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イージーモードだと思った異世界生活、まさかこんなデバフがあるなんて!

 朝――柔らかな光がカーテン越しに差し込む頃、わたしはふかふかの寝台でまどろむように目を開けた。昨夜は、異世界での生活に慣れ始めながらも、数々の礼儀作法や社交、そして自身が「女の子」として扱われる現実に葛藤しつつ、疲れ果てて眠りについたはずだ。


 少し体を動かそうとして、下腹部に妙な重さを感じる。なんだろう、この感覚……。まるでお腹が張ったような、鈍く重い違和感。お腹を軽くなでてみるが、特別な痛みはない、ただ妙な重苦しさがある。

 (昨日は、調子に乗って食べ過ぎたか。いや、いつも食べ過ぎか。)


 さらに、寝台から起き上がるために身を捩ると、シーツがいつもと違う感触を返してきた。しっとり……?いや、べっとりというか、ざらっとした何かが触れる。最初は寝汗かと思ったが、こんなにべたつく感じではない。慌てて布団をめくると、そこには赤い染みが広がっていた。


 「えっ……な、なにこれ?」

 思わず声が上ずる。赤い染みがシーツに滲んでいる。まさかおねしょ?この年(30代の中身と14歳の外見の両方の意味)で?しかし赤い、おねしょが赤いはずはない!血……?これは血だ。どうしてシーツに血がついているの?怪我した?刺された?しかしそういう痛みはない。混乱で頭が真っ白になる。


 慌てて寝間着の下半身、下着を確認しようとして、顔が熱くなる。下着が赤黒く染まっている。血が、下から出ているってこと?そんなことある?あまりの恐怖に胸が詰まり、叫び出しそうになる。


 「ひっ……だ、誰かっ……助けて!」

 半泣きで声を張り上げる。すぐに廊下で控えていたメイドたちがドアを叩く音が聞こえ、「お嬢様、どうなさいましたか?」と不安げな声が聞こえる。


 「な、なにか血が……下着が……あぁっ!」

 泣き叫びながらうわ言のように繰り返す。ドアが開き、メイドのマリエとセシルが飛び込んでくる。


 「お嬢様、どうか落ち着いて!」

 セシルが寝台脇まで駆け寄り、わたしの顔をのぞく。わたしは涙をこぼしながら「血が……わたし、怪我したの?痛くはないけど……どうしよう、わけがわからない!」と喚く。


 マリエがシーツを見て、すぐに察したようだ。「お嬢様、ご安心ください、これは怪我ではございません。」

 怪我じゃない?どういうこと?シーツと下着にベッタリ付いた赤は血だろう?じゃあ何が起こっているの?


 「ひっく……じゃあ何?なぜ血が出てるの……?」

 嗚咽を混じえながら問いかけると、マリエは柔らかい笑みを浮かべる。「お嬢様、おめでとうございます。いよいよ、初潮がいらしたのですね。」


 「初潮……?」

 聞き覚えのある言葉だが、まさか自分に関係があるなんて思っていなかった。初潮とは、女性が生殖可能な年齢に達して初めて経験する生理のこと。前世でも知識としては知っていたが、まさか自分が体験することになるなんて!


 「そうですわ。これは月に一度、女性にある出血。皆が通る道です。お嬢様がお怪我をされたわけではありません。ご心配なく。」

 セシルが優しく説明する。その言葉を聞いた途端、パニックでぎゅうぎゅう詰めだった頭の中で、ある種の納得が広がる。女の子の体なのだから、いつかは来るとわかっていたのかもしれないが、心のどこかで「自分には関係ない」と思いたかった。というより、思いも寄らなかったというのが正しい。


 しかし実際に血が出て、こうしてメイドたちが「おめでとう」と言うなんて、想像もしなかった衝撃だ。さっきまで死ぬほど焦っていたが、「病気じゃない」と分かったのは安堵と同時に、別種のショックをもたらす。


 「お、おめでとう……ですって?」

 涙目のまま唖然とする。どうしておめでとうなの?こんなに気持ち悪いし、見られたくもない状態だ。生理が来たら女の子が一人前扱いされると知識では知っていたが、こんな生々しい現実を目の当たりにして祝われると、違和感しかない。


