メイドさんの入浴フルサポート!? 男心残る少女、初風呂で大ピンチ!
翌日――正確な時刻は分からないが、朝の光が部屋いっぱいに差し込む頃には、わたしはだいぶ体調も回復していた。部屋にはマリエとセシルが訪れて、朝食を楽しんだあと、軽い散歩代わりに部屋の中を歩き回ったり、絵本を眺めたりと、穏やかな時間を過ごしていた。
そんな中で、メイドたちが「そろそろお体を清められてはいかがでしょう」と提案してくれた。お風呂――前世でなら毎日入っていたし、シャワー程度ならさほど大事でもなかったが、この世界ではどうなっているのか。洗面くらいは昨日も顔を拭いてもらったけれど、さすがに全身を清潔に保つ必要がある。実際、転生後まだ本格的に風呂には入っていないはずだ。できれば入りたい。しかし、問題はわたしがもう「男性」でないという点だ。
昨夜のトイレ事件を思い出すだけで、顔が熱くなる。下着の扱いだけでもあんなに大変で恥ずかしかった。風呂となれば、もっと大変だろう。全身を洗うわけだから、当然、裸になる必要がある。わたしは14歳の少女の肉体を手に入れたが、心は中身が30代男性だった頃のままだ。女性の身体をまじまじと見るのは気が引けるし、何より、その身体を他人の前で晒すなんて――考えるだけで卒倒しそうだ。
「えっと……お風呂は、どんな感じなんですか?」
わたしはなるべく平静を装って尋ねる。マリエとセシルは微笑んで「はい、お嬢様。広い浴室がございます。温水設備も整っていて、いつでも温かいお湯でお体をお清めできます」と説明する。温水が使えるのは嬉しいが、広い浴室ってことは、だだっ広い空間で裸を晒すってことだよね?
「その……入浴って、わたし一人でできますか?」
おそるおそる聞いてみる。もうバレバレだが、できれば一人で入りたい。だが、セシルは申し訳なさそうに首を振る。
「お嬢様、まだお体が本調子ではございませんし、髪を洗うには大変な労力がかかります。わたくしたちがサポートさせていただくのが通例でございます。ご自身で無理をなさる必要はありません」
つまり、メイドたちが手伝ってくれる。わかっていたことだが、改めて言われると心臓がバクバクする。
「そ、そっか……」
背に冷たい汗が流れる感じがする。だけど、拒否するわけにはいかない。すでにトイレでも手伝ってもらったし、多少の恥ずかしさは覚悟しなきゃならない。でもトイレはまだ一部分の恥ずかしさだが、お風呂は全身がさらけ出される。しかも14歳の女の子の体で、他人に洗われるなんて、前世の感覚では信じられない羞恥だ。
マリエが優しく声をかける。「お嬢様、ご不安でしょうか? 初めてのご入浴は緊張なさるかもしれませんが、ご安心ください。わたくしたちはこれまで何度もお嬢様のお世話をしてまいりました。どうかお気になさらず、御身をお任せいただければよろしいかと」
「え、ええ……頼りに、してます」
前世のプライドなんて、もう捨てるしかない。今さら抗ったところで、この世界で一人で生きるのは難しい。信頼して任せるしかないんだ。
「では、お嬢様、ご準備いたしますね。浴室へは少し歩いていただくことになりますが、問題ないでしょうか?」
セシルが尋ねる。歩行は少しずつ慣れてきたし、メイドたちがいれば転ぶ心配もない。それより問題は精神面だが、それはもう言っても仕方ない。
「大丈夫、お願い」
覚悟を決めて頷くと、メイドたちは「かしこまりました」と微笑んでカーテンの奥へ行き、大きなタオルやら瓶やらをバスケットに入れている。その間、わたしは部屋の隅の椅子に座って落ち着こうとする。深呼吸、深呼吸……。平常心だ。
「お嬢様、それではこちらへ」
再びメイドたちが戻ってきて、わたしの腕を優しくとる。ゆっくり廊下へ出る。廊下には他の使用人もいるが、皆視線を低くし、わたしに気を遣っている様子。浴室は同じフロアの奥にあるらしく、そこまで歩いて数分程度らしい。
