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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

手紙

作者: oryzae

うまくかけているかはわかりませんが、ぜひ、読んでいただきたいです。感想もいただけたら幸いです。

A君。


 君に伝えたいことがある。



 もちろん、君はこの手紙が誰から来たものか知らないだろう。僕が宛名を書いたところでそれは変わらない。まず、この手紙が君に届くかすらわからない。それでも僕がこの手紙を書くのには理由がある。


 まず、謝りたいことがある。君が今その状況にあるのは僕のせいなのだ。僕の予想が正しければ、君はいま魔王軍の端くれとして、日々、人間の村や町を襲っているのだろう。そしてそれに苦しんでいるのだろう。いや、もしかしたら楽しんでいるのかもしれない。もしそうならこの手紙を焼き捨てて忘れてほしい。君の足を引っ張ることになる。


 君はこのような状況になってもいい、いや、そうしてくれ、と自分で言ったが、それでもこれは僕のせいに感じてならない。もとはと言えば、僕が魔法を正しくかけられなかったからだ。その責任を君が負うことになった。本当にごめん。

 多分、君はここで苦笑しながら、いいよ、という。

 出会った時もそうだったからだ。僕は、君と、北の小さな村で出会った。僕はあの時、荒くれ者の黒魔導士で、君は魔王軍を打ち倒す勇者だった。あの時のことは今も忘れられない。


 僕は君の剣を盗んだ。君の家は名門で、家宝であるその剣は高く売れると知っていたからだ。

「困ったな」と君は剣を探していた。そこにちょうど遭遇した僕は君の剣をみたかと聞かれた。

「いや」と僕は答えた。

「困ったな」君はまた言った。「あれがなければ、魔王を討伐に行けないんだけどな」

僕はそれまで魔王を倒す、なんて考えたことがなかった。そんなことをするのは、気取ったルーキーか、百戦錬磨の強いパーティだと思っていたのだ。

「魔王を倒すって、君、本気か?」思わず尋ねていた。

「ああ、そうだよ。みんながそれで助かるなら」

 君は言った。見たところ、ルーキーにも見えないし、百戦錬磨にも見えない。

「だって、あれだぞ、レベル100の冒険者だって倒せないほどの敵だぜ」

「うん。知っている」

「もしかして持っているのか?100以上」

「いや、僕は32さ」

すました顔で言った君の頬を僕は殴った。驚いたように君が目を見開く。

「お前、俺よりもレベルが低いじゃないか。そんなので魔王を倒しに行けるのかよ」

小さい頃から、僕の周りにはたくさんの冒険者がいて、その多くが無謀な挑戦によって死んでいった。命を大事にしない馬鹿者がまたここにもいると思った。言い訳するようだけど、そういう理由があって君を殴ったんだ。

「関係ないよ」

君はそういった。

「関係ないよ。僕は冒険者ギルドが僕たちにつけるランクなんか気にしない。僕が行けると思ったから行くんだ」

僕は殴られたような気分になった。

 なぜ、そんなに強いんだろう。

 なぜ、挑戦するものはそんなに強く生きられるのだろう。

 そればかりが頭の中をめぐって何も言えなかった。

ありがとう、といって去ろうとした君の背中に急いで声をかけた。

「ごめん、君の剣、奪ったのは僕なんだ」

そういって隠し持っていた剣を差し出すと、君は苦笑して、いいよ、と言った。


 今でも僕は分からない。

 大切な剣を奪った上に、自分のことを殴った相手に対して「一緒に、行かない?」と聞いたその心が僕にはわからない。でも、僕がその一言で荒くれ者を卒業したのは確かだ。

 君はいつも僕の光で、正しい道であり続けた。

 僕は君との冒険の中で何度も、悪の道に入りそうになった。それをいつも助けてくれたのは君だ。覚えているだろうか、あの日のことを。


 その日は嵐が吹きあられていた。

 村にたどり着けなかった僕たちは森の中で、野宿をしていた。どうにか張ったテントに雨は打ち付け、僕たちは眠れなかった。

「目を閉じればいい」君は動いてばかりの僕に言った。「そうすれば眠れる」

僕はむしゃくしゃしていた。なぜなら、数日間、ろくな食べ物を食べずに森を歩き続けてきたからだ。

「外に出てくる。雨でも浴びれば気が済む」

君はそんな僕をみて「いってらっしゃい」とまっすぐな目で言った。

 外に出ると、やはり嵐はふきあれ、すぐにマントは濡れてしまった。一度、戻ろうと思ったが、いや、と思い直す。今帰ったら、きっと君に八つ当たりするし、それでまた気も悪くなる。しばらく散歩しようと思った。そうすればきっと気が済む。