 「はい、お嬢様。これは大人の女性への第一歩。将来、跡継ぎを産むことも可能になるということです。家にとってもめでたいこと。」

 マリエは当たり前のように答える。わたしは引きつった笑みを浮かべそうになるが、涙と恥ずかしさが先にくる。子を産むって……冗談じゃない!前世男だったわたしにとって、産む性として扱われるなんて想像を絶する。気持ち悪いし、恥ずかしいし、耐え難いことだ。


 「い、いや……そんな……いきなり言われても……」

 戸惑いながら声を震わせる。メイドたちは当然だと言わんばかりに微笑むだけ。彼女たちも同じ経験をしているはずで、初潮が来るのは自然なことだから、驚く理由がないのだろう。


 「お嬢様、まずはお体を清めましょう。血が付いたままでは不快でしょう。」

 セシルがシーツをそっとめくり、わたしは慌てて「ま、待って!見ないで!」と叫ぶ。こんな姿を見られるなんて恥ずかしすぎる。


 「お嬢様、大丈夫です。新しい下着と生理用の布を用意いたします。ご自身で、お着替えになってください。」


 「う…うぅ……」

 涙が止まらないまま、私は、メイド達が気を利かせて背を向けてくれている間に、下着を交換する。汚れた物を片付けて貰うのもとても恥ずかしい。


 下着を替えても、なかなか落ち着かない。

 「うっ……ぐすっ……」

 しゃくりあげると、セシルは「お嬢様、落ち着いて。今日は初めてですから。時期に慣れます。」と慰める。


 メイド達が言う。「お嬢様なら、すぐに慣れられますよ。」

慣れたくないが、他人に頼るよりはマシだ。自分で扱えば、少なくともこんな恥ずかしさは軽減できるだろう。


 シーツを取り替え、清潔な寝間着に着替えさせられる。初潮を迎えたことがわかっても、少し下腹部に重さや違和感がある。痛みがある以上に、どうにも不愉快だ。

 「お痛みなら、薬草を煎じたハーブティーをお持ちしますね。」

 マリエが気遣ってくる。この痛みが続くのかと思うと憂鬱だ。生理って痛みも伴うことが多いと前世で聞いたことがあるが、実際に来るとは。


 「それにしても、皆『おめでとう』なんて……こんなの少しも嬉しくないですわ。」

 半泣きで言うと、メイドたちは困ったように笑う。「お嬢様、初潮は本当に喜ばしいことなのです。これでお嬢様は確実に女性としての成熟を始められました。家の者も、侍女長様も、ご報告すれば喜ぶでしょう。」


 報告とか、お祝いとか、全てが嫌悪感を呼ぶ。下半身から血が出てるのに、どうして祝う必要がある?生殖能力が得られたからって、望んだわけじゃない!

 「子供が産める体になった」と平然と言われても、「産める」って何よ!?冗談じゃない!子なんて産みたくない。わたしは男だったんだぞ、前世。女として産むなんて発想、耐えがたい。


 「わ、わたし、そんな……産むとか……考えてない…」

 震える声で言い返すと、メイドたちは「お嬢様、今すぐ考える必要はありませんわ。まだお若いのですから。ただ、いつか必要になった時、問題なく子を成せるということです。」と当たり前のように返す。


 いつか必要?彼女たちにとって、子を成すことは貴族令嬢の当然の役割なのだろう。わたしは嫌悪で身震いする。産む性として扱われる、その事実がいま重くのしかかる。生理一つでここまで追い詰められるとは思わなかった。前世でこんなことなかったのに…。


 「も、もう…この話やめて……」

 限界だ。侍女長や他の使用人たちにまで「おめでとう」と言われたらどうする?想像するだけで顔が火照る。血が出て汚れた下着をメイドに手伝われ、家中が大人の女性になったと祝うなんて、羞恥と屈辱以外の何ものでもない。

 そもそも、なんで侍女長にまで伝えるんだろう。体のことはプライベートなことのはずだ。ここまでセンシティブ(機微)なことを、知らせると言うことに問題を感じないのだろうか。前世でも最近は、本人のプライバシーに配慮して、お赤飯だって炊くのは珍しいのに。


