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藤野というのは、特に目立つ美貌ではないが、背の高さが目を引く娘である。
高校2年生だが、この学校では2年生が生徒会副会長というのは珍しいことではないらしい。
進学校ではないが、それでも学校調査官という俺の肩書に、藤野も最初は気おくれを感じた様子だったが、次第に打ち解けてくれた。
「ここは変わった学校だね」
という俺の第一声に、藤野は少し戸惑った様子だった。
「どんなふうにですか?」
「そうだね……、少なくとも生徒会長の選考方法については、俺も始めて見るケースだよ」
「他の学校では、どうするんですか?」
「生徒会長を選ぶ選挙をする。立候補者が複数出て、演説会をやって、選挙運動をして……」
「本物の選挙みたいにするんですね」
「この学校では、いつ頃からその方法で生徒会長を決めているのだい? いつ始まった?」
藤野は、さらに戸惑った顔をした。
「いつからかは知りません。ずっと昔からです。学校創立の頃から……。スカートさんはその頃からいるのだから」
「それが妖怪の名前だね」
こうやって俺は、この学校に住み着いているという妖怪について知識を得ていった。
「でも藤野君、君は妖怪の存在を本当に信じているのかい?」
これまでよりも、藤野はさらに戸惑った顔をした。
「どうしてそんなことをきくんですか?」
それに答える俺の表情には、かすかな笑いが浮かんでいたかもしれない。
「現代は科学の時代だ。迷信の暗闇は、科学の光によって打ち払われたのだよ」
「でもあの……」
「もちろん俺だって、集団内では時に奇妙な出来事が起こることは知っている。集団心理とか、集団ヒステリーとかだね」
「ヒステリー?」
「早合点しないでくれ。この学校で起こったことがヒステリーだと言っているのではないから」
「……」
「『スカートさんなんて実在しない』と藤野君、本当は君もそう思ってるんじゃないのかい? ただまわりに合わせて、信じているふりをしているだけで」
数秒間黙っていたが、藤野はやがて、はっきりとうなずいた。
「私は半信半疑でした。副会長という立場上、疑いを口にしたことはなかったけれど」
「死んだ明子さんはどうだったのかな? 妖怪の存在を信じていたかい?」
「私の知る限り、まだスカートさんは自分のところへは来ていない、とは言ってました」
「まだ来ていない?」
「新学期になっても、1週間か2週間の間、スカートさんが引っ越しをしない場合があるんです」
「前会長のスカートの中から、新会長のスカートの中へだね?」
そうです、と藤野はうなずき、
「1学期が始まって、まだ10日もたっていませんでした。『スカートさん、まだ来ないわよ』と明子さんが言いました」
「それでも生徒会長としての仕事は始まっていたのだろう?」
「明子さんには才能があったと思います。こんな学校ですから、みんなが好き勝手に自己主張をするんです」
「例えば?」
「各クラブへの予算配分は、前年度ですでに完了していたんですが、まだ不満がくすぶっていて、新学期早々に再燃する形になりました」
「他には?」
「音楽準備室の使用をめぐって、新入生間でトラブルがありました。それも明子さんは、あっという間に仲裁したんです……。一番面倒だったのは、テニスコートの使用をめぐる3年生のもめ事でした。3年生といえば18歳ですよ。なのにあの人たちは意地を張り、本当に子供じみていました」
「ほう」
「どんなに入り組んだトラブルでも、明子さんはスムーズに解決することができたんです。生徒会長の肩書だけでは無理です……。あのね、スカートの中に妖怪を飼っている相手です。たとえ上級生でも、逆らうには勇気がいるんですよ」
「そうかもしれないな」
「この学校の生徒会長って、本当はとても居心地がいいんです。混雑した廊下や階段でも、胸の紫リボンを見れば、みんな道を開けてくれるし、先生たちも決してぞんざいには扱いません。そばで見ていて、私も小気味よく感じました」
「……」
「明子さんは、あるとき私にこう質問したんです」
「質問?」
「突然制服を脱ぎ捨てて、音楽室の窓から飛び降りて自殺する前日のことでした。『ねえ藤野さん、1年生はたくさんいるのに、どうして私が生徒会長になると決まったの?』」
「ああ、それは俺も興味があるな」
なぜか藤野が不思議そうな顔をするので、俺は、
「おや、俺は変なことを言ったかい?」
「明子さんを生徒会長に指名したのは、スカートさんなんですよ」
今度は俺が目を丸くする番だった。
「いや俺が言いたいのは、それをどうやって君たちが知ったのかということさ。入学式が済んだ直後、候補者を生徒会室へ呼びださなくてはならないのだろう?」
ああ、と藤野はうなずき、
「明子さんの名は、『こっくりさん』をやって知ったんです」
「こっくりさん?」
「入学式の数日前に、生徒会の主だった人たちが集まったんです。その時に、10円玉がはっきり指示したんです。1102って」
「1102とは?」
俺の無知を嘆いたのか、かすかなため息をつき、ペンをとって、藤野は略図を書いてくれた。
紙の上に、AからZまでのアルファベット、1から10までの数字とイエス、ノー、グッドバイが大きく書き並べられた。
「こんな紙の上に10円玉を置きました。その上に全員が、人差し指の先を軽く乗せるんです」
「それで?」
「一人が質問役になって尋ねます。『スカートさんスカートさん、来年度の生徒会長には誰がふさわしいですか?』って」
「すると?」
「指先を軽く乗せるだけで、誰も力なんか入れてないのに10円玉が勝手に動いて、数字を4つ示したんです」
「それが1102だね」
「1年1組、出席番号2番ということですよ」
「ああ、それが明子さん?」
「はい」