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特権階級でも安泰じゃない!男も女も苦労づくしに笑うしかない夜

 翌朝――あの衝撃的な「通過儀礼」から、いくつか日が経過した。思い出すだけで羞恥と嫌悪がぶり返しそうだけど、正直、あれからだいぶ体調は復活してきた。下腹部の妙な重苦しさや痛みはほとんど消え、血ももう出ていない。生理用品の扱いは最初こそパニックだったけれど、何度か自分なりに試して慣れはじめている。

 もちろん、心の奥には「産む性として扱われる」とか「家の道具っぽい」っていうモヤモヤは消えちゃいないけど、肉体的な不調が和らいだだけ、気分も多少はマシになった。痛みや出血がないだけで、こんなに気持ちが軽くなるなんて、ほんと女性の身体って複雑だ。男の体が懐かしい。


 メイドたちは相変わらず優しくて、朝からハーブティー用意しようか?とか聞いてくる。まだ完全に心が晴れたわけじゃないが、とりあえず微笑んで「大丈夫、ありがとう」と答えておいた。笑顔で返しておけば、妙なトラブルは避けられる。わたしはそう学んだ。

 それに、今日のわたしにはちょっとしたイベントが待っている。


 そう、今日は隣の領地で開かれるパーティーに参加するつもりだ。前にメイドたちが教えてくれた、立食形式のちょっと気軽な集まりだという。体調不良でグダグダしていたあいだ、部屋で悶々と過ごすしかなかったから、この機会に外へ出て、違う世界を見てみるのも悪くない。

 実際、先日の件で大騒ぎして以来、少し引きこもっていたし、そろそろ外の空気が恋しい。こんな気持ちになるなんて、前世じゃ考えられなかったけど、今は異世界で美味しい食べ物と新しい風景がそこにある。顔を合わせたくない奴がいるわけじゃないし、ちょっと冒険してみよう。


 わたしは軽くストレッチをして、体が本当に元気か確認する。よし、特に痛みなし。

 「お嬢様、今日はいかがなさいますか?」

 マリエが尋ねるので、「ええ、例の隣領地のパーティーへ行きますわ。」と告げる。

 すると彼女たちはパッと顔を輝かせ、「かしこまりました」と準備に取りかかる。ドレスはわたしの希望通り、動きやすくて派手すぎないものを選んでくれた。コルセットもゆるめで締めてくれる。こんな心遣いがあるから、彼女たちに文句は言いにくい。内心の不満は社会に対してであって、彼女たち個人じゃないんだよな。そこを混同しちゃいけない。


 準備完了、食事は軽めを摂って馬車に乗る(この世界にも馬がいる!)。少し揺れる馬車の中、車窓から流れる緑の風景を眺めながら、わたしは「大丈夫、今日はちゃんと笑顔で社交できるはず」と自分を励ます。

 痛みなし、心はまだ100%クリアじゃないけど、動けるだけマシだ。泣き叫んだあの日に比べれば、だいぶ進歩したじゃないか、わたし!


 隣領地の館は大きな庭を備え、今日はそこで開かれる立食パーティーらしい。商人や一般の富裕層も参加する開放的な催しと聞いて、少し興味がある。貴族だけじゃない人たちが集まるなら、前世的なビュッフェパーティーのノリに近いかも?多様な人々の話を聞ければ、社会を知るきっかけにもなる。

 (跡継ぎがどうとか、そういう話題ばっかりじゃなくて、もっと普通の雑談ができるかもしれない。)


 目的地に近づくにつれ、騎士らしき人(かっこいい。こういうのに生まれ変わりたかったんだよ。わたしは。)が門を開き、馬車が館へと進む。中からは賑やかな笑い声と、遠くで奏でられる軽やかな楽器の音が聞こえてくる。久々に華やかな場所へ出るのは少し緊張するが、こうなったら楽しんでやるしかない。


 階段を上がり、案内人に続いて広間へと足を踏み入れる。おお、思った通り人が多い!令嬢や貴族はもちろん、ちょっと異国風の帽子を被った商人風の人物や、シンプルなドレスながら上品な仕草の女性もちらほら。

