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 二月のある日、エイミーは親友アンに招かれ、王都にあるオラクル邸を訪れることとなった。ちなみに、お目付け役としてエミリオも同行している。

 王都まで翔環(ポータル)によって一瞬の旅。風光明媚(ふうこうめいび)銀嶺(ぎんれい)美しいシルヴァニール領から、華やかな王都アルテュールの喧騒へと飛びこんだ。

 王都に降り立つや、迎えに来ていたオラクル家の従者が慇懃に(こうべ)を垂れ、ふたりを豪奢な四頭立ての馬車へと案内した。

 王都アルテュールは、流行の最先端を謳っている。

 ここには海の波濤(はとう)を超えて文化と技術の(すい)が集結し、娯楽と芸術が花開き、夜になっても眠らない賑々しい都。富裕層の住む洗練された区域でもあり、行き交う人々も垢抜けている。地方に暮らす多くの若者は、王都暮らしに憧れて思いを募らせるのだ。

 静謐(せいひつ)な雪景色に少々見飽きていたエイミーも、馬車の小窓からのぞく、賑々しい王都の街並みに胸を躍らせながら、ひとり暮らしを空想して楽しんだ。

 やがて、ポプラ並木の先に、翼を広げた白鳥を思わせる白亜のオラクル邸が見えてきた。

 樹々の根本には緑の芝生が広がっていて、白亜の邸とのコントラストが美しい。

 正面玄関の前には、オラクル夫人と思わしき青金色の髪の貴婦人と、アンと、それから青金色の髪の少年が立っていた。彼はきっとアンの二番目の兄、十四歳のテンペスティスだろう。上の兄は十八歳だと聞いている。

 こちらに気づいたアンが、小さな手を振る。

 白雪の肌に琥珀の瞳、甘いミルクティー色の髪を風に遊ばせたその姿は、聖典に描かれた天使そのものだ。

 馬車が止まり、御者が扉を開ける。

 エイミーはポップコーンみたいに飛びだした。エミリオの窘める声が聴こえたが、嬉しくてたまらず、両手を広げてアンに駆け寄った。アンもスカートの裾をつまんで駆けてくる。

「アン、久しぶり!」

「エイミー!」

 ぎゅっと抱擁をかわし、喜びを分かちあったあと、エイミーは思いだしたようにエミリオを振り向いた。呆れた表情をしている義兄に、ごまかし笑いを返し、それからオラクル家の人々に向きあった。

「本日は、お招き頂きありがとうございます、ゼラフォンダヤ家のエイミーです。こちらは義兄のエミリオです」

 手遅れな気もするが、淑女らしくスカートを広げて挨拶をする。

「初めまして。紹介にあずかりました、エミリオです。いつもエイミーがお世話になっています」

 紳士然と挨拶するエミリオに、アンは頬を赤く染めた。

「こ、こちらこそ……アン・ホーリーです。お、お見知りおきください」

 淡い金色のベルベットドレスの裾をつまみ、優雅にお辞儀するアン。

 アンの肩を、貴婦人然としたセラフィーナ・モズ・オラクル夫人が抱き寄せた。扇を持ち、レースと絹のリボンで飾った裾の長いモスグリーンのドレスを着た儚げな美女は、柔らかな笑みを浮かべながら、

「ふたりとも、ようこそいらっしゃい。会えて嬉しいわ。私はセラフィーナ。アンと、テンペスティスの母よ」

 琥珀色の瞳が細められる。青金髪に白金色の瞳は、典型的な黄金種(ベルハー)の特徴だが、彼女の瞳の色は絢爛な白金より優しい琥珀色をしている。アンと同じ瞳だ。

 続いてテンペスティスが挨拶した。

「初めまして、エイミー。会えて嬉しいよ」

 水晶のように澄んだ青銀色の瞳が、優しく弧を描く。くせのない長く真っすぐな青金髪を後ろでひとつに束ねた、アンに似た面差しの美少年だ。

 親しげな声と眼差しに、エイミーは自然とほほえんだ。

「こちらこそ、お会いできて光栄です」

 黒いレースのドレスの裾をつまんで、淑女らしく挨拶をする。そのとき、ふとテンペスティスの頭上に光の粒子が集まり始めるのが見えた。目の前に現れた数字に、エイミーは息を呑む。


  75%


 その数字は鮮烈だった。エミリオ以外で数字が顕れるのは初めてだ。それもかなり高い数値である。

 なぜ彼に?

