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その職業、魔王。

「う……」


 眩しい光が俺を包む。さっきまで暗闇の中に居たせいか、目が眩んでしまい辺りの状況がわからない。


「おぉ、成功したか!!!」


 突然野太い男の声が耳を打つ。あまりの声のでかさに俺は耳を塞いだ。こんな大きい声を出す奴は知らない。一体誰だ。


 ようやく光に慣れて来た目が現状を捉える。俺が今立っている場所は、大きな赤い絨毯がひかれた部屋だった。創作物の城で見かけたその光景に俺は自分の置かれた立場を理解する。


「ん、んん。怜央?」


 横から勇那の声が聞こえてきた。どうやら目を覚ましたみたいだ。俺はホッと胸を撫でおろし、今まで掴んでいた手を離した。


「勇者達よ! 余の元へと来るがいい!」


 もう一度、大きな声が上がる。俺はその声の主を見た。それは精悍な体つきの男だった。背中には赤いマント、頭には装飾をあしらった王冠。衣装を見る限り、どう考えてもこの国の王様に違いない。


 ファンタジー作品をよく読んでいたせいか、こういう展開はよく知っている。これは──異世界転移物だ。異世界に呼ばれて気が付けば城にいたとか、どこかの草原でモンスターに襲われるのが定番となっている。どうやら今回は前者のようだった。


「どうする、怜央?」


 勇那は不安そうにこちらを窺ってくる。王様に呼ばれた以上逃げるわけにはいかないだろう。


「行くしかないだろうな」


 俺は覚悟を決めて王様の元へと歩みを進める。王座までは段差になっていて、俺達はその階段を上っていく。


(それにしても、さっきの声⋯⋯)


 光に飲まれる前、最後に聞こえた言葉を思い出してしまう。『世界を救ってくれ』確かそう言っていたはずだ。あれは一体どういう意味なんだろう?


「怜央、どうかしたの?」


 気が付けば、俺の数歩前で勇那がこっちを振り返っていた。考え事をしていたせいで少し遅れてしまった。


「いや、なんでもない」


 もしかすると、俺が勇者に選ばれたことへの言葉なのだろうか? でも、別に勇者だろうがなんだろうが関係ない。俺が願う事は一つだけだ。


「……勇那」


「なに?」


「守ってやるからな」


 俺は勇那へ願いを口にする。彼女はその意味を理解出来ないのかキョトンとした顔をした。そんな勇魚を素通りして前を歩いた。言ってから気付いたがかなり恥ずかしい。今はまともに勇那の顔を見れそうにない。


「へへへ、守ってやるだなんて変なの」


 後ろでは普段聞いたことのない声音で勇那は笑っていた。うるせぇ、笑うな、と言い返したいがすぐ前に王様がいるのでやめておく。後で覚えとけ。


「今回は四人も勇者候補がいるのか、豊作の年だな!」


(四人?)


 俺は振り返り、後ろを見る。そこには勇那の他にもう一人女の人と、俺と同じくらいの男がいた。


「ひいいぃ、階段つらいぃ」


 女の人は階段をひいひい言いながら上ってくる。本当にひいひい言ってる人を始めてみた気がする。ゆっくり上ってくる女の人を後ろから男が抜かしてくる。


 男の無関心っぷりに俺は驚いた。対称的に勇那は手を貸しに女の人のところまで下っていく。


「大丈夫ですか?」


「ありがとうぅ……」


 二人がそんなやり取りをしている間も男は歩き、王様の前に辿り着いた。俺はそれを見てまるでロボットみたいなやつだなと思ってしまった。まぁ、手伝いに行かなかった俺も同罪だけど。


 勇那は女の人に肩を貸し、一緒に階段を上ってきた。こいつはいつも誰かが困っているとすぐに助けにいこうとする。これは昔からこうだ、だからもうこの光景に見慣れてしまった。