 (へぇ、なんか前回のお茶会とはぜんぜん雰囲気が違うわね。これなら私が浮いても、そこまで目立たないかも。)


 立食形式のおかげで特定の席に縛られないし、好きなタイミングで食べたり、話したりできる。形式ばった挨拶より、声をかけたいときにかければいい程度なら、前世的なフットワークで行けるかもしれない。前世で、この種のパーティーは慣れている。腕前(?)を、この世界でも見せてやろうではないか。

 「ふむ、まずは何を食べようかな。」

 わたしは会場の隅に設けられた長テーブルへ向かう。そこには果物たっぷりのタルトや、小さなサンドウィッチ、ぷるぷるしたゼリー風のお菓子まで、色とりどり並んでいる。

 (おお、これはテンション上がる!)


 わたしはさっそくタルトをひとつ手に取り、一口かじる。甘酸っぱさが口いっぱいに広がり、思わず「うまっ!」と心中で叫ぶ。もちろん外では「まあ、美味しいですわ」程度に抑えるけど。

 ああ、なんか久しぶりに幸せな味。最近はあれだ何だと苦痛が多かったから、今くらいは味覚の幸福に身を委ねたい。


 次は果実のピューレが乗った小さな菓子をパクリ。甘みと香りが鼻に抜けるたび、さっきまでの不快な思い出がちょっと遠のいていく気がする。

 気づけば、軽く一皿分くらいは食べてるかも。でも立食だし、大丈夫よね?周りを見ると、令嬢たちも普通に摘んでいる。コルセットきつめの子はあまり食べられなさそうだけど、わたしは今日は緩めだから、割とイケる。


 (美味しい…こんなに美味しいものが揃ってるなら、多少の不安も紛れるってもんよ!)


 お菓子に夢中になっていると、人混みのなかにわたしと同年代くらいの子が楽しそうに笑っている姿が見える。こっちは特に話しかける相手を探してないし、今は食べるモードだから放置でいいか。

 そうだ、せっかくのパーティー、他にも食べるべきものがあるはず。甘いものばかりじゃなく、軽いフィンガーフードや肉のパテもある。

 (うわ、どれも美味しそう……やばい、このままじゃ食べ過ぎて苦しくなる。)


 気づけば胃がちょっと重くなってきた。うん、さすがに食べすぎだ。でも美味しいから仕方ないでしょ!こんなに美味いもんがタダ(?)で食べ放題なんて、前世のビュッフェでもなかなか無かったレベルだわ。

 でも、苦しいものは苦しい。息苦しくなる前に、ちょっと外に出てクールダウンしよう。さっきメイドから「ここの庭園には珍しい植物がある」と聞いていた。なら、外へ出て散歩がてらレアな花でも見にいくか。立食パーティーは自由度が高いから、途中で抜け出しても問題なさそう。


 わたしは飲み物を手に、会場の外へ出るため、出入口へ向かう。

 外の風がほんのり肌をなでる。さっきまであの室内で、甘い匂いや華やかな笑い声に包まれていたせいか、このしんとした庭園はまるで別世界だ。柔らかな灯りが花壇を優しく照らし、変わった形の葉っぱや、いかにも異国っぽい花が微妙に影を揺らしている。正直、お腹はちょっと苦しいけど(食べ過ぎたのがバレバレ…)、こうして外に出て深呼吸するだけでだいぶ楽になる。この自由度こそが、立食パーティー様々ってわけ。固定席ナシ、動き放題って最高かもしれない。


 とはいえ、前世だったらこんな美しい庭に目を奪われること、そう滅多に無かった気がする。男としてスーツで懇親会に出たなら、せいぜいビール片手に「あー疲れた」と談笑する程度。庭園なんて「座れる場所どこ?」ってレベルの存在だったのに、今はドレスで足元に注意しながらゆっくり歩き、わざわざ香りを楽しみ、花を愛でているなんて。いやはや、これも女の子ボディの影響なのか、貴族令嬢なせいなのか、五感が繊細になっているみたいで、自然の美しさが前よりずっと染みる気がする。まぁ悪くない、少なくとも今この瞬間は癒されてるし。


