お化け戦線
初投稿になります。
多分怖くないホラーですが、暇つぶしにでもなれば幸いです。
児童養護施設ネムノキ。
職員は1人児童の数は9人。最年長は16歳で最年少は4歳。庭付きの少し大きめの一軒家といった外観の施設を家、職員を母と呼び、ごく普通の幸せな日常を送っていた。
――幽霊に襲われるその日まで。
さなとは児童養護施設ネムノキの最年長の16歳。血の繋がった者は誰1人としていないこの家で、それでも大家族の長男のごとく弟妹の面倒をみて、母と呼ぶ職員の手伝いをして、思春期に突入して最近愛想がなくなったと言われる少年だった。
その日は連休の2日目。お昼ご飯の洗い物当番を終わらせて2階の部屋で勉強しようかと思ったけれど気が乗らず、かといって弟妹達と遊ぶのも面倒臭さを感じてぶらぶらと家を歩き回っていた。
隣の部屋では扉を開けっぱなしにして姉妹が雑誌を見ながら賑やかにお喋りしていて、陽当たりのいい部屋では弟2人が昼寝をしている母と年少4人にタオルケットをかけたり起こさないようにクッションを頭の下に敷こうとしていた。
仲が良くて微笑ましいと言うべきなんだろうが、自室で過ごすには姉妹の声が五月蝿く―扉を閉めるなり声量を下げるなり要求すると要求を無視して絡まれるので、関わりたくない時は視線も合わせないのがベスト―、1階のリビングで過ごそうものなら最近トランプにハマっている弟達はさなとを見つけたら人数確保に絶対誘ってくる。姉妹を誘えと断ってもあの様子じゃ乗らないだろうし、家事を理由にしてもあの弟達ならば手伝って早く終わらせて遊ぼうという発想になるのが目に見えている。手伝うという優しさはいい事だが1人で過ごしたいさなとにとっては今はありがた迷惑だ。
これは見つからないうちに庭の木陰に隠れるかいっそ出掛けた方がいいかと少し悩んで、当てもなく外を歩き回るのが嫌で庭で過ごすことに決めた。
天気がいいので念のためにペットボトルにお茶を入れて、暇潰しに本を持っていこうと小さな本棚にしまってある本の背表紙に指を滑らせながら吟味しているとリビングの扉が開いた。
タイムアウト。
先に庭に隠れて、タイミングを見計らって本を取りに来ればよかった。
「あ。さな兄!」
「さなと兄さんだ。部屋にいるかと思ってた。ちょうどよかったよ。」
来たのは弟の星と彰だ。
星は1つ下の15歳。穏やかだが表情筋はあまり動かず、慣れるまでは近寄り難い雰囲気をしている。物静かで読書を好んでいるが、面倒見が良くて家族の誘いは基本的に断らない。
彰は4つ下の12歳。小学生だ。彰は正に天真爛漫。明るく無邪気で素直。少々子供っぽい気もするが、年上には甘え、年下とは同じ目線で遊ぶ楽しい遊び相手といった感じで上手くやっている。
「さな兄トランプしよ!」
予想通り。当たっても嬉しくないが。
「やだ。星とすればいいだろ。」
「せー兄ともするけどトランプ2人じゃやれるの限られてるじゃん!3人だとできるの増えるしさぁー。」
「百香とリナ。」
「もかちゃんもりっちゃんも誘うよぉ!家事当番手伝うからその分一緒に遊んで!」
「じゃあ4人になるから俺いなくても問題ないだろ。当番も手伝わなくていいし。」
「人数多い方が楽しいもんでしょ、トランプって。さなと兄さん、彰譲らなさそうだし早めに諦めた方がいいよ。」
しがみついて胸に顔を押し付ける彰の頭をぐいぐい押しながら言い合うが離れない。この粘着力はなんなんだ。
彰と攻防をしていると星が口を挟んできた。
星の方を見ると肩越しに自分の後ろの扉を指している。
なんだ?と思って扉を見ているとパタパタと足音が聞こえてきた。2人分。
と、いうことは。
「ん?あれ、さなくんとあきくん何してんの?」
「うわなんかバカやってる…さなと1番年上のくせに。」
入ってきたのは百香とリナ。2階で喋っていた2人。