 さりげなくアンとエミリオの表情をうかがうが、テンペスティスの頭上に気を取られている様子はない。エミリオはにこやかに夫人とテンペスティスに挨拶をして、手土産の上等なリキュールを渡している。やはり、エイミーにしか数字は見えていないのだ。

 案内された吹き抜けの広間は、夜空を彷彿とさせる神秘的空間だった。

 青金石色(ラピスラズリ)の天井には銀砂の星が(またた)き、浮遊する金銀の天球儀が神秘的な運行を描いている。

 壁一面に並ぶ本棚には、古びた革装の書物が隙間なく収まり、背表紙に刻まれた古びた文字が時代の息吹を伝えていた。高い棚の上段に手を伸ばすための梯子は、使いこまれた木目の風合いを持ち、探索者を誘うように静かに佇んでいる。

 部屋の中央には、深い瑠璃色の長椅子や肘掛椅子が配置され、間に置かれた紫檀(したん)の机には、色硝子のランプと黄金の燭台が暖かな光を揺らしていた。

「神秘的な内装ね。素敵だわ」

 エイミーは紅茶のカップをくちに運びながらいった。

「よ、良かった。エイミー、好きだと思って」

 アンは嬉しそうに花の(かんばせ)を輝かせた。

 最初は少し緊張していたエイミーも、親友の存在と、話し上手で聞き上手なセラフィーナ夫人のおかげで、次第に打ち解けた。

 夫人の浴びせる質問や相槌につりこまれて、夢中になり、懸命に、熱心に、シルヴァニールの風景、義父や義母のこと、それからエミリオとの日々、アンと秋の森を散策したこと、極光(オーロラ)鑑賞や、凍結した湖でのスケート、通信制(アルカ)の授業や、最近始めた投資のことまで、話題は多岐にわたった。

 引きこもりがちなエイミーだったが、いざ話してみると、自身が思っていたよりも、はるかに豊富な話題があった。

 アンやテンペスティスも興味深そうに話を聞いてくれて、四方山(よもやま)話は膨らみ、盛りあがり、気がつけば紅茶を三杯もおかわりしていた。

 頃合いを見計らったように夫人が席を立ち、それにあわせてエイミーはアンの部屋を見せてもらうことになった。その間、エミリオはテンペスティスの研究室を見学することになった。

 アンの私室は、彼女らしい可憐さと繊細なインテリアであふれていた。

 アーチ型の窓にはレースのカーテンが波を打ち、午後の陽光を受けた部屋全体が淡い琥珀色に輝いている。

 床は寄木(よせぎ)で、ふわりとした雲のような白いラグが敷かれ、浅浮き彫りの大理石暖炉のうえに猫を(かたど)った金の置時計がある。傍に螺鈿(らでん)の裁縫台があり、編みかけのレースがたたまれていた。

 壁の下部には、花束や木蔦(きづた)を描いた銀地のパネルが嵌めこまれ、中央には、あの秋の日に森で描いた絵が、銀の額縁に収められてかけてあった。

「飾ってあるのね」

 エイミーは壁に寄って、()めつ(すが)めつ絵を眺めた。

「き、気に入っているの」

「私も。私は日記に挟んであるの」

 ふたりは顔をみあわせ、くすっと微笑を交わした。

 壁にかけられた絵をしばし眺めた後、編みかけのレースや硝子棚に並ぶ占い道具を見せてもらっていると、ふわりと甘い香りをまとわせながら、メイドが栗茶と菓子を載せた滑車つきの荷台を押して入ってきた。

 そこでふたりは、暖炉前のラグに腰をおろした。

 エイミーは、香ばしい栗茶をひとくち含み、喉を通る温もりを感じながら、ふと迷うように瞳を伏せた。そして、誰にも話したことのない秘密を、思い切って打ち明ける決心をした。

「……こんなことをいって、驚かないでほしいのだけれど――」

 言葉を慎重に選びながら、そっと視線をあげる。

「私、たまに相手の……私に対する好感度が、数字として見えるの」

「数字?」

 アンはきょとんとした顔で小首を傾げる。

「実は、さっきテンペスティスさんに挨拶したときも、彼の頭のうえに数字が見えたのよ」

「そうなの?」

「やっぱり、アンには見えなかった?」

「見えなかったわ」

 エイミーは軽く息を吐き、ぽつりと呟く。

「テンペスティスさんはふたりめなの。私のお義兄さまにも、時々数字が見えるのよ」

 そういってエイミーは、これまで誰にも話したことのない、摩訶不思議な体験をアンに打ち明けた。

 ずっと誰かにいいたかった、聞いてほしかった前世の記憶、女神様との不思議な邂逅――七歳の誕生日にすべてを思いだしたこと。エミリオの頭上に、時々数字が見えるようになったこと。夢中で、迸るように喋った。

 話し終えると、アンは感慨深げに息を吐いた。

「私、生まれか、変わりって、あると思う。信じるわ。エイミーは、幸運のめ、女神様に肩を叩かれたのね」

「今では、夢だったんじゃないかって気もするのだけどね。アンは前世の記憶ってある?」

「ないけれど、私、死んだらぽ、ポプラの樹になるのよ」

「ポプラ?」

「占いの相に、でたの。しゃ、喋らずに済むから、嬉しいわ」

「なら私は、小鳥に生まれ変わろうかしら。アンの枝にとまりにいくわ」

「ふふっ、待ってる」

 午後の柔らかな日差しを受けたアンの琥珀の瞳が、蜂蜜を溶かしたように優しく煌めいた。

「ねぇ、記憶がよ、蘇るって、どんな感じ?」

 エイミーは少し考えた。

「そうね……人生の走馬灯を見ているようよ。並列化水晶(バベル)でも処理しきれないほどの、断片的な記憶がどっと押し寄せてきて、自分が自分じゃないみたいだった。その日からお行儀よく振舞おうとしたのだけれど、周りから変な目で見られたわ。お義兄さまとは絶望的に険悪だし……日頃の行いのせいね」