 その時、遠くの方にランプの光が見えた。

「馬車だ」とつぶやいていた。商人ギルドの紋章がランプの光に見えていた。どうやら彼らもこの嵐に進めないと判断したらしく、寝静まっていた。

 そのとき、心の奥に「襲ってしまえ」という言葉が浮かんだ。

 きっと、あの馬車には暖かい毛布も食料も乗っている。それを奪って、食べれば…。

 とん、と肩がたたかれる。振り向くと、君がいた。

「だめだよ」

それだけ言って君は僕をじっと見つめた。僕はその真っ黒な瞳に光を見出した。

 ああ、僕はなんてことをしようとしていたのだろう。これが自分を苦しませることになると知っているのに。

 君は僕にりんごを差し出した。それは午前中に見つけたりんごだった。僕はその場で食べてしまったが君はあとで食べると、ずっと我慢していたりんごだった。

「あげる」

唇をぎゅっとかみしめた。「半分。二人で食べよう」

君はやっと笑った。


 誰の心の中にも悪魔はいるが、僕の中の悪魔は特に大きかった。それを救ってくれたのはほかでもない君だ。いつでも君はそばにいて僕を支えてくれた。

 だからこそ、謝りたい。

 君が君の心の悪魔にとらわれてしまっている今、僕はなにも君にしてやれない。ただ、この思い出ばかりの手紙を君に届けるしかできないのだ。君の悪魔なんて見たこともないし、元来、ほかの人にかまうのが苦手な僕は、このような不器用な方法でしか、君に思いを伝えられない。


 そうそう、君に手紙を届けた男がいるだろう。その男もどうか忘れないでやってほしい。君が救い、正しい方向へと導いた男の一人であるから。きっと、気になると思うから、彼の経緯も書いておこうと思う。彼は酒ばっかり飲んで妻と子供に逃げられた、剣士だった。彼との出会いは君の印象に残るものだったと思う。


 僕たちが大都市に訪れた時、ちょうど観光シーズンで宿が埋まっていただろう?そうしたら、君が「農家に泊めてもらおう」なんていうからびっくりしたよ。君と過ごしてきた中で、君はできる限り清潔でいたいと常に言っていた。実際に、地面に布を敷かなければ君は寝なかったし、食べる前には欠かさず川で手を洗わなければいけなかった。そんな君は、いつも「家畜というのは嫌だな。密閉された場所で飼育されているせいで、臭いがこもっている」と言っていた。

 だから僕は思わず「本気か」と聞いてしまったんだ。

「ああ。そうでもしなければ今日は野宿だよ。それよりはいい」と君は言った。驚いたが、確かにそうだと思ったので、僕も君の後を追いかけた。

 農家は町外れに密集していた。しかし、泊めてくれる家はいなかった。それはそうだ。君のように剣を腰にさした男や僕のように物騒な巨大な杖を持っている男を、そう簡単に泊めるとは思えない。

 そのとき、大きな歌声が聞こえた。確か、あれは「悲しき舟歌」だっただろうか。僕の周りの大人が普段歌っていたので知っている。しかし、その歌声はなんともがさつで、決してうまいとは言えなかった。

 そんな彼に君は声をかけた。彼は「おう、お前たちは宿を探しているのか」と酔っぱらった声で言った。彼は手に酒瓶を持ち、常にふらついていた。

「はい」と君は言った。「泊めてもらえないでしょうか」

「俺の家はないぜ」とろれつの回らぬ声で言った。「俺はホームレスってやつだ」

僕は君に、あきらめて去ろうといった。しかし、それを彼がさせてくれなかった。

「俺、家はないけれど、泊めてくれるところは知っているぜ」

彼がそう言うと、君は顔をぱっと明るくした。

「教えてもらえますか」

彼は深く頷きながら、近くにあった農家の扉を強く叩き始めた。

 なんだいと怒った声で人が出てくる。彼はその人と大きな声でしばらく口論した後、こっちを振り返って親指を立てた。「泊まれるってよ」

 君はしばらく何かを言いたそうに顔をしかめていたが、農家の人にありがとうございます、と深々とお辞儀をした。僕もそれをみて急いで君をまねたよ。

 しかし、彼はそんなことお構いなしに、農家の家に我が物顔で入っていった。

「おい、お前、ここに泊まるのかよ」

思わず声をかけると、「当たっりめぇだ」と彼は言った。こいつはどうにも粗暴でおかしなやつだ。僕はそう思ったから、君のマントの裾を引っ張って「やめようぜ」と言ったが、君は首を横に振って何も言わず、彼の後を追った。