百香は星と同じ15歳。誕生日が星より早いから一応姉ってことにしてる。面倒見が良く、竹を割ったような性格をしている。姉御肌、というやつだろう。さなとにとっては妹なのでこの表現は違和感を感じるけど。百香と星を15歳組と括ることがあるんだが、この2人はまさに対極。百香が動、星が静という感じだ。最近は百香が叱り、星が諭して年少組の躾をすること多い。
リナはさなとより2つ下の14歳。最近生意気、というかさなとに対して辛辣な物言いが増えている。さなと自身、昔より弟妹に対して優しくすることが減ったのを自覚しているのでリナに対して文句を言うことはないが。
さなと以外にはリナは年下には年上ぶるような素振りはあれどよく世話をやいている。
1番仲がいいのは百香で、互いに時間が空いてればだいたい一緒に過ごしている。1番仲が悪いのはいうまでもなくさなとだ。
「もかちゃんりっちゃん!トランプやーろ!んで一緒にさな兄説得してぇ!」
「彰、声気をつけて。母さん達寝てるから。」
「う、ごめんなさい…。」
椅子に座って本を捲っている星に注意された彰がしおしおとしょぼくれてさなとの腹に顔を埋める。いやだから遊ばないから離れろって。星も自分関係ないですって顔で本を読むんじゃない。星自身は関係ないと思ってもないし、たださなとが折れるのを待ってる間手持ち無沙汰だから読もうとしただけだろうけど。顔と雰囲気で誤解されるよなこいつ。
男子組がそんなことをしている横で女子組は1回のアイコンタクトで意見が合致したらしい。
「いいよトランプやろ。何からやろっか。ババ抜き、大富豪、7並べに…神経衰弱?あ、5人でしかできないゲームあるならそれでもいいかも。トランプの本に載ってるかな。」
「そうなった彰諦めさせるの、ちゃんとした理由がないとダメなの、さなとも知ってるでしょ?なのに言わないのは暇だからでしょ。時間の無駄だからさっさとして。」
さなとは何かを言おうとして、でも言葉を吐き出せなくて、グッと息を飲み込んだ。
「さなと、あたし達のお兄ちゃんでしょ?」
「リナ、」「り、っちゃ」
「じゃあ弟のかわいいお願いくらい聞いてくれていいんじゃないの。最近兄っぽいことしてくれてないし。前はめっちゃ兄貴ヅラしてたくせに。」
「………」
多分、渋々でも了承するのが正解だったんだと思う。いつもならそうして変な空気にせずに兄妹をやれていた。
でも、なんでか今日だけはだめで。
理由はわからないけれど。
なんとなく。
なんとなく、できなくて。
さなとが沈黙していると、元々少し不機嫌そうな顔をしていたリナが、ぐっと眉間に皺を寄せて語気を荒げる。
視界の端で彰が不安げに視線を彷徨わせて、百香がリナの肩に手を触れさせようとして、星が本を置いて立ち上がろうとしたのが見えた。
「ねえってば!!」
リナが大きな声を出した瞬間。すぅっと部屋が薄暗くなった。
分厚い雲が太陽を遮って翳ったのかと思ったけど、それにしてはやけに薄暗い。見えないわけではないけど、本を読むなら電気をつけたくなる、そのくらいの薄暗さ。心なしか気温も下がった気がする。
少し待てば雲が移動して日差しも戻るんじゃないかと思って少し待ってみたけど、この薄暗さに嫌な予感を感じて窓際へ移動する。さなとに引っ付いたままだった彰が服を掴んだまま背中についてくる。
他の3人も同じことを思ったのか、別の窓際に歩いていった。
「な、んだこれ。」
外は濃霧に覆われていた。数メートル先しか見えないくらいの。
「雲、の中だったり、する?だって、急に霧が出てくるわけないし…」
「でも雲がこんな低いところにできるわけないし…やっぱ霧?異常気象ってやつ?」
不安げな声で彰とリナが話す。その会話を聞きながら、違和感を感じて目を凝らす。霧の先を見通そうとする。
