一話
幻想に見るは、那由他のセカイ────
数えきれないほどの星々の光が宙に浮かんでいる。
温度のない、極寒の宇宙。こんな世界で今、私はぐるぐると木星の周りを回っていた。
近くには私よりも一回りもスタイルの良い【ガニメデ】────遠くには私の妹【エウロパ】────そして遥か彼方にはやんちゃな【イオ】が────姿は見えないが引力を感じ合っていた。
そう────衛星である私たちはお互いに万有引力や電磁波などで干渉しながら、時に近づき、時に離れながらもゆるやかに木星とともに生きているんだ。
しかしその中でも私だけはガリレオ衛星という定義はされているが、他の三球イオ、エウロパ、ガニメデとは異なり軌道共鳴を起こしておらず、よって自分から彼女たちと触れ合うことはできないのだ。
四大衛星のなかでも自分だけは仲間外れ。そう思っていると約八十万キロメートル先から声が聞こえてきた。
「あら。カリストちゃん。お久しぶりね。最後に会ったのは五万年くらい前だったかしら?」
「軌道半径が 1,883,000 km もあればそうなる。久方ぶりね。ガニメデ」
紫色の髪、そして豊満な肉体を持ったその少女は、ふよふよと浮きながら私の周りを廻って来た。
「ご挨拶♪」
「そうね」
私たちは衛星だ。こうやって廻ることが使命でもあり、廻ることで感情を表現する。挨拶代わりの彼女の回転はとても優雅で、大人っぽかった。
「二十四時間三百六十五日、ずっと廻って疲れない?」
これは私の衛星に対する率直な感想だ。
「さあね? 考えたこともないわ」
「でしょうね」
彼女は私と違って孤独な時間が少ない。私も小惑星群とはたまに話すが、頻度で言えばずっと、ガニメデのほうが上だ。
「でもぉ……。 どうせなら、楽しいほうがいいんじゃない?」
「そう」
お互い流れる時間の感覚が違う。これもまた率直な意見だ。
「もっと肩の力を抜いたほうがいいわよ。カリストちゃん。ほら」
「ひゃっ」
何で私の胸を揉むのよ。
「あら、案外可愛い声出すじゃない? んもう、隠さなくていいのに」
「ひ、非常識よ」
「いいえ、常識よ♪」
「鬱陶しいわ。貴女」
「あらぁ? 本当は嬉しいのではなくて? たおやかな白亜色の髪に、陶器みたいに綺麗な肌……それに私より小さいけど美乳ね」
「最後のは余計よ! 本っっっ当に鬱陶しいわ!」
「最後以外は良かったのね。照れ屋さん」
「はぁ……んっ」
「幾億年の付き合いなのに、いつも他人行儀ねえ」
「快楽主義も……ほどほどにしなさいっ……!」
「あら、嫌われちゃった」
ガニメデはようやく解放してくれた。これ以上されたら理性が飛ぶ所だった。やっぱり彼女は他の子ともこんな行為に及んでいるに違いない。だが内心、彼女の絡みはとても嬉しいし、嫌いではない。むしろそんな嫉妬をしてしまう自分が嫌いだ。
「んっ……はぁ、はぁ」
「軌道に乗るだけの人生なんてつまらないわ」
「……」
「軌道共鳴が無くても、あなたの意思があれば妹に会えるのよ?」
私に会いに来ている彼女こそがその証左。
「意思……!」
許されるのだろうか。木星の軌道から逸れるのは。
「衛星少女は全てを受容する。だって宇宙は無限だもの」
おそらく許される。罰は無い。
「妹に、エウロパに会いたい」
「ふふふ。それが本心?」
名残惜しそうに私たちは廻る。
「ええ」
「それじゃあ、行ってらっしゃい」
「木星、ごめんなさい」
エウロパ。待っててね。お姉ちゃんが、逢いに行くから。