 メイドたちはわたしの拒絶に気づき、「承知しました、お嬢様。今はゆっくり休まれてください」と静かに頷く。彼女たちは悪気がないのだろうが、その無邪気な祝福が余計に苦痛だ。


 「お腹が重い感じがするの…少し痛くて…」

 わたしは不安げに告げると、セシルが「最初は不快感が強いかもしれませんが、暖かい飲み物や湯浴みで和らぐことがありますわ」と優しく言う。そうか、痛みや不快感が続くなんて最悪だ。でも止めようがない。


 「皆が通る道、皆が経験する当たり前」…その言葉が頭をよぎる。つまり、異世界だろうが何だろうが、女性として生きていれば避けられない現象なのだ。

 逃げ場がない現実に、わたしは唇を噛みしめる。


 もう泣きすぎて声が出ない。今は病気じゃないとわかっただけ良いかもしれないが、その代わり「女である」という事実をこれ以上なく突きつけられた。初潮は生々しい証拠で、わたしが前世で男だったなんて関係なく、今は女の身体なのだと示している。


 マリエは気遣いながら話す。「お嬢様。最初はわからないことも多いでしょうが、徐々に慣れて自分で対処できるようになられます。私たちは必要な時だけお手伝いします。」


 慣れる、か。嫌な言葉だが、依存するよりはマシ。人前でこんな恥をかくくらいなら、自力で何とかしてみせる。プライベートな体のことを周りに報告されるのも耐えがたいが、ここは耐えるしかない。


 「…とにかく、もうわかったわ……早く自由に動けるようになる。」

 半ば自分に言い聞かせるように呟く。メイドたちは頷き、「よろしければハーブティーをお持ちします。体を温めておくとよいかもしれません。」と申し出る。


 わたしは小さく首肯する。喉も乾いたし、少し温かい飲み物で落ち着きたい。今は心が震えるばかりだが、何か温かさがあれば僅かでも安らぐかもしれない。


 メイドが出て行き、部屋は少し静かになる。下着には生理用の布が挟まっていて、違和感がすごい。だが、我慢するしかないのだろう。


 視界がぼんやりする。まだ涙が滲んでいるようだ。もう「おめでとう」なんて聞きたくない。嬉しくないモテ期が来たときのように、嫌なことを強制的に祝われる感覚だ。よくわからないが、とにかく気分が悪い。


 (将来、産むことになるって…絶対に嫌よ!冗談じゃない。こんな体にされた上に子を産まされるなんて屈辱的。)


 心中で憤るが、声には出せない。出したところで誰も理解しないだろう。彼らにとっては当然の喜ばしい出来事なのだから。


 ドアが再び軽くノックされ、メイドが戻り、甘いハーブティーをカップに注いで差し出す。わたしは無言で受け取り、一口含む。ほんのり甘酸っぱくて優しい味が広がるが、心の苦さは薄れない。ただ、体が少し暖かくなった気がする。


 「お嬢様、今日は何も無理なさらず、部屋でお休みください。侍女長様には後ほどお伝えしますが、もしお会いするのがお辛ければ、わたしたちが丁重にお断りします。」

 メイドが気遣いの言葉をかけてくる。少しありがたいが、祝われるのは嫌だと伝えるにはどうすればいいのか。


 「…会いたくないわけじゃないけど、あまり大げさに騒がないでほしい。恥ずかしいですもの。」

 顔を赤らめて言うと、メイドたちは「もちろん、お嬢様のお気持ちを尊重します。」と頷く。せめてもの救いだ。


 (こうして、初潮という生々しい現実と向き合わされてしまった。痛みと不快感、恥ずかしさ、そして子を産める身体になったという圧力。前世が男だったわたしにはショックが大きすぎる。でも誰にも言えない。)


 歯を食いしばり、ハーブティーをもう一口。少し落ち着いてきたが、無理しても仕方ない。嘆いても出血は止まらないし、生理はこれからも続く。受け止めるしかないんだ。次からは絶対、自分でやる。メイドたちの手伝いなんてもう御免だ。


