0.プロローグ「紅は斬って落とされる」
――どうして、こうなってしまったのだろう。
赤く染まった城下にて、石畳を割って現れた硬質な壁が襲撃者と少年とを隔てる。
自身より何倍も広い土壁を背中で懸命に押し続ける少年は、反対側から容赦なく襲い掛かる荒々しい衝撃に歯を食いしばって耐える。背後が揺れるたびに壁の表面から欠片が砕け墜ち、土煙があがる。少年も障壁も、崩壊するのは時間の問題であった。
しかし少年は決して身体を退かない。この壁は希望と絶望を分かつ垣根、背を離して決壊を許せば息まいた者が皆一斉に彼のいる場所へとなだれ込む。
そうなればただ死を待つのみ、ならば踏みこたえるより他に道はない。
「案ずるな、この一太刀で確実に終わらせよう」
死力を尽くす少年に、鎧を纏う男の無慈悲な言葉が告げられる。それは彼に与えられた猶予が切れたことを意味していた。
鎧の男は把持する剣の切っ先を上空に向ける。剣身は金色の輝きを放ち始め、無数の光の粒子が赤い空をさすほどの長大な剣を形作る。
「待って……くれよ、頼むから」
天を穿つ光芒は少年の嘆願を断ち、雲を裂きながら徐々に離れた地面へと接近する。
口から漏れ出たかすれ声はもはや誰に届くものでも、誰に対するものでもなかった。すべては己の無力さゆえの願望であり、淡く甘い子どもの駄々が同意など得られるはずもない。全身を覆うほどに存在する擦傷や血臭さ混じった絶えかけの息すら、少年の意志を嘲笑うようであった。
「まだ、何も返せてねえんだよ……これで終わりにするわけにはいかねえんだよ……!」
頭の内で声が繰り返される限り、少年は割れた石畳を踏み抜かんほどの力を足に加え続けた。
しかし彼の体を支配するのはもはや理のない意地。打開策を講じるほどに八方はことごとく塞がれていく。今の少年にはただ悔悟を噛みしめながら、いつ崩れるやも知れぬ壁を全身全霊をかけて支えることしかできなかった。
「英雄は――もはやこれ以上必要ない」
光芒は荒む地面を粗略に掻い撫で、瞬く間に少年へと接近する。
「やめっ――」
無情にも語末は遮られ、光剣が壁と少年を一閃した。
その瞬間、濁色した紅天は少年らの上空を中心に排され、澄んだ蒼穹が荒廃した国土を覆った。晴れ渡る空は少年を絶望の淵へ突き落すには十分すぎる光景だった。
城の頂で鳴り響く暁鐘の音と異世界の影を燦然と浄化する陽光に全身が包まれるなか、少年は悟った。
――これは全て俺の、杜宮ユキトへの天罰なのだと。