 僕は思わずかっとなってその場を去ったよ。でも君のことが心配で夜に帰ってきた。

 すると、驚いたことに、君と男は仲良く話している。しかも、男は酒も飲まず、きちんとした佇まいだ。

「なにがあったんだ」と僕は尋ねた。

「別に何も」

と君は言った。「僕は彼の話を聞いただけだよ」

「この方はすごい。俺は、悟っちまったよ。ああ、何をしていたんだって」

彼はそういって笑った。「俺、明日にでも女房に会いに行くんだ。いつか必ず、家も取り戻すから、その時は一緒になってくれ、って」

 何があったのかはわからないが、僕がその場を出ていくときに君がしていた険しい顔が、今は穏やかな顔になっていたので、もうよいのだと気が付く。

 その次の日、農家にお礼を言って、僕たち三人はその家を出た。君は彼に一緒に行かないかと誘ったが、彼はそれを断った。

「お前たち、魔王倒しに行くんだろ。俺はまず、金をためたいんだ。いろいろアルバイトするよ。料理人とか、郵便配達員とか」

 彼はそういって僕たちの前から颯爽と去っていった。アルバイトは剣士にとって恥を意味するが、そんなことをものともせずに歩いていく彼は、なぜかとてもかっこよく見えた。


 君はあの時、何をしていたんだ?僕は君に問いたい。彼と何を話して、彼に何を授けたのか。彼はこうして郵便配達員として君のもとに、危険を顧みずにやってきた。君はそんな彼を覚えているだろうか。

