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乙女ゲーム世界に平然といるゴリラ

 学園の敷地に足を踏み入れた瞬間、私の頭に前世の記憶が押し寄せた。


 この世界が死ぬ間際にプレイしていた乙女ゲーム世界であること、そして私がヒロインに転生していたことを瞬時に理解した。


 そう、悪役令嬢ではなくヒロインなのだ!

 ゲームシナリオ通りに進めれば、推しと結婚は出来ずともそこそこ仲良くなれるはずだ。


 胸を高鳴らせて講堂へ向かうこの時の私はまだ知らなかったのだ。


 ーー乙女ゲーム世界に異物が混じっていることに。


 まず目に入ってきたのは、攻略対象の一人である王子様と、その婚約者である悪役令嬢。ゲームだとこの段階ですでに王子は悪役令嬢のことを嫌っていたはずだが、そこは現実になってしまった補正がかかっているのだろう。今後、この国で生活させていただく身としては次期国王と王妃様の仲がいいことは大変喜ばしいことである。


 何より推しが誰かを嫌っているところとかリアルで見たくないし!


 それより問題は仲よさそうな二人の隣にいる人物だ。


 人物というか、動物?


「なんだか緊張するな」

「ウホホッ」

「王子ならきっと大丈夫ですわ!」

「ありがとう、二人とも」

「ウホウホウッホ!」

「応援してますわ」


 そこにいるのは紛れもなくゴリラであった。

 前世で動物園に行く度になぜか遭遇できなかったゴリラと、転生後に出会うとは……。しかも席順は私の真ん前。推しの入学生の挨拶をガン見するはずが、ゴリラの後頭部に阻まれてろくに見ることもできなかった。


 もちろんその分、推しボイスは堪能したけど。

 寮へ戻って脳内再生を試みる。けれど私の頭で再生されたのはゴリラの鳴き声だった。ウホウホと鳴いている。そして相槌を打つ王子と悪役令嬢。


 そういえばなんであの二人、ゴリラの言いたいこと分かるんだろう?


 二人は私にはウホウホとしか聞こえなかったその声と明らかに会話していた。


 動物愛護の精神を持ち合わせていないと聞こえない言葉か何かなのだろうか。


 凄く気になる……。

 そもそもなぜ乙女ゲームに居なかったゴリラが存在するのか。その謎を追及すべく、私は翌日からゴリラ観察に勤しむことにしたのだった。



「ウホウホ」

「なるほど! さすがはゴリッラ王子ですわ!」


「ウッホ」

「おお、綺麗なスリーポイントシュートだ!!」


「ウホホッ」

「ですがこの可能性はどうお考えで?」

「ウホウホウホウホウッホッホ」

「なるほど。王子はこの観点から攻めていこうとお考えなのですね! ならこちらは」

「ウッホ!」


 一ヶ月ほど観察してみたがーーゴリラ、めっちゃ学園に馴染んでいた。


 恐るべし異世界のゴリラ耐性。むしろゴリラであることを気にしているのは私だけのようだ。

 意外とコミュ力の高いゴリラもといゴリッラ王子は平民の私にも気さくに声をかけてくれる。だが彼がどんなに良いことを言っていても、私にはウホウホとしか聞こえないのだ。返答のしようがない。


 よく分からずに曖昧に笑って返したことが仇となり『あの平民、特別な力を持ってるからって調子乗ってる』と影口を叩かれているようになってしまった。



 異国の言語ならまだ習得のしようがあるけど、ゴリラ語に関する本なんて図書館にすら置いてない。どう学べというのか。


 大体ゴリラが王子の国ってなによ……。

 隣国の第二王子らしいと耳にした時は急いで隣国に関する本を読み漁ったが、ゴリラに関連する情報は一切なし。過去の王族の顔が何人か載っていたが皆、普通の人間だ。ゴリラ顔ですらない。純正の王子様フェイスだった。


 どこから血を引けばゴリラが生まれてくるのだろうか。


 呪いなの?