 鼻を近づけると、甘い花の香りがほんのり漂う。前世で、こんな花の匂いに「あー素敵!」なんて感動したことあったっけ?せいぜいビールのホップの香りとか、焼き鳥のタレ匂いで「うめぇ…」って反応してたはず。今じゃこんな繊細な甘さに心が揺れるんだから、ほんと人生わからない。「女として美しいと思える」ものが増えた分、前の自分から遠ざかってる気もして微妙な気分。でも、まだビールは好きだし!この世界にも美味しいビールあるかな?成年解禁されたら絶対に樽で買ってやる、なんて野望を密かに燃やす。


 そんなふうに自分の気持ちをグダグダ整理しようと、小道をゆっくり歩いてみる。すると、前方で人影が揺れた。暗がりに浮かぶシルエットは、わたしよりちょっと年上っぽい女性。ドレスは地味過ぎず派手過ぎず、洗練されたデザインって感じ。何より、彼女自身が醸し出す雰囲気がクールで知的オーラ全開。柵に寄りかかるように佇んでいて、その立ち姿から無駄な動きは一切ナシ。待ち合わせ中か、それとも単に夜の庭を楽しんでいるのか……?


 わたしが足音を立てたのに気づくと、彼女は振り返る。16〜17歳くらい?わたしより2、3歳上くらいで、夜の静寂を纏ったクールビューティーな感じ。目が合うと、軽く顎を引いて会釈。うわ、なんか素敵!貴族令嬢って、こういうクール系もいるのか。


 「こんばんは。こんな庭園でお一人ですか?」

 彼女の声はスッと夜風に溶ける。キツくない、柔らかすぎもしない、ちょうどいい距離感のトーン。高圧的じゃないし、媚びてもいない。バランス感覚ハンパない。


 「ええ、ちょっと食べ過ぎちゃって、外の空気を吸いにきました。」

 苦笑いしながら本音を漏らす。ドレスで食べ過ぎとか全然上品じゃないけど、まぁ立食パーティーだし大丈夫っしょ?


 「わかります。この会場、食事がかなり美味しいですもの。」

 彼女は自然に話を合わせてくれる。その笑みは控えめだけど、瞳には知的な輝きがあって好印象。


 「ごめんなさい、わたくしエリシア・エイヴンフォードです。この近隣領の娘で……」

 一応名乗ってみたら、彼女は頷く。


 「エイヴンフォード様……存じております。わたくしはクレア・レクサリスと申します。少し年上ですが、よろしくお願いいたしますわ。」

 レクサリス……聞いたことあるような、ないような?まあ、いい。名前よりこの雰囲気だ。クールビューティー先輩令嬢、キター!今までのフワフワ令嬢とは違う何かがある予感。


 庭園の柔らかな灯りが、クレア・レクサリスの微笑みを縁取る。その笑みは無理な愛想じゃなく、自然体に見える。


 「ここ、初めてで……立食パーティーって、貴族同士だけじゃないから、いろんな人がいて面白いわね。」

 率直な感想を漏らすと、彼女は「そうですわね」と頷く。


 「こういった場は文化や人々が交差する小さな出会いの場ですわ。……エイヴンフォード様、どんなことにご興味がおありなの?初対面で失礼かしら?」

 首をかしげる仕草がほんのり可愛い。クールな見た目にこのギャップ、ズルい。


 「いえ、構いません。興味ですか……わたしは歴史や文化が好きなんです。あと、将来領主として何ができるか考えて、社会制度や法制度についても知りたいなって……最近思うようになって。」

 正直マニアックかもしれない。でも、彼女になら通じるかもって思わせるオーラがある。


 「へえ……歴史、文化、制度、ですか。面白いわね。」

 クレアが瞳を細める。意外というより、嬉しい驚きって感じだ。


 「わたくしも本を読むのが好きで、この地域の伝統や隣国との条約、あと裁判制度の歴史に興味があるんです。この世界がどう成り立っているか知れば、いつか自分にも役立てると信じて。」

 彼女も熱量あるじゃん!話せる相手発見!普通はドレスのリボンだの舞踏会の話ばかりなのに、ここで制度とか歴史で意気投合とは。


 (おいおい、運命かこれ。さっきまで体のことと男女格差に苦悩してたわたしが、同世代の年上令嬢とディープな談義って…。やればできるじゃん、わたし!)