 いや、覚えていないだろう。僕は君が彼のことを好いていたのは知っている。なぜかというと、あの日から一週間ほどは彼の話ばかりしていたからだ。

 でも、君は彼のことなど、少しも覚えていない。微塵もだ。

 これは僕のせいだ。その話もしなければいけない。

 しかし、これには勇気がいる。

 こんなひどいこと、君は忘れているのに、もう一度思い出させなければいけないからだ。


 これを知った時、君は僕を恨むだろうか。いや、恨んでほしい。温厚な君だからこそ許してしまうのは分かるが、くそやろう、と罵り、何発か殴ってほしい。


 君は何のことかわからないだろう。

そのことがたまらなく悲しい。


 僕は、君の記憶を消し、魔王の領地に残してしまった。



 それは偶然と言ってもいい。

 僕の魔法が誤作動を起こして、魔王領のほぼ中心、そう、魔王城の外壁に僕たちはテレポートしてしまった。本当は近くの農村にテレポートするつもりだった。

 まだ戦うべき時じゃない。君もそう判断した。いくら君が向こう見ずの勇気があっても、戦うことはできなかった。

 それはオーラが強大で、邪悪で、踏み入れることすらためらわれたからだ。

「三十分だ」

と僕は言った。「三十分待てば、もう一回テレポーテーションが使える」

「分かった」

と君は冷や汗をぬぐっていった。「そこまで隠れよう」

 しかし、君がそういったときには、敵兵のゴブリンにもう見つかっていた。 

 耳を覆いたくなるような甲高い叫び声。

 それは君が一瞬のうちに、ゴブリンの一体を斬ったことを意味した。

「戦うしかないようだよ」

振り返らずに君が叫んだ。僕もそのころには魔法発射体制を作っていた。

「離れろ!」

君が僕の一喝で右に飛びのく。それと同時に僕の杖から紫色の炎があふれ出した。うめきを上げる隙もなく、ゴブリンたちが焼けて消える。

 しかし、援軍が来ていた。ゾンビやら、火の玉やらオークやらが大軍となって四方八方から押し寄せてくる。

「魔王城、だもんな…」

だれにでもいう無くつぶやいた。いつの間にか君と背中合わせになっていた。

「じゃあ、覚悟を決めて、…行くぞ!」

君と僕は互いの背後を守りあう姿勢で敵に攻撃を仕掛けた。前にいた魔物は苦しみ、倒れていくが、それでも無限に敵はわいてきた。まるで津波のように押し寄せる。

 カキーン、と音が響いた。

 君の剣の先が割れて地面に突き刺さった。

 僕は丸腰になった君に襲い掛かろうとする魔物を炎で焼き殺し、氷魔法で剣を精製した。

「これはその剣より強いはずだ!」

「ありがとう!」

君は剣を受け取ると同時に、僕の背後から襲い掛かろうとしていた魔物を一掃した。

「気を付けて」

「ああ」

それからは無我夢中に戦った。君が剣を傾ければ、僕はその軌道から身をかわす。僕の杖の先が光ると君はふっと僕の背後に回る。

 一種の快感を感じた。相手の心配をしなくても技を放てる。思う存分、戦える。

 破壊的欲求が満たされたのかもしれない。でも、ただそれだけではない気がする。

 いや、ここには書けない。でもいうならば、信頼とか、そういうものに近いと思う。

 君もきっとそれを感じていた。なぜならばいつもより剣筋はよく、輝いて見えたからだ。

 この時間が無限に続けばいい、と思ってしまうほどに。


 しかし、終わりは案外、すぐにやってくるものだ。君の手が敵によって切って落とされた。

 初めてうめき声をあげる。

「回復をするぞ!」

目の前の敵を杖で薙ぎ払い、君のもとへ走り寄ろうとする僕を、君は止めた。

「いや、テレポーテーションは使えるか?」

君は反対の手で剣を握りなおし、片手で戦い始めた。

「いや、まだ時間が足りない」

僕はとげをいくつも含んだ風を繰り出した。

「あと何分」

オーガが切られてひと際大きい声を出す。

「十分以上は裕にある」

自分で言って驚く。あの、永遠とも思える時間が、なぜこんなに短いのか。

「空に飛ぶことはできる?」

「できないこともない」

いうと同時に僕は魔法を精製し始めていた。背後から君が僕を守る。

「行くぞ!」

バン、と空中へ飛び出した僕らを魔物たちはあっけにとられたように、そして恨めしそうに見た。

 やった、と思うのもつかの間だった。見える限り地平線のかなたまで敵が押し寄せている。さらに上空には空中部隊もいた。

「どうする!」

「仕方ないよ、魔王城内部に入るしか道はない」

確かに、魔王城には人気がなかった。しかし、襲い掛かるような黒い殺気をそこに感じた。

「行くしかない」

と君は言った。僕は何も言わずに杖を魔王城の方角に傾けた。心の中を埋め尽くす不安も、君がいれば大丈夫だと思うことができた。

 それと同時に、君の右腕も治る。

 先ほどから魔法を同時進行でかけていたのだ。気が付いた君は、何も言わずにうなずいた。


 魔王城内部はひっそりとしていた。

 窓から城の中に入り、着地した僕らはその場でうずくまった。

「ここで待とう、テレポーテーションが使えるまで」

「いや」

と僕は言った。

「魔王を倒せる」

と断言した。

 君は驚いたように僕を見る。でも、それでもなにも言わなかった。

「行こう」

 僕はその時、有無を言えぬ高揚感に満ちていた。先ほどまでの不安がどこかへ吹き飛んだようだった。どうせ、すぐにテレポーテーションは使えるようになる。危険だと思ったら、逃げればいいんだ。そういう思いでいた。

 螺旋階段を上っていく。

 足音だけが不気味に反響していた。

 君をだんだん感じなくなってくる。自分が無の中を歩いているのではないかという錯覚に襲われる。

 そんな時に、君が僕の手を握る。

 振り向いて、君を感じる。

 何事もなく、最上階の一番大きな扉にたどり着いた。ここだ。殺気のもとは。

 二人で重い扉を押し開けた。

「っ!」

そこには誰もいなかった。ただ立派な古びた玉座があり、その上に王冠を被った人骨が載っていた。その人骨も古いように見えた。

「これは…」

そこで、殺気のもとがこの王冠を被った骨ではないことに気が付く。

 殺気は、その椅子の隣にあった箱の中から感じた。

「開けるよ」

君は箱を慎重に開けた。中には一冊の本と、乾燥したバラが入っていた。

「エクサイテーシヨ物語」

君は本の題名を読み上げた。そして中を開いてみた。しかし、中にはなにも書かれておらず、真っ白なページが続いていた。

 僕は箱の中からバラを取り出した。そして驚く。それは火に焼かれ、氷にさらされて、初めて咲くバラだったからだ。過酷な環境を乗り越えたバラだけが花開く。その他のバラは大抵、焼けて灰になるか、氷漬けで終わるかだ。

