干すのである。

 漁法は、魚は定置網で、貝類やエビ類は潜りやたも網で、海藻類はひっかけて取るねじり棹だ。


 この干した魚介や海藻類がこの村の生産品であり、収入源だ。

 村人は、交代で月に一度、街へと売りに行く。


 この街へ売りに行く街道だが、岬の峰に近いところにある。

 なぜなら、低いところは霧に覆われることが多いので、作ったとしても、安全に通れる日が限られてしまう。

 つまり、売りに行くためには金屏風の上に作られた街道を通ることになる。

 とはいえ、断崖ギリギリに道が作られているわけもなく、落ちる心配はない。


 干した魚介やコンブを売りに行くのは若い男の仕事だ。

 片道四時間ほど、休み休み行けば五時間はかかる。

 よって、売りに行く男は街に泊まり、翌日帰ってくることになる。


 ちなみに、男達はこの売りに行く役割に不満はない。

 なぜなら、街に行けば女が買えるからだ。


 皆の売り上げで女を買うとは、という文句の一つも出そうなものだが、村の若い妻や娘が狙われるより、よっぽどかましなのである。

 若い男にもガス抜きが必要と言うのは、村の総意なのだ。




 そんな村に、冬があけて春が来た。

 冬の間は海が時化るため、霧が来ないとしても海に出られる日が減ってしまう。しかも水の冷たさから潜ることもできない。

 なので、村人たちは春を待ち遠しく待っている。

 もちろん、街に行ける。旅籠に泊まってするそれも、春を楽しみに待つ理由の一つだ。




 ある、霧の晴れた春の日。

 男達はこぞって海へと向かう。


 中腹にある家々から出て、海岸の小さな港に足早に向かって行く。

 今日は、春になって海に出る最初の日。

 まずは皆で定置網を張らねばならない。その共同作業を行うのだ。


 タイジはこの村の村長の一人息子である。

 村長の名前はトメ。

 先代村長だった夫を亡くし、女ながら村長を務めている。


 陸揚げしてある船を降ろそうとロープに手をかけかけたタイジに声がかかった。


「おーい、タイジ、ちょっと来てくれ」


 同じく若者のゴヘイだ。

 ゴヘイには兄がおり、兄の名前はゴロウである。


「なんだよゴヘイ。急いで船を降ろさなきゃならんのに」


 タイジは不満を言いながらゴヘイの下へと歩いて行く。

 そこには、ゴヘイの兄のゴロウや他の男達も集まっていた。

 男によっては何かを好奇の目で見たり、幸先が悪いと目をそらしたりしている。


「何があった?」


 集まっている男達がタイジに視線を向けるが、再び船を降ろす斜路に視線を戻す。


「はあ、何なんだよ」


 と、男達をかき分け、船を降ろす斜路に視線を向けたタイジ。

 そこには、女が倒れていた。


 髪は白。肌もすけるように白い。

 年頃は二十歳すぎくらいだろうか。

 着ているのは白い着物。薄赤い帯をしている。

 足は素足。

 顔は整っており、どこから見ても美人。

 しかし、白すぎる髪や肌が近寄りがたい雰囲気を醸し出している。

 その女が着ている着物の胸元から覗く白い二つのふくらみや腿がなまめかしいのも事実。


「生きているのか?」


 というタイジのつぶやきにゴヘイが無言で女の胸を指さす。

 その胸のふくらみは小さく上下している。


「生きているのか。まあ、よかった。死んでたりしたら縁起が悪いからな」


 タイジは男達に視線を送り、


「で、この女、どうするんだ?」


 と、尋ねる。


 しかし、誰も答えない。


「なあ、どうするんだよ」


 タイジの少し強めた言葉に、ゴヘイが答える。


「お前、村長の息子だろう? お前が今から連れて帰れよ。俺ら、とっとと定置を張って、貝やコンブを取らなきゃいけないんだからさ。それができなきゃおまんま食い上げなんだよ」

「って、俺だってそうだよ。定置だって張るのを手伝わなきゃ取り分減るじゃないか」

「だから俺らはとっとと海に出たいし、漁をしたいわけだよ」


 ゴヘイだけではなく、ゴロウもタイジに言う。


「タイジ、村長のところへ連れて行けよ。村長の家ってお前の家じゃないか。お前が連れて行くのは必然だ」


 そうだそうだと声の上がる男達。


「それに、街に行く順番で一番はお前だろう? お前ならその女に手を出さないんじゃないか?」


 そのゴロウの一言に、タイジはむきになって言う。


「誰が出すか。こんな真っ白けで気味の悪い女に。あー、もうわかったよ。お前ら、定置は頼む。俺も急いでいくから、分け前を減らしすぎないでくれよ」

「ははははは。わかってるよ。急いで来いよ」


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