 周囲がお祝いモードでも、わたしは心から喜べない。産む性?冗談じゃない!そんな将来は考えたくもない。今はこの事態に適応するしかないが、内心は冷ややかだ。


 「……もう、寝たいわ。」

 ポツリと漏らすと、メイドは「かしこまりました。今日はずっとお部屋にいらしても結構ですよ。」と退室していく。わたしはベッドに身を沈め、布団をかぶる。痛みはまだないが、重苦しさが心にも体にものしかかる。


 こうして初潮に直面した朝、わたしは泣き叫んでパニックになり、皆に「おめでとう」と祝われ、生理用品を当てがわれて、なんとか落ち着いた。だが内心はちっとも落ち着いていない。冷ややかに周囲のお祝いを聞きながら、恥ずかしさと嫌悪感に苛まれる。


 (初潮が来たか……これでわたしは本当に女として生きていくしかないのか。嫌だけど、どうしようもないじゃないか。)


 視線を落とし、もう一度まぶたを閉じる。恥ずかしさで顔が熱い。生々しい血の感覚が脳裏に焼きついていて、もう後戻りはできない。子が産める体?冗談じゃないと思いつつも、これがこの世界では当たり前なのだ。

 わたしは布団の中で小さく震えながら、現実を突きつけられた衝撃に耐えることしかできなかった。


 痛みはじわじわと忍び寄るようにやってきた。最初は重苦しく、少しだけ痛む程度だった下腹部が、徐々に鋭い訴えを始める。まるで腹の奥で小さな手が器官をぎゅっと掴んでいるような、圧迫感と鈍い痛みが交互に押し寄せる。血は完全には止まらないし、生理用の布を挟んでいるとはいえ、不快感が消えるわけでもない。何をどうしても、「これはお嬢様には自然なことです」と当たり前に言われてしまうのだ。


 わたしはハーブティーを啜りながら、半ば涙目で唇を噛む。ほんのり甘くて優しい香りの茶が喉を通るが、それが痛みを根本から消し去るわけでもない。「これで少し楽になるはず」とメイドは言ったが、実感としては気分転換にも満たない。むしろ、こんなことをせずとも男だった頃は痛みなんか感じずに過ごしていたじゃないか、と苛立ちが募る。


 (こんなハーブティーなんかで、なにが改善するのよ……!)


 心の中で毒づいても仕方ない。表向きは「ありがとう」とか言わないと角が立つ。結局、口に出せず、ただ黙っているしかない。わたしは少し息を吐き、ベッドのヘッドボードにもたれて静かに痛みに耐える。気持ちが落ち着かない。体は女性、周囲も女性として接してくるのに、わたしの意識はまだ30代男だった頃から大して進歩していないように思える。


 痛みが緩やかに増幅していく中、扉がノックされる。メイドたちが「侍女長様がお越しです」と言うではないか。わたしは思わず顔を歪める。正直、今は誰にも会いたくないが、侍女長を拒むことなど容易ではない。彼女はこの屋敷を実質的に取り仕切る存在であり、わたしの後見人的な立場でもある。無碍にはできない。


 「……わかりました。お通しして。」

 声が震えるのを抑えるのに必死だ。侍女長はわたしが初潮を迎えたことを喜ぶに決まっている。大人の女性としての仲間入り、とか、家の跡継ぎ問題の心配が減った、とか言うだろう。考えただけで胃が痛い。


 ドアが開き、侍女長が入室する。背筋が伸び、落ち着いた気品を漂わせる中年女性。いつもどおり端正な微笑みをたたえているが、その瞳には期待や安堵が浮かんでいるように見える。


 「お嬢様、ご無事に初潮を迎えられたと伺いました。おめでとうございます。」

 まるで何かの勲章を得たかのような口調だ。わたしは下腹部を押さえながら、なるべく平静を装う。

 「そ、そうですわね……ありがとうございます。」

 実際、微塵もありがたくない。痛いし、出血してるし、気持ち悪いし、将来が不安で仕方ないのに、なぜ祝われなければならないのだろう。


 「初潮が遅めだったので、内心心配しておりましたが、これで領主家としての跡継ぎ問題も一安心でございますわね。」

 侍女長はごく自然な調子で言う。その言葉を聞いた瞬間、胸に鋭い棘が刺さったような衝撃が走る。


 跡継ぎ問題?わたしの身体がこうなったことが、家の明るい材料だと?つまり、ここではわたし自身が「跡継ぎを産む器」として価値が加算されたと捉えられているわけだ。あぁ、前世の記憶を持つわたしにはあまりにも封建的、あまりにも女性を生殖機能で評価するかのような価値観が透けて見えて嫌悪感がこみ上がる。