歩いている間、わたしの頭の中は「どうしよう」「恥ずかしい」「女の子の体ってどうなってるんだっけ」といった混乱でいっぱいだ。前世で女性の身体を見たことがないわけじゃないが、自分の体となると話は別だ。特に14歳という年齢は、まだ未熟な身体かもしれないが、女性らしいラインがゼロというわけではないだろう。胸はどうなっているのか? 下半身は? 昨日のトイレでも意識しないようにしていたが、今日は入浴で一層目の当たりにすることになる。
「お嬢様、こちらが浴室でございます」
マリエの声で思考が中断される。大きな木扉を開くと、広々とした浴室があった。床は石造りで、中央に大きな浴槽がある。天井には、なんども話に出てきた魔晶石だろうか、それらが埋め込まれ、柔らかな光が降り注いでいる。周りには腰かけ用の椅子や桶があり、壁際には瓶やブラシなどが整然と並んでいる。
湯気がほんのり立ち込め、空気は暖かく湿っている。良い香りも漂っていて、どうやら花の香りのする入浴剤でも入れているようだ。なんとか気分を落ち着けようとするが、緊張はどうしようもない。
「お嬢様、まずはこちらでガウンをお脱ぎいただき、下着も……」
セシルが自然な調子で言うと、わたしは「うっ」と喉が詰まる。そうだ、脱がなきゃいけないんだ。しかも目の前にメイドたちがいて、彼女たちが手伝うんだから、視線を完全に避けるのは難しい。
「……お願いします」
消え入りそうな声で頼むと、マリエが「かしこまりました」と、まるで衣装合わせをするかのように淡々と作業を始める。ガウンの紐を解き、裾を捲り上げ、わたしの腕を軽く持ち上げて抜き取る。セシルは後ろから下着を緩めてくれる。
「少し失礼いたしますね、お嬢様」
セシルが囁き、背中に手を回して布をスルリと滑らせる。胸元が急に解放される感覚。視線を下に向けたくないが、向かわなければ脱げない。結果、半ば強制的に自分の胸元が視界に入る。
…小さい胸だけれど、確かに膨らみがある。平坦じゃない。自分のものとは思えないが、確かに女性の体だ。
さらに目線を下げると、華奢な腰から下にかけて、柔らかな丸みを帯びたラインが続いているのがわかる。お尻が、前世の自分よりも少し大きく、ふっくらした形になっているのが何とも恥ずかしい。細い上半身とは対照的で、はっきりと女性的な輪郭を帯びていることが、胸元よりもある意味衝撃的だ。心臓がバクバクと音を立て、顔が火照る。これが、今のわたしの体なんだ……。
こんな体形になってしまったのかと頭が熱くなる。以前の自分にはなかった、華奢な上半身と比較して、微妙に強調されたヒップライン――そこに宿る確かな女性らしさに、思わず息が詰まりそうになる。
「ひゃっ……」
思わず変な声が出る。あまりにも直接的な感覚が新鮮で、気恥ずかしくてたまらない。前世でこんな体験は皆無だ。
「大丈夫ですよ、お嬢様。少しひんやりするかもしれませんが、すぐにお湯で温まれます」
マリエが優しく声をかけるが、こっちはそれどころじゃない。恥ずかしい、死ぬほど恥ずかしい。全裸になる寸前で、もう心臓は限界近い。
下半身の下着も取り外されると、もう完全に生まれたままの姿だ。メイドたちは極力目を伏せているようで、直接凝視はしていないが、全く見てないというわけにもいかないだろう。こちらはもう頬が真っ赤で、恥ずかしさに目が潤みそうになる。
「お嬢様、それではこちらの椅子におかけになってくださいませ。まずは髪をお湯で流し、頭皮をマッサージいたします。その後、体を洗ってから浴槽でゆっくり温まっていただきます」
セシルが手早く説明してくれる。わたしは何も言えずに頷く。震える膝をなんとか動かして、小さな腰かけに座る。もちろん背筋はピーンと張るわけで、こうなると胸は視界に入りやすいし、下半身も意識してしまう。
「あの、あまり……その、視ないで……」
かろうじて頼むと、マリエは笑顔で首を振る。「お嬢様、ご安心を。わたくしたちは必要以上にお嬢様のお体を見たりいたしません。必要な箇所以外は極力視線を避けております。それに、なにも恥ずかしがることはないですよ。」
確かに、彼女たちは基本的に必要な部分にだけ注意し、他は見ないように振る舞っている。プロ魂が伺える。そのおかげで、少しだけ落ち着く。とはいえ、羞恥が消えるわけではないが、全くの野放しよりはマシだ。