 ゴリラになる呪い。でもこの場合、呪われているのはゴリッラ王子ではなく、私のような気がするんだけど……。



「ウホホッ」

「声をかけてくださって嬉しいのですが、私にはあなたの言葉が理解できなくて……」

「ウホ?」


 なぜかゴリッラ王子はよく私に話しかけてきてくれる。それも私に言葉が通じないことを理解してくれているらしく、ボディランゲージを交えたり、時には文字に起こしてくれたりする。


 ボディランゲージは独特すぎるし、文字もやはりウホウホ書かれているので、なにが言いたいか全く分からないけど。それでも気遣いは嬉しいものだ。


 ゴリラは優しい生き物だって聞いたことあったけど本当だったみたい。でも出来れば周りの刺さるような視線にも配慮していただきたい。いくらゴリラとはいえ隣国の王子様。狙っている女子生徒は数知れず。


 ゴリラ観察をそこそこしたら推し達の行動を見守ろうと決めていたのに、今や私は檻の中のゴリラとなっていた。


 恋愛感情も下心も一切なく、あるのは好奇心だけ。ただゴリラが気になっただけなのに……どうしてこんなことになってしまったんだろう?


 やっぱりゴリラ語習得しないとまずいのかな?

 転生を自覚して一ヶ月。

 文化の違いに叩きのめされそうになっている。


「私の知識が浅いばかりに、申し訳ありません。出来れば放っておいてくださると嬉しいのですが」

「ウホッホウホウホウッホッホッホ」

「えっと、私もういきますね」


 胸にノートと教科書を抱えて深く頭を下げる。そして心優しきゴリラから逃げるようにその場を立ち去った。


 けれど私は完全にゴリラから逃れることはできなかったのだ。ダッシュした先に悪役令嬢と人間の王子様が待ち構えていた。


「あなた、ゴリッラ王子の言葉が分からないって本当かしら」

「え、ええ。なにぶん教養が浅いものでして……」

「もしや彼の姿がゴリラに見えているのではないか?」

「え、ゴリラですよね?」

「やっぱりそうなのね……」


 悪役令嬢と顔を見合わせ「やはりそうか」と真剣な眼差しで頷きあう私の推し。


 そんな真面目に考えなくても彼、ゴリラじゃん……。背筋めっちゃピンと張って、毎回綺麗な二足歩行してるけどゴリラじゃん。答えが数字のところにもウホウホ書いてるじゃん。


 え、この世界の人ってゴリラ語習得しているだけじゃなくて人間に見えてたりする?


 文化の違いどころではなく、そもそも視覚や認識からすでに差が生まれてる?

 そうなると私、一生この世界に馴染めなくない? 今はまだゴリラが一頭だから何とかなってるけど、新ゴリラが発生したら確実に詰む。しかもそのゴリラが暴力的なタイプだったらと思うとゾッとする。だって相手ゴリラだし。腕力的に勝てる気がしない。


 変な世界に転生してしまった……と頭を抱える私に、悪役令嬢は衝撃的な言葉を告げた。


「あなたがゴリッラ王子の運命の相手なんだわ!」

「は?」

「実は隣国の王族は皆、運命の相手にのみ人間以外の姿に見える魔法がかけられているんだ」


 推しは「やっと会えた」と王子様スマイルを浮かべる。うん、カッコイイ。写真に残したいくらいの美しさ。見惚れてしまいたいたころだが、そのセリフは見逃せない。


 ゴリラの運命の相手が私⁉︎

 え、嫌なんだけど……。

 心優しくてもゴリラはゴリラじゃん!


 私、恋愛するにも結婚するにも断然人間派だから。身分とか経済力よりまず生物的カテゴリーを大事にしてるから。

 種族を越えた愛情が存在することは理解しているし、他人ごとだったら応援するかもしれないけど、自分のことなら無理。そこだけは譲れない。


「なんか呪いみたいですね」

「運命の相手を見つけ、添い遂げるための魔法なの」

「はぁ……」


 なにその嫌がらせみたいな魔法。

 ゴリッラ王子がゴリラってことは他にもエミュー王子とかカピバラ王子っているのかな?

