ろくでなし
モロゲの町のロストンという名の酒場にはロストン夫妻とその娘メリーが住んでおり、そこに養女として幼いアンズが引き取られた。
ロストン夫妻とその娘メリーはその町でも有名なろくでもない親子だった。
誰が悲しもうが誰が野垂れ死にしようが己の欲望を満たすのであれば脅しやスリ、時には暴力を振るい、すべてが思うがままに事をねじ曲げてきた。
そんな親子がどうしてアンズを引き取ったのかと問われれば、その理由はすごくシンプルかつ、非道なものだった。
「ねぇ、ママ。わたしお人形がほしいの」
「お人形なんてもういっぱい持ってるじゃないか」
幼いメリーに新しいお人形がほしいと言われアローザは呆れたようにメリーの部屋に飾られた様々なお人形へ視線を移す。
ここに置いてある人形はすべて、メリーがほしいとアローザにせがみ、アローザがロストンと協力し非道なやり口で様々な人達から奪い取ってきたものだった。
「そんなにお人形ばっかり集めてここを人形の館にでもするつもりかい?」
と、冗談めいて笑うアローザにメリーはそれこそ人形のような透き通った青色の瞳をくりくりとさせながら笑う。
「だって、この子達は動かないんだもん」
「そりゃそうさ。お人形なんだから」
「わたし、動くお人形がほしいの」
アローザはその言葉に鼻をふんっと鳴らした。
「なにバカみたいな事いってんだ、メリー」
「バカじゃないわ」
メリーはアローザにバカにされた事で不愉快そうに眉をひそめると、窓から見える先程から道でうずくまって動かない薄汚れた幼子を指をさした。
「あそこにいるじゃない。動く〝お人形〟」
アローザはメリーが指をさす幼子へ視線を向けると、ため息をつく。
「メリー。あそこにいるのはただの人形じゃないよ。腹は空かすし、寝る場所も必要な〝めんどくさい人形〟なんだ。……お金なんてかけらんないよ」
「なら、あのお人形を使ってお金をもうけるのはどう?」
メリーの提案をアローザは首を振って否定する。
「無理さ。あんな痩せっぽちの子供なんざ、なーんの役にも立たないね。せいぜいあと数日生きられるただのゴミさ」
アローザがこれで話は終わりだというようにメリーに背中を向けて歩きだそうとした時、メリーはカラッとした声を張り上げた。
「このお店の名物にするのよ!」
「はぁ?」
「みんなの前で叩いたり、殴ったりして逃げ惑うお人形をみんなに見てもらうの!そうすればもっともっとお客さんは来てくれるわ!」
瞳をキラキラとさせながらアローザの手を掴んで「ね、ママお願い」と甘えた声をだせば、アローザは逡巡したのちに、口が裂けてしまいそうな笑みを口元に浮かべるとメリーの頭を撫でたのだ。
「メリー、やっぱあんたはあたしの娘だねぇ!たしかにあんたの言う通りさ、〝動くお人形〟があればこの店は今よりもずっと人気がでるだろうね!なんてったって、ここはモロゲなんだから!」
「わぁい!ママありがとう!それじゃあさっそく新しい〝お人形〟を連れてこないと!」
己のお願いがまたひとつ叶った高揚感を感じながらメリーは手を上げて喜んだ。
メリーがその場でくるくると回れば可憐で可愛らしいスカートの裾が花のように広がり、アローザはそんな娘を愛しそうに見つめ、大きな体を揺らしながら店からでていった。
こうして、アンズという幼い少女は荒れくれ者しか暮らしていないモロゲの町の一番のろくでもない親子に拾われ、そして、一番不幸な暮らしをする少女へと成長したのだった。