 「お嬢様、機会があれば、わたくしの蔵書もお貸しできますわ。様々な領地の昔の法令集や、改革期の記録も所蔵しています。」

 クレアは軽く微笑む。その瞳がわたしをただの“お嬢様”としてでなく、一人の知的パートナー候補みたいに見てくれている気がする。


 嬉しい。マジ嬉しい。この体になってから、大変なことも多いけど、こんな出会いがあるなら捨てたもんじゃないかも。


 「ぜひお願いしたいですわ。わたし、領地を少しでも良くするために、どんな制度が必要か勉強したくて。」

 目がキラッと輝いてしまうのを自覚する。こういう学術的な話が通じる相手は貴重。


 クレアは「喜んで」と静かに頷く。二人して、穏やかな熱気の中で意気投合って最高かもしれない。これは友人ゲットのチャンス!前世男だったころ、同僚とこんな談義できたことあったっけ?いや、もっと表面的な話しかしなかったな。


 夜風が少し強まって、彼女のドレスが揺れる。詩的な風景だ。本当は腰かけてじっくり話したいけど、立食パーティーだし、ここは歩きながら続けるのもいいかも。


 「クレア様、もう少し庭園を散策しませんか?珍しい植物も気になりますし。」

 思い切って誘ってみる。せっかく盛り上がったんだから、このまま切り上げるの勿体ない。


 「ええ、喜んで。わたくしも植物には興味がありますの。」

 彼女は軽く微笑む。やった!これで知的女子二人組の夜間庭園ツアー開始だ。


 並んで歩くと、わたしもドレスで足元を揃えながら、微妙な乙女らしさを意識する自分がいる。前世なら男友達と並んで「ビールあと2杯いけるな」とか言ってた場面なのに、今は文化や制度の話しながら庭園散策。異世界転生ってやっぱりすげぇ転換点だ。流行る(!)わけだ。前世では全然興味なかったが。


 「そういえば、エリシア様は歴史でも、どの時代に特に興味があります?わたくしは女王の時代の法改革がやはり印象的で……」

 クレアが再び話題を振る。全然退屈じゃないから嬉しい。


 「わたしもあの女王時代は興味深いです。自作農創設制度は画期的ですよね……」

 自分でも引くくらいマニアックな話題なのに、彼女はちゃんと楽しそうに聞いてくれる。


 彼女とわたしの足元で、魔晶石が淡い光を放つ。二人の影が揺れる。その影に目をやりながら、わたしは心の中で小さくガッツポーズする。

 (体や社会不満に悩んでも、こうして志を分かってくれる仲間を得られたんだから、少しずつ前進してるってことよね!)


 肩の力が抜けて微笑みが漏れる。さっきまで感じていた前世とのギャップも、今は少し肯定的に捉えられそう。この社会制度に苦しんでいたわたしが、せめてこういう仲間と手を携えて社会を良くするヒントを探せるんなら、この人生も体も捨てたもんじゃない。


 わたしたち二人――クールビューティー年上令嬢クレアと、女の子初心者の元中年男わたしが、夜の庭園を並んで歩いている。先ほどまで歴史と法制度の話題で盛り上がり、すっかり意気投合ムード。こんな出会いがあるとは思ってなかったけど、やっぱり人生わからないもんだ。


 ふと、わたしはこの機会に、常々感じていた疑問をぶつけてみたくなった。もともと前世は男で、今は女。だからこそ感じる「男女不平等」みたいな思いがある。ここで語らなければ、いつ語る?