「ねえさなと兄さん。そっち、壁、見える?」
そう星に声をかけられて、原因に気がついた。庭と外を区切っている壁が見えない。庭の奥の壁なら見えなくても不思議じゃないけど、手前の方の壁は見えてもおかしくない、いや見えないとおかしい。
「は?壁、ないの?霧で見えないだけとかじゃ…」
「…外を見てくる。みんなは待ってて。」
さなとはそう言って彰の手を握って服から離し、背中を押して百香に預けると玄関へと歩き出す。
後ろから星がついてくるのがわかったけど、1人で行くのは少し怖かったから、それには何も言わなかった。
2人で玄関を出て数歩歩く。やっぱりおかしい。古くなって少し錆び付いた門も、さなとの胸くらいの高さの壁も見えない。壁の奥の、隣の家も、見えない。
振り返ると霧で見えにくいけど、家の玄関が見える。
今さなとはちょうど玄関と壁の真ん中くらいに場所に立っている。それなのに、壁が見えない。
そんなわけないだろ、と否定したくて、このよくわからん霧みたいなのがあそこだけ濃いから見えないんだと思いたくて一歩壁の方へと近付こうとする。
そんなさなとの腕を星が掴んで止める。
「星?」
「あんまり行くと玄関も見えなくなるよ。僕と兄さんで距離気を付けて確認するのも考えたけど、これでいいんじゃない。」
そう言って星は3センチくらいの石を拾って見せてくる。
それでハッと息を吸って、ゆっくり吐き出した。
さなとがテンパっているのに、星はかなり冷静だったようだ。すごいなあ、と状況に合わない呑気さでそう思った。
星が振りかぶって石を投げる。
ほどほどの、でも確実に壁があるだろうという位置に届く強さで石が飛んでいく。
霧にのまれて石が見えなくなって。
音はならなかった。
「…帰ろう。これ以上外に行くのは、家を見失って帰れなくなるかもしれないし。」
「そう…だな。」
リビングに戻ると、火のついた蝋燭がテーブルの上に置かれていた。不思議に思って照明のスイッチに手を伸ばして押すが、つかない。何度か試すけど、つかなかった。
百香が無言で首を振るのを見て、何も言わずにスイッチから手を離した。
彰が不安げな顔で顔を見上げて「外、どうだった…?」と聞いてくるのに、さなとも無言で首を振る。彰は星の顔も見たけど、星も首を振ったのを見て下を向いた。
「、母さん達は?起こしにいったか?」
ふと気になって問いかける。陽当たりのいい部屋で寝ていたし、起きてるなら絶対騒ぐはずだからまだ寝ているんだろう。年少組は普通に霧が濃いだけだと思わせておいたらはしゃぐだけだろうし、母さんにはどうしたらいいのか聞きたい。そう思って聞くと残っていた3人があ、といった表情で顔を見合わせる。
大方明かりがつかないことに気を取られて、蝋燭を探すことに夢中になっていたんだろう。
「起こしに行ってくる。チビ達も連れてこなきゃだから星と百香ついてきて。」
「あたしもいく!」
「おれも!」
年少組の移動を星と百香に任せている間にさなとは母さんに外のことを話そうと思って2人に声をかける。星と百香が頷いたのを見て廊下に出ようとするとリナと彰がついてきた。残されたくない気持ちがわかるので、何も言わずさなとを先頭に母さん達が昼寝していた1階の部屋に移動する。
部屋の扉は開いていた。部屋を覗き込むと、そこには誰もいなかった。
「は…?」
さなとは弟妹達に振り向いて問いかける。
「こんな霧見たら絶対チビ達騒ぐだろ?母さん達の声聞こえた?」
「聞こえなかった…けど、蝋燭の場所わかんなくていろんなところ開けまくってたから、そのせいで聞こえなかったかも、」
さなとは耳を澄ませて家の中の物音を聞こうとする。何処からも、子供が騒ぐような音が聞こえない。
「すれ違っただけかもしれない。そんで、外に魅入って静かなのかもな。とりあえず、家の中探すぞ。