 ウサギとかなら可愛げがあるけど、ゴリラの姿を見るにおそらく他の王族もリアル寄りだ。大きさは人サイズだし、二足歩行。ゴリラがウホウホなら鳥類はきっと甲高い声で鳴いているのだろう。種類によっては隣にいるだけで耳が死にそう。


 紳士ゴリラ相手なだけマシだったのかもしれない。


 けどさ絶対もっといい方法あったでしょ……。

 努力の方向間違えすぎてる。


「隣国と協力してゴリッラ王子の運命の相手を探していたが、まさか君だったとは……」


 推しはそう呟くと颯爽と立ち去っていった。

 残された悪役令嬢は「二人が想いを通わせた時、彼の本当の姿が見えるの!」と顔を赤らめていた。


 まるでロマンチックな話でも語るようにうっとりとしているところ申し訳ないが、相手ゴリラだから!


 ウホウホしか話さない相手とどう想いを通わせろと⁉︎


 もしかしてこれが異世界風のいじめ?

 なに言ってるか分からないけど身分は高いゴリラと、珍しい力はあるらしいが貴族社会に馴染めそうもない平民をくっつけてしまおうという、新手の厄介払い?


 そうに違いない。


「ゴリッラ王子の言葉を通訳するのは私に任せてちょうだい!」


 すでにヤル気をみなぎらせている悪役令嬢は私の敵だ!


「無理です! 実家に帰らせていただきます!」


 ドレスの裾を鷲掴みにし、今度こそ最大速度を打ち出す勢いで逃走する。


「お待ちになって」

「嫌です!」

「ウホ⁉︎」


 途中、ゴリラの隣を通ってしまったが気にしたら負けだ。寮の自室に戻ると最低限の荷物だけ鞄に詰め込み逃げ出した。


 だが門まで来ると、すでに悪役令嬢と人間の王子を筆頭に学生達が私の姿を探していた。だがゴリッラ王子のことは秘密なのか、多くの生徒はなぜ私が捜索されているのかを理解していないようだった。


 この様子だとまだ捜索の手は学園内に留まっていると見てもいいだろう。近くの木に手をかけ、学園の塀を飛び越える。シュタッと着地し、馬車乗り場はどこだっけ? と記憶を遡る。けれど深く考えるだけの猶予はない。


「いたぞ!」

 着地音に気づいたらしい地獄耳学生が私の姿を捉えたのだ。だが正門前の彼からではまだ距離がある。


「捕まってなるものか!」

 ゴリラとの結婚はしたくない。

 その思いだけで私は駆け出した。馬車乗り場に行けば目立つと諦め、店で水と数日分の食料を買い込んで徒歩での帰宅を決めた。




 けれど人生そんなに上手くはいかないものである。二つの国が一人の娘を探し出すなんて難しいことではない。王都から一番近い村にたどり着いた頃にはすでに新聞に私の捜索記事が載っていた。


 けれどなにも探されているのは私だけではない。



「私、この先ずっとお尋ね者か……」

「ウホウホ?」

「相変わらずなに言ってるかわかんないけど、とりあえずリンゴは貰っておくね」

「ウッホホ」

「美味しい」


 学園から去って一週間ほど経った頃。

 食料も尽きかけていた私の元に一頭のゴリラが現れた。二足歩行をしたゴリラもといゴリッラ王子はリュックサックを背負っており、その中に詰められた食料を分け与えてくれた。


 相変わらずなに言ってるか分からないけれど、受け取るまでずずいと私に押し付けてきたのだ。それから私を回収することはなく、けれど離れることもなく、なんだかんだで一緒に実家を目指して歩いている。


 帰ったところで、すでに実家にも連絡が行ってしまっていることだろう。

 ゴリッラ王子が人の姿に見える家族は、彼を見て結婚しろって言うのかな?

 王子様との結婚なんて玉の輿よ! って喜ぶかもしれない。性格にも難はなさそうだし。


 ゴリラだけど……。

 だがそのゴリラに慣れてしまっている自分がいる。


 宿なんかに泊まるお金がない私は当然のように野宿をしている。彼がくるまでは洞窟や人目につきにくい場所を探して寝ていた。けれどそとは外。山賊や獣に怯えてろくに眠れもしなかった。けれど彼が来てからは守るように抱きしめてくれる。体温は私よりもちょっと高め。柔らかな胸に頭を預ければグッスリ眠れた。


 いつからか、ゴリラでなければ結婚してもいいかもと思う一方で、ゴリラじゃなくなったら彼は私の知ってるゴリッラ王子ではなくなってしまうのでは? と葛藤するようになっていた。


 まぁゴリラの呪いが解けるのは想いが伝わった時らしいし、関係ないけどーーなんて思ってたのに!