 「ところでクレア様、もしよければもう一つ話題を……わたくし、実は男女格差というか、この世界で女性と男性が背負う苦労に差があるように思えて……」


 言葉を選びながら、半ばためらいつつ切り出す。嫌がられるかな、と思ったけれど、クレアは「ふむ」と小さく首を傾げただけ。拒絶はなさそうだ。


 「たとえば、わたしが女性として生きる以上、服装や礼儀作法でいろいろと自由を制約され、あるいは将来は子を産むことを当然視されるわ、こういう苦労は男にはないでしょう?」


 あの日の衝撃を思い出し、少し声が震える。すぐにクレアはゆっくり頷くが、その表情はさほど驚いていない。むしろ、「ああ、その話か」って感じ。


 「確かに、女性には女性の苦労があるわね。まるで物扱いされるような場面も、決して少なくはないわ。けれど、男の側だって気楽じゃありませんよ」


 「えっ……」わたしは目を瞬かせる。クレアは淡々と続ける。


 「大きな領土を持つ貴族であれば、長男は跡継ぎとして過大な期待を背負い、下手をすれば精神的に追い詰められる。次男や三男は時に『邪魔者』扱いで、領地経営に口を出せず、余剰人員みたいな扱いをされることもある。中には相続争いが激化して、事故死に見せかけた暗殺まで起きる世界よ。男だからって、気楽とは限らない。むしろ、使い潰されるように働かされる男は、身分の上下を問わず少なくないの」


 その言葉に、思わず息を飲む。わたしは男女格差の辛さを、女性視点でしか考えてなかったけれど、彼女は真っ向から否定はせずとも「男性側も苦しい」と指摘してくる。確かに、思い返せば、あのパーティーでも男性たちは男性たちでノリノリで酒飲んでるように見えたけど、それが全員「気楽」だとは限らないわけだ。

 前世の自分と重ね合わせて考えてしまう。


 「女性は確かに物扱いされることが多くて、『産めよ増やせよ』みたいな圧力を感じるわ。でも逆に、女性は大事に扱われる面もあるのよ。守られる対象とも言えるわね。もちろん、それが居心地いいとは限らないわ。でも男性は人として扱われるけど、場合によっては使い潰される、という構図もあるのよ。大事な物と、使い潰される人、という関係ね。」


 クレアが静かに続ける言葉は、想定外だった。わたしは一瞬、反論したい気持ちもあったけど、彼女が嘘を言ってるわけではないだろう。確かにこの世界、表面上は男尊女卑的な要素も見えるが、実際にはどっちが得なのか判断しにくい複雑な社会なのかもしれない。男は男で苦労し、女は女で苦労し、じゃあ誰が楽してるの?というか、誰の得になるの?


 「そういえば、貴族と庶民もそうですよね。男女以前に、貴族と庶民の差も相当あるんじゃないかしら?」思わず訊ねると、クレアは小さく微笑む。


 「もちろん、あるわ。庶民には庶民なりの苦労があるし、庶民同士でも貧富差が激しくなっているわね。ここ最近は平和が続いて、経済は豊かになっているでしょう?でも、豊かになればなるほど、分配の不均衡が際立ち、幸せになれてない人が増えてるんじゃないか、ってわたくしは思うの。食べ物は増えているのに、十分に届かない人もいる。」


 幸せが増えると思いきや、豊かさに比例して不満も増える。前世でも聞いたことのあるような話だ。


 「領主たちも、自分たちが努力して豊かさを得たわけじゃなく、ただ放置してても商人や技術者が勝手に発展させてくれるから、『別に制度改革なんて要らないよね』って感じでずーっと現状維持。法整備も何もかも遅れたままじゃないかしら。だから、男女格差も貧富差も放置され、いびつなバランスのまま今に至るのよ」


 クレアはさらっと言うけど、それって結構ヤバい指摘だよね?領主たちが無能とか怠慢とまでは言わないまでも、制度整備せずに成り行き任せ。だから問題が山積みなわけだ。


 「……確かに、わたくしも思うんです。なんか、いろいろ不満があるのに誰も本気で手を打とうとしてない気がして。これはわたしが特別な視点を持ってるからかもしれないけど……」