セシルが小さな桶にお湯を汲み、わたしの背後から髪にかけてくる。程よい温度のお湯が髪を伝い、背中を濡らす。その感触は気持ち良い。指先で髪をほぐされ、たっぷりの泡立つ液体(シャンプー的なもの?)で頭皮を優しくマッサージされると、少しずつ緊張がほぐれていく。
「お嬢様、痛くございませんか?」
マリエが訊ねる。わたしは首を振る。「大丈夫……気持ちいい」
こんな風に誰かに髪を洗ってもらうなんて、子どもの頃を除けば前世では美容院くらいだったけれど、あの時は他人同士というビジネス関係だった。今はメイドたちが献身的に仕えてくれている。関係性は異なるが、前世よりずっと親密な「家族」的な温かさを感じなくもない。
髪をすすぎ、再びお湯をかけ、椿油のような香りのオイルを少量なじませる。香りが豊かで、少女的な可憐さを引き立てるような気がする。自分が少女だという事実を再認識してしまい、また頬が熱くなるが、今は心地良さに負けて恥ずかしさがやや後退する。
髪が済むと、次は身体を洗う番だ。そこが最大の難関かもしれない。「では、お嬢様、失礼いたしますね」とセシルが小さなスポンジと泡を手に取り、肩から腕へと泡を滑らせる。優しい手つきで、くすぐったいような感覚。前世は自分でガシガシ洗っていたけれど、こんなに繊細な指使いで洗われるのは初めてだ。
「ん……」
思わず声が漏れる。恥ずかしい。腕くらいならまだしも、やがて胸元へとスポンジが移動する。視線を逸らしているとはいえ、確実に彼女たちはこの新しい胸を手入れしているのだ。胸がほんの少し敏感な感じがして、妙に意識してしまう。苦しい……。
「お嬢様、力加減はいかがでしょう?」
マリエがさりげなくフォローを入れてくる。そうだ、感想を述べなきゃ。
「あ、あぁ、痛くない……大丈夫、ありがとう」
かろうじて言葉を搾り出す。メイドたちは本当にプロフェッショナルだ。わたしが何も言わなくても、恥ずかしくても必要なケアを淡々と進めてくれる。
下腹部、腰、太もも、足首へと進むにつれ、わたしはもう頭を空っぽにして耐えるしかない。体が小刻みに震える。嫌ではない、むしろ丁寧なケアに感謝すらあるが、恥ずかしすぎる。こんな屈辱とも言える状況を、メイドたちは当然のように処理している。前世なら想像できない。
「これで全身をお清めいたしました。お嬢様、お疲れではございませんか?」
セシルが心配そうに聞く。わたしは肩で息をしながら、「う……うん、だいぶ……」と返す。半分放心状態だ。
「では、こちらの浴槽でゆっくり温まってくださいませ。身体が温まると、血行が良くなり、疲れもとれましょう」
マリエがそう言って、わたしの手を取り、慎重に浴槽へ誘導する。温かな湯が足を包むと、思わず「はぁ……」とため息が出る。湯船に浸かると、恥ずかしさも一段落という気持ちになってきた。少なくとも今は泡や水面が体を隠してくれる。
マリエとセシルは適度な距離で控え、視線を落とし、必要以上に見ないようにしている。本当によくできた使用人たちだ。この状況をここまで穏やかにやり過ごせたのは、彼女たちのおかげだ。
「お嬢様、いかがでしょう?お湯加減は」
セシルが訊ねる。ちょうど良い温度で、決して熱すぎずぬるすぎず。わたしは目を閉じて頷く。「ちょうどいいです……ありがとう、すごく気持ちいい」
こうして湯舟に浸かってしまえば、恥ずかしさもだいぶ薄れる。あれほど大騒ぎしてたのが嘘のようだ。湯気と花の香りに包まれ、現実感が薄れていく感じがする。
「お嬢様、もし長湯でお疲れになれば、いつでもお声がけください。後ほど、お髪を軽くお整えして、バスローブをお召しになれば終了でございます。」
マリエが言う。バスローブ?そんな便利なものもあるのか。やはりこの世界、侮れない。都合良く便利なものが揃っている。
わたしは小さく息を整える。ここまでで精一杯な気分だが、あと少しだ。バスローブを着れば体が隠れるし、恥ずかしさも軽減される。何とか今の状況を乗り切ったら、後は誇れるかもしれない。今日は大きな一歩を踏み出したと!