「ごほん、諸君達よくこの世界に来てくれた。この世界の代表として礼をいう!」


 全員が揃ったタイミングで、王様は声を上げた。さっきも思ったが声がでかい。近くに来たんだからもう少しトーンを落としてくれると助かるのだが。


「諸君達を呼んだのには訳があってな。今この世界には未曾有の危機が訪れておる。それは魔王と呼ばれる存在のことだ」


 なるほど、魔王か。またファンタジー作品にありそうな展開だな。


「そいつが人類を滅ぼそうとしているのだ、だから我々は世界を救う勇者を求めた。諸君達には魔王討伐の旅に行ってもらいたい!」


「勝手な事を言わないでくださいぃ! どうしてわたしがぁ!」


 一緒に召喚された女の人が王様に向かって抗議を始めた。当然の事だ、いきなり旅に出ろと言われたのだ。誰だって嫌がるだろう。俺も出来るなら勇那と元の世界に帰りたい。


「諸君達をこの世界に呼んだことは非情に申し訳なく思っておる。だが、我々を救うと思って許してはくれまいか?」


 そう言って王様は頭を下げた。それを見て女の人は見るからにたじろぐ。押しの弱い人なのが見て取れた。眼鏡の奥にある瞳は明らかに困惑しているように思えた。


「これじゃわたしが悪者みたいじゃないですかぁ⋯⋯」


 王様と女の子のやり取りを聞いている間、俺は王様の後ろにいる人物へと目を向けていた。


 そこにいたのは少し太った男。立ち位置的には大臣なのだろうか? 王様の付き人であることは間違いないようだけども。でも、何かがおかしい。その男はほくそ笑んでいる。その事に違和感を覚えた。


(主が頭を下げているのにどういう神経してんだ?)


 まるで、王様が怒られているのを喜んでいるかのような……まぁどこにでも複雑な関係というのはあるか。王様とこいつが仲が悪いという可能性もあるしな、俺は自分をそう納得させた。


「うう⋯⋯わかりましたよぉ⋯⋯頑張ればいいんでしょ⋯⋯でも魔王を倒したら元の世界に返してくださいね⋯⋯」


 どうやら考え事をしている間に話は終わったようだった。王様は「すまない……」ともう一度丁寧に頭を下げる。その顔は、とても演技とは思えないほどの感情が含まれているように感じた。


 王様は顔を上げると俺達全員を見、そして口を開いた。


「では、この中に勇者がいるはずだ。それを確認する方法を今から教えるのでやって欲しい! 手を前にかざしてステータスオープン! と言えばわかるはずだ!」


「「「「ステータスオープン」」」」


 四人の声が重なり部屋の中に響く。そして、俺は目に映った文字を見て言葉を失った。


「──え、私が勇者?」


 横にいる勇那がそう言った。俺はその言葉に身体を強張らせてしまう。


「おぉ、今回の勇者はそなたか! 名をなんと申す?」


「えっと⋯⋯遊佐(ゆさ)勇那です」


「イサナか、わかった。今回はよろしく頼む!」


 勇那がそう王様とやり取りしているのを聞きながら俺は違う事を考えていた。


(どういう事だ!? ありえないだろ!)


 あまりの異常事態に頭の中は混乱状態になっている。頭がうまく回らない。今俺の置かれている状況を受け入れたくない。


「では、他の者の名前と職業も聞かせてもらえるか? 勇者のチームメンバーは把握しておきたいしな」


(……まずい! どうしたらいい!?)


「えっと、わたしからでいいかなぁ? わたしは塚井麻帆(つかいまほ)。職業は賢者と出たわぁ!」


「おお、賢者か! 麻帆は素晴らしい才能を得たのだな!」


「えへへぇ⋯⋯」


 王様の褒めた言葉に麻帆さんははにかんだ笑みを浮かべていた。いや、そんなことはどうでもいい。早く考えないと時間が……


「オレは瑛人(えいと)。職業は魔法剣士」


「おおそうか、エイトよ旅を頑張るのだぞ!」


 王様は瑛人に声を掛ける。これで俺の番が来てしまう。考える時間なんてなかった。当たり前だ、他の皆はそのまま答えるだけで済むのだから。


「次は怜央の番だね、怜央はなんの職業を授かったの?」


 勇那は小声で俺に話を振ってきた。何も聞かないでくれ、まだ考えがまとまっていないんだ。


「では、最後にお主だが⋯⋯さて、なんの職業をもらったのだ?」


「怜央、大丈夫?」


 勇那は心配そうな顔でこちらを覗き込んでくる。クソッ! どうしたらいいんだ!


 俺はもう一度出しっぱなしになっているステータスボードを見た。そこには大きな文字でこう書かれていた。


 ──魔王、と。

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