「ウホホッ」

「ん、寒い」

「「毛布欲しいな」」


 いつものウホウホボイス以外の声が、人間の声が聞こえる。ゴリッラ王子にへばりつきながら、周りの人影を探る。けれど視界に入る場所に不審な影はない。


「ゴリッラ王子、移動しましょう。誰かいます」

「俺には分からなかったが」

「知らない人の声が」


 ボソッと彼の耳元で呟いて、あれ? と気づいた。耳の色が違う。それに顔を覆う毛がない。手を伸ばし、残った毛の部分を撫でればこちらはいつもと同じ。見慣れた真っ黒の毛だ。


 ただ範囲が狭くなっている。

 そう、ちょうど人間の髪が生える場所と同じ。


「どうしたんだ?」

 まさかと、視線を少しだけ下に降ろす。


「……ひっ!」

 目の前の男の顔を見て、勢いよく後ろに跳ねた。なにせそこにいたのは見慣れたゴリラではなく、人間の男だったのだから。


「ゴリッラ王子はどこ?」

「何を言ってるんだ? 俺はここだが?」

「嘘よ! ゴリッラ王子はゴリラだもの!」

「まさか俺の姿が人に見えるように⁉︎ だが通訳もなしに心を通わせるなんてそんな……」


 第一、ゴリッラ王子が人に見えるようになったからと言ってこんなキラッキラ光度増し増しみたいな人になるはずがない。ゴリッラ王子では進展がないと思った誰かの仕込みだろう。


 イケメンを用意すればなびくと思われているのかもしれない。だがどんなに顔が良くても知らない男が抱きついていたら恐怖心しかないわ!


 それにゴリッラ王子と思わせたいならせめてガチムチで顔が角ばった老け顔なメンズを用意してくるべきよ。


「君はゴリラの俺に惚れてくれたのか?」


 男は感動したように両手を広げてくる。気持ちが悪い。近くに置いたリュックを引っ張り、回収した後で、男から少しずつ距離を取る。


「なぜ逃げるんだ? もうゴリラじゃない。言葉だって通じるのに」

「私にはあなたが何を言いたいのか分からないわ。だからどこかに行ってちょうだい」

「俺の姿は人に見えているんだよな?」

「ひっ……こっち来ないで!」

「なんで……」


 悲しげに肩を落とすイケメン。


 逃げるなら今だ!

 私は一目散に駆け出した。そしてゴリッラ王子の姿を探しながら次の村を目指す。私みたいに逃げ続ける必要のない彼はもう自分の居場所に戻ってしまっているのかもしれない。それでもあの体温が恋しくてずっと姿を探し続けた。


 ゴリラが運命の相手なんて嫌だと思っていたけれど、失って初めて私にとって彼はかけがえのない存在になっていたんだって知った。


 これは恋ではない。

 だからまだ私の目には彼がゴリラに見えるはず。


 歩いて、歩いて、歩いて。

 それでも彼の背中は見えなかった。

 一人での野営は寒くて怖い。村にでも行って自分こそがお尋ね者だと証言すればすぐに温かいベッドで眠れるのかもしれない。けれどそこで私を迎えてくれるのはきっと私の求めるゴリラではない。


 顔面キラキラのイケメンなんて私は求めていないのだ。


「ゴリッラ王子、また一緒に寝たいよ……」

 イケメンが現れてからいくつもの山を越え、体力はすでに限界を迎えていた。フラリと身体が大きく揺れ、私の意識は途絶えた。




 温かい。まぶたは閉じたままだが、そこに私の求めていた温もりがあることは分かる。やっと帰ってきてくれたんだ。


 ずっと会いたかった。

 ゴリラのままでいいからずっと一緒にいよう。

 そう伝えたいのに、限界を迎えた身体はなかなか思うように動いてはくれない。


「人よりもゴリラがいいと言われるとは思わなかったな」


 頭上で呟く声はあの時のイケメンによく似ている。けれど私の頭を撫でる手はゴリッラ王子のものだった。だから私は彼を二度と逃さないように温もりに縋り付くのだった。





 目を覚ませば、私はとあるゴリラに抱きしめられていた。まさしく見慣れたゴリッラ王子のものである。けれど顔面以外は人間そのもの。首にも手にもフサフサの毛なんて生えていない。