「わかった。ありがと……もう少し、このまま浸かるわ」
目を閉じて、静かに呼吸する。湯が心地よくて、全身が解放されるようだ。少女の体であることにはまだ抵抗があるが、こうやってリラックスしていると、少しずつ受け入れられるかもしれない。
異世界で、貴族令嬢として生きること。それは、こんなにも他人に頼らなきゃならない面がある。恥ずかしいことも多い。でも、メイドたちを頼ってもいい環境にあるんだ。焦らず、少しずつ慣れていこう。トイレも風呂も、だんだん慣れれば、恥ずかしさも和らぐはず。
そう思いながら、ほのかに揺れる湯面を見つめる。花の香り、魔晶石の柔らかな光、そして遠くから聞こえる小鳥のさえずり。ここは異世界だけれど、良い場所だ。ゆっくりと呼吸して、少しずつ恥ずかしさを溶かしていく。
「エリシア……がんばれ」
小さく自分の名前を呼んで、意を決する。この違和感も恥ずかしさも、この世界で生きる以上は避けられない壁。ならば柔らかく受け止めて、メイドたちの助けを借りながら乗り越えていこう。恥をかくことは決して死ぬことではない。
よし、この風呂を出たら、もう少し堂々とメイドたちに頼れるようにしよう。それがきっと、この世界で快適に生きるコツなのだから。
湯に浸かってしばらくしてから、わたしは静かに目を開ける。そろそろ上がろうか――そう思った矢先に、もうひとつ深呼吸をする。お湯はまだほんのりと心地よく、髪や肌からふわりと花の香りが立ちのぼる。初めての入浴は、想像以上に精神力を消耗したけれど、同時に得るものも大きかった気がする。自分の身体がどうなっているかを改めて突きつけられ、恥ずかしくてたまらなかったが、そのぶん、この世界で生きていく一歩を踏み出した手応えがある。
そろそろ呼んだ方がいいかしら。少しだけ唇を引き結び、わたしはメイドたちを呼ぶ決心をする。
「あの……もう上がりたいです」
控えめに声をかけると、扉の向こうで待機していたマリエとセシルはすぐに応じる。「かしこまりました、お嬢様」と、軽やかな足音で近づいてくる。
浴槽の縁までゆっくりと移動しながら、お湯から抜け出す瞬間、全身を水面が撫でるように離れていく感触が不思議だ。改めて、この新しい体の輪郭を感じて、ますます恥ずかしく感じる。きっと顔が赤いのは、お風呂のせいだけではないだろう。
メイドたちはちょうどいいタイミングで大きなバスタオルを広げ、わたしが立ち上がると同時に、視線を上手に逸らしつつ体を包み込んでくれる。先ほどまで全裸という状況で恥ずかしさの極みを味わっていたが、今はタオルという頼もしい盾がある。少なくとも、見られている感覚はずいぶん緩和される。
「お疲れさまでございました、お嬢様。こちらで水滴をお拭きいたしますので、少々じっとしていてくださいませ。」
セシルが柔らかなタオルで首筋や腕、足元から順に水分を拭き取っていく。その際、先ほど必死になって見ないようにしていた体のラインをもう一度意識してしまう。胸は小さいまま、何も変わらない。それでも、わずかに女性らしい丸みがあるのは否定できない。そしてお尻も、適度な丸みがあることをいやでも思い出してしまう。さきほどお湯から上がるとき、ふわりと空気に触れた下半身が、前世ではなかった柔らかさを感じさせた。それはもう自分のものなのだ、と再度頭に叩き込む。
「お嬢様、こちらにバスローブをご用意いたしました。」
マリエが差し出すのは、ふかふかの白いバスローブ。わたしは両腕を通し、そのまま前を合わせる。タオルよりも確実にカバー力が高い。身体が隠れるだけで、精神的な負担がぐっと軽くなった気がする。
「はぁ……」と軽く息をつく。
メイドたちは微笑み、わたしを浴室の隅にある椅子へと誘導する。そこには小さな鏡とブラシ、ドライヤー的な魔晶石道具が揃っているらしい。髪を整え、乾かして、さっぱりしたらようやく部屋に戻れる。
「お嬢様、本日は本当にお疲れになられたことでしょう。無理なさらず、ここからはゆっくりとケアいたしますね。」
セシルが柔和な声で囁く。わたしは椅子に腰掛け、バスローブをきゅっと締め直す。これで肌を直接見られることはないはずだ。