俺は1階。百香とリナ、2階探して。星も1階。彰はリビングで待機。」
「おれも探すよ!」
「また変にすれ違うのも嫌だし、リビングで母さん達待ってて。寝起きだし見るのに満足したら絶対母さん、水分取らせようとするだろ。来たら捕まえて教えて。リビングからでも彰の声、よく通るしでっかい声出すの得意だろ。」
「わ、かった。うん…うるさいって後で怒らないでよね!」
「はいはい今回は怒らない。じゃあ手分けして探すぞ。俺は一応家の周りぐるっと見てくるから星は中からで。」
元気にいつも通りに振る舞う彰の頭に手を乗せてぐしゃぐしゃと掻き回す。
百香とリナが手を握り合いながら頷いたのを見て、さなとは手を叩いて行動開始を促す、と「待って。」と星が口を開いた。
「探すのは時間かかるけど纏まってにしよう。2階と1階の分け方はいいけど、バラバラにならずに一緒に回ろう。彰も待機じゃなくて一緒に。1階組は外から回って、終わったら玄関側、2階組は2階が終わったら物干し場の方から見てまわって。」
「2階はそんな広くないし一緒に回るのは全然いいんだけど…1階も?外も合わせると時間かかるし、彰にリビングにいてもらうのもわかるから手分けした方がいい気もするけど…」
「バラバラに見て回って見落としがあったら嫌だから。ここは任そうとか、多分次あっち見るだろうから自分はこっちとか。」
「言いたいことはわかるけど、それいる?みんなで探してたら音に気付いて母さん達も顔出してくれるんじゃ…」
「それに、単独行動して何かあった時わからない、気付けないが1番嫌だから。」
淡々と落ち着いて話す星。その意見に確かにと思って、さなとは自分が焦っていたことに気付かされる。
「…そうだな、俺が焦ってたみたいだ。星の言った通り慎重に見て回ろう。」
さなとがそういうと、百香とリナも納得したのか頷いた。
外。家の壁に沿って歩いている時、彰が躓いて転びかけた。星と手を繋いで歩いていたから支えられて無事だったけど、足を捻っていないか確認している時にくすくすと小さく笑う声が聞こえた気がした。多分、子供の声。辺りを見渡しても誰もいない。木の葉が擦れる音を聞き間違えたのかと思ったけど、それにしては近くでしていた様な気もする。ちらっと星と彰の様子を見ると特に何かあった素振りはない。2人に確認しに行って怯えさせるのはダメだな、とさなとは声のことを気のせい、で流すことにした。
家の廊下。彰が廊下の角を曲がる子供の影を見た。彰が追いかけそうになったところを星が引き留めて、さなとが様子を見に行った。誰もいなかった。
物置。さなとが一部屋一部屋開けて中を覗き込んで声をかけている時。扉横の棚の上から物が落ちてきた。星が気付いて引っ張ってくれたから当たらなかったが、落ちてきたのは昔皆で作った工作の入ったダンボール。重さはあまりない物だけど、勝手に落ちてくることはありえない。さなとが呆然と棚を見上げていると、耳元で湿った冷たい空気と――ざぁんねん――という囁きを聞いた。耳を庇って振り向いても、何もいない。不安げにさなとを呼ぶ彰の声を聞きながら背筋を這う悪寒を感じていた。
探し回ったが、どこにも母さん達はいなかった。声をかけながら探していたので、気付かずすれ違ったという可能性はない。
百香とリナの方も物が落ちてきたり、声が聞こえたりと普通ではないことが起こったらしい。特に2人の部屋では本棚にしまっておいた本が全部落ちてきて危なかったと。幸い当たりはしなかったようで怪我はしていない。
おまけに電話機を見つけて外部への連絡を試したけど、電気がつかなくて電話は無理。スマホもちゃんと充電はあったはずなのに電源がつかない状態だった。
「…多分、何かいるよな。幽霊とかお化けとかそういった類の。あくまで見た気がする、聞いた気がする、としか言えないけど…でも物が落ちてくるのは流石におかしい。」