 しかし、侍女長はまったく悪びれない。むしろ、当然のこととして話している。

 「お嬢様は本当にお美しく賢く、これで将来の婿取にも不安はありませんし、家系を華麗につなぐことができますわ。」

 婿取?家系?わたしが貴族令嬢として領地を継ぐ際(正確にはもう継いでいるが、侍女長が摂政として代行している。)、当然後継者も必要になる。つまり、わたしが将来“誰かと夫婦になって”、子を産むのが当たり前だと信じて疑わないのだ。


 「そ、そうですわね…はは……」

 乾いた笑みが漏れる。言葉が喉で絡まって、まともに反論できない。生理痛がじわじわと嫌な汗を額に浮かべさせる。内心では「そんなの望んでない!」と叫んでいるが、あまりにもこの社会の価値観が強固すぎて、声には出せない。


 (わたしが大事にされているのは、わたしという存在じゃなくて、家の役に立つ生殖能力付きの備品として尊重されているだけじゃないの?結局、領主家の所有物でしかないのかも…)


 この思いが頭をよぎったとき、さらなる絶望感が襲ってくる。わたしが領主の娘として遇されてきたのは、前世の自分からすれば、貴族なんて特殊な身分でチヤホヤされてラッキーだと思うこともあったけれど、本質は違うのかもしれない。個人としてじゃなく、家を存続させる道具として、わたしの身体が評価されているような気がしてくる。


 「お嬢様、ご気分が優れないようでしたら、無理に会話を長引かせませんわ。今はゆっくりお休みくださいませ。改めて、おめでとうございます。わたくしも、屋敷の者たちにも伝え、静かにお祝いさせていただきます。」

 侍女長は深く頭を下げると、わたしが何も言えないうちに退室する。お祝い、とか、静かにとか、何をどう「祝う」のだろうか。この世界にあるかは知らないが、万が一、赤飯でも配られたら死にたくなる。


 「……っ…ふざけないで………」

 小さく呟くが、もう侍女長はいない。声を出した瞬間、下腹部がきりっと痛み、思わず呻き声を上げる。痛みが増しているではないか。ハーブティーをさらに一口飲んでも、収まらない苛立ちと苦痛。


 「こんなことしても収まらないわよ……!」

 カップを持つ手が震える。温かいハーブティー、確かに体は少し暖まるが、生理そのものを止めてくれるわけでも痛みを根絶するわけでもない。何度ハーブを飲もうと、血は出続けるし、下腹部の違和感は残る。それが、毎月来るなんて考えたくない。


 痛みこそ軽度だが、チクチクとした腹痛が、わたしの情緒を蝕む。イライラと憂鬱感が混ざり合い、泣きたくなるが、もう十分泣いた。涙ばかり流しても、この世界が変わるわけでもない。皆が「当然のこと」と言うのだから。


 メイドが再び入室し、薬湯や湯たんぽ的なものを差し出す。「これをお腹の上に乗せますと、幾分か楽になりますよ、お嬢様。わたくしたちも、この方法で日々を乗り越えております。」

 彼女たちにとっては当たり前の日常なのだと、再認識させられる。これが女性としての生活習慣……わたしが望まずとも、この世界の女性は皆やっているのか。次からは自分で生理用品を扱うと決めたが、それにしても、わたし一人だけが特別苦労するわけではないのだ。この不公平感や嫌悪感は、わたしが男でいたころの価値観だからこそ抱くものなのかもしれない。


 「…皆さん、こうやっているんですのね。」

 かすれた声で言うと、メイドは「はい、お嬢様」と微笑む。恥ずかしいが、聞かずにはいられない。「あの、その、生理用品の交換は、毎日何度もやるのでしょう?」と恐る恐る尋ねる。メイドは頷く。「そうですね、量が多い日はこまめに交換されます。洗浄も欠かせません。」


 聞くだけで気が滅入るが、やるしかない。月に一度、こんな作業を繰り返すなんて、人生設計が狂いそうだ。男性にはない苦労を強制されているような不公平感が募る。


 (なんで男性はこんな苦労なしに過ごせるのに、わたしは……!)