マリエがブラシで髪をとかし、セシルが温風を送るような魔晶石を手に、髪を乾かしてくれる。髪はきめ細やかでさらさら。前世でこんな手入れをしたことがあっただろうか? 美容院に行くたび、ちょっといいトリートメントをしてもらってはいたが、こんな丁寧なケアを毎日受けられるなんて、なんて贅沢なんだろう。
「お嬢様、お髪も整いました。ではお部屋に戻り、室内着にお着替えなさいますか?」
セシルが確認する。心地よい暖かさと、先ほどまでの恥ずかしさの相殺で、今は少しぼんやりしているが、ここまで来たらもう一息だ。
「ええ、お願いする……わ」
わたしは頷く。メイドたちは支えながら、廊下を通って再び部屋へ戻る。途中、他の使用人がすれ違うが、皆一様に頭を下げ、邪魔にならないように避けてくれる。自分が領主の娘(正確には、両親が亡くなって相続しているはずだから、領主そのものか。)であることを、こういう場面で実感する。
部屋に戻ると、事前に用意された室内着がベッドの上に整然と並べられている。淡いクリーム色のワンピースタイプのルームウェアと、柔らかな下着がセットになっている。
「お嬢様、こちらなら締め付けも少なく、過ごしやすいかと存じます。」
マリエが説明する。気を利かせてくれたのだろう。豪華なドレスはまだ早すぎるし、体力も心の余裕もない。
バスローブを脱ぐとなると、また一瞬恥ずかしさが戻ってくる。だがさっきまでよりは随分マシだ。もう全裸を見せてしまった後だし、メイドたちがすぐに着付けてくれる。下着は、特別な紐とリボンで調整可能なタイプのようだ。胸の小さな膨らみと、お尻のラインもさりげなくカバーされている。
「あぁ……」と小さな息を吐く。さっきの風呂場での経験があるせいか、今は多少お尻の丸みや胸の存在を感じても、そこまでパニックにはならない。ただ、恥ずかしい。自分が異性の体であること、メイドたちも、前世の自分からみれば異性だ。自分の異性の体を異性に見られるというのは、形容しがたい恥ずかしさを感じる。
メイドたちは手際よく下着を身につけさせ、ワンピースを頭からすっぽり被せてくれる。柔らかな生地が肌に心地いい。
「お嬢様、本日のところはこれでお支度は完了でございます。後はどうなさいますか? 休まれますか?それともハーブティーなどをお持ちしましょうか?」
セシルが尋ねる。
考えてみれば、朝食以来何も口にしていないし、風呂でいい匂いをかいだら少しお腹も落ち着き、喉も渇いてきた気がする。
「ハーブティーをお願いできる?」
自然と口をつく言葉が、もう前世の男の頃と違ってきている気がする。この依頼形がここでは当然だし、こういう優雅な環境では何をするにも使用人に頼むのが当たり前なのだろう。
「かしこまりました、お嬢様」
マリエがすぐに退出し、セシルは部屋に残ってわたしを見守る。
部屋の窓際まで歩いていき、外を眺めてみる。まだ午前中だろうか、柔らかな陽光が領地を照らし、遠くの庭園が青々と輝いている。花が咲き乱れ、噴水がきらめく風景を想像すると、なんだか散歩したくなるが、今日は既に大イベント(入浴)を済ませてしまった。無理はよくないだろう。
しばらくするとマリエが戻ってきて、ティーカップを差し出す。湯気と共に花やハーブの甘い香りが立ち上り、わたしはカップを両手で包むように持って一口飲む。ほっとする、この味が好きになってきた。前世では急いでコーヒーを流し込んでいたが、ここでは時間の流れが全く違う。
「お嬢様、お背中を少しマッサージいたしましょうか?疲労が溜まっていると血行が滞ることもございますし、軽くほぐすとよりお休みになりやすいかと思います。」
セシルが申し出てくる。もう、ここまでされると逆に恐縮だが、今は逆らわず享受すべきだろう。
「そうね、お願い」
カップをテーブルに置き、椅子に座り直す。セシルが後ろに回り、指先で軽く肩から背中へマッサージしてくれる。驚くほど熟練した手つきだ。筋肉の固さがほぐれていく感じがする。
「あ……気持ちいい」
思わず素直な声が出る。メイドたちは微笑むだけで特に何も言わない。いつもこうやって領主家の人々を支えてきたのだろう。自分も、その恩恵を受けているんだな、としみじみ思う。