「そうだよね…じゃあお母さん達いないのって、お化け、のせいなのかな…?」
「多分…幽霊じゃなかったとしたら…人による誘拐とかか?でも母さんとチビ4人だろ?それで何も物音しないっていうのは考えにくいし…誘拐する理由もな…身代金目的ならむしろ母さんは残すだろ。金の用意俺たちはできないし。」
「だよね…」
言葉が紡げなくなって、さなとと百香が口を閉じると沈黙が流れる。
雰囲気が暗い。落ち込んでいてもどうしようないから空気を変えたいが、何を言えばいいのかわからない。
そんな沈黙を星が破った。
「…いなくなる条件、なんだと思う?」
「条件?」
「うん。僕と彰が母さん達にタオルケットかけたのが最終目撃だよね?で、それでリビングにきてさなと兄さんと話し始めて異変が起きるまでだいたいどのくらいだった?」
「…多分、5分くらいじゃない?おれたちすぐにリビングいったし。」
「だよね。で百香達がリビングくるまでに母さん達の声聞いた?」
「聞いてない…よね?」
「うん、聞いてない。」
「じゃあ母さん達は異変が起きるまで寝てた可能性が高いよね。
一応、その短時間に起きてどっか移動してた可能性はあるけど、でもその場合、全員が一気にいなくなるのはおかしい」
「え、なんで?」
寝ていたら全員いなくなって、起きてたら全員はいなくならない。その理由…
「俺達が消えてない、からか?」
さなとが問いかけると星は頷いた。
「母さんは5人で消えたのに、僕達が消えてない。消える条件は意識の有無…と後は、こっちは不確定だけど、複数人いるかどうか、かな。」
「起きてる起きてないはわかるけど、人数も?」
「うん。探し回ってる時に色々起きたと思うけど、その中に分断させようとするものなかった?」
「…どうだろ。私達はずっと手を繋いでいたから。あ、でもドアが急に締まりかけたのはそうかも。2人の手が挟まりそうになったやつ。ドア抑えたから挟まなかったけど。」
「多分、それ。僕達なら彰が曲がり角で子供の後ろ姿見かけたやつ。」
「え…あれもしかして追いかけてたらおれ消えちゃってたの…?」
「彰が追いかけたら僕達も追いかけてただろうし…曲がり角で一瞬姿が見えなくなったら消せるとかならね。あくまでももしかしたら、だけど。」
彰が「こわ…。」と呟いてさなとに抱きついてくる。話を聞いていてさなとも背筋が寒くなった。確かあの時さなとは角を覗き込む形で姿を探したが、角を曲がっていたら消えていたのはさなとかもしれない。
「もしそうなら星が複数人で回るように言ってくれたおかげで俺達無事だな。ありがとう。」
「もしかしたらだって。単に人を消すのにインターバルが必要とか、そういう可能性もあるんだから、あんまり過信しないで。」
「わかった。でもこれからも何人かで行動しよう。星が言ってたように、わからない気付けないが1番嫌だから。
…後は、これからどうしたらいいのか、どうやったら現状打破できるか、だな。」
沈黙。まあそうなるよな。幽霊とかフィクションの世界だったし。
「あー、一般的には塩、とかお経?が有効だよね?お経とかわからないし、塩、撒いてみる?どこにいるのかわかんないから手当たり次第になるかもだけど。」
「手当たり次第やるには量足りなくないか。確かこの前新しいやつ買ってきたから未開封のがまだあると思うけど。」
「えーじゃあ何か変なことが起こったら、そこに投げる?怖いけど…とりあえず塩確認してくるね。」
「あたしもいく。」
百香とリナがキッチンにいくのを見送る。
確かに異変が起きてから塩投げるのは怖いよな。異変、異変ね…。
蝋燭の灯りがゆらりと揺れる。
そういえば、この部屋では何も起きていない。他の場所では色々あったのに。なんでだ…?