 この花は何万の一の確率で花開き、今、乾燥してここにある。そのことに魔術師としてたまらなく哀愁を感じた。

「どうする」

と僕は君に言った。「魔王はいない。殺気のもとは人畜無害な本と花。帰るか?」

 その時、何かを言いかけた君が視界から消える。いや、全ては闇に飲まれ、その空間を僕は浮遊していることに気が付く。

 

 すっと息をのんだ。

 ここは、どこだろう。動ける。端まで行こう。しかし、闇は終わらなかった。 

 発狂しそうだ。叫びだしそうだ。ぐっと自我を保つ。

「そうだ」

声がした。何万もの声が集まったような声だった。

「自我を保て」

「お前は誰だ!」

僕は叫んだ。不安で仕方なかった。

「姿を現そうか」

おちょくるような声が聞こえて、気が付けば目の前にマントを羽織った男がいた。もともとそこにいたかのようになじんでいる。

「私について来い」

すーと宙を滑っていく男に、僕はついていく。

「お前は誰だ」

「私は、お前たちが俗にいう、魔王だ」

質問にうんざりしたという様子で魔王が言う。

「魔王…?」

余りのことに聞き返した。頭が真っ白で理解できなかった。

「ああ」と男は答えた。「漏れ出る殺気に気が付かなかったかね?」

「気が付いたけど…」と僕は言う。「まさか、魔王だとは思わない」

魔王は何も言わなかった。沈黙が重くのしかかった。

「なんで、ここにいるんだ。閉じ込められているのか?」

「魔王が?閉じ込められている?…たわけたことを!」

魔王は腹を抱えて笑った。「そんなわけないであろう!私は自らここにいるのだ」

ぐっと奥歯をかみしめた。

「お前は、魔王がなぜいるのか、知っているか?」

声を静めて魔王が言った。

「知らない」

「であろうな」魔王はくっくと笑った。「私だってなぜ存在するのかわからない」

「じゃあ、なんで魔王軍があるんだ?どうして人の村を襲う?」

「魔術師よ」と魔王は言った。「私にもわからない」

哀愁に満ちた声だった。

「…どういう」

「古来、『魔王』というのは存在しなかった」魔王は声を張り上げ、語り始めた。

「人類は静かに暮らしていた。狩りをし、農耕をし、料理して、食べて、眠り、朝起きて、自分の趣味に没頭する。そんな平和な毎日が続いていた。

 しかし、人類はだんだんそれに飽き飽きしてきた。毎日単調な生活に刺激を求めた。

 人類は森の動物の中で恐ろしいものを、魔物、と呼び、恐れた。彼らを狩ることによって、魔を討伐したと喜んだ。やがて、それは職業にもなった。そう、冒険者だ。人は魔物と呼んだ生物を狩ることを刺激とした。人々は毎日森に繰り出し、毎日、何かしらの魔物を狩ってはそれを売りに行った。

 一時はこれでよいと思われた。これで刺激は満たされた、と。

 しかし、人間の欲は尽きなかった。

 もっと、もっと刺激を、と求めた。

 それを北の王国の王は求めた。彼は親から受け継いだ金や地位でまったく苦労しなかったため、刺激を求めて、毎日、狩りに繰り出した。しかし、権力者の欲は大きい。

 狩りだけでは満足できなくなった。もっと、単調ではなく、大いなる敵になるもの。戦略を立てて、打倒し、思わず飛び上がるほどの達成感。

 そう、例えば、魔人がいればいい。そして、それを統べる魔王がいればいい。彼らが考え、しゃべることができるならいい。もっと刺激的な狩りができる。

 王は国中から魔術師を集め、そのような魔人、果ては魔王を作らせた。

 研究室を作り、そこには魔物が毎日連れていかれ、実験の材料にされた。

 魔法は完成した。始めてから二年ほどで作られたのが、「エクサイテーシヨ物語」とあのバラのドライフラワーだ。本の題名は王が自らつけた。バラは、魔術師たちが無限に実験を繰り返し、ようやく咲いた奇跡の花だ。

