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 シルヴァニール邸に戻ってからの日々は、エミリオが想像していたよりも、ずっと素晴らしかった。

 実のところ、寄宿舎をでたら自由な時間は減るだろうと覚悟していたのだが、杞憂に終わった。

 確かに、土曜は領地経営の執務や視察が課され、日曜は弟妹と過ごす時間が増えた。

 だが、少しも嫌ではなかった。

 むしろ、思いがけない歓びに日々を彩られることになった。

 執務室で仕事をしていると、決まってエイミーが顔を見せてくれる。

 銀盆に、香り高い茶と、さくらんぼの砂糖漬けや干し杏子などの甘味を添えて。彼女の差し入れは日々の楽しみになった。

 休日は、晴天ならラドガ湖を馬で駆け、或いはエイミーの秘密基地を共に整えた。シドニーの蜜蜂採取の仕掛けを改良するなど、発明と遊びが一体となる時もあった。

 雨の日は、図書室で読書に耽り、長廊下でエイミー主催の即席ボーリング大会に興じ、広間では映画を流した。

 三人で一本ずつ選ぶ映画は、趣味が異なり妙味があった。

 エミリオは現代魔導光学による陰謀や大戦を好み、シドニーは空想科学に目を輝かせ、エイミーは恋愛や人生観に触れる物語を選んだ。

 大体いつも、エイミーの選んだ映画は最後になる。途中でシドニーが舟を漕いで眠りこけるからだ。眠りにつく弟の隣で、彼女が夢中でスクリーンを見つめる横顔を、こっそり眺めるのが好きだった。

 三月はシドニーの誕生月だ。

 弟の熱烈な願いにより、公爵家の敷地に、爬虫類のための温室が増設された。母は最後まで眉をひそめていたが、毎日毎夜、欲しいと訴え続けたシドニーの情熱に、ついに折れたのだ。

 温室には熱帯の陽を模す光が満ち、色とりどりの鱗が宝石めいて瞬いていた。

 四月は父の誕生月だが、冥災(めいさい)鎮圧のため、シルヴァニール領を離れていた。

 代わりに家族はそれぞれの筆で想いを綴り、宛てた私信を光の鳥に託した。戦いの前線で、父はその便りを開いたに違いない。

 またこの月はアンの誕生月でもあった。

 エイミーはオラクル邸へとでかけ、通信制(アルカ)の友人らと、夜の温室で祝宴という名の女子会(サバト)に参加した。男子禁制のため、付き添いはエミリオではなくメイドのサアラが従った。

 五月は母の誕生月である。

 華やかな祝宴を好む母も、今年は父が任務に就いているため、邸で静かに過ごしていた。

 少し寂しそうにしている母のために、子らで、密やかな企て(サプライズ)を用意していた。

 晩餐の席で、合奏を披露したのだ。

 エイミーはチェロを抱き、シドニーはピアノの鍵盤に指を乗せ、エミリオはヴァイオリンを構えた。

 音が紡がれるや、邸は旋律に満たされた。澄んだ音色は夜気を震わせ、三重奏はひとつの星座のように煌めいた。

 母の瞳は、驚きから喜びへと変わり、やがて彼女自身もフルートを手にとり、演奏に加わった。

 初夏が訪れる頃、任務を終えた父がシルヴァニールへ帰還した。

 邸中に歓声が湧き起こり、久方ぶりに揃った家族、そして使用人たちまでもが笑顔を交わした。

 そして八月、エイミーの十三歳の誕生日。

 両親は彼女の願い通りに、水辺のガゼボを改修した。硝子の天蓋のうえで梢が風にそよぎ、冷却械が白い霧を降らせる。小さな楽園のように居心地のよい空間へと生まれ変わった。

 エミリオといえば、エイミーに誘われて庭園を共に歩いた。それが彼女の願いだったのだ。

 夏の陽光が降り注ぐなか、川面は宝石のように煌めき、エイミーは小さな子供のように上機嫌だった。

「夢だったのよ。お義兄さまと、水辺のガゼボで一休みすること」

 不意を突かれて義妹を見やると、エイミーは照れたようにほほえみ、懐かしむように瞳を細めた。

「私の七歳の誕生日に、一緒に薔薇のアーチを歩いたことを覚えている? あの時は、ガゼボに誘えなかったから……」

 柔らかな水面の影を映す横顔に、過去の幻影がちらついた。

 誘うことを躊躇った七歳のエイミーを想うと、いじらしくて、胸が締めつけられた。

 あの頃の自分は本当に幼稚で、義妹を思い遣る余裕をもてなかった。冷たい言葉で拒絶して……自分より小さな女の子は、どんなに傷ついたことだろう。

「……いくらでも、つきあうよ。こんなことでよければ」

 言葉は不器用に零れ落ちた。

「ありがとう」

 笑みを浮かべたエイミーの姿が、七歳の面影と重なって見えた。

 今、エイミーは嬉しそうに笑っている。エミリオの胸は、優しい痛みに満たされていた。


 十月は学院の魔導競技会があり、色々な意味で忘れられない日になった。

 競技会の最終日は一般観戦可能で、エイミーとアンが遊びにやってきた。義妹の内気な親友は、めったに学院に姿を見せないが、兄のテンペスティスが出場するので、応援にきたのだ。