マッサージが終わる頃には、さっきまでの緊張感が嘘のように解けている。入浴の恥ずかしさや身体的違和感はまだ残るが、一歩踏み出す勇気が出た。これから先は、少しずつこの体と暮らしに慣れ、メイドたちとの信頼関係を深めていけばいいのだ。
「お嬢様、もう少しハーブティーをいかがでしょう?それとも、何か甘い果物でもご用意いたしましょうか?」
マリエが聞く。甘い果物――たしか、この領地は温室で一年中果物を育てられると聞いた。甘くてみずみずしい果物か……そんなものを、頑張った自分へのご褒美にするのも悪くない。
「それなら、甘めの果物をお願いしてもいい?」
わたしが尋ねると、マリエは満面の笑みで「かしこまりました」と言い、今度は果物を用意しに部屋を出る。セシルはわたしの隣で静かに控えているが、何も言わなくても、その存在が心強い。
数分後、マリエが小さな銀盆にのせて戻ってきたのは、赤く透き通る小さな果物だ。サクランボにも似ているが、もう少し大きく、皮が柔らかそうだ。
「こちらは『ラズィーナ』と呼ばれる果実でございます。甘さの中にほのかな酸味があり、とても食べやすいです。」
(「ラズベリー」っぽい名前だな。)
わたしは一粒を指先で摘み、口に運ぶ。柔らかい果肉が舌の上でほどけ、甘みと酸味がじんわりと口内に広がる。んん……美味しい。前世で高級フルーツ店で売っていそうな味だ。前世では、こんな物は贈り物で貰わないと食べられなかった。
「美味しい……」
素直な感想に、マリエとセシルは微笑むだけだ。言葉はいらない。こうしてわたしは、ほんのささやかな贅沢を味わっている。
甘い果実の味とハーブティーの香りが渾然一体となって、幸せな余韻を生み出す。わたしは窓の外の景色に視線を投げかけながら、これからの生活を想像する。朝はゆっくり起きて、メイドが世話をしてくれる。体調が戻れば、庭を散歩し、温室で果物を味わい、必要になれば領主達、貴族達の集まりにでる――そんな穏やかで甘い日々が、ここにはある。
もちろん、まだ性別や年齢の違和はついて回るだろう。胸やお尻を見るたびに違和感と恥ずかしさを感じるのは、まだ慣れる気配がない。でも、少しずつ慣れるだろうし、今はこうしてわずかな進歩を喜べばいい。トイレに続いて、お風呂もクリアした。次は何をクリアするのだろうか。ドレスを着る?領内の視察?使用人との交流?いろいろ考えることはあるけれど、焦らずとも時間はある。
「あの……二人とも、本当にありがとう。今日は大変だったけど、助けられたわ。」
ハーブティーを飲み干し、素直に感謝を述べる。マリエとセシルは揃って柔らかな笑みを浮かべ、「お嬢様が少しでも楽になられたなら、わたくしたちも嬉しいです」と答える。その言葉は、わたしにとって何よりの救いだ。
「あ、そうだ、明日はまた少しずつ動いてみたいな。体力が戻れば、庭園を眺めたり、果物を採る様子を見たりしてもいいかしら?」
ふと口に出す。せっかく恵まれた環境なのだから、閉じこもってばかりいるのはもったいない。メイドたちは「かしこまりました。侍女長様にもお伝えして、許可をいただきましょう」と肯定的だ。
こうしてわたしは、自分の新しい生活にゆっくりとシフトしている。14歳の少女、エリシア・エイヴンフォードとしての生活は、甘くて温かくて、恥ずかしくて、そしてどこか新鮮な楽しみに満ちている。
トイレとお風呂で味わった極度の羞恥は、初期の試練として心に刻まれた。でも、それを乗り越えれば、わたしはこの世界で堂々と生きていけると思えるようになってきた。
部屋の中、静かに時が流れる。鳥のさえずり、庭園を通る風の気配、甘い果実の名残、そしてメイドたちの穏やかな存在感――すべてがわたしを包み込み、背中を押してくれる。
わたしは椅子から立ち上がり、軽く伸びをする。胸もお尻も、わたしの一部だ。この体と仲良くやっていくしかないんだと、改めて自分に言い聞かせて、そっと微笑む。
「エリシア、前向きに行こうか」
小声でつぶやいて、窓際に近づく。外には青々とした緑が揺れ、澄んだ空気が満ちているだろう。
頬を撫でる柔らかな日差しの中で、わたしは新しい日々が始まるのを感じていた。