 悔しさで目頭が熱くなる。前世は男で、こんな問題には直面しなかった。今は身動きできず文句も言えず、ただ耐えるしかない。女性としてこの世界に放り込まれた時点で、避けられない苦難だったわけだ。今さら元には戻れない。


 「お嬢様、大丈夫ですか?お顔がとても辛そうで……。」

 メイドが心配そうに覗き込む。「ええ、大丈夫…っ…少し痛みがね。」半泣きで答える。実際大丈夫ではないが、見ていられないというほどではない痛み、ただ心が折れそうなだけだ。


 「もう一度、使い方を説明いたしますね。この布をこう重ねて、下着に固定して、汚れたら新しいものに替えます。洗浄用の小さな桶や薬草を混ぜた水で、清潔に保てば大丈夫ですわ。」

 丁寧な説明に、わたしは面食らう。こんなに手順があるの?面倒臭い。気軽な下着交換とは違う、特別な手間と心遣いが必要になるなんて。もう既に嫌になっているが、やるしかない。


 「わ、わかりましたわ。やります……わたしが自分で。」

 そう決めないと、メイドたちに毎回見られるなんて耐えられない。そう宣言すると、メイドは安心したように微笑む。「お嬢様ならすぐ慣れます。最初は戸惑われるでしょうが、月に一度ずつ経験を積めば自然と身に付きますわ。」


 月に一度。頭が痛くなるフレーズだ。そのうち慣れる…確かに慣れるかもしれないが、慣れたくない現実がここにある。とはいえ、どうしようもない。この世界で生きる限り、女性として生理を繰り返す運命は変えられない。

 それにしても、魔法か特別な薬草でどうにかできないのだろうか。いろいろ便利なものが発明されているのだから、こういう問題だけ置いてきぼりなのはおかしいだろう。


 「ひっく…すみません、さっきは取り乱して……。」

 少し落ち着いてきたわたしは、メイドたちに謝る。声を振り絞って礼儀正しくしたが、心中はまだざわついている。彼女たちは「お気になさらず。初めては誰でも驚きます。」と微笑む。彼女たちに悪気はない。だからこそ余計に辛い。この社会では皆こうなんだから、という前提がわたしを追い込む。


 少しずつ心が鎮まってきたのは、疲れと諦念のおかげかもしれない。痛みと不快感は続いているが、激しいパニックは過ぎ去り、現実を受け止めるしかないと悟る。反抗しても生理が止まるわけじゃないし、家中に報告され、祝われるのが嫌なら、せめて騒ぎを最小限に留めるようにお願いするしかない。


 「……もう、仕方ないですね。」

 弱々しい微笑みを浮かべると、メイドたちは嬉しそうに頷く。あたたかいハーブティーで体を温め、痛みが少し和らげば、何とか日常に戻れる……だろうか。


 すると、メイドが「お嬢様、そういえば、隣領地で近々、小規模な立食パーティーがあると侍女長様からお話がございました。」と切り出す。「立食パーティーはドレスコードが多少ゆるく、気軽なスタイルだとか。お嬢様がご回復と成長を祝う意味でも、ご招待される可能性があるようです。」


 立食パーティー?前世でもよく出ていた。気楽で好きだ。ただ、食事が酷いこともあるのが悩ましい。だが、この世界の貴族家なら、問題ないだろう。痛みや不快感、恥ずかしさの渦中にあって、この話題は意外な気分転換になる。もし行けるなら、少なくともこの陰鬱な気持ちを少しは紛らわせるかもしれない。わたしは弱々しく「それは……少し楽しそうかも」と呟く。もちろん、まだ実際に行く気分にはなれないが、将来を決めることではなく、ただのパーティーである。重い話題よりはずっとマシだ。