 学部ごとに行われる決勝戦は、一対一で、場外あり、人体への直接攻撃は禁止。中等部までは、互いの背後にある結晶を先に砕いた方が勝ち。高等部以上は、魔導で操る自立型機構体同士を戦わせ、先に破壊した方が勝ちというルールだ。

 実はエミリオも選手として参加するよう運営(生徒会)から勧誘されたのだが、面倒で辞退していた。

 当日は、エイミー達の付き添いで観戦だ。

 彼女達が化粧室へいっている間に、売店で飲み物を買って待っていたのだが、なかなか戻ってこないので様子を見にいくと、元同級生の男子生徒と揉めていた。

「──構いたくなる気持ちは判るけど、嫌われたら元も子も──」

 諭すようなエイミーの声が、断片的に聞こえる。怯えるアンを、背にかばっているようだ。

「問題児のくせに」

 パチッと青白い攻撃魔法が(きざ)したの見て、エミリオは咄嗟に、ふたりの前に防壁を張った。

「エイミー」

 傍に駆け寄り、怪我をしていないことを確認してから、男子生徒を睨みつけた。

「今のは、人に向けていい魔法じゃないよね」

「エミリオ様! いえ、僕は、申し訳ありません……」

 狼狽えながら謝罪する生徒を睥睨すると、エイミーの後ろにいたアンが、前に進みでた。

「エイミーにあ、謝って」

 内気な彼女にしては、強い口調だった。エミリオは少し感心したが、エイミーは慌てた。

「私は平気よ、ありがとう。彼も少しカッとなっちゃったのよ。もういきましょう」

「……ごめんなさい」

 決まり悪げに目を臥せる男子生徒の肩に、エイミーは軽く手を置いた。

「いいから、もう顔をあげて。女の子には優しくしてね」

 言葉もなく赤くなる男子生徒に、おいおい、とエミリオは白けた目を向けた。無垢だと思っていた義妹が、この時ばかりは、男心を弄ぶ小悪魔に見えた。

「それじゃ、試合頑張ってね」

 手を振るエイミーの肩を、エミリオは抱きよせた。

「いこう」

 あまり愛嬌を振りまくなよ。そう注意しようとしたら、アンが泣きそうな声で呟いた。

「ご、ごめんね……」

「どうして謝るの? 何も悪いことしてないじゃない」

 エイミーは驚いたようにいうと、アンの細い肩をぎゅっと掴んだ。

「私が、うまく、た……対応できないから」

「そんなことない! 毅然としていたわ、かばってくれたでしょう? 嬉しかった」

「エイミー……」

 アンは潤んだ琥珀の瞳で、エイミーを見つめ返した。

 ほほえましい友情だと思うが、傍で見ているエミリオは、むず痒いような、奇妙な気恥ずかしさを覚えた。

 ──女の子の友情って、こんな感じなのだろうか?

 判らないが、少し過剰な気がする。少なくとも、アンはエイミーを崇拝し過ぎだろう。親友というより、まるで恋する乙女だ。


 すり鉢状の観客席は、どの席に座っても闘技場がよく見えた。

 着席して間もなく、中等部の決勝戦に、先ほどの男子生徒がでてきた。どうやら準決勝まで進んだ実力者だったらしい。

 対戦相手はアンジスタだ。

 (ひと)悶着のあった男子生徒の方を、つい冷ややかに見てしまうエミリオだったが、アンも冷めた顔つきで眺めていた。

 なるほど、謎が解けた。

 あの少年は、勝った暁に、勝者が意中の相手に捧げる百合の花を、アンに渡したかったのだろう。それで先ほど、本人に声をかけたに違いない。

 結果は、まぁ、残念だったけれども。彼の純情は傷ついたかもしれないが、エイミーのおかげで傷は浅いはずだ。

 隣を見ると、エイミーはわくわくした顔で闘技場を見つめている。

(勝てよ、アンジスタ)

 エミリオは、心のなかで応援した。

「がんばれーっ!」

 試合が始まると、エイミーは無邪気に声援を送った。

 どちらを応援しているのか訊こうと思って、やめた。どう回答されても面白くない気がした。

 観戦なら気楽でいいと思っていたのに、意外なほどストレスがたまる。こんなことなら、自分も出場すれば良かった。

 決勝戦なだけあり、試合はなかなか見応えがあった。

 純情少年も強かったが、アンジスタはさらに強かった。頭ひとつ抜けていて、最後まで余裕が感じられた。

(よしよし、勝ったな)

 満足して拍手を送っていたが、アンジスタは、よりによって勝利の百合を渡す相手に、エミリオを指名した。

 その瞬間、爆笑と、よく判らない狂気じみた悲鳴がいりまじり、会場は混沌(カオス)に包まれた。

 隣にいるエイミーも、我が事のように大喜びしている。

 観客席の最前列におりていき、叩きつけたい衝動を堪えながら、百合を受けとった。

「お前、覚えてろよ」

 小声で文句をいうと、アンジスタはにやっと笑った。

「嫌なら、次は参戦しろよ」

 ごもっとも。

 男から百合を捧げられるくらいなら、参戦した方がはるかにマシだ。

 なお、高等部ではテンペスティスが優勝し、無難に妹のアンに捧げていた。

 祝福の喝采を浴びて、アンはかわいそうなほど萎縮していたが、捧げられた百合を、嬉しそうに両手で持っていた。

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