 アンはくすくすと笑った。

「でも今は、エミリオ様、エイミーにや、優しいと思うわ」

「そうね、だいぶ仲良くなれたと思う」

「……私もね。たまに、予知夢のようなは、白昼夢を視るの。学院でエイミーをは、初めて見たときは、なんて不思議な運命のほ、星をもつ女の子だろう……って、すごく印象的だった」

「そうだったの?」

 エイミーは驚いてアンを見た。悪童として有名だったとはいえ、学院にいた頃から、認識されていたとは知らなかった。実のところエイミーもアンを知っていた。砂糖菓子のような女の子だなと思っていた。

「ずっと、話してみたいと思っていたの。エイミーと、森のなかをな、な、並んで歩く光景を視たこともあるのよ」

「すごいわ。それって現実に起きたことじゃない! やっぱりオラクル家のご令嬢ねぇ」

 エイミーは興奮気味にいった。

「こ、子供は、霊感が高いらしいわ。魂の記憶を呼びさ、覚まして、魔力を発現しやすいのですって」

「私は混血種(アミー)よ、魔力は空っぽだわ」

 エイミーは肩をすくめて笑った。

「前世のき、記憶も、 数秘術も、女神様の贈り物よ。魔力よりか、価値があるわ。“知識に勝る財産はない”って、オラクル家のか、格言なのよ」

「……そうかしら」

「そうよ。でもね、エイミーは、祝福とさ、災禍の両方の星があるから、気をつけてほしいの」

 琥珀の瞳が、天に(いま)す星のように、神秘的に輝く。

 前世、現世、さらに来世の宿世(すくせ)まで見透されそうで、エイミーは無意識に視線をさげた。義母のオリヴィアもそうだが、アンに対しても時々、女神様が重なって見える気がする。

「大丈夫よ、私は引きこもりだから、危ない目にあう機会がないわ」

 エイミーは(おのの)きを隠して明るくいったが、アンは真剣な顔をしていた。

「でもね、念のためにね、や、厄除けさせてほしいの」

「厄除け? どうやるの?」

「実は、もうしてるの……」

 アンは、暖炉の火にかけてある金鈿(きんでん)の揺り香炉を指さした。

「香炉?」

薬用緋衣草(セージ)を焚いているの。い、嫌だった……?」

「嫌じゃないわ。いい匂いだと思ってた。お洒落だし、いいわね」

 アンはほっとしたように笑った。

「この栗茶も厄除けのは、ハーブをいれてあるの。躰にもこ、心にもいいのよ」

「ふぅん、いい香りね」

「ところでエイミー」

「なあに?」

「お、お兄様の好感度は、いくつなの?」

 アンは目を輝かせて訊ねた。

「それがね、75%なの。私のお義兄さまの方は52%なのに」

「まぁ!」

 アンは手をあわせて笑った。

「その数秘術のほ、法則は、判りやすいのね。エイミーへの好感度だと頷ける。私の家族は、み、皆エイミーのことが、だ、大好きだから」

「本当? 嬉しいわ」

「エイミー、テンペスティス兄様のことどう思う?」

 アンはいつになく、はっきりとした口調で訊ねた。興奮しているのか、琥珀の瞳は黄金種(ベルハー)特有の魔力を帯びて輝いている。

「顔立ちはアンに似て、綺麗なひとだと思うわ。アンのことを大事にしているって、声や眼差しからよくわかるし、妹思いの優しいお兄様ね」

「うん、や、優しいの。ふ、ふたりが結婚してくれたら、う、嬉しいわ」

 エイミーは笑った。

「それは話が飛躍しすぎでしょう」

「そ、そうよね。まず、婚約よね」

「それも早いよ、私たちまだ八歳だよ? 第一、テンペスティスさんは私のことをアンの友達としか見ていないでしょう。私はアンと同じ年齢なんだから」

 アンはしゅんとした。

「わ、私が男だったらいいのに。エイミーと、け、結婚したいわ」

「アンったら、も~~っ」

 エイミーはたまらない気持ちになって、アンを抱きしめた。

「私も男だったら、アンに交際を申しこんでいるわ。こんなに可憐で愛らしい美少女、ほかにいないもの」

 アンの頬は、桜桃のように染まった。天使のように無垢なほほえみを浮かべて、

「私たち、両想いね」

「生まれ変わっても遊ばないと」

 エイミーはにやっと笑った。

「私のエイミーのこ、好感度は100%よ」

「私もアンのこと、大好き! 好感度なんて120%超えちゃうわ!」

 ふたりの少女は、顔をみあわせて弾けるように笑った。

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