 魔術師は王に説明した

『この本の中には、自我を持った魔人形があります。それが魔王です。そして、このバラを握り、本を開くと、バラを握ったものが魔人になります』

『魔王と直接戦うことはできぬのか』

と王は尋ねた。

『この本の中に無限の空間が広がっています。そこでは魔法を使えるので、魔王と戦うことができるでしょう』

魔術師は言った。

『では試しにお前が魔人になってみろ』

王は魔術師に命じた。魔術師はうろたえたが、王の命令ならばと、バラを握り、本を開いた。すると、どす黒い光がばっとあふれ、魔術師を包んだ。そして、光がなくなると、そこには、汚らしい緑色の皮膚をした魔人が立っていた。そう、ゴブリンだ。

 それを見た王はたいそう喜んだ。そして、城の中にいるすべての人にバラを握り、本を開くように命じた。

 しかし、それだけでは足りなかった。王は国中の人を魔人にしてしまった。そして一人で魔人を倒し、喜んでいた。

 だが、ある時、魔王と戦ってみたいという強い思いに駆られた。しかし、魔術師からはどうやって本の中に入るのかを聞いていなかった。だから、魔術師が言ったように、バラを握り、本を開いた。すると、真っ黒な闇に包まれた。王は先の見えない不安に、泣き叫び、怒り狂ったが、しばらくして、そこに一人の男が立っていることに気が付いた。

 そう、この私、魔王だ。

 王はそのことに気が付き、じっと私をにらんだ。

『お前が魔王か!お前を倒せばここから出られるのだな!』

私はこういった。

『私には名前がありません。…そうですか。魔王というのですね。はい、私を倒せば、魔人にならず、ここから出られます。しかし、負けた場合、世にも醜い魔人になってしまうでしょう』

しかし、それを言い終わるか言い終わらないかのうちに、王はその大鉈をふるって襲い掛かってきた。その体制は実に滑稽であったなあ!

 まるで格好つけたような無駄な動き。目を血走らせているくせに、そこに浮かぶ、嘲笑の色。

 私はしばらく防御しながら、それを見ていたが、飽きてしまってやめた。手刀できったよ。首が飛んでいき、血が弧を書いて落ちていった。

 王は外の世界で魂の抜けた抜け殻となり、そのまま死んでしまった。

 それから、王が作りに作った魔人は、自ら増えていった。それに困らされたのが他の国々だ。魔力を持ち、力もある魔人たちを駆逐しなければと、冒険者ギルドを立てるようになった。