 生理中でもパーティーに出ることもあるだろう。そんな時はどうするのか、また頭痛がするが、今は考えたくない。せめて、次回以降、自分で対処できるようになれば外出だって可能になるかもしれない。これまでの礼儀作法特訓と同じで、嫌でも習得しなければならないスキルだと考えよう。


 「そうですわね…。次のパーティーが、気分転換になればいいのですが。」

 ボソリと漏らすと、メイドは「きっとお嬢様にとって良い機会になりましょう。次回は立食ですので、あまり窮屈な礼儀よりも、交流や音楽を楽しむことが主体とか。」と頷く。足を組みたい時、立っているから難しいかもしれないが、座ったまま拘束されるよりは多少気は楽かもしれない。


 こうして少し未来の話題が出ると、多少なりとも心が和らぐ。今は痛みも嫌悪感もあるが、ずっとこの状態が続くわけでもないのかもしれない。何日か我慢すれば出血は止まると聞いたし、その後はまた正常な日々に戻る。問題は毎月これを繰り返すことだが、それでも、次の生理が来るまで少し間がある。いまの苦痛は数日で終わるだろう。


 「では、お嬢様、わたくしたちは少し下がりますね。何かございましたらすぐにお呼びください。」

 メイドたちは控えめに一礼して退出する。わたしは一人になり、ベッドで静かに横になる。痛みはまだあるが、最初よりは落ち着いた。涙も枯れたし、叫んでも仕方ない。どうせ問題は解決しないから。


 頭の中で渦巻くのは、これから先の生理への恐怖と、産む性として扱われる将来への嫌悪感だ。侍女長の無神経な祝辞と、貴族社会の当然視する価値観を思い出すと、息苦しくなる。わたしは何のために女として生きるのか。この身体に「生殖能力」があることが、なぜこんなに大事なことなのか。考えるたびに暗い影が心を包む。


 (いつか社会を変えるとか、言っていたけれど、こんな生理ひとつどうにもできない……あぁ、考えたらきりがない。)


 もう、今日は何も考えない方が良いかもしれない。ハーブティーと温かい布で腹を温めて、おとなしく痛みに耐えるしかない。将来の不安は山積みだが、とりあえず今は体調を落ち着かせよう。


 「はぁ……また次の生理が来るんだろうな……嫌だな……。」


 誰に訴えても、皆「当然でしょう」と言うだけだ。孤独だが、それがこの世界の常識なら、せめて自分なりの対処法を見つけるしかない。次回はもう少し心の準備をしておこう、薬草やハーブの量を増やそう、自分で生理用品を扱おう……そうやってほんの僅かでも主導権を取り戻そう。


 わたしは深くため息をつく。頭が重く、まぶたが重い。痛みは軽く鋭く、ふと刺して消える。生理初日とはこういうものか、わからないが、確かに不愉快で不公平だ。男性がこの苦労なしに過ごせるなんて、本当に腹立たしい。しかし、怒っても何の解決にもならない。


 「仕方ない…受け止めるしかないのね…」


 小さく呟いて目を閉じる。この世界には、女性として生きるなら避けられない現実がある。わたしはその現実に惨めさを感じつつも、どうしようもない。むしろ、これがわたしの新たな日常になり、これからも付き合っていかなければならない。


 せめて、次のイベント(隣領地の立食パーティー)を楽しみにしよう。少しでも気を紛らわせて、精神的なバランスを取らないと、この苦しい現実に飲み込まれそうだ。


 (問題は解決してない。むしろ深まった。わたしはますます、この社会と自分の身体に翻弄されることになる。だけど、今はもう泣き叫ぶ元気もない。とにかく休もう。)


 そんな思いを抱えながら、わたしは重い瞼を閉じ、静かに息を整える。次の生理が来るまで、しばらくは平穏に過ごせるだろうか。


 闇が視界を覆い、痛みと不安が胸を締め付けるが、寝れば少しは忘れられる。そう信じて、わたしは深い溜息を吐く。


次回、第11話「特権階級でも安泰じゃない!男も女も苦労づくしに笑うしかない夜」

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