夢
その日、アンズは夢を見た。
それは何度も何度も滑り台をすべる夢だ。
夢の中のアンズは楽しげで時間を忘れて夢中になっていた。
「あんず!」
あんずはその声ではっと我に返り、なんの警戒心も持たずに振り向く。
ゆるく巻かれた黒い髪を風に揺らしながらこちらへ手を振る女性を見てあんずは勢いよく立ち上がる。
「お母さん!」
あんずはぱっと顔を明るくさせるとお母さんと呼んだ女性の元へ一目散と駆け寄り、抱きついた。
「もう暗くなったから帰ろっか」
「うん!」
「今日はゆみちゃんいなかったから退屈だった?」
「ううん。ゆみちゃんいた方が楽しいけど、ひとりで遊ぶのも楽しいよ!」
あんずは母親と手を繋いで夕暮れに照らされた公園を後にする。
あのね、そのねと嬉しそうに母親に今日あったできごとを話すあんずは幸せそうに笑っていた。
「っ……!」
アンズははっと目を覚ました。
「今の夢…………」
アンズは馬小屋の天井を呆然と見つめながら先程見た〝夢〟をなぞるように思い返し、ドクドクと脈を打つ心臓に手を当てる。
アンズは〝知っている〟あの公園を。名前を呼ばれ、そして、〝お母さん〟と呼んだあの女性を。あの時の夕日に照らされた頬の熱さや母に話した時の高揚感。ただの夢では感じられない感触をすべてアンズは〝知っていた〟そして、それらを〝なつかしい〟と心が訴えていた。
「…………」
公園の名前も、母の名前もアンズは知らない。なのに〝知っている〟と心が脈を打つ。
わけがわからない。なのに、どうしてなつかしいと感じているのかをアンズの心が叫んでいるようだ。
アンズは今日を境に自分を取り巻く環境が変わるような気がしてぶるりと背筋を震わせた。
「夢よ、あんなのはただの夢……」
ざわざわとざわめく胸に手を当てて大丈夫。大丈夫。と何度も言葉を繰り返す。
とにかく早く店を開ける準備をしなければ、と立ち上がると小屋の外に干していた服に袖を通した。
まだいくらか湿っている服にため息をひとつ。
いくら晴れているとはいえ真冬の日差しでは完全に乾くまではいかなかったようだ。
アンズは服のシワを伸ばすように裾を撫でてから小屋をでた。