 しかし、この城にたどり着いたものは一人もいなかった。魔王といういるかどうかもわからない存在を恐れて、噂だけが独り歩きした。

 今日は、久しぶりに人間に会った。それがうれしいのだよ」

魔王はそういうと、上を見た。つられて上を見たが、なにもなかった。真っ黒な闇がただ広がっていた。

「ただし、問題がある。

 おぬしに、戦うかどうかを聞いて、それ相応に動ければいいのだが…」

「なんだよ」

沈黙を作った魔王に苛立って僕は尋ねた。

「今回は二人が扉を開けたではないか。

 勇者が本を開き、魔術師がバラを持った。おぬしを魔人にするのではアンフェアだ」

悪い予感がした。

「話し合うがいい。勇者と魔術師よ。どちらか一方に戦うか、魔人になるか、決める権利を与えよう」「ちょっと待てよ」

僕は言った。「僕を、僕が戦う」

「何を?本当は恐れているくせに」

怪訝な顔をして魔王が言った。

 鼓動が先程から早くなっていた。鼻息も熱く、荒く感じていた。足も震えた。

 怖い。わかっている。

「まあ、ゆっくり。十分待つぞ」

その声を最後に闇から光が差し、元の広間に戻っていた。

「大丈夫?」

君が心配した顔で覗き込んでいた。

 きっと僕の顔は青ざめている。

 僕は急いで、君に事情を説明した。君の顔もだんだん青ざめてきた。

「開けてはならないものを開けてしまったわけだね」

話を聞き終わった君がつぶやいた。

「ごめん、本当は僕がなればよかったんだ。魔王を倒そうといったのは僕だ」

「いや、君がそこで決めないでくれてうれしいよ」

沈黙があたりをつつむ。互いの顔を見つめ、息も止めたまま、じっとしていた。

「ねえ、僕がなぜきみといることを決めたと思う?」

突然君が言った。僕は顔をしかめた。君は笑った。「僕、君が剣を盗んだこと、最初っから知っていたんだよ」

声も出なかった。

「あの夜、何か音がするなと感じて薄目を開いたんだ。そしたら、君が僕の剣に手を付けている。とても驚いたよ。でも、君は小さく、ごめん、とつぶやいた。さらに、寝相の悪い僕に布団をかけなおしてくれた。ああ、優しい人だなあと思ったんだ。しかも、翌朝、町を歩いていると、君がいる。だから声をかけてみようと決めた。君は、僕を殴った後、剣を返してくれた。そこからだよ。どんなにレベルの高い人でも、どんなにすばらしい技が繰り出せる人でも、この人にはかなわない。僕は君と行きたいってね」

君のまっすぐな目が見られなかった。これから言わんとすることが分かっていたからだ。

「僕がいく」

と君は言った。

 僕は、止めようと思い、君のマントの裾をつかんだが、君はその手を握り締めて、首を振った。

「僕が行く必要がある」

目から涙があふれてきた。僕の責任なのに、それを君に負わせてしまうのがふがいなくて、つらかった。君に罵ってもらえれば、少しは気が楽になったのに。

 しかし、そう思うのはすぐにやめた。この十分という短い時間が、君と過ごす最後の時間になりうるのだ。

「僕は、楽しかったよ。この旅が」

僕は言った。

「そうだね」

天気の話をするように君が返事をする。「まさか、本当に魔王が見つかるとは思わなかったね」

「ああ。というか僕が不思議に思ったのは、なぜ魔人たちが統べるものがいないのに戦っているんだ?」

「それは魔法だろう?本の」

「そういうことか」

「今まで倒した魔人の中で印象に残っているのは?」

「スライム人間。べとべとして臭かった」

「はは!同感だね」

君はとりとめなく話をした。

 本から、残り一分だという声が聞こえた。

「最後に、君にお願いがある」

君は言った。

「僕の記憶を消してくれ」

僕は、目を開けたまま固まった。

「記憶を持ちながら、町を壊していくのはいやだ」

「…つまり、この旅の記憶もなくなるんだぞ」

「かまわない。僕にとってそれが楽だよ」

でも、と、君が言った。「でも、いつか、君には会いに来てほしい。魔人になって、君のことが分からなくなっても、会いに来てほしいと思っている」

「分かった。必ず会いに行く」

「またね」と君は言った。

「じゃあ」と僕は言った。

 記憶を消す魔法を君にかける。

 魔法がかかったと確信したとき、ちょうど君が、黒色の光に包み込まれて、消えた。


 あの後の話をしようと思う。

 僕はようやく使えるようになったテレポーテーションを使って、ギルドに戻った。事情を説明すると、全員が驚き、嘘ではないかと疑ったが、確かに魔王を見かけたものはいないということで、信じてもらえた。駆除対象は魔人だけになった。

 しばらくして、あの城に冒険者がたどり着いた。彼らはあの本とバラを見つけて、丁重に持ち帰った。今ではもっとも危険な遺産として政府が管理している。


 僕はと言えば、君を探しに探して、何十年も経ってしまった。

 君は見つからなかった。とうとう、足の骨を悪くし、歩けなくなってしまった。だから、この手紙を書いて、君に送った。ほら、郵便配達員の男も、おじいさんだっただろ?みんな、年を取ったんだ。

 君はどうだろう。

 魔人の中でもおじいさんになっているのだろうか。

 君は、僕のことを嫌いになってもいい。

 勇気を出せなかった僕を、代償を君に負わせた僕を、どうか、嫌ってくれ。

 そういっても、君はいいよ、と笑うのが分かる。僕は、顔を隠す。

 そして、二人でまた、当てのない永久の旅にでる――


 もし、会えたら会いたい。

 でも、その時は、君でいい。









 






 











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[良い点]  語りかけ文で構成されていて、次々とお話が判明していくこと。  お話と共に語り手の思いが語られ、最後に物語と共に語り手がこの世からいなくなるであろうというところに最後の良心をいかに使うかな…
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