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 もちろん俺は、関係者の中で最も重要と思われる前生徒会長にも、インタビューを行った。

 この学校では、1年生の1学期から2年間だけ生徒会長をするのが慣例で、前生徒会長は今は3年生である。

 前会長は放課後、俺のところへやって来てくれた。

 この調査のために、学校長が自分の部屋を調査本部として提供してくれていた。

 前会長は、副会長の藤野ほど背が高いわけではなかった。

 といって小柄でもなく、中肉中背という感じ。

 しかし目を引く美貌ではある。

 どういう出身の娘かは知らないが、どこかリッチで貴族的な雰囲気があるのだ。


「明子さんの自殺の件の調査ですか?」


 ドアを開いて部屋の中に顔を見せ、開口一番に前会長は言った。

 その声には張りと自信があり、いかにも良い生活をしてきた娘という感じがある。


「ここへ来て座りたまえ」


「はい」


 前会長は言われたとおりにしたが、そのしぐさは俺を少し驚かせた。

 部屋の中へ足を一歩踏み入れると同時に、彼女の顔つきは少し変化していた。

 金持ちで貴族的な風貌の下に、年齢相応で、すねた野良猫のような表情が突然に顔を出したのだ。


「このあとクラブ活動があるので、お話があるなら早くしてくださいね」


 と、テーブルをはさんで俺の目の前に座り、今やチェシャ猫と変化した前会長は言った。


「何のクラブに所属しているのだい?」


「テニスです。生徒会長だった頃には参加できなかったので」


「どうして?」


「生徒会長はどこのクラブにも属さないというのが、この学校の不文律だからです」


「なぜそんな不文律があるのだい?」


 前会長は、俺の無知をバカにするようにクスリと笑い、


「まず第1に、生徒会長は忙しすぎて、そんな暇はないということです。第2に、予算の配分や練習場所の確保といった面で、えこひいきや不公平を生まないためです。この学校の生徒会長の権力というのは、そのくらい強大ですから」


「どのくらい強大なんだい?」


 前会長は、もう一度フフッと笑い、


「わが校の生徒会長には、絶対的な拒否権があるのです」


「拒否権?」


「どこかの委員会が決定したことであっても、たとえ生徒総会が議決したことであっても、はたまた先生たちの職員会議が決定したことであっても、生徒会長は一言で拒否できます。『いやです』と言えばいいんです」


「だけど、そんなことをしたら学校運営に支障をきたすんじゃないかい? 先生たちが新しい教育方針を決めても、それが実行できないのでは……」


 俺の鼻の前で、前会長は軽く人差し指を左右に振って見せた。

 ノンノンというわけで、ティーンエージャーとは思えない自信ではないか。

 大人の前ではかなり失礼な態度ではあるが、そんなことで腹を立てるようでは、俺のような職は務まらない。


「どういうことだい? そういった前例があるのかい?」


「大ありです。去年のことですが、図書館が増築されて広くなったので、300冊ばかり蔵書を増やすことが計画されました。図書の先生は、当たり前のように文学全集を買い込もうとしたんです」


「それはまあ、普通の反応じゃないかな?」


「だけど文学の本は、すでに十分あるんです。本当の話、買い込む予定の本リストを私は精査したんですが、すでに書架にある物ばかりでした。夏目漱石の同じ本が2冊並んで、何の意味があるんです?」


「それは図書の先生の趣味なのかい?」


「『文学こそがこの世の何よりも尊い』と本気で信じてそうなオールドミスですから……。それでも先生による正式な決定です。学校側への予算申請は、その線で通ってしまったんです」


「そこで君が登場するのだね」


「ええ、キラ星のようにさっそうとね。私が公式に拒否を口にすると、予算執行は自動的に停止されます。どういう本を購入するのか、また一から決めなおさなくてはなりません」


「その結果は、どうなったのだい?」


「こういう良妻賢母の養成所みたいな学校だけれど、大人たちの思惑を外れて、生徒たちは意外なものに興味を持つんです。ですから購入予算は、多くがホラー小説の購入に振り向けられました。現在のわが校は、県内有数のホラー蔵書を誇っているのですよ。ラブクラフト、マッケン、ルルーとかね」


 彼女が上げた著者たちの名は、俺には全く耳慣れないものだったが、後できいたところ、どの本もそれなりに頻繁に借り出されているそうだ。

 妖怪が住み着いているという学校であれば、それも不思議のないことかもしれないが。


「それで君自身は、例の妖怪のことをどう思っているのだい?」


 と、ここで前会長に質問してみたが、その答えは意外で、俺を驚かせた。

 前会長は、いかにもおかしそうな顔で言ったのだ。


「あの妖怪? ははっ、作り話に決まっていますよ」


「どうしてだね? 確か君は、まるで妖怪が実在するかのように、明子さんには話したのだろう? 入学式の直後に、生徒会室へ呼んで」


 その質問にも、前会長はあっけらかんと答えた。


「それが生徒会の伝統だからですよ。入学した時には、私も同じ説明を受けました……。だからこそ『妖怪はすぐに新会長のスカートの中へ引っ越すのではなく、1週間か2週間後になる』と、わざわざ言い添えるんです」


「どういうことだい?」


「入学式の翌日から、明子さんの生徒会長としての仕事が始まったんです。スカートの中に何もいない状態で、この混とんとした学校のかじ取りを任されるんです。半信半疑とはいえ、妖怪の存在を信じるからこそ、一般生徒も先生たちも、おとなしく会長の言うことをきくんです」


「……」


「でも、ふつう1週間もたてば、どんな新米会長だって気が付きますよ。スカートさんなんて本当はいないって。存在する必要はないって。スカートの中が空っぽでも、みんな生徒会長の権威に従うんですから」


「すると……」


「ええ、スカートさんなんて存在しません。明治の頃にきっと、頭のいい生徒会長がいて、そんなオバケをでっちあげることを思いついたんでしょう」


「……」


「いくら生徒会長でも、いつもいつもいい子ぶって、先生たちにハイハイばかりは言ってられないじゃないですか。先生たちの横暴に、たまには反抗しないと……。だけど、たかが女子生徒に何の武器があります?」


「そこで『発明』されたのがスカートさんなのだね?」


「そういうこと。特に明治時代には男の先生が多かったはずですから、なおさら生徒側に強力な武器が必要だったのでしょうよ」


 メモを取っていたペンを、俺はノートの上に置いた。


「もう一度まとめるが、生徒会の伝統に従い、まるでスカートさんという妖怪が実在するかのごとく、君は明子さんに申し送りをした」


「ええ」


「『妖怪など本当は存在しない』と明子さんにバラすのは?」


「入学式の2週間後を予定していました。でもこれまでは10日もたてば、どんな新米会長でも自分で気づいたそうです。万が一、気づかなかった場合にのみ、前会長の口からささやくという手はずでした」


「そうかい……」


「これまで100年近く、このやり方でうまくいったんです」


「それがなぜ今回に限り、こんなことになったのだろうね?」


「それは私にも分かりません。もしも明子さんが生きていれば、今日あたりには真相を告げるつもりでいましたから」


 そう言って口を閉じた前会長の顔つきは、この部屋へ入ってきて初めて、年齢相応で不安げなティーンエージャーらしいものへと変わっていた。


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