 前世では少なくとも男女平等が議論され、制度改革も進められたことがあった。ここではそんな雰囲気は微塵もない。おまけに、都合の良い魔法技術はあるし、経済は勝手に豊かになるから、領主はわざわざ改革しなくても困らない。

 そもそも、仮に世界が貧しくなっても、貴族が自分たちで贅沢する分まで無くなることはありえない。となると、わざわざ反感を買うかもしれないことをする必要は無いだろう。

 

 わたしがハッとするのは、これがまさに「社会がどうしてこうなっているか」を示す一例だ。前世は平等を目指しても難しかったが、ここはそもそも話題になってないのかもしれない。


 「クレア様、すごく賢いんですね。こんな分析、普通はなかなか聞けないです。」

 思わず素直に褒めてしまうと、クレアは照れた様子もなく、さらりと微笑んだ。


 「わたくしは勉強が好きなだけよ。でも、知識があってもわたくし一人でどうこうできるほど、この世界は甘くない。政治は領主たちが決めるし、わたくしのような一介の令嬢が口出しできることは限られてるわ」


 「……そう、ですね。」

 わたしも同感だ。わたしは領主家の娘で、一応後継者だけど、今すぐ何かできるわけじゃない。家には摂政役の侍女長もいるし、わたしが急に改革しようと言っても誰が聞くか怪しいものだ。


 「でも、今は勉強が大切よ。あなたが領主家の娘なら、いずれ政治や法、経済の判断を迫られる時が来るかもしれない。そのとき、しっかりした知識があれば、たとえ反対する人がいても説得できる確率が上がるわ」

 クレアが穏やかに続ける言葉には、経験則なのか直感なのか、重みがある。


 「政治の場、会議とか、見学させてもらえばいいわ。そもそも領地のことに興味を持つのは、領主家の娘として自然なこと。誰も文句は言えないでしょう?『自分も将来のために学んでいます』と言えば、周囲だって止められないわ」


 なるほど、それだ。勉強すること、そして政治の現場を覗くこと。確かに、女だからって理由で「学ぶな」なんて露骨には言いにくいだろう。特にわたしは領主家の娘なのだから、将来への準備という建前がある。


 「その手がありましたか。ありがとうございます、クレア様。すごく参考になります!」

 目を輝かせて感謝すると、彼女は軽く笑う。


 「エリシア様がこの世界をよくしたいと思われるなら、まずは現状を知ること。そのためには会議や文献を見て、生の情報をつかむことよ。最初は難しいかもしれないけれど、できる範囲で挑戦してみてはどうかしら。」


 やばい、めっちゃ頼れる先輩感。転生した直後は、いろいろと困りまくり、先日の件だと衝撃のあまり「女としての人生最悪!」って嘆いてたけど、こうして同じ女性同士で将来のビジョンを語り合えるのは新鮮な感覚だ。男だったら、別のアプローチもあったかもしれないが、女性だからこそ得られる共感もあるのかもしれない。あるいは、元男で現女って立場のおかげかもしれない。


 (そういや、前世で男女平等の話題をする人がいても、一部の人間を除けば、男女とも、みんな苦笑するかお茶を濁す程度だったな。ここではクレアみたいな理解者がいる。転生がなければ、なかった出会いだ。)


 わたしは微かに微笑んで、「試してみます」と答える。

 「実は、最近図書室で社会制度の本を読み始めてて、ハーブティー片手にこっそり勉強してるんです。」

 軽く内情を漏らせば、クレアは「それは良い習慣ですわ」と楽しそうに頷く。


 「あと、この世界の豊かさにも疑問があるんです。豊かになるほど、不満や不安が増えている気がして。」

 わたしは半ば独り言のように言うと、クレアは「そうですね、それも問題」と頷き、わたしたちはそのまま何分か、豊かさと幸福の関係について語り合う。何これ知的女子トーク楽しすぎる。前世でこんな上品な雑談したことあったっけ?男友達と「収入は増えたけど税金高!!」と愚痴る程度だった気がする。