 けれどこの人がゴリッラ王子であることは確かだった。長いこと一緒に生活していたのだ。スンスンと胸元に鼻を当てれば彼の体臭くらい分かる。ずっと、私が求めていた匂いだ。


「えっと……何してるの?」

「君は人の姿よりもゴリラが気に入ったようだから、急遽ゴリラヘッドを作ってみたんだ」

「ゴリラヘッド?」

「気に入らないようだったら作り変えるから、今の状態はとりあえずといったところだが」

「取れるの?」

「ああ。だが取った姿は……」

「えいっ!」



 取れると聞いてしまえば中身が気になるもので、私はゴリッラ王子の制止も聞かずにゴリラヘッドを引っこ抜いた。


 そして声を失った。

 そこには見覚えのある顔があった。

 あの時のイケメンはゴリッラ王子のものだったのだ。


「マジか……」

 解釈違いは私の方だったのだ。事実を受け入れられず、ゴリラヘッドを一度ゴリッラ王子に返却して頭を抱える。


「君がこの顔を気に入っていないことくらい分かっている。けれど私は君を愛しているんだ」

「……とりあえず慣れるまでゴリラヘッド被っていてくれます?」

「もちろんだ! そのために替えもいくつか作らせた」

「うわぁ準備万端……」

「愛する君のためならば私は喜んでゴリラになろう」


 ゴリラヘッドを胸に抱え、微笑む彼からは突き刺さるような神々しさを感じる。正直、ゴリラ慣れした私の目には耐えられそうにない。被って被って、と頼めば彼はずっぽりとそれを頭から被ってくれた。そして再びゴリラフェイスになった彼をじっと見つめる。やっぱりこの顔が安心する。本当に再現率が高い。


「慣れるように頑張りますから」

「私も君に、私自身を好きだと言ってもらえるように頑張る」


 人と同じになってしまった彼の胸元にすっぽりと収まりながらゴリラの顔に手を伸ばす。キラキラに慣れるのには時間がかかりそうだけど、でも私が惚れたのはゴリラではなくゴリッラ王子で、もうとっくに好きにはなってるのだ。気づくのに少し時間はかかってしまったけど、疑いようもないほどに大きな想いが私の胸の中に居座っている。

 でも今伝えたら確実にゴリラ好きと勘違いされそうなので、胸の中でこっそりと思うだけに留めておく。時期を見て想いを打ち明けたいな〜なんて思っていると、廊下から誰かが走る音がした。


「彼女が倒れたって本当ですの⁉︎」

「身体は大丈夫なのか⁉︎」


 ドアを壊しそうな勢いで部屋へとやってきた推したちは揃って私の心配をしてくれていた。悪役令嬢の前で逃げ出したから責任感を感じていたのかもしれない。


「ああ。だが今起きて」

「良かった……」

 二人はベッドまで足を運んで、こちらを覗き込んでくれる。寝転んだ体勢から少し上体を起こす。すると彼の腕が伸び、胡座をかいた足の上に座らせてくれた。心底安心したように胸をなでおろす悪役令嬢にぺこりと頭を下げる。


「ところでゴリッラ王子は何を被っているんだ?」

「ゴリラヘッドだ」

「ゴリラ、ヘッド?」

「彼女に好いてもらうための必須アイテムだ」

「彼女はゴリラが嫌で逃げ出したのではなかったのか?」

「色々とあったんだ」

「いろいろ?」


 首を傾げた推しの視線はやがて私へと移った。

 逃げるように身体を反転させれば、ゴリッラ王子はよしよしと頭を撫でてくれた。



 黙秘成功である。



 その後しばらくして、ゴリラヘッドを被った王子様と仲良く登校すれば学園中は異様な雰囲気に包まれた。

 けれど異国物語が愛読書である悪役令嬢の熱心な『運命の愛について』の布教活動により、私達の関係は歓迎されていくのであった。

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