さなとが口に手を当てて考え込んでいると不思議に思ったのか彰が声をかけてくる。
「さな兄、どうかした?」
「あ、いや、なんでリビングだけ何も変なことが起きてないのかなって。」
「そういえば確かに?でも、さっきの人数のことが確かなら今5人いるし、それでとかどうだろ。」
「それはどうだろ。僕達3人で回ってたけど、色々起こったし。話を聞く限り百香とリナの方とも差はなさそうだし…5人…5か…意味がありそうな数字ではないけど。」
「え、数字に意味なんてあるの?」
「うん。末広がりを意味する8は縁起がいいとか、そういうの。7もだったかな。テレビでやってた雑学だからちゃんと覚えてないけど。」
「へえー。でも5はないんだ?」
「あるかもだけど、僕は知らない。」
星と彰がうーんと考え込むと、百香とリナが帰ってきた。手には深めの皿と幾つかの袋、容器に入った塩と未開封の袋の塩を持っている。
「塩持ってきたけどどうしたの?」
「ありがとー!さっきさな兄がなんでリビングでは変なこと起きないのかって言ってね、皆で考えてた!」
「そういえば。」
「確かに?」
百香とリナが顔を見合わせて首を傾げる。2人は持ってきた物を机の上に置いて椅子に座った。
リビングと他の違い。人数…広さ…物?
百香とリナと星が塩を器と袋に分けていく。その動きで蝋燭の火がゆらりとゆれた。
蝋燭。
蝋燭?
「…これか?」
「え?」
「さなと?」
リビングには手分けして探す前につけた蝋燭をそのままにして置いてきた。探す時は薄暗いけど歩き回る分には問題なかったから灯りになるものは持っていっていない。異変が起こった場所になくて、起こらない場所にあるものは蝋燭だ。
「蝋燭。蝋燭というか灯りか?リビングはずっとこの蝋燭がついてたし、探してる時は誰も灯りになるものは持ち歩いてない。」
「家も電気がつかなくて照明全滅。スマホも何故か電源がつかない。可能性はあるかも。」
「じゃあ、家中のあちこちに蝋燭つけて置けばお化けどっかいってくれるのかな。」
「…それは…どうだろ。あくまで変なことが起きない、だし…。」
変わり始めた空気がまた止まりそうになったのを、さなとは手を叩いて遮る。
「合ってるか合ってないか、試してみないと始まらない。とりあえず近場とか安全であって欲しい場所に蝋燭置いてみよう。塩も効果あるか試したいし。」
「そうだね。ひとまずそこの廊下と…キッチン、は今のところ何も起きてないけど一応置いとく?後は個人的に出入り口の安全は確保したい。気持ち的に。」
「はい!おれはトイレ!!行きたくなった時にお化けに驚かされたくない!」
「じゃあ廊下、キッチン、トイレ、玄関と物干し場の裏口な。火事が怖いから消化器をリビングに持ってこよう。」
「キッチンと階段のとこだよね。キッチンは今蝋燭つけてくるついでとってくる。」
「俺も行く。その間に塩分けといて。」
効果があるかわからないけど、できることがわからずにいた時より遥かに気分がマシになった。
後はこれで家族が帰ってきて元の日常に戻れるといい。さなとはそう思いながら百香とキッチンへ向かった。
さなと達は前と同じ別れ方で行動することにした。
蝋燭をつけて動きつつ、廊下、トイレ、玄関の蝋燭設置と消化器の回収を百香とリナ。
風呂場の近くにあるトイレと裏口の蝋燭設置と蝋燭なしで中を歩き回って幽霊を釣り、塩を試すのがさなと、星、彰。