 この社会じゃ、貴族と庶民の差もある。庶民同士にも貧富格差がある。いったいどうしたら改善するか?答えはすぐには見つからないけれど、こうやって問題を意識する仲間がいるだけで、もう救われる気がする。


 少し歩くと、花壇の先でまた別の珍しい植物が現れた。わたしとクレアは「あれは……」と顔を見合わせる。どうやら二人とも珍しい花に興味が出てきたようで、「今度文献で調べてみましょうか」なんて話になる。


 こんなふうに、政治や制度といった硬い話と、夜の庭園、珍しい植物というロマンが絶妙に混在する時間が心地よい。少女になるという奇妙なハンデを負って悩んでいたわたしが、意外なところで心のオアシスを発見した感じだ。もしかしたら、この夜はわたしのターニングポイントになるかもしれない。


 「エリシア様、夜も更けてまいりましたね。パーティーは続いていますが、そろそろ館内に戻りますか?」

 クレアが提案する。確かに、あまり長く外にいても寒くなるし、人が少ない分、変なトラブルを起こしたくない。


 「そうですね、館内に戻りましょう。そして今度お会いするときは、お互い読んだ本や見た会議のことを情報交換しましょうか。」

 わたしが微笑んで言うと、彼女は静かに笑みを返す。


 「ええ、それは楽しみですわ、エリシア様。」

 今はまだわたしたちにできることは小さいけれど、こうやってネットワークを広げ、知識を蓄えれば、いつか大きな変化につなげられるかもしれない。


 夜風が再び頬をなでる。わたしはドレスの裾に指をかけ、軽く持ち上げて歩く動作にも慣れ始めた。この世界に生まれ変わってしまった以上、この身体と社会ルールで戦うしかない。せめて、その道中でこんな素敵な仲間と出会えたことを誇りに思おう。


 館内へ戻る道、淡い灯りの中で、わたしたちの影が並ぶ。表面上はただの女子トークに見えるかもしれないが、中身は結構ガチな社会議論。両性の苦労と、格差や豊かさの問題、大きな課題が山積みだ。けれど、そこに挑もうという種は、こうして夜の庭園で芽吹いている。


 わたしは心中で小さく拳を握る。大丈夫、わたしは一人じゃない。大変なことを乗り越え、ショックを受け止め、こうして世界を良くしたいという意思を共有できる人がいた。

 この出会いを糧に、明日からも勉強を続けよう。政治の会議、法整備の歴史、貧富格差の統計、なんでも読み漁ってやる。いずれ、わたしが本当に領地を動かせるようになったら、誰も文句言わせないくらいの知識を身につけてやるんだから。


 「ありがとうございました、クレア様。今宵のお話、とても刺激的でしたわ。」

 館の入り口付近、わたしが礼を述べると、彼女は「こちらこそ」と静かに微笑み、エスコート役のようにドアを示す。


 こうしてパーティーの夜はまだ続くが、わたしはすでに大きな収穫を得た気分だ。

 転生者として、悩みは尽きない。でも、こんな知的な交流ができるなら、わたしはきっとこの世界でやっていける。だって、もう一歩踏み出したじゃないか。


 前世の価値観と現世の境遇を照らし合わせながら、わたしは笑みを浮かべる。わたしの道は閉ざされていない。むしろ、新たな方法で社会を変えるチャンスがあると信じよう。そう思いながら、ドレスの裾を揺らし、再びパーティーの華やかな空間へと足を踏み入れる。


 今度はもう、自信を持っている。


 それにしても……、わたし……どうしたいんだったっけ!?

 本当は、社会なんてどうでもいいから、のんびりしたかっただけなのに!


なんとか、少し元気を取り戻し、頼れる先輩とも出会えたエリシア。

楽をするためなら苦労は厭わないつもりで、エリシアは、更に頑張ります。

次回、第12話(最終話)「男の子に褒められ、学者に諭されて、今日もスローライフのはずが働きます!」

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