全員塩と蝋燭は複数もっており、何かあったら躊躇わずに使うことを決めた。
さなとチームはさなとが先頭で動くことにした。廊下を歩き、風呂場の方へと移動していく。
道中、声が聞こえたり、途中にある部屋の扉が勝手に開いたりして、その度に塩を投げてみたが、反応らしい反応はなかった。効果がないのか、当たってないから反応がないのか、姿が見えないからわからない。
そうしているうちに風呂場へとついた。風呂場の近くにトイレがあり、そこの蝋燭設置は星に任せる。
設置し終わったのを確認して、洗濯機の横にある裏口から物干し場へと出る。段差があって、段差の下に蝋燭をおいた方がいいだろうと思ってさなとがしゃがんだ時だった。
視界の端でゆらっと影が揺れる。くす、と笑う子供の声がした気がした。
反射的に手に持っていた物を投げた。蝋燭をつけようとしていた時だったから、投げた物は当然、蝋燭だ。
投げてから、しまった、と思って塩を取り出そうと腰に引っ掛けた袋に手を入れようとした時。
蝋燭が空にあたって落ちた。そう思ったらそこに透けた子供の姿が現れた。
――なんで!?うごけない!?――
そこからはほとんど何も考えていない。
ただ、こいつを、こいつらを排除する。それしか頭になかった。
塩の袋に入れそうになっていた手を、隣の袋に伸ばす。そこに入っていた蝋燭を鷲掴んで、さなとはかけだした。
透けた子供に走り寄ると蝋燭を握った手を振り上げる。そして頭目掛けて振り下ろした。
――――――――!!!!
悲鳴が響き渡る。
その姿が消えると物干し場の外から――なんで!?――何が起きたの!?――逃げよう――と声が聞こえてきて、弾かれたようにさなとはそちらへ駆け出す。外の通路へ出ると、持っていた蝋燭をばら撒く様に投げた。
また一つ、蝋燭が変に弾かれる。
幽霊の姿を見る前にさなとはそちらへ駆け出した。走りながら袋に残っていた蝋燭を握りしめる。
――まき!――
――にいちゃんにげて!じかんをかせぐから!――
声が聞こえて、頭の片隅で何か企んでいるな、と察した。察したが、止まれなかった。後ろで星と彰が何かを言ってたような気もするが、聞き取る余裕がなかった。
早くいなくなって欲しくて。
早く皆を安心させたくて。
家族に、帰ってきてほしくて。
じわっと幽霊が姿を現す。
濁り淀んだ瞳。
骨が露出した頬と首から下。
膿を吹き出す、手足。
赤黒いのは筋肉か、それとも内臓か。
さっき蝋燭を突き刺した幽霊は普通の子供の姿をしていた。それとは大違いのこの幽霊に気圧されなかったわけではない。その姿に、兄弟と思わしき会話に躊躇いがなかったわけではない。
でも、それでも。
さなとは自分の中にうまれた優先順位に従って蝋燭を握りしめた手を振り下ろした。
罪悪感や嫌悪感を全て押し殺して。
と、いう夢を見たのさ!!(ガチ)
という1文を書きたくて文字書きの練習をかねて約1万字書きました。
書くに当たって色々設定考えたり、違和感ないように会話内容増やしたりしたので、実際に見た夢に3〜5割ほど付け足してる感じです。でもだいたいこんな感じの夢を見ました。自分ホラー苦手な方なんですけどなんでですかね…後なんで蝋燭(火なし)なんでしょう。火ならまだわかるんですけど謎ですね。
ここで目が覚めたので続きはないです。多分お兄ちゃんがキレつつ蝋燭握り締めて幽霊退治(物理)して